専業主夫になった比企谷八幡が浮気するお話。   作:ハーミット紫

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四話

「…ここは?」

 

明け方、彼はようやく目を覚ました。

身体を起こして辺りを見回す。そこで目が合った。

 

「雪ノ下…?」

 

「おはよう比企ヶ谷くん」

 

彼は明らかに狼狽えている。

彼は下着姿だったし、私は何も身につけずに布団を掛けているだけだからだろう。

ここまで来たらもう後戻りは出来ない。

今すぐ謝ってしまえ、でなければ人の家庭を壊す事になる。

頭の中で私の常識がそう警鐘を鳴らす。確かにその通りだ。そんな事するのは最低の人種だ。

そんな事はわかっている。だけど、自分や世間一般の常識に従って生きて来た私の手からはいつも大事なものが零れていく。

ならそれは私にとってあまり意味の無いものだったのではないだろうか。

 

「そんな…」

 

男女が同じベッドに寝ている。それの意味する所は誰にだって明快だ。

 

「…ねぇ、比企ヶ谷くん」

 

私も身体を起こして彼に枝垂れかかる。

 

「…すまない」

 

彼はまだ潔白なのにそう謝ってきた。

覚悟をしていても罪悪感を苛む。けど私はもう決めた。

 

「謝らないで…私、嬉しかったもの」

 

彼の首に手を回し、耳元で囁いて頬に口付ける。

彼はそれを拒まなかった。

 

「俺はなんてことを…」

 

後悔する彼に胸が痛む。けど、触れ合っているこの感触にそれ以上の喜びを感じる。

 

「私のこと嫌い?」

 

そう聞いてやっと彼は私を見てくれた。

 

「そんなわけ…」

 

彼はそれ以上は言葉にしなかった。

 

「嬉しい」

 

「けど、こんなのは駄目だろう」

 

そう言って彼は私の手から抜け出し、私に身体を向ける。

 

「すまなかった雪ノ下。

こんなことで許されるとは思わないが、それでも謝らせてくれ」

 

「…」

 

「帰ってからいのりにも全部話す。

俺が悪いんだから出来る限りの償いはさせてくれ」

 

「そう…」

 

彼のらしい姿に懐かしさを覚える。

 

「私、昨日が初めてなの」

 

「は?」

 

「初めての相手が貴方という意味よ」

 

「そんな…」

 

彼は驚愕した表情を浮かべる。

 

「良い年してと思うかも知れないけど、貴方が初めてなのよ。

貴方はかなり酔っていたし、殆ど覚えていないでしょうけどね」

 

「…」

 

「だからね比企ヶ谷くん。

出来る限りの償いがしてくれるというのなら、もう一度だけ抱いて」

 

「そんな、出来るわけないだろう!」

 

「奥さんには勿論黙っているわ。だからお願い」

 

「だからってそんなこと出来る訳が…」

 

それはそうだろう。酔った勢いならまだ許されるかも知れない。

けど私の願いはそうではない。到底認めることなんて出来ないだろう。

 

「ずっと好きだったの。比企ヶ谷くん。

お願いします。確かな思い出が欲しいの」

 

彼はその言葉に顔を歪めた。

やがて諦めたような表情を浮かべ、震える手で私を抱きしめてくれた。

 

最大の懸念は行為の際の出血だった。

私にとっては幸運な事だったけれども比企ヶ谷くんにとっては不運な事に、私はあまり痛みを感じず出血もしないタイプだったようだ。

昨日の今日だから出血したのだろう。そう言えば彼は納得してくれた。

ベッドで互いに向き合い話をする。

 

「ねぇ、また会ってくれる?」

 

彼の手に私の手を重ねて、そのまま指を絡めた。

 

「それは…」

 

「偶にで良いの。お願い」

 

一度だけの関係にしよう。行為の前はそう思っていた。

けれど、そう思っていた昨日がまるで嘘の様に私は彼を求めた。甘美な時間だった。

こんなに満たされたのはいつ以来だろうか。

彼が離れていってから始めてかもしれない。

 

「…出来ない」

 

予想通りの返答。

この頑なさは彼の良い部分だ。

懐かしさを感じて嬉しくなる。

けれど、彼が絞り出した答えは私の望むものではない。

 

「そう…」

 

「雪ノ下…?」

 

もし彼をまた失うとして、私は耐えられるのだろうか。

きっと駄目になる。以前とはまるで訳が違う。

彼に女の喜びを教えてもらった。彼に求められた事実が胸を占めている。

そのことが、また1人になることの恐怖を耐え難いものなのだと予感させる。

 

「大丈夫か?」

 

気付けば私は涙を流していた。

不思議な事に泣いて居るのに感情は穏やかだった。

なんて面倒な女だ。そういう風に自分のことを客観視することすらできた。

名残惜しいけれども、絡めた指を解く。彼はすんなりそれに応じる。

私から指を解き手を離した。けれどすんなり応じられたことが去来していた劣情を煽る。

彼は別の人のものなんだと、そんな些細な仕草が現実を突きつける。

身体を起こす。掛けていた布団は身体から落ちる。

昨日まで経験が無かった女の癖なのに、裸を見られても気にならなかった。

動くと鈍い痛みが自覚できた。その痛みが湧き上がっていた劣情を幾許か慰める。

そして緩慢な動作で私は向き合い寝そべる彼に覆い被さる。

 

「…雪ノ下?」

 

そう問いかける彼に口付けた。

長く深く、これは行為の際に彼がしてくれ無かったことだった。

きっと、奥さんに義理立てしていたのだろう。

それが解っていたけど私は行為に及んだ。

 

「おまえ…」

 

「駄目なの。もう貴方無しで生きては行けない。

お願い。偶に会ってくれるだけで良いの。

奥さんにバレないようにするし、連絡だって私からはしない。

ただ、こうしてこの部屋を都合の良い時に訪れてくれるだけでいいの」

 

「…断ったらおまえはどうするんだ?」

 

「…どうしようかしら。

けれども、もし貴方が合ってくれないのなら……死んじゃおうかしら」

 

きっとこう言えば彼は断らない。それを知っていて私は彼に懇願した。

もし、逆の立場なら私はそんな女を殺してやりたくなるほど憎むだろう。

それを理解していながら、私は彼を繋ぎ止める為にこんな浅ましい行為を繰り返すのだろう。

 

「…わかった」

 

絞り出すように出された声。

いつかを思い出してしまう。こんな彼の顔はみたくは無かったのに。

目を背けたくなるような彼の表情。その瞳が終焉を予感させる。

私は、きっと遠くないうちに全てを失う。

そして、独りになった私は馬鹿な事をしたと泣くのだろう。

その現実が余りにも恐ろしくて、甘えるように彼に二度目の口付けを落とした。

 

 




短いですがこれで終わりです。
作者的には区切りが良いかなと思います。
こんな感じの話が結構好きで増えたらいいなー
ヒッキーは監禁系ヤンデレヒロインに弱い(決めつけ)
そんなイメージから書きました。
後はダイジェストみたいに場面場面を思いついたら投下しようと思います。

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