黒猫の気まぐれ冒険譚 作:蒼陽
「んで、どうしてこうなった?」
「タイガ!ボサッとしてんじゃないよ!」
今日のおススメはカレーチキン。
ボウルにニンニク、オリーブオイル、ニンニク、塩、そして調味料を潰して混ぜ合わせたものにつけ、1日置いておいたチキンを、オイルを敷いたフライパンでじっくり焼く。
チキンの焼ける良い匂いに急かす客の声に軽口で返し、チキンをひっくり返して焦げ目がつくまで焼き、新鮮な緑色をした葉菜の上に置いて盛り付けてそのまま客たちが生唾を飲むテーブルの真ん中に置いた。
置くや否や全員がその皿に手を伸ばし、余るほど焼いたつもりだったがあっという間に半分ほどの量になってしまったのを見て、嬉しい反面これは追加注文が来るなと複雑な気分になり苦笑する。
「タイガ〜!ほんまお前がうちに来てくれて良かったで〜!」
そんなロキ様の言葉に他のロキファミリアのメンバーたちも肉をかじりながらうんうんと頷く。
そう、結果的に言えば俺はロキファミリアの入団テストに合格し、その一員となっていた。
その映えあるロキファミリアの一団員がどうして豊穣の女主人でチキンを焼いているかというと、テストに合格した後に受けた念願の恩恵に原因の一端があった。
タイガ・シグルズ
Lv.たかい
力:つよい
耐久:かたい
敏捷:はやい
器用:うまい
魔力:たくさん
《魔法》
【
・防壁を作る
・速攻魔法
・『
・こつは、いめーじがだいじ!
《スキル》
・
キッチンに戻ると、丁寧に四つ折りしてポケットに入れていた紙切れを取り出して眺め、ため息をつく。
冗談に思えるかもしれないが、これが俺のステータス、らしい。
ロキ様の話では、この力、耐久、敏捷、器用、魔力の五つは基礎アビリティと呼ばれ、普通は横にランクと数字が書かれているそうだ。
この紙はいわば転写であり、ステータスは背中に表示されているので、ロキ様のいたずらかと思ったが、あの時の困惑具合を見るにどうやらそういうわけでもないような気がする。
曰く、ステータスの中の違和感を感じるものの全てがことごとく汚い字で表示されており、『こつは、いめーじがだいじ』という文に至ってはスペースがないところに無理やり書いているようだと話していた。
兎にも角にもこんな力量も測れないままダンジョンに放り込むわけにはいかないと言われ、結局当分はダンジョンはお預け。団員との手合わせで力量を図りつつ…という具合になるらしい。
んで、今日は俺の歓迎会と、俺が手間をかけることへのごめんなさい会を兼ねた宴会、ということで豊穣の女主人で宴会、ついでに俺が料理を振る舞うことになったというわけだ。
不満がないわけではないが、大口の客なのでミアさんやリューさんへの恩返しにもなるし、料理を振る舞うことでロキファミリアの皆さんへの挨拶にもなるので良しとしよう。
連日の疲れのせいか、『ご、ごめんなさいなのだわ』という声がか細く聞こえた気すらした。
「それが貴方のステータスですか」
「ひゃ、ひゃい?!」
反射的に跳びのき、紙切れを破いてしまった。
振り向くと、リューさんがいつもの澄まし顔でそこにいた。
ステータスは誰にも見せたらあかんで!というロキ様の忠告を思い出して青い顔になるが、その後のまあこれ見たところで誰もステータスとは思わんやろうけどな!というからかいを思い出すと安堵し、今度は慌てて情けない声を出してしまったことへの羞恥で赤くなる。
そんな俺の様子がよほどおかしかったのか、リューさんは柔らかくフフ、と笑った。
「あぁ、他言しないので心配いりません。ただ他言するような内容でもありませんね、ステータスに憧れた子供の落書きのように見えますし」
「うっ…」
ズバリ自分でも薄々思っていたことをストレートに言われてしまい、項垂れる。
そんな俺の様子を見て、またいつものように撫でて慰めてくれた。
「おーいタイガ〜!早よこんかい!今日はお前が主役なんやで!」
「は、はい!ただいま!」
主神に呼ばれ、リューさん!また後で!とロキ様のところへ出て行くと、すぐさま追加の注文をされてしまい、困惑と不満の混じった悲鳴をあげる仔猫を見て、普段使わないリューの表情筋はまた鍛えられるのだった。
□◾️□◾️
「オイ、アホ猫」
「タイガです、一文字もあってません。先輩」
あの騒がしい宴会から二日、俺は寝床を黄昏の館に移して正真正銘のロキファミリアとなっていた。
といってもダンジョンに潜ることは相変わらず許されておらず、やることといえばロキ様が命じればご飯を作ることと、館の掃除、あとは自分で行う鍛錬くらいののものだった。
「今日もやんぞ。ちなみに拒否権はねエ」
「ウィッス」
彼との手合わせと言う名のいびりを除けば。
あの日、テストの終わりは酷くあっけなかった。
先輩の放った渾身の蹴りを、ボキボキ、と言う嫌な音を立てながら両手で勢いそのままに受け流し、数回の打ち合いにより読み得た彼の動きと勢いを利用して彼のみぞおちが通過する部分に自分の左膝を置いた、はずだった。
原因としては二つ。一つ目はいくら柔よく剛を制す技と言えども圧倒的な恩恵の差を完全に殺すことは叶わず、痛みによって体をうまく動かせなかったこと。
二つ目は先輩の身長が思っていたよりも高かったこと。
ここまで言えば枝葉末節を語らずともわかると思うが、俺の
が、さすがは神々の恩恵で、急所の保護は万全であり、一撃食らわされた場所が場所なだけに羞恥で焦った先輩が放ったゲンコツであえなく俺は気絶。
一撃食らわせたことで合格したのは良いものの、この二日で先輩は
というわけで、断るに断れず組手に付き合い、ここ二日で10回は気絶している。
「俺、今日は何回気絶しますかね」
「安心しろ、今日から私も付き合う。間違っても死なせたりはしない」
不満を思わずぼやくと、ベート先輩の後ろにいた、顔立ちの整った綺麗なエルフのお姉さんが優しそうな声でとんでもなく物騒なことを言ってくれた。
思えば、あのテストの日に歓迎してくれた2人のうちの1人だったと思い出してお辞儀をし、タイガ・シグルズですと自己紹介をした。
すると彼女は
「ではシグと。私はリヴェリア。リヴェリア・リヨス・アールヴ。君の教育係といったところだ。」
と応え、ニコリと笑ってくれた。
一見表情の変化に乏しいように見えるが、柔らかくて暖かい、そして優しい微笑み方にリューさんを思い出して少しの時間見とれてしまう。
すると待ちくたびれたベート先輩に首根っこを掴まれて屋外へ引きずられて連れていかれる格好になってしまい、あうっ?!しぇんぱい!?っというこれまた情けない悲鳴を知り合ったばかりの美しい教育係に聞かれてしまうことになるのだった。
入団テストを受けたあの庭につくと、レベル3のバカげた腕力に任せて放り投げられて一回転した後予想以上の衝撃にあうっ、という掛け声とともに両足で着地した。
「チッ、本当にアホ猫だな」
何を期待したのかそうぼやいて唾を吐くベートをよそに、リヴェリアさんがゆっくり歩いてよってきて、大丈夫か?と訪ねてくれたので、大丈夫ですとだけ応えておいた。
「今日の手合わせだが、その前に魔法を使ってみようか」
「魔法、ですか?」
魔法。
心当たりはあった。
それはリューさんの言葉を借りるなら、俺のステータスが嘘くさくなってしまった要因の一つ。
本来エルフなどの一部の種族を除いて、本来冒険者は恩恵を受けたばかりでは魔法を発現しないそうだ。
「速攻魔法なンざ聞いたこともねェが、どんなもんなんだリヴェリア」
ベート先輩があくびをしながら気怠そうに尋ねた。
それは俺も気になるところだ。
今までの俺のイメージだと、魔法は長い長い詠唱文の末に放つ一撃必殺の
しかし背中に刻まれた魔法にはコツが書かれていたにもかかわらず、詠唱文などどこにも書いていなかった。
「恐らく、すぐに使える魔法という意味だろう」
「すぐに、だとォ?」
俺のイメージはそこまで間違ってはいなかったらしく、リヴェリアさんの言葉にベート先輩も訝しげに、額にしわを寄せる。
「詠唱文が、
「
「チッ、危ねえな!それ言うだけで発動しちまうかもしンねんだぞ!気をつけろアホ猫!」
ベート先輩の怒声にハッとし、しゅんとしてすみませんと謝る。
何を思ったかそんな俺と先輩を交互に見てフッと笑ったリヴェリアさんが、
「まあ発動したとしても出現するのは防壁らしいし問題ないだろう。魔力の放出は感じなかったし、何よりお前なら万が一刃を向けられようと問題ないだろう、ベート?」
とフォローを入れてくれる。
今度また、何かお礼をするために料理することになるかもしれない。
「…だがよ、詠唱文を唱えたのに発動しねえってのはどう言うことだ?」
「そうだな…いかにも怪しいが、コツが書いてあるのだ。それを実践して見てはどうだ?」
「コツ…イメージ…」
防壁というと、つまりバリアー…敵の攻撃から身を守るためのもの…
例えば、と思い浮かべる。
ベート先輩のように目で捉えきれないほどの速さで繰り出される攻撃を防ぐには…
身の回りを“大きなボウル”のようなもので覆ってしまえば…
「イメージはできたようだな、唱えてみろ」
リヴェリアさんの言葉にコクンと頷いて、唱える。
左手で手首を掴んだ右手を前に突き出して。
俺の、新しい力の名を。静かに呼ぶ。
「『
刹那。自分の中から何かが放出された確かな感覚と共に、自分を守るかのように想像したの通りの形の、金色で半透明で巨大なボウルが現れた。
「ほう。ベート、少し攻撃してみろ」
「ハッ、言われるまでもねェ!」
言うが早いか先輩がものすごいスピードで突撃してきて、蹴りを振るう。
当たれば即死は免れないと確信した。ここ二日の痛みと怪我の数々が頭の中で
恐る恐る目を開き、怪我がないことを確認すると、ゆっくりと目を開ける。
そこには傷ひとつない半透明な壁の向こうで愕然とする先輩と、ほうと面白そうに笑みをこぼすリヴェリアさんの姿があった。
ほうっ、と息を吐き、気を抜いた瞬間。役目は全うしたとでもいうように、金色の壁はキラキラと輝く光の粒となって消えてしまった。
「ベート、一応聞くが手加減は?」
「…してねェ。正真正銘今の俺の全力だ」
「ふむ。レベル3の蹴りを危なげなく防ぎ、かつイメージさえ固まっていれば即座に展開することの出来る防壁か……是非とも私を守ってほしいくらいだよ」
「ま、守ります!リヴェリアさんも…!ベート先輩も!ロキさんもみんな!俺が!」
咄嗟に口を出た言葉は、あまりに身の程知らずなものだった。
恩恵を得て強くなったとはいえ、レベル3の先輩の動きを目で追うのがやっとの出来損ない。それでもずっと、ずっと憧れてきた力が今俺の手にある。
みんなの笑顔を、優しさを、夢を守る英雄のような力
吠えずには、いられなかった。
「チッ」
「フフ、そうか。期待しているよ」
舌打ちしてそっぽを向く先輩と、優しく微笑むリヴェリア先輩。
そんな2人を見て、やっぱり言って良かったと思った。良かったったら良かったのだ。
「ベート、あの話に嘘はないな」
「あぁ、間違いねぇ、何度手合わせしたと思ってる。そいつのステータスは
リヴェリアさんと先輩の話の中身が見えて来ずに首を傾げていると、リヴェリアさんが寄ってきて俺の目の前でしゃがみ、目線を合わせて優しく話してくれる。
「さて。まずは身だしなみと装備からだな。いくらモンスターを薙ぎ倒そうとこの髪と服では様になるまい、小さな
「それって…もしかして!」
「あぁ、ちゃんと私のいうことを聞くのなら、しばらくしたらダンジョンに潜っても構わないと言うことさ」
「〜っ!はいっ!」
からかわれていることも忘れたおめでたい俺の頭の中は、ついにダンジョンに行ける!という喜び一色で染まり、俺史上人生で一二を争うような満面の笑みで返事をしたのだった。
「その前によォ」
「え?」
「今日は20回は気絶覚悟しろやァ!アホ猫ォ!」
そしてすぐに史上最低の引きつり顔に早変わりすることになるのだった。
□◾️□◾️
「ほう、なかなか様になっているじゃないか」
「す、すみません…お金、絶対いつか返します…!」
「そうか。だが良いのさ。これは私を守ると言ってくれたお前への投資なのだから。それに奴も同じ思いだろうさ」
「奴…?」
そんな俺の問いに、リヴェリアさんは忘れてくれと笑った。
宣言通り、記念すべき20回目の気絶後に迎えた翌日は、とにかく時間が流れるのが早かった。
まずリヴェリアさん自ら伸びきった髪を切り整えてくれて、うむ。と満足げに笑ったかと思えば休む暇もなく服屋へと連れていかれる。
着くや否やリヴェリアさんが見繕った服を次から次へと試着し、お眼鏡にかなった全ての服を買って荷物の山を黄昏の館へ配送を頼み、そのままその足で鍛冶屋の前にたどり着いた。
が、ここでようやく麗しいエルフの師匠の暴走が止まる。
「シグ、お前はどんな英雄になりたいんだ?」
「俺は…」
どうやら、俺の装備をどんなものにするか悩んでいるらしい。
正直今まで武器という武器を持ったことがなく、持った刃物といえば包丁くらいのものだったので装備はどんなものにするのかと聞かれていれば何時間も悩んでいたことだろう。
が、どんな英雄になりたいか、という問いには即答することができる。
「都合よく、格好良く、誰かを守り救うことの出来る英雄になりたいですッ!」
「よく言った。ではお前の役職は
「守る者…!はいっ!」
ガシガシと頭を撫でられながら、タンクという役職のカッコ良い響きに笑みがこぼれる。
オラリオに足を踏み入れて11日。
えらく密度が濃く長いプロローグの末、ようやく見えてきた冒険の入り口に思いを馳せた。
□◾️□◾️
「よし…!」
パンパンと手のひらで頰を叩き気合いを入れる。
青いシャツの上に胸部のみのプレートアーマー、他の部分には鎖帷子を仕込み、その上から黒色のロングコートを着込む。
なんでもリヴェリアさんの話だとこのコートには耐火属性というものが付いていて、炎からも守ってくれるらしい。
とても自分の持っているお金では手が出なかった装備に感謝しながら、決戦の場へと赴いた。
「……今日は一日座学だと話したはずだが」
「はい!けどどうしても嬉しくて、つい着て来ちゃいました」
初めは俺がリヴェリアさんの話を聞かずにダンジョンに潜るつもりだったと思われていたのか少し怒った顔になっていたが、俺の話を聞くうちに優しい顔になってまた昨日のように頭を撫でてくれた。
「けれどせっかくだ、私が買った服を着ているのを見たいのだが…ダメだろうか?」
「うっ、わ、わかりました。着替えて来ますね」
ただでさえ美人なのに、そんな悲しそうな顔されては敵わない。
何よりこれからたくさんお世話になる人に刃向えるわけもなく、踵を返して自分の部屋へ戻り、着替えてからリヴェリアさんと向かい合って机の前に座った。
「フッ、似合っているじゃないか。英雄に一歩近づいたな」
「ほんとですかっ?!ありがとうございます!」
自分でも単純すぎる気がしてしまうが、英雄の名を出されるとどうしても嬉しくなってしまう。だって昔からの夢なんだから仕方ない。
「さて、始めようか。まずはダンジョンの仕組みと、上層に現れるモンスターの特徴、倒し方からだ。この内容のテストで満点が取れるまではダンジョンに潜ることは許さない。いいな?」
「はいっ!」
ロキファミリアでリヴェリアさんの座学がとてつもなく厳しく、まともにやり遂げられた人はほとんどいないという話はロキさんに聞いていたが、その程度今はなんとも思わなかった。
いくつもの偶然と優しさに助けられて、ようやくダンジョンに手が届くのだ。今手を伸ばさなきゃ嘘だ。それでは応援してくれる皆と、過去の自分に申し訳が立たない。
歯切れの良い返事にリヴェリアさんは強く頷き、マンツーマンの個人授業が始まった。
何が何でもやり遂げてみせる!
そんな思いを胸に、慣れない筆を握った。
そんな2人の様子を影から見つつすっかり構ってもらなくなったロキの、リヴェリアのやつ…スキルに
□◾️□◾️
リヴェリアさん特製の、超難問のテストにようやく合格した。
そしていよいよ明日は、初めてダンジョンに潜ることを許された日。
その前にどうしても報告したい人達がいると伝えると、リヴェリアさんは快く了承してくれ、ベート先輩もぶっきらぼうに早く行けと答えてくれたので、思い切り一礼をするとリヴェリアさんに選んでもらった私服で黄昏の館を飛び出していく。
商店街へ降りる階段を一段飛ばしで駆け下り、様々な種族の人々が集い歩く道を黒色の風となり疾走していく。
恩恵の効果で今までよりずっと早く走れることに興奮し、さらにスピードを上げた。
周りの人々の驚く顔が今だけは心良い。
思わず通り過ぎそうになるが、両脚でキキーッ!とブレーキをかけ、大好きな人々がいる扉の前に立った。
走ったことで乱れた呼吸を深呼吸で整えて、服を直しドアに手をかける。
そして、手に力を込めた。
「いらっしゃ…おやまぁ」
「こんばんは〜!ミアさん!」
「見違えたねぇ、えらく立派になってまぁ」
元気よく挨拶をするとミアさんは少し驚いた表情になったが、すぐに温かく迎えてくれた。
リューさんが見当たらなかったのでどこにいるか尋ねると、注文が思ったよりも多かったために買い出しに行っているらしい。そうですか、と自分の出した声がよほど元気無さげに聞こえたらしく、あとで厨房を手伝うことを条件にリューさんを追いかけて荷物持ちすることを命じてくれた。
リヴェリアさんに一緒に選んでもらった、2人へのお礼の入ったカバンを奥の部屋に置かせてもらい、ドアをあけ放って再び駆け出してリューさんを追いかける。
今はただ少しでも早く、リューさんに会って、認めて欲しかった。
俺の力で、あなたを守ります。
もう二度と、あんな悲しそうな顔をしなくても良いんです。
ただそれだけを、今は一刻も早く伝えてあげたかった。
だから———
「……やめてください」
「ヒヒ、いいじゃねえかエルフの姉ちゃん。ちょっとくれえ俺たちと遊んでくれや」
曲がり角の奥で、大柄な男性2人に声をかけられているリューさんが目に入った。
冒険者だろうか、彼らの腰には片手剣がぶら下がっており、体はかなり鍛えられているように見える。けれど、そんなこと関係ない。
———リューさんを、悲しませるな。
気づけば割って入っていた。
「あ?なんだ坊主。邪魔だどけや。俺たちゃレベル2だぞ」
「リューさんは、俺が守るんだ!」
「シグ…」
驚いた表情になるリューさんに笑顔で大丈夫です、と笑う。
いえ、あの、そうではなく…とオロオロし始めるリューさんの前に立ち、大柄な男2人を睨みつけた。
こんなになるまでリューさんを困らせるなんて…絶対許さない…!
「やるってんだな?いいぜ覚悟しろやクソガキァ!」
どうやら酔っているらしく、しかも邪魔されたことに対してかなり気が立っているらしい。
レベル2の冒険者だと言っていたから、リューさんの手を引いて逃げることもでき無さそうだ。観念して、両手を開き、半身になって臨戦態勢に入る。
「教育が必要らしいな、オラァ!」
大振りの拳が風を切り迫る。
が、正直拍子抜けだった。
何せこちとらレベル3の蹴りをシャワーのように浴び続けてきたのだ。
差し出された手首を両手で掴み取り、相手の懐に流れるように入って腰を起点に回転する力を加える。
たったそれだけで、相手の1人はいつかの自分のようにグルングルンと回転し土埃を巻き上げた。違ったことといえば、着地したのが背中からだったことだろう。酔いが相当回っていたのか、簡単に気絶してしまったようだ。
それを見ていた野次馬達が喧嘩を煽り始め、もう1人の冒険者も酔いが覚めたらしい。
「テメェ…ガキだと思っていりゃ調子に乗りやがって…!」
2人が同じくらいの強さなら、と今度はボクシングスタイルの構えを取った。
繰り出される蹴りをスウェイでかわして、一気に懐に入り込み、ジャブとストレートのコンボをみぞおちに叩き込む。
うぐっという声を漏らすも、レベル2の耐久は相当なものらしく、薙ぎ払うようにして裏拳を繰り出してきたので、今度は転がってかわす。
女の子を守って冒険者2人と戦う少年の姿を見た野次馬達は、いいぞー!もっとやれ!と煽り続ける。
「お前…何者だよッ、くそッ!」
「タイガ。タイガ・シグルズ!いずれ英雄になる男の名前だ!覚えとけ!」
「テメェ…!」
尋ねられたから答えたつもりだったのだが、俺の名乗りに野次馬達はさらにヒートアップしていく。
が、それが余程しゃくに触ったらしく、男はついに刀を抜いた。
おい、まずいんじゃねえか?だれか冒険者を呼んでこい!と周りの人々もざわつき始める。
「死んで詫びろやクソガキッ!」
逃げる余裕もなく、向かってくる男。
決して躱せない速さではない。が、後ろにはリューさんがいる。
彼女を守るために戦っているのに、避けてリューさんが傷つくのでは本末転倒だ。
なら、なら。
「『大人しくしててもらうね』」
「アァ?!」
「これは…魔力…?!」
大きく振りかぶり、剣を構え走り寄ってくる自分の二倍ほどの背丈の大男に対し、俺はただ右手を前に突き出した。
それだけで、決着がついた。
「『
小さくボソリと呟いた瞬間、大男は金色の巨大なボウルに包まれる。
「んだこりゃ、っ、くそッ!割れねえ!」
刀で思い切り叩きつけて破壊を試みるも、功を奏すことはなかった。
なにせレベル3のベートさんの攻撃でも傷一つつかなかったのだ。
レベル2のそこら辺にいる冒険者にどうこうできるはずがない。
「っ、と…」
とはいえ、恩恵を受けたての少年が覚えたての魔法を連発できるはずもなく、魔力の枯渇を感じてふらついてしまう。
あ…倒れる…
しかし、実際に倒れることはなかった。
後ろ向きに倒れかけた俺を、リューさんが受け止めてくれたのだ。
「リュー…さん」
「全く…言っても聞かないのでしょうから勝手にしなさい。私ももう間違っているとは言いません。ただし」
大男を覆うほど巨大なものを形作った反面、込められた魔力の少なかった防壁はすぐに搔き消え、自由になった男はニヤリと笑うと力の抜けた少年に向かい刃を振るおうと再び腕を振り上げた。
「ッ、リューさん逃げ…!?」
せめてリューさんを守らなきゃと立ち上がろうとするものの、何故か彼女は離してくれず、かえって片腕で強く胸元に抱きかかえられる。
あれ…リューさん力強っ…?!
体に力が入らず、というかリューさんに物理的に止められているために迫る刃を目で追うことしか出来ない。
が、しかし。
刃が2人を傷つけることはなかった。
「グボァッ?!?」
「えっ…?」
剣を握る男の手に、白く綺麗な拳が突き刺さり、圧倒的な力で無理やり押し返したのだ。
刀は幸い片刃だったため、押し返された刀がゴンッという鈍い音をしてぶつかった男の額は切れることなく、意識を奪い、泡を吹かせるだけにとどまった。
信じられない光景に目を白黒させながらその綺麗な拳の主を見上げると、星と月に照らされながら、いつもはほとんど表情を変えない彼女が、いつになくいたずらっぽい笑顔でこう告げた。
「私を守るというのなら、やって見なさい。ただし貴方にできるのなら、ですがね」
心臓がトクンと跳ねる。
その気持ちの名前を、少年はまだ知らなかった。
けれど、伝えずにはいられなかった。
これだけ強くて、優しいのに、あんな悲しそうな顔をしなくてはならなかったこの人に。
「俺、強くなりたいです」
「…はい。」
「強くなって、リューさんが二度と悲しそうな顔をしなくても良いように守れるような、英雄…に…」
どうやら魔力はとっくに枯渇していたらしく、緊張の糸が切れた瞬間意識が途絶えてしまった。
そんな彼の様子を見て、彼女は一言だけ誰にも聞かれぬように呟いて、せっかく切り整えられていたというのに乱れてしまった黒髪を優しく撫でた。