「本当に驚きましたよ」
目の前の黒い物体こと黒霧は私にそう文句を言ってきた。
だが、それは私も同じだ。
何せこの男、女の子の部屋に無断でワープしてくるし、まあ、私たちがあっているのを見られるのは避けた方がいいから、それは百歩譲ってそれは良いとしても、なぜ、この洗面所と玄関の短距離をワープして現れるのか!
おかげで心臓が止まるかと思った。
考えても見て欲しい。洗面所で顔を洗っていたら、背後から黒い何かが広がる光景を鏡越しで見た私の心のうちはもう、恐怖で一杯です。
叫ばなかったのを褒めて欲しいくらいです。
「何であなたが化粧なんてしているのですか。お陰でトラウマ間違いなしの光景を見てしまったではないですか。せめて明かりくらい付けてください」
まあ、確かに暗闇で入り口から入る光にボオッと浮かび上がる化粧が崩れた不気味な顔は怖いでしょうけど、それは此方も同じなのだが。
「顔を洗い流すだけだったから明かりをつけていなかったんだよ」
まあ、本当は崩れていく化粧を見たくなかったからだけど、まさかこんなことになるとは思いもしなかった。
「とにかく、いきなり背後から現れないでください。そうすればこんなこと起きなかったのですから。それにリビングで待っていてくれればよかったのに」
恨みがましく彼に言うと、彼は首をかしげる。
「いえ、ですがこの日この日時を予め指定してあったのですし?以前あなたの所に来たときはあなたの所まで挨拶して欲しいと言われたのですが?」
不思議そうに彼に言われ、ぼろが出てしまったのかと焦る。
どうする。ここで下手に何か言えば怪しまれる。訝し気にされるだけならばともかく、裏切っているのではないかと勘繰られたら最悪だ。
私は必死に考え、一つの必殺ワードに行きつく。
起死回生の一手はこれだぁぁぁぁぁぁ。
おっと、これは女の子らしくないか。リテイク。
起死回生の一手はこれですわぁぁぁぁぁぁ。
………………葉隠ちゃんのキャラに似合わなすぎる。
まあ、いいや。
「そんなんだから黒霧さんはいつまでたっても童貞なんです。草食系なんてヘタレの証!もう少し複雑な乙女心を理解して欲しいです」
「………………」
………………大丈夫かな?
無言の彼がものすごく怖い。
「そこまで言いますか」
しばらく無言だった彼は地面を向きぼそりと言う。
まさか、本当に童貞だったのでは………………。
「すみません」
「いえ、謝らないでください」
彼は余計傷ついた表情をたぶんしていた。
まあ、彼も私と同じく顔の表情なんてわかる由もないから、雰囲気と、男だった時にやられて傷ついた経験からそういう表情をしているだろうなっていう勘だけど。
まあ、とにかくこれで有耶無耶になっただろう。
それに女性の化粧をのぞき見と、裸の少女を見たのだからこれ以上追及など出来まい。
くくくくく。計算通り。
見えないことをいいことに私は顔が緩むのを禁じえなかった。
しかし、彼も仕事人。すぐに立ち直ると、要件を切り出してきた。
「まあ、今回は謝ります。それよりもあなたに指定した日に此方も行動を起こします。その詳細を伝えに来ました」
これはマスコミの扇動のことかな。
「当日マスコミを利用して騒ぎを起こします。その隙に情報を取って来てください。これは小型カメラと、メモリです」
そう言って彼がスパイ道具を取り出してきた。
この時私は図らずも胸が高まった。
なんせ元は男。こういうスパイものは大好きだった。スパイ道具って響きも素晴らしいと思わないかな?
だからこそ現物を見て私は思わず黒霧の顔をはたいた。
まあ、霧だからすり抜けたけど。
「いきなり何をするのですか」
「いや。これ見せられたら当たり前じゃない?」
そこにはあるのはどう見てもローターと言われる大人の玩具にしか見えなかった。
勿論手に取ってみるとそれがちゃんとしたスパイ道具なのは分かる。
だが、これを透明になるために裸になった少女のどこに隠すのか!
興奮する。
自分がそれをやるのでは無ければ。
「童貞拗らせ、遂に変態にジョブチェンジですか。これで私に何をしろと。これで自分を慰めろといいたいの?」
そこでようやく彼は私が何を言いたいのか気が付いたのか慌てて弁明をする。
「いっいや。これはそう言うモノではない。これは口とかに隠しやすい様に設計されているんですよ」
口、それは下の口のことか………………。
………………恥ずかしい。自分の早とちりだったぁぁぁぁぁ。
そう言えば前世の自分も童貞拗らせてたんだった。てへぺろ。
明らかに真っ赤になっているであろう顔だが、この時ばかりは透明な顔に感謝だ。
冷静に対処すればいいだけだ。
「そっ、そそそ、そうだよね。うんうん。私が言いたいのは、それを、えっとね。そうだ!それを隠す時、私裸にならないといけないけど、脱いだ服をどうすればいいのかなって。もし誰かに服見つかった次の日から私痴女だよ」
黒霧は少しほどゆらゆらしたかと思うと、一旦立ち、コーヒーを淹れ戻ってきた。
「服は私が預かります。ご安心を」
大人な対応だ。
何でこの人はヴィランなのだろう?普通に引く手あまただと思うのだけれど。
「ではこれで」
そう言うと彼は消えて私は一人になった。
ズズズ
部屋にコーヒーを飲む音だけが聞こえる。
そして飲み終わりカップを静かに置くと、私は無言でベッドに倒れ込む。
「恥ずかしィィィィィィィ」
悶絶するのである。
彼の優しさがつらい!
本当はもっと言わなければならないことがあるのにわざわざ明日にしてくれたよ。
さりげなくコーヒーの隣に次回改めて来る日時を書いた紙をさりげなく置いているよ。
超絶紳士。
何であの人童貞なの。
余りの恥ずかしさにこの日私は部屋からどころか、ベッドから出る気が起きなかった。