黒猫の気まぐれ冒険譚 作:蒼陽
タンク。代表的な前衛職の一つで、その最も重要な役割は敵のヘイトを集め、攻撃を一身に引き受けて後衛職を守りきること。
故に一般的には耐久の値が重要視されがちだ。これは間違っていない。とはリヴェリアさんの弁。
うんうんと頷く俺に微笑み、『九魔姫』はただしと付け加えた。
「はァッ!」
身の丈よりも大きいのではないかというほどの大剣を豪快に振り回し、コボルトの群れを次々と灰塵へと変えていく。
「ただ硬いだけの石ころに、敵が釘付けになるはずがない。故にお前はパーティの誰よりも強く、誰よりも硬くならなくてはならない。全てのモンスターの脅威であり続けろ。それが仲間を守る最も効率の良い方法だ。」
そう語るリヴェリアさんが俺に与えてくれた
銘を黒風『ブラッド』。黒く巨大な刀身の真ん中に青い一筋の節が走った大剣。
どこにでもあるような、平均より少し質が良い位のなんの変哲も無い大剣だ。だ、のなだが何せ初めての武器であることもあり、しかもめちゃくちゃカッコ良いため買ってもらった日は興奮のあまり添い寝してしまい、起こしに来てくれたアマゾネスの先輩に悲鳴を上げられてしまった。
そのことを聞いたリヴェリアさんから有難いお説教を頂いてしまったのは言うまでも無い。
「ッ!
大剣による斬撃の網をかいくぐり、一匹のコボルトが俺の横を抜けて後ろに立つリヴェリアさんめがけ突撃していったのに反応して咄嗟に魔法を唱えリヴェリアさんを守り、困惑して立ち止まったコボルトを後ろから一太刀浴びせ魔石へと変える。
が、やはりステータス的にも魔法はまだ厳しいものがあり、また慣れない大剣の扱いにも苦戦して息が上がってしまう。
一瞬の意識の空白の後、ハッとして背後に殺気を感じバッと振り向くと、先ほどまでモンスターだった灰が思い切り顔にかかり、口に入ったものを吐き出そうと咳き込んでしまう。
涙を袖でぬぐい目を開くと、そこには残ったモンスターを軽々と蹴散らしていくベート先輩の背中があった。
「一撃ももらわずに立ち回れたのは約30分、か。5日目にしては上出来だな」
膝に手をつき、肩で息をする俺の前に歩いて来たリヴェリアさんが水を差し出してくれたのでお礼を言って受け取り喉を潤した。
30分というのは、タンクとして魔法使いを守りながら戦う事を想定した実戦で、コボルトから攻撃を受けずに耐久できた時間のことだ。
そもそも大剣を用いての戦い方では敵の攻撃を避けるのは難しく、リヴェリアの言う通り初めてダンジョンに潜って一週間足らずにしてはかなり優秀な結果なんだろう。
けれど脳裏にはずっとリューさんのあの拳が焼き付いていた。
一体どれだけの剣戟と修練を乗り越えればあれだけの力とその繊細な操作ができるようになると言うんだろう。
それはまるで、手を伸ばしても遠のいていく陽の光のように遥かなもので。
それでいて、どんなに走って逃げようと追いかけてくる月の光のように脳裏に焼き付いて離れない。
呪いのようだとも感じた。
けれど、それすらも今は嬉しかった。
だって、だって。
呪いを受けるだなんて、物語の中の英雄のようじゃないか…!
心臓がドクンと脈打つ度瞳と背中が熱を帯び、全身に力がみなぎる気がした。
「リヴェリアさん!先輩!もう一度お願いします!」
「フ、良いだろう。ベート!」
「チッ、これでラストだぞアホ猫ォ!」
そう言って、リヴェリアさんに指示されたベート先輩がダンジョン中を駆け回り、大量のモンスターたちを引き連れたまま入れ替わるようにして俺の後ろに着地した。
すれ違いざまに発された、せいぜい足掻いてみろ、という激励に頷き、大剣を両手で持ち上げモンスターの群れの中へと突っ込んでいく。
なるんだ…!リューさんを守れるくらい強くてカッコ良い、英雄に…!
「これが子の成長を見守る親の気持ちというやつなのかもしれんな」
普段の人当たりの良さからは想像できないほどの咆哮を上げながらゴブリン相手に大暴れする弟子の背中を見ながらそうこぼすリヴェリア。
「あァ?何言ってんだババア、気持ちわりィ。大体出会って一ヶ月も立ってねえだグフッ?!」
放っていれば目尻に涙でも浮かべそうな顔をしている
案の定脳天にレベル6の腕力による鉄槌をくらい、口から空気が漏れる。
「何か言ったか?」
「な、なんでも…ねえよ…」
いずれ狂狼の二つ名を授かることになるベートだが、恐怖を抱かないわけではないのだ。
タイガのことが絡むとリヴェリアはやたらおっかなくなるとは同じく被害者のロキの弁だ。
尻尾をダランとしつつも横目でソワソワとタイガの様子を見守るベートを見てため息をつき、先週の夜のことを思いだす。
帰りの遅いタイガの帰りを待っているうちに心配でたまらなくなり、迎えに行こうと門を出てすぐ、タイガを背負ったエルフの女性と出くわした。
ぐっすり眠っているタイガを受け取り、訳を聞くと彼女を傍観から守って戦い、身の丈に合わない魔法の使い方をしたため、精神力の枯渇に陥り気を失ったようだ。
少し説教と、当分のダンジョンを禁止しなくてはなと思ったが、彼女が自分のためにしたことだからあまり責めないでほしいと懇願するために飲み込むこととしたのだった。
「なァババア。一つ言ってなかったことがある」
「…なんだ?」
「戦闘中、ほんの一瞬だけレベル2程度までステータスが引き上がっているような気がすンだ。そんなスキルって存在するもンなのか?」
ふむ、と指を顎に当て考える。
ロキから知らされているのは魔法の内容のみで、スキルのことは聞いていないが少なくとも言う必要のない、もしくは言うことが出来ないスキルが発現している可能性は否定できない。
彼女らの主神であるロキは、普段セクハラにイタズラとやりたい放題の駄女神といっても過言ではないが、子供達への愛は誰より強く、彼らを傷つけるようなことはしないと信じている。……まあ、タイガ達への愛は私も負けはしないがな。
兎に角、仮にそう言うスキルがあるのだとしても、探らない方が良いだろう。
「少なくともタイガにそのようなスキルは発現していないはずだ。」
「そォか。なら良い」
ベートはその粗暴な振る舞いのせいで、一見他者を顧みないただの戦闘狂のように見えるが、実際は誰より味方に優しく、味方のことを考えている男である。
おそらくは自分の言葉から同じような結論に至ったのだろう、それ以上の言及はしなかった。
「…バカゾネスども誘って下に潜るか」
もちろんタイガ自身将来が楽しみで仕方ないが、ベート達のような次の世代を担う者達にも着実に影響を与える彼の背中は、見る者が見ればもう英雄の気配が漂っているのだろうか。
願わくば、脇目も振らずただ強さのみを追い求める彼女にも、良い影響を与えてほしいものだ。
女神というものが身近過ぎるがために、何にと言われると困ってしまうがそう願わずにはいられなかった。
□◾️□◾️
「おはようございます!」
「シグ、おはようございます」
近々遠征があるらしく、その準備期間ということでリヴェリアさんとベート先輩はダンジョンには入れないので初めて1人で潜ることを許可された。
ただし慣れないうちは暗くなる前に帰って来いという、初めてのおつかいじみた勅命が降ったため、バックパックもそこまで大きい物ではなく、ミドルサイズのものをロキ様から借りて来た。
豊穣の女主人はダンジョンに通じる大通りにあるため、丁度店先で掃除をしていたリューさんに挨拶をする。
リヴェリアさんと先輩と一緒にダンジョンに向かう時に顔を合わせたことは何度かあったが、その時は会釈だけしていたので、こうしてダンジョンに潜る前に立ち止まって挨拶するのは初めてである。
「お、少年〜!今日も元気そうだニャ!」
俺の声を聞いて店から飛び出て来たのはアーニャさん。豊穣の女主人で働く茶髪の方の猫人の女性で、底抜けに明るい性格をしていて、まあその、 ……うん、明るい人だ。
「なんか失礼なこと思ってないかニャ?」
「2人とも〜、早くお店の準備を…あら?あ、あらやだもう…タイガきゅん…来るなら来るって言ってくれニャきゃ…」
こっちは黒髪のほうの猫人で、名前をクロエさんと言う。リューさん達同様豊穣の女主人で働く店員さんの1人だ。
こっちは基本的に良い人だし、何よりおバ…楽天的ではないが
「きょ、今日も可愛い…にゃ…うふふ…」
時々身の危険を感じるので若干近寄りがたい人だ。
クロエさんを見ながら口元をひきつらせる俺を見て何かを思い出したのか、リューさんはちょっと待っていてくださいと言うと、店の中へ戻っていってしまった。
「あっ…」
「ん〜?もしかしてリューお姉ちゃんがいないと寂しいのかニャ?」
「髪の色的にもリューより私の方がお姉ちゃんっぽいと思うんだけどニャ」
ちがうやい、あんたらの中に取り残されるのが恐ろしいだけです、とは口が裂けても言えず、あははと愛想笑いでなんとか乗り切ることを試みる。
「ね、ねえ。ちょっとだけ撫でても良い…?ちょっとだけだから…ふふ…」
「おぉー!良いニャ良いニャ!私もそのふわふわの髪触って見たかったニャ!」
か、勘弁して欲しいです。
なんて事言う暇もなく後ろから抱きつかれてしまい、背中から感じる柔らかい感触に真っ赤になってしまい抵抗する意思をゴソッと削がれる。
「も、もう好きにしてください…ニャ…」
観念した俺の言葉を満足げに聞き届けた後、交互に頭をガシガシと撫でられる事數十分。
困りきって半分魂が口から抜けた俺と、構わず撫でくりまわし続ける猫人2人をリューさんが止めてくれてようやく事態が収まった。
「全く…2人とも、撫でるのは良いですがシグのことも考えてくれなくては困る。怯えきっているではないですか。」
「猫…コワイ…お尻…掘られ…」
「にゃはは、ごめんなさいニャ〜!」
「ウフフ…ま、またねタイガ君」
止められはしたもののひとしきり満足したのか、2人はつやつやとした表情で存外素直にお店の中に戻っていった。
「た、助かりましたリューさん。ありがとうございます」
「……シグ、優しいのは美徳ですが思わせぶりな態度は良くない。」
「へ?」
「い、いえ。そんなことより、これを。」
俺から目をそらして何かをボソリと呟いたので、視界にこちらから入ってみせると一歩引かれてた後、胸に抱えていた巾着を手渡してくれた。
「これは…?」
「この髪留めのお礼ということで…お、お弁当…というものです。その、こういうものは不慣れなので…味は保証できませんが」
見るとリューさんの額には以前俺がリヴェリアさんと一緒に選んだ、緑色の宝石をあしらった主張の控えめな髪留めが朝日にきらめいている。
私服の傾向から、あまり派手なのは好まなさそうだと思い選んだのだが気に入ってくれているみたいで嬉しくなってしまう。少し照れくさかったけど、贈り物して良かったな。
「た、大切に保管しますっ!」
「いえ、出来るだけ迅速に食べてください」
嬉しさのあまり勢い余って口からこぼれてしまった戯言をクールに突っ込まれてしまい、顔から火が出そうだ。
な、何か言わなきゃ…
言葉を探しながら顔を真っ赤にしたまま固まっていると、リューさんはいつものように頭を撫でつつ身をかがめてこう耳打ちしてくれた。
「無事に帰ってこれたら、明日も作ります」
「はいっ!」
行ってきます!と手を振ると、小さく顔の横で手を振りながら頷いてくれたのを見届け、ダンジョンへ急いだ。
ご飯は頑張ったものほど美味しく感じるものってミアさんも言ってたな…!よし!
「今日は上層のゴブリンを全滅させるぞ!」
不純な動機で、無駄にスケールのでかい目標を思いつく小さな英雄なのであった。
◾️□◾️□
大剣の利点は主に三つ。
一つ、単純にリーチが長く、大抵のモンスターの間合いに入ることなく攻撃を当てられること。
二つ、腕力だけでなく、そこに武器自体の重さが加わることにより、一撃一撃の威力が高められること。
三つ、刀身の腹が広い分、盾代わりとして使い、敵の攻撃を安全に受けることが出来ること。
細かいことは他にもいくつかあるだろうが、何千回も夢中で振り続けるうちにたどり着いたのはこの三つだった。
タンクといえば盾と片手剣という装備がスタンダードらしいが、まだ体の出来上がっていない俺では盾を持ちながらの片手剣ではどうしても攻撃力が不十分な気がするので自分としてもリヴェリアさんの判断は正しいような気がする。
どちらにせよ武器の熟練度は0からだしな…
「てりゃァ!」
前方から飛びかかってきたゴブリン二体が攻撃に移る前に、横薙ぎ払いで首を切り落とし、灰へと変えた。
モンスターにも仲間意識があるのか、その様子を見て怒りを露わにするかのような咆哮を上げて襲いかかってくる一体もその攻撃が届く前に心臓のあたりを串刺しにして倒す。
「ふぅ…」
この一ヶ月間はベート先輩がかき集めてきたゴブリン地獄の中で戦っていたから攻撃を受けてしまっていたが、ダンジョンに自然に沸く程度なら問題なく狩り尽くせそうだ。
魔石を回収すると息を吐き、大剣を背中の鞘にしまうのではなく目の前の地面に突き刺し、そのまま地面に腰掛ける。
こうしておけばいつモンスターが現れてもすぐに戦えるのだとリヴェリアさんに教わったのをしっかりと覚えていた。
いつもに比べて倒した数は少ないので若干の不完全燃焼感は否めないが、いつもと違い助けてくれる人はいないので無理はしないことにして、本日のお楽しみ、リューさんのお弁当をいただくことにした。
ワクワクしながら唐草模様の風呂敷に包まれたお弁当をリュックから取り出す。
何を作ってくれたんだろう…!
風呂敷を開くと、そこにあったのはリューさんらしい、なんの変哲も無い清貧な感じの木箱……
……?
なんの変哲も無いお弁当箱って淵に血痕付いてたりするんだっけ…?する…よな
若干顔を引きつらせながら蓋を開くと、中身はなんの変哲も無いサンドイッチだった。
一切れとると、不恰好に切られたハムやキャベツがこれでもかとボリュームたっぷりパンに挟まっている。
なんだか、優しい味がする。
先輩に聞かれると大笑いされそうな独り言をつぶやいてみる。
ダンジョンから豊穣の女主人はそこまで遠いわけでは無いのだが、ふとした時にどうしようもないほど寂しくなることくらい、誰にだってあることだ。
そうったらそうなのだ。
一切れ目を食べ終わり、2切れ目に手を伸ばそうとした瞬間、お弁当の下の面と下に敷いている風呂敷の間に紙切れが挟まっているのを見つけ、指でつまんで引き出し広げてみる。
殴り書きで書かれているあたり急いで書いたようだが、ミアさんが書いたもののようだった。
「えーとなになに…何作っても炭にしちまうリューがあんたのためにお弁当作りたいって言ってきた時は驚いたさ。とりあえず私とあの子の親友とで出来る限り手を尽くすが、アンタも男ならあの子を傷つけるようなことはくれぐれも言うんじゃないよ。ちなみに弁当箱についてるのは具材を切る時に怪我したリューの血だ、安心しな。リューの怪我も、覚悟の上だったのか持参していたポーションで全快してるから心配しないこと。アンタはただ無事で帰ってきて、美味しかったといえばそれで良い……」
目頭がじぃんと暑くなるのを感じた。
リューさん…料理苦手だったのか…しかも俺なんかのために怪我してまで…
手紙にあったリューさんの親友というのは、度々リューさんの口から話題に上がっていたヒューマンの女性のことだろうか。
なんでも休業中だとかで俺が店でお世話になっている間は会うことがなかったので直接の知り合いでは無いが…サンドイッチで怪我をするリューさんに料理を教えるなら、今度菓子折りでも持ってお礼くらいはしておくべきだろうか。
残りのサンドイッチをゆっくりと味わい、思う存分長考した後、重い腰を上げて伸びをする。
「まあ、とりあえず今日は無事に帰ること!それが一番だな。うし、もうひと頑張りしてお礼代も稼いじゃうぞ!」
地に咥えさせていた相棒を引き抜き、二、三度素振りをすると、よりダンジョンの奥へと邁進して行く。
それが、のちの俺の運命を大きく変えてしまう一歩だとも気づかずに。
□◾️□◾️
「あれぇ…どこまで行っちゃったんだろう」
およそダンジョンに潜るとは思えぬ肌を露出した軽装と、それに似つかわしく無い身の丈ほどの体験を担いだアマゾネスの少女、ティオナはダンジョンの7階層にいた。
いつも英雄志望の黒髪少年と一緒にダンジョンに潜る…というよりお守りしているというベートの話では、普段なら彼は7階層くらいまでしか入らないと聞いていたのに、ここまですれ違うことはなかった。
恩恵を受けて一ヶ月のレベル1冒険者にしては、ソロでの7階層というのはそこそこ危険な場所。
リヴェリアの特別個人指導を受けているのならその危険はなおのこと身にしみているはず。
ここまで正規のルートを辿ってきたので、あるとすれば…
「迷子か、もっと下まで行っちゃったか、かなぁ。ちぇ、もうちょっと早く来るんだったなぁ」
遠征のメンバーではあるものの、普段から特に考えることもなく、準備といえば鍛冶屋に無理難題を吹っかける事くらいの彼女は、リヴェリアに言われてタイガの様子を見にきたのだ。1人でも問題ないと判断したのは彼女なのだが、それでも心配なものは心配なのだろう。
ダンジョンに潜ってなお余裕があるようであれば、大剣の手ほどきもしてやれと言われて自分が指名されたのも納得したし、何よりもともと彼には興味があった。
彼女もまたそこに登場する強くてカッコ良い英雄に魅せられた少年少女の1人だった。
だが、大抵その熱というのは現実の厳しさ——それはモンスターの強さ、ステータスを上げることの難しさ、ダンジョンに挑むことの過酷さ、など多種多様に渡りいくらでもあるが——を身に受けるたび冷めて行き、彼女くらいの年齢になればほとんどの者は、たとえ屈強な冒険者であろうと過去を懐かしむような顔で
だが、彼は違った。自分よりもいくつかは年下だが、冒険者を志した理由を問われる度英雄になりたいと顔を赤らめて話していた。
英雄になりたい、その一心で郊外からはるばるオラリオまで訪れ、モンスターを前にしても折れることなく戦い続けている。
もちろんそれだけでは無いのかもしれないが、
アマゾネスの、“自分より弱い者に男としての魅力を感じない”という本能からそれが恋慕になることは無いが、頼まれずとも朝起こしに行くくらいには仲良くなりたいと思っている。
だから、彼の将来を見届けるために一刻も早く彼の安全を確かめなければと足を急がせた。
『異世界だと知ってはいたけれど、これでは命どころかただの仕込み人形なのだわ。』
——11階層の最奥にて、体長4mを越す階層主、インファントドラゴンを血まみれの虫の息にし、その背に墓標かのように大剣を突き刺して退屈そうに伸びをする少年の姿を見るまでは。
「た、タイ…ガ…?」
不安と違和感で震える声で、よく見知ったはずの少年の名を呼ぶ。
『……まあ、ぺったんこ。見られてしまったのね…』
「ぺ、ペペペったんこちゃうわ!」
例えるならふかふかのベッドから突然槍が生えてきたような
全く予期していなかった口撃にたじろぎ、どこぞのぺったんこ女神のような口調になってしまう。あの女神の胸を思い出すと、なんだかもうそうです私は貧乳です!と宣言しているような気すらしてしまうが、もうこの際自分に不利なことは言うまい。
これは乙女の聖戦だ、負けるわけにはいかない。
アマゾネスの闘争本能を刺激され、食い気味に口撃に転じる。
「そ、そそそういうタイガだっておっぱいないじゃん!!」
『…いや、男なのだからなくて当然だと思うのだけれど』
惨敗である。
信じられるだろうか。オラリオにおけるレベル差は絶大。
にも関わらずレベル1の少年のたった一言によって、見るに耐えないほどのダメージをレベル3の少女はその小さな胸に抱え膝をついた。
その瞳からは光が失われていた。
『……そ、その。言いすぎたのだわ。ごめんなさい。彼は小さい方が好みだと言っていたのだわ、元気を出してほしいですわ』
「ほ、ほんと?!…って、タイガ…?」
自らの需要があることを知り、希望に瞳を輝かせながら辺りを見回すも、あるのは魔石と灰の山のみ。
そこには人っ子一人いはしなかった。
「……まさかゴブリン…?」
『……そこまで性格悪くはないのだわ。私が体を借りている彼のこと』
「体を借りて…あれ?」
そこでようやく先ほどまでずっと感じていた違和感の正体に気づき、ドラゴンの上に立つ少年の顔を見上げる。
「瞳…金色だったっけ…?」
「グガァァァァ!!!!」
と、突然あたりに熱が蔓延する。
早く引かなきゃ…!そう走り出そうとした瞬間、景色が金色に染まり、一切の身動きが取れなくなる。
理解できずに強引に筋力でどうにかしようとした瞬間、遥か頭上から声が降ってきた。
『じっとしていた方が身の為なのだわ。』
その声で我に返り、ハッとする。
周りを覆い尽くす炎から熱を感じない…?
これはタイガの魔法…?
でもタイガの魔法はドーム状で、こんな体ぴったりに膜を張るみたいに使えるなんて…
次の瞬間、龍の断末魔とともに大量の血と灰が飛び散り、あたりに静寂が取り戻された。
「っと!」
立ち上がろうとした瞬間に固められていたため、突然解放されたため、体のバランスを崩し尻餅をつく。
『ここで見たこと聞いたことは私と貴方だけの秘密にしていてほしいのだわ。』
まるで塀から飛び降り身を翻した黒猫のように。
およそ体の何倍もある龍を殺した者とは思えないほど、優しくふわりと。
尻餅をつくティオナの前に着地してみせる。
そしてダンジョンの怪しい光に照らされながらお茶目に、妖精のようにいたずらっぽい笑顔でただし!と付け加えた。
『貴方の質問に出来るだけ答えてあげるのだわ。出来るだけ、ね?』
それはまるで冒険譚の始まりの一節のように。
少年の中には何かがいて、その何かを自分だけが知っている。
それだけで。
英雄に憧れた少女が秘密を守るには十分すぎるものだった。
□◾️□◾️
「あれ…俺は…」
「ん!起きた?おはよー!」
不思議な浮遊感に目を覚ます。まずはじめに感じたのは鼻をくすぐる髪の感触。
そしてすごい勢いで吹き付ける風だった。
「てぃ、ティティティオナしゃん?!」
ハッとし、自分の置かれている状況を瞬時に理解した。
ティオナさんの背に、背負われ、俺がもともと持っていたバッグはティオナさんが前に背負っていた。見覚えのない巨大な大剣と、俺の愛剣もしっかりと抱えられており、風に吹かれてかちゃかちゃと音を立てていた。
「そうそう、やっぱり君はそれが君だよねっ!」
「な、何をっ?!うわあぁあぁ?!」
「なんでもなーい!」
よく意味のわからないことを言って満面の笑みを背中越しに向けるティオナさんに詳しく聞こうとするも、さらに吹き抜ける突風に語彙を失った。
下を見て、愕然とする。ティオナさんは空を駆けていた。
いや、違う。
正しくはレベル3の脚力によって建物の屋根を伝い、疾走していた。
先ほどの突風は、気まぐれでティオナさんが飛び上がったからだったんだ。
「ねえ!タイガー!」
「なんっ、ですか!ティオナさん!」
風に邪魔されながらも、なんとか声を張り上げる。
月が、すぐ近くにあった。
手を伸ばせば届きそうな金色。
普段は歩くのに一生懸命で、目に入らなかったせいで。
いや、見ようとしなかったせいで気付かなかった星々は、明るさも色もまちまちで、けれど確かに輝いていた。
暗い紫のキャンパスに、気ままに撒かれた光の中で。
英雄に憧れた少女は、英雄を目指す少年に笑顔を向けた。
「もし英雄になれたら、タイガは何がしたいの?」
「それ…は」
「答えなくて良いよっ!」
「えぇ?!」
「けど約束して!パーティメンバーが見つかるまでは、やっぱり私とダンジョンにいこ!…だってさ!」
ストン、と地面に着地し、タイガを背から下ろすと、バッグを背負い直して今度は右手を目の前に差し出してきた。
な、何を…?
理解できずにオロオロしていると、ティオナさんは無理やり俺の左手を取って固く結んだ。
「だって英雄には、可愛いヒロインがつきものだもんね!」
あーあ。夕方に戻る約束だったのになぁ。
こうなったら何とかしてティオナさんにも一緒に怒られてもらおう、うん、そうしよう。
あんな冗談みたいで、格好のつかないセリフを、大真面目に可憐な笑顔で。
そのくせにどこか不安そうな表情で言うものだから、俺は夜の帳に頰の朱色を隠すしか無くなるのだった。
閲覧お気に入り励みになります!ありがとうです!
書きたいシーンが先すぎて、□◾️□◾️多めでしたがこれからはじっくり書くので文量増えると思います、
拙い文章ですが俺からもおつきあいよろしくどうぞです…!