もしマーリンが6章でやる気をそれなりに出したら 作:カキツバタ
闇夜を照らす月明かりは川の水面に反射し、光り輝く。
辺りは奇妙なほど静けさに包まれている。風の音すらなく、あるのはどこか遠い場所へと向かう水の音のみ。
一体彼らは何を求めて歩み続けているのか。いつしか、そんなことを考えていた。
答えなど、出る筈もない。この身は、そんな資格すらも喪ったのだから。
私の犯した罪はこの世に産まれ出づる凡ての生命に対する冒涜であり、運命に対する侮辱である。
────許さない。
何度も何度も繰り返したその言葉。それは、誰に対しての言葉だったか。
憎かった。ただひたすらに憎くて、憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて………………哀しかったのだ。
凡てを奪われた被害者?そんな者でいられたのならば、どれ程良かったことか。
前を向いて生きていこう。彼等はそんなことを望んでいない。────そんなものは詭弁だ。綺麗事だ。そんな台詞でこの際限なく沸き上がる憎しみが、どこまでも沈んでゆく深い哀しみが消える訳がない。
────私は大切な人々を喪い、その果てに、
残ったものすら、己自身の手で捨てたのだ
もはや、太陽が我が身を照らすことなどあるまい。そんなことは分かっていた。分かった上で、この身に巣食う激情に身を委ねたのだ。
────嗚呼、私は、なんて…………
手を伸ばす。
届く筈のない、闇を照らす光に向かって
────何を求めて?
それを口にする資格も、願う資格も無いのだろう。
しかし、それでも一つだけ──
────どうか、安らかに……
「んっ………」
差し込む太陽の光を感じ、いつもより僅かに重い瞼を開ける。
焦点の定まった視界に映るのはもはや見慣れた天井。
そして、スフィンクス・アウラードである。
「………おはよう、アル」
もはや見慣れた光景だが、寝ている俺の上に乗っかるのはどうかと思う。
ゆっくりと起き上がり、水時計で時刻を確認して、慣れた手つきで手早く支度をする。
一月前、ニトクリスにもはや説教に近い形で教えられたこの謎の生物Xの正体、スフィンクス・アウラード。なんでも凄い存在らしい。俺が今生きてるのはこいつのお蔭なんだとか。そんな命の恩人……命の恩スフィンクスはなぜだか俺についてきていた。命を救われた以上、無下にオジマンディアスの元へ返す訳にもいかず、一ヶ月以上ここで共に暮らしている。名前はアル・カウンという。これはニーナが命名した。というのも、俺がずっとこのスフィンクス・アウラードを「こいつ」やら「お前」やらとしか言っていなかったので「シロウのことだから名前付けてないんじゃないの?」なんて質問をされて図星だった俺は名前が付いていないのも可哀想だったなと反省したものの、全くもって良い案が浮かばずニーナに頼ったのだ。アル・カウン────アラビア語で宇宙という意味だそうだ。こいつにぴったりの名前だろう。というか、今更だがサーヴァントはまだしも俺が普通にエジプト人と意思疎通ができるのは何故なのだろうか。知らない間に全自動翻訳魔術かなにかでもかけられていたのだろうか?…………結構便利だな、それ。
「結局、まだ此処にいるんだな……気に入ったのか?」
アルの、スフィンクス・アウラードの個人的一番の謎は食事である。こいつには見たところ口とおぼしき部分は存在しない。アル・カウンの名のとおり中身が宇宙で構成されているのだとか。流石に何か食わせないと餓死するのではと危惧した俺は食事を作って置いてみたりしたのだが、結局食べなかった。そりゃあまあ、口がないので当然といえば当然なのだが。とはいえ気になったのであの後ニトクリスに訊いてみたところ、なんでも霊的なものを栄養とするらしい。それが判明したのは良いのだが、俺にはそんなものはとてもじゃないが用意できない。そのせいでアルが変なものを食べてしまったりするのも何が起こるかわからず恐ろしかったので、ニトクリスやオジマンディアスであればアルの栄養分を用意できるだろうと一度神殿へ帰らせようとしたことがある。しかし、アルは全く帰ろうとしなかった。何回か繰り返しても結果は同じで、結局俺の方が折れたのだ。
結局こいつが一月程の間に何を食べていたのか、はたまた食べていなかったのかは謎のままである。
とはいえこんなことを考えていても仕方がない。と、支度を終えて早足で仕事場へと向かう。
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まだ人の気配のない食堂にやって来た士郎は、早速何時ものように朝食の支度を始める。此処で働く人々は色々と事情を抱えている者も多く、自分のように住み込みで働いている人も少なくない。士郎は朝の準備のついでといって彼らの朝食を作るようになっていた。
料理をはじめて暫く経った後、
「相変わらず、いい匂いがするな」
「おはよーシロウ!」
という声に振り向けば、ダリルさんとニーナがいた。二人はダリルさんが子供に甘いだけあって仲も良い。が、屈強な躯つきをしたダリルさんとまだ幼いニーナが並んでいると割と凄い絵面である。
「おはよう、二人とも。ニーナも今日は早いんだな」
そんな返しをすると、ニーナが俺の顔をじっとみつめてから不思議そうに口を開く
「シロウ、今日は浮かない顔だね、どうしたの?」
「へ?俺、そんな変な顔してたか?」
「うん」
何だろう、アルのこととかそんなに気になってたのだろうか。なんて考えを巡らせていると、
「夢………かな?」
「どんな?」
「うーん、それはよくわからない」
何かを見ていたはずなのに、その中身はまるで砂のように掴み処がなく崩れていってしまう。
「でも、哀しい夢だった」
「そっか」
「シロー、話は変わるんだが、さっきニトクリス様と会ってな、神殿へ行くようにとのことだ」
「ニトクリスがか?わかった。……まぁ、とりあえず朝食をつくらないとな」
作りかけの朝食に視線を戻し、料理を再開する。幸い既に7割程完成していたのですぐに全員分が出来上がった。流石に呑気に朝食を食べて行く訳にもいかず、やや少なめに作った自分の分を平らげ、ダリルさんに後のことを任せて早速神殿へと向かった。
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「遠征?」
「うむ。遠征というほどの距離ではないが、そういうことだ」
神殿に着いた士郎がまず連れてこられたのは玉座の間────ではなく厨房だった。その意を汲み取った士郎は早速料理を始めた。実はこのようなことはあれ以来何度かあり、その度にファラオへ料理を振る舞っていたのだ。今回の呼び出しもまた、同じことなのだろうと料理を振る舞ったのだが、どうやらそれだけではない様子だった。
「何か起こったのか?」
突然遠征を命じられたのだ。何か事情があるに違いない。
「知ってのとおり、我がエジプト領は広大な砂漠とそこに住まう守護者スフィンクスによって隔絶された空間になっている。やって来る者は精々余の力を知らぬ無知な愚か者か、そなたのような放浪者だけだ」
別に俺はなりたくて放浪者になった訳じゃないけどな……………そういえば、遠坂はどうしているのだろうか。この世界に来ていなければ良いが、もしスフィンクスや十字軍に襲われていたら………いや、遠坂のことだから大丈夫か。遠坂は大事なときにうっかりこそしてしまうが、優秀な魔術師だ。ピンチを切り抜ける力は十分持っているのだ。むしろ俺の立場に遠坂がいたら、とっくに元の世界へ戻る方法を見つけているだろう。……遠坂、商売得意そうだからな、金目のものには目が無いし。この世界でも上手くやっていける気がする。
なんてことを考えていると、郷愁の念が沸き上がってくる。藤ねえ、桜、美綴、一成……みんな元気にしているだろうか。元の世界でも一月以上経っているとしたら、迷惑を掛けているに違いない。学校は勿論、ねこさんのところのバイトも無断欠勤だ。そう思うと焦燥感に駆られるが、帰る方法がわからないのではどうしようもない。
「では士郎、隔絶されたこのエジプト領にて最も欠けているものは何であると心得る?」
欠けているもの……食糧は沢山ある。資源に困った試しは一度も無い。となると…
「………情報、か?」
「左様。本来情報とは、人から人へと伝わり広がるもの。しかし外部からの干渉を無くした以上、その媒体である人は入ってこない。故に、情報が欠けるのだ」
「それなら、外部と干渉できるようにすればいいんじゃないか?今のところ襲ってくるような奴らは十字軍だけなんだろ?それならスフィンクス無しでもオジマンディアスとニトクリスでどうにかなるんじゃないか?」
「失念しているようだが、ここは特異点………いや、そなたには聖杯戦争中と言うべきか。とにかく、そんな何が起こっても可笑しくは無い状況である。常に防衛を固め、民や領土を守るのは当然だ。それに情報が欠けていると言ったが、余がそれに関して何もしていない筈がなかろう?」
「どういうことだ?」
「簡単なことだ。情報を運んでくる使いを用意しただけのことよ。やろうとすればイェルサレム全土を監視することも可能だが、なにぶん魔力の消費が激しい。聖杯の魔力供給こそあれど、この神殿の維持にも魔力は必要故、相当のことが起こらない限りは使わない。」
「………ってことは、その情報使に何かあったのか」
「察しが良いな。彼らの消息が途絶えた。恐らく何かの争いに巻き込まれたとみえる。お前たちにはエジプト領の外へ出て何が起こったのかを調べて貰いたい」
エジプト領の外へ出る………この世界にやって来てから一ヶ月以上の間、エジプト領の中しか知らなかった俺にとって未知の領域だ。イェルサレム全土を巻き込んだ聖杯戦争。冬木の聖杯戦争とは明らかに規模が違うことは、このエジプト領を見れば一目瞭然だ。恐れは当然ある。しかし、どんな戦争であろうと関係のない人々が巻き込まれるのは許せない。それに、元の世界に戻る方法を探すためにもエジプト領を出ることは恐らく避けては通れないことだ。余りにこの世界に滞在しすぎては帰れなくなる可能性もあるので、この遠征はこちらにとっても断る理由はないのだ。
それよりも気になったのは……
「お前『たち』?」
「士郎、そなたはお人好しが過ぎる───それが、偽善であろうとなかろうとな。一人ではどのような動きをするかわからぬ故、ニトクリスにも同行させる」
「俺は構わないけど、一度食堂のみんなに話してからでいいか?急に消えたんじゃ心配するだろうし」
「ふむ、良かろう。正午過ぎには出立する。それまでに用を済ませるといい」
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「────ということで、そろそろ出掛けなくちゃいけない。迷惑を掛けるけど店は頼みます、ダリルさん」
「おいおい、此処は俺の店だぞ。『頼む』なんて言葉はいらないさ。だが──任しとけ。そっちもファラオの勅命だろ?エジプト領を出るなんて、この土地の民である俺には想像もできないが……まぁなんだ、頑張れよ」
「ありがとう、ダリルさん」
ダリルさんなりの不器用ながらも優しい言葉に感謝する。ふと横に視線を移すと、ニーナがその蒼い瞳に怪訝な色を浮かばせ、小さく呟く。
「………帰ってくる?」
「ああ。」
「ほんとに?私、怖いよ。シロウがあのときみたいに………」
不安そうにしているニーナの髪をくしゃっと撫で、安心させようと出来るだけ優しく声を掛ける
「大丈夫だ。ニトクリスも一緒についてきてくれる。必ず、帰ってくるから」
「………うん。お仕事、頑張ってね!」
顔を上げたニーナは込み上げる不安を必死に隠し、精一杯の笑顔で士郎を見送る。
「………ああ。行ってきます」
そう別れを告げて神殿へと向かう。ふと、振り返ればまだ手を振り続けているニーナの姿を見て呟く、
「全く……ニーナのこと、もう子供だなんて言えないな」
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「あっつい………」
「砂漠ですからね」
広陵とした熱砂の上をひたすらに歩む。オジマンディアス曰く、東北東へまっすぐに進めば良いらしいが、流石にこの砂漠で方角の感覚が狂わずにいるのは至難のわざだ。歩いている内に時間の感覚も麻痺してくるので太陽もそこまで参考にならなかったりする。とはいえ、何の対策も無しに砂漠へ飛び込んだ訳ではない。当然といえば当然だが、方位磁石を用意してあるのだ。今のところ順調に進んでいるが、昼過ぎの砂漠の暑さは身に堪えるというものだ。
「ニトクリスは割と平気そうだな」
「エジプトに住んでいればそのうち慣れますよ。個人的には夜の寒さの方が堪えますね」
と、他愛ない会話をしているとふと、セイバーともこんな風に共に歩いていたな、なんて考えが頭をよぎる。
────瞼を閉じれば、浮かび上がるあの日の光景。
それは燃える街か、月夜の誓いか、忘れられない憧憬か。
それが如何様であれど、成すべきことは、果たさなくてはならないことは変わらない。
「────ろう、士郎!」
ニトクリスの声に俺は漠々としていた意識を前方へと向ける。するとそこには
「此処が砂漠の終焉。そしてあの奥に見える村が、私たちの今日の目的地です」
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「これは………」
「………………」
その村は見るからに無惨な姿であった。あちこちの建物は瓦解し、木々もその多くが倒れ、争いの爪痕が色濃く残っていた。
────これが戦争だ。
この村に刻まれた傷痕が、鳥にその死肉をついばまれる死体が、そう語っていた。
「……何者だ。あんたら。十字軍とやらの兵士か?」
そう尋ねてくるのは身なりもボロボロな男性。20代くらいだろうか。背後にいる女性と彼女が抱き抱える赤子を守るかのように立ち塞がり、こちらへ敵意を剥き出しにしている。
「いえ………私たちは友人を探しにきたのです。この村に滞在しているとのことでしたので……」
ニトクリスがそう答えると、その男性は気が抜けたように
「あぁ………あんたらもそういう奴らか。…………勝手にしな…」
そういって立ち去ろうとする男性を引き止める。
「待ってくれ……一体、何が起こったんだ?」
「あんたら、そんなことも知らないでやって来たのか?………まあいい。流石にあんたらでも、噂くらいは聞いたことあるだろ?───十字軍が土地を焼いて聖地へ向かってるっていう。この村は奴らに襲われたのさ」
「………そいつらは、今何処に?」
「さあな。今頃は聖地で戦争でも始めてるんじゃないか?」
「………っ!」
思わず駆け出そうとする士郎の腕をニトクリスが掴む。
「待ちなさい!!気持ちはわかりますが、此処からは急いでも歩いて2日はかかります。それに、ファラオ・オジマンディアスの命令はエジプト領の外で何が起こったのか調べること。決して十字軍を倒せなどとは命じられていないのです。これから先は夜。この時代はまだ悪霊どもが跋扈していても可笑しくはありません」
「けどっ……!」
「……いいから落ち着きなさい…………お願いだから…」
「…………わかった。じゃあ俺は、寝床を探してくるから」
沈黙の後、静かにうなずいた士郎はそのまま村の中へと歩きだす。その後ろ姿を眺め、呟く
「────あなたは、どうしてそこまで……」
#
「────
意識を集中させる。
創造の理念を鑑定し、
基本となる骨子を想定し
構成された材質を複製し、
制作に及ぶ技術を模倣し、
────ウ
成長に至る経験に共感し、
蓄積された年月を再現し、
────ロウ
あらゆる工程を凌駕し尽くし────
────シロウ
「がぁっ!!?っ──────」
込み上げる痛みを堪え、深く溜息をついて呟く
「………また、失敗か。鍛練が足りないな…」
「士郎、今のは……?」
声のする方を振り向けば、そこには不思議そうな顔をしてニトクリスが立っていた
「ニトクリス、来てたのか」
「先程の魔術は投影魔術、ですよね。しかし、投影にそれほど使い道はない筈ですが」
そうか。そういえば、まだニトクリスには投影についての話をしていなかったな。遠坂には『士郎の魔術は特殊なんだから、他言は無用!いいわね!』なんて言われたのだが、見られた以上は仕方がないだろう。それに、ニトクリスにならば話しても良いと、そう思った。
「俺は精々三流がいいところの魔術遣いだ。けど、俺には一つだけ出来ることがあった」
そういって手元へ意識を戻し、唱える
「
すると手元には黒塗りの中華剣が現れた。
「これは……宝具!?」
「ああ。さっきは失敗したけどな。俺に出来る魔術はこの投影と、あとは強化くらいだ。しかし………なんで今は成功したんだろう」
「…先程の士郎は、なにか焦っているように見えました」
「………………そうだな。こうして毎日鍛練をしていても、それだけじゃ理想には近づけないって、そう突きつけられている気がしてしまう」
「理想───ですか」
「……笑うなよ」
「?ええ」
不思議そうに首をかしげるニトクリスに、士郎はその理想を語りだす
「────正義の味方に、なりたいんだ」
「………ふふっ」
「む………笑うなって言っただろ…」
「いえ……士郎らしいな、と。それで、何故正義の味方に?」
「ああ。………そうだな。その話をする前にまず、言い忘れてたけど」
「?」
「俺は、別の世界からやって来た。俺自身、何故此処にいるのかはわからないんだけどな」
「そうなのですか」
「…あまり驚かないんだな」
「薄々ですが気づいてはいました。並行世界を移動する神秘も存在すると聞きますし。それに、場所はまだしも時代を訊いてくるこの世界の人間なんてそうそういませんから」
そう苦笑混じりに語るニトクリスに、思わず此方も苦笑してしまう。
「あー、それもそうだったな………話を戻すと、嘗ての世界で俺は、とある大火災に巻き込まれたんだ────」
────そこは、地獄だった。
炎の中を、ただひたすら歩いている。ふらふらと歩き、助けを求める声に耳を塞ぎ、あてもなく彷徨う。
この子だけでも、と瓦礫の下から子供の骸を出し、死んでいる事にも気づかぬまま助けを求める誰かの親がいる。死にたくないと喘ぐ声がある。自分が助かる事だけに精一杯で、それら全ての声を黙殺して――ひたすらに歩いていく。罪悪感に潰れそうになりながら。
生きて、と告げて燃え盛る炎から守ってくれた誰かがいた。逃げろと、落ちてくる瓦礫から庇ってくれた誰かがいた。だから、必死に生きようとしていた。今にも溢れそうな涙を堪えて、唇を強く噛みしめ、もうボロボロで動こうとしない足を引きずりながら必死に歩いていた。
空に穿たれた黒い孔を見上げ、歩き続ける。やがて限界を迎え、その小さな体が倒れ伏す。
────希望なんて持たなかった。もう助からない。
呪いに焼かれた街と、炎に呑まれて消えた命。そんな悲劇の中、一人の少年の命が尽きようとしている。
────そこに、『正義の味方』は現れた
『生きてる! 生きてる! よかった、生きている! ありがとう、ありがとう……!』
まるで自分が救われたように何度もお礼を言うその姿に俺は憧れた。
────しかし、その日■■士郎は死んだ。
身体は生きていたが、心が死んだのだ。
そして、そんな俺の前に衛宮切嗣は現れた。
『初めに言っておくとね────僕は魔法使いなんだ』
こうして俺は衛宮切嗣────じいさんに引き取られた。
じいさんはしょっちゅう家を開けて海外へ行っていた。俺は少し寂しかったが、じいさんの語る旅の話はとても面白かった。しかし彼は日に日に衰えていき、家から出ることもなくなっていった。
『────子供の頃、僕は正義の味方に憧れてた』
『なんだよそれ。憧れてたって、諦めたのかよ』
不満げな表情の少年に、男は困ったような笑みを浮かべる。
『うん、残念ながらね。ヒーローは期間限定で、大人になると名乗るのが難しくなるんだ。そんなこと、もっと早くに気が付けば良かった』
『そっか。それじゃ、しょうがないな』
男の悲しげな顔を見つめながら、少年は言った。
『ああ、そうだね。本当にしょうがない』
その悲しげな顔を、笑顔にしたくて言った。
『うん、しょうがないから、俺がなってやるよ。爺さんは大人だから無理だけど、俺なら大丈夫だろ。まかせろって、爺さんの代わりに俺が────』
『ああ────、安心した』
静かに瞼を閉じて、彼はその人生を終えた。
「────だから俺は、正義の味方にならないといけない」
「………それが士郎の理想、ですか」
「ああ。…世界中から争いが無くすことがどれほど難しいのかなんて、わかってるんだ。けどせめて、俺の視界に映る人々だけでも救いたいんだ」
暫しの沈黙の後、ニトクリスが口を開く
「────私には、兄弟がいました。彼等はとても心優しく、私たちはいつも幸せに過ごしていました。しかし、そんな平穏はいつの間にか失われていた。先王であった兄弟たちは、有力者達の手によって利用され、挙げ句の果てに謀殺されたのです。
────許せなかった。ファラオを軽んじ、その座すら弄てあそぶ逆臣たちを。愛しき兄弟たる先王を慈悲なく謀殺した悪逆の徒
………私は逆臣たち全員をナイルの流れの底に沈めて溺死させ、復讐を果たした後に死後の復活の備えもなく自ら命を絶ちました。
────これがニトクリスというファラオの生涯です」
「………後悔しているのか?」
「いえ。後悔などは決して。ですが………私はファラオという身でありながらも己の復讐の為にその立場を投げてしまった。私は未熟者なのです。
だからこそ……ファラオとして最期までその役目を遂げたあの御方が、私には眩しいのです」
そう俯きがちに語るニトクリスを見て、士郎が口を開く
「……オジマンディアスは、ニトクリスのことをちゃんと認めてると思うぞ?」
「え?」
「そうじゃなきゃ、ずっと傍にいさせないだろ?それに、俺もニトクリスはいいやつだって知ってる。…過去に何があったとしても、今俺の目の前にいるニトクリスは優しくて、心配性で、情に脆くて、面倒見が良くて、やるときはちゃんとやれる。そんな、みんなに愛されてるファラオだ。後悔はしてないんだろ?だったら胸を張って自分の人生は間違いなんかじゃなかったんだって自信を持って生きていけばいい」
少し、息を飲む音、そして顔を上げたニトクリスが苦笑混じりに口を開く
「……サーヴァントは基本的に死後の存在ですから、生きてはいませんが」
「む、それもそうだったな……」
「────ありがとう、士郎」
「ん?何か言ったか?」
そう訊ねる士郎に、ニトクリスは微笑んで
「いえ、なんでもありません」
あの日、私は凡てを捨てようとした。それでも一つ、残したかった想いが、願いがあった
────兄弟が、安らかに永遠の国で過ごせますように
「────太陽は、私に微笑んでくださっていたのですね……」
夜空を照らす月を見つめて、そう呟く
────それは、美しい夜であった
#
「………………ごめん、ニトクリス」
そう言って、青年は駆け出した。
盲目の正義を掲げ、歪んだ理想を胸に。
────その果てに待つものを、まだ彼は知らない
あの人が出るとか言ってたな、あれは嘘だ。
出てくるところまで書こうとしたら、思いの外長くなってしまったので此処までです