さしてよくもないララバイを─世界の滅亡を阻止する私の探偵録─ 作:大和亀蔵
□004
あのガゼボから10分ほど歩き、庭園の奥地に構えた星神様のお屋敷に私はいた。
屋敷にも別にこれといって名前はないようなので、星神邸と仮に名前を付けておく。
外見だけでも十分に立派な(それこそ学校と勘違いするくらいには立派な)星神邸内部は、いかにも高価そうな絵画や壺やらが配置され、シャンデリアにカーペットに囲まれながら、これまた、いかにもな長机に...。
とまあ、ややこしくはなるが、絢爛豪華な屋敷で昼ごはんをご馳走になっていた。
腹が減っては戦はできぬ、頭に糖分を回さないと考えることも出来ない。
別段私の持論ではなく、トレセが言ってみせたことで、呑気にも、計画的にも私はミートパスタを口に運ばせていた。
今手にしているこのフォークも、いかにもな高級さを感じさせていた。
「うわ、うっま。」
「それはそれは、まあ、ワタクシが作りましたから。」
「最早、謙遜さえしないっ?」
でも、本当にこのミートパスタ美味しい。
ほどよい塩味に、上にかかったトマトソースと相まって肉の旨味が引き立っている。
ほんのりとした甘味もまた、今までに食べた事のないもので、これがアーウェルの塩の味なのだろうか。
パスタは単純なようでいて、作るのは意外とシビアな料理だ。
カレーやハンバーグといった、誰もが美味しく作れる料理とは違って、ゆで時間、塩の量と作り手のセンスが試される。
もちろん、ある程度の美味しい作り方はあるが、その程度を越えたこのパスタは、トレセの腕の良さの証明とも言えるだろう。
そもそも、ボロネーゼは滅茶苦茶作るのが手間だったりもするのだが。
...本当にメイドさんだったんだ。
そんな感想を考えているうち、あっという間に皿の底が顔を出していた。
「ご馳走様。えっと、そのありがと。お昼つくってもらっちゃって。」
「......。」
「トレセ?」
「ああ、すいません。味に問題はなかったですか?」
「問題もなにも、習いたいくらいだけど。」
私も作れるには作れるが、家庭の味が限界だ。
奥の深い味わいというか、プロにも負けないこの味は素直に尊敬する。
「講義1回いくらとりましょうかね。」
「.........せんせー、私はパスで。」
「それは残念です。栄えたる会員1号特典として、トレセちゃんと行くミスティコツアーにご招待しましたのに。」
「......。」
わりと行きたい。
「冗談ですよ。実の所、他人に料理を振る舞うことなんて2年ぶりでしたから。腕が衰えてなくてほっとしたまでです。」
そう言うと、トレセは笑顔をつくってみせた。
2年ぶり。
2年間。
同じ事をし続ける主を見てきた。
死んだけど死んでいない主を。
この人は、どうやってその孤独と戦ってきたのだろう。
考えるまでも、聞くまでもないが。
「それにしても、パスタなどで良かったのですか?言ってくだされば腕によりをかけましたが。」
「ガイドブックに塩が美味しいってあったから、パスタが食べたくなっちゃって。え、お塩、アーウェルのだよね?」
「アーウェル産ですよ。しょっぱさよりも甘みがややあるのが特徴ですね。思い切って大量に使うのがコツでしょうか。」
「へえー。」
やはり、あの甘味は塩のもので間違いなかったようだった。
鎌太郎さんが欲しがるのも納得できる。
ちなみに、鎌太郎さんはパーフェクトオカマ死神なので私より料理が上手い。
それでもトレセの方がやや上...なんて言うと鎌太郎さんは拗ねるだろうか。
拗ねる鎌太郎さん、見たい。
「それと、隠し味に味噌をソースに入れるのも重要で......やっぱり、いくらか取りましょうか。」
「唐突の有料宣言!?」
「なんせ現役メイドが作ったものですからね。レクチャー代、トレセちゃん萌え萌え代金も含めて割増でいきましょうか。」
「考え方が横暴すぎる!」
しかし、世の中にはメイド風喫茶店というのもあるにはあるらしく、(こすぷれ喫茶とも言うらしい)首都の方では流行ってるとか流行ってないとか。
普通のオムライスでも、通常のレートよりも高いお値段なんだとか。
「ま。無料ですのでご安心を。久々に嬉しくて高揚したまでです。」
トレセはおだてすぎると、怖い冗談を言う。
よし、覚えた。
「そういえば、星神様は?」
お腹空いた宣言をしていたものの、肝心の彼女の姿を屋敷で見ていない。
トレセ本人も、昼食は共にしたと口に出していたような。
同席したいわけではないが、行方は気になる。
「お嬢様でしたら、部屋にこもって読書の続きですね。」
「あれ、そうなの?」
「本来ならワタクシとご昼食だったのですが、どうしても本が気になるとかで、あの日はすぐに部屋に戻られたのです。この説明を付け足すと、文章的に長くなるので、適当にあの時は省いたわけです。」
「やけにメタい。」
しかし、表紙もやや擦り切れていたし(年月によるものでもあるだろうけれど)神様を夢中にさせる本の内容ってどんなのだろう。
「では、そろそろ始めましょうか。」
華麗に私の指摘を受け流し、どこからか『イムお嬢様殺神事件』と御丁寧にも、チョークで図解表まで書かれた小さめの黒板を掲げ、作戦会議は始まりを告げた。
殺人じゃなくて殺神なところにこだわりを感じる。
もちろん、被害者には星神様、容疑者には私の父(加えてバツマーク)。
関係者に私とトレセが書き記されている。
「分かりきってはいますが、被害者は我が主、星神でありますイム様。容疑者は貴方の父親でありますが、すでに死亡を確認しています。彼とお嬢様の接触自体は12年ほど前にはすでにあり、今のような状態に陥ったのは2年前あたりです。」
12年前。
私が死界へ送られた年。
一度、私が死んだ時だ。
「お嬢様は星神ですので、最強です。魔法耐性99%、物理耐性99%、詠唱省略、オートカウンター、状態異常耐性99%、天使、悪魔、神特攻...とまあ他にも色々とあります。」
「耐性100%じゃないんだ。」
100%なら、それこそ本当に超人...じゃなくて超神なのに。
「ええ。一応はこの世に生を受けるものである以上、倒す事も可能ではあります。ですが、今の世の中、正攻法でお嬢様を打ち負かす人間など、恐らくおりませんよ。」
「正攻法、ね。」
私の父の殺め方のそれは、まともではない。
それこそ、魂を縛り付ける事でもしないと、人は彼女を殺せない。
魂を止めるような事をしなければ。
「肉体的ではなく、魂という死角をアナタの父親は攻めてきました。結果は案の定、ドハマリMAXなわけですが。」
「......。」
なんだろう、トレセって、胸キュンとかドハマリMAXとかそういう言葉を使うのが好きなのかな。
美人な人からいきなりそんな用語が出てくると、中々反応に困ってしまう。
「で、です。再三言いましたが、容疑者はお嬢様を殺害せしめんと21の魔導道具、ミスティコシリーズと呼ばれるそれを仕掛けてきました。現在猛威をふるっているのはナンバー1、面白みのないウロボロス。方法は魂の拘束です。」
ウロボロス。
先程食べたパスタみたいに長い一本の蛇じゃなく。
輪廻と永遠を象徴するがごとく、星神様の魂に食らいつく円環の蛇。
まだ、蛇と決まったわけではないけど。
そう、その正体は未だに掴めない。
掴めていない。
「議題はウロボロスは何なのかって事だよね?」
「ええ、そうです。貴方の封印術とやらは正体が分かりきっていないと使えないと聞いていますが。」
「厳密には、対象を視界に確保する必要性だけどね。というか、誰からその話聞いたの?」
「死神ご婦人です。アナタにとってはお婆ちゃんと言える方の。」
「知り合いだったの?」
驚き桃の木山椒の木。
「むしろ、あの人から色々と教えてもらったのです。ミスティコシリーズやアナタのことも勿論。かなりご助力を頂きました。アナタがここに来たのもあの方と出逢ってこそですし。」
なるほど。
前々からトレセがどうして、顔の知らない私の事を知っていたのか気にはなっていたが、そういう事なら納得がいく。
もっと早めにというか、手紙に書いといて欲しかったよお婆ちゃん......。
一言足りないのは、あの頃から変わってないみたいだ。
「ちなみに、私のこと、どんな風に聞いてたの?」
「顔つきは整っていて、見るからにおどおどとして、駅に降り立つなり誰かと通信魔法をして、だるそうな面をしてる奴がいたら、そいつ......とだけ。」
「あながち間違ってないのが辛いわ。」
散々な酷評っぷりだった。
気怠かったのは紛れもない事実ではあるけども。
おどおどは、してないしてない。
甘いなお婆ちゃん。
「その程度ですかね。加えるなら、アナタの事を話しているご婦人とても喜々としておりましたね。神からあんなに好かれるなんて誇ってもいいと思いますよ。」
「あんまり嬉しくないかなあ。」
「ここにきてツンデレキャラの発掘ですか?」
「いや、本音です。」
お婆ちゃんも鎌太郎さんも、人間的に見るなら変な人だし。
神としては凄い方だけど。
人としては見習いたくはない。
「ツンデレで思い出しましたが、お嬢様は攻略に時間かかりますよ」
「攻略て」
言い方。
あと、まだ一言も会話も、そもそも認識さえされていないのに攻略も何もへったくれもない。
「なに系で行きます?肉食、草食、最近はやれやれ系とかいうのもあるらしいですけど」
「なんで、私が星神様落とす前提なの...」
「お嬢様のフラグは見抜けにくいですよ。爆弾管理はしっかりと。」
「聞いちゃいねえ」
あと、フラグに爆弾って何?
「しかし、まずはワタクシをおとさないことにはお嬢様は落とせません。あの方はいわば隠しキャラ。ワタクシの懐柔が容易だからと言って、お嬢様のその通りにいくとは限りませんよ。」
「...?」
「首をかしげる余裕っ?だ、だめです。お嬢様をおとすには、まずワタクシをおとしてから」
「いや、そのさ。トレセとこんなに会話が弾んでいるのも、トレセが優しくていい人だからでしょ。むしろ、私がトレセに落とされているんじゃ?」
「......。」
「......。」
沈黙。
「深淵を覗くとき、深淵もこちらを覗いているとは真のことだったのですね。やれやれです。」
「......。」
何を言っているのかは分からないが、トレセはやれやれ系だった。
さておき。
「コホン。話が脱線しましたね。戻しましょうか。そもそも、ウロボロスと言うのは、人間の空想から、神が何気なしに創り出した蛇の事を指します。自分の尻尾をかんでいるのは有名ですね。ギリシャと呼ばれる国での言葉が語源と言われています。」
「何で自分の尻尾噛んでるの?」
「象徴的なものであろう...との事です。文化に違いは見れども、蛇は死や生の具現ですからね。一説ではある人間を妨害するために円になったとか。逆に、守るために盾のように円になったとも言われていますね。それに、1匹のパターンと2匹のパターンもあります。」
「2匹?」
「こう、横に8の字を倒したような感じに絡み合っているのです。無限と言うのでしたっけ。王冠を被って羽もついて、ワタクシ的には可愛らしい姿だと思いますよ。」
「じゃあ、2匹いるかもしれない可能性があるんだ。」
あるいは2個。
「あるかもですね。何かペアになっている可能性は、無きにしも非ずかと。そう言えば、東の方では長寿の亀と蛇を合わせた、玄武と呼ばれるモノもいるらしいですよ。2つ合わさると最強に見えますね。」
「しかもどっちも脱皮するし。」
「それこそ、脱皮するからなのかもしれません。」
「でも、あれは?不死鳥だっけ。」
「不死鳥は死んで生き返るものです。無限と、生き返りの繰り返しはまた違うのです。」
「そんなもんなんだ。」
「そんなもんです。ともあれ、かつてから人間は生にやたら執着心があるようで、その心がウロボロスを生み出したと言えるでしょう。今回に至っては、1日を繰り返すその様の例えなのでしょうけど。」
1日を繰り返す。
面白みのない。
つまらない。
退屈な。
代わり映えのしない1日を。
「お父さんは何を持って、この名前をつけたんだろう。」
「それは本人しか分かりかねないですね。娘ですし、何か分からないのですか?」
「血の繋がった娘だけど、顔も声も知らないし、ましてや考え方なんて、もっと分からないよ。トレセだって、私の事は聞いてたらしいけど、人相までは把握出来なかったでしょ?」
「言いますね。実際にそうではありましたが。聞いてた話からはもっと無愛想な方かとも思っておりましたし。」
「意外と口うるさくて面倒くさいでしょ。」
「そんな事は。積極的でよろしいと思いますよ。」
「口がうまいね」
「あと、胸も大きくていいと思いますよ。」
「それは余計。」
物は言いようである。
あと私の大きさはどちらかと言えば普通。
「とにかく、たとえ今の考えが違っていようが、お嬢様が救われればなんでもいいのです。過程よりも、我々が重要視しなければならないのは結果です。お嬢様が救われれば、とりあえずそれでOKなので。」
「んーそんなこと言うなら、適当にここにあるものを封印しまくってみる?数うちゃ当たるかも」
「ちなみに取り出すことは?」
「私、封印限定の専門家だから」
「論外ですね。頭は使っていきましょう。」
「さっせん」
過程をすっ飛ばしたら怒られた。
まぁ、私の封印術も一日に限界があるので、そう何度も何度も使えるわけではないのだけど。
「やはり、アナタの父親が仮定したウロボロスが何かを割り当てないといけませんね」
「もう一回聞くけど、蛇じゃないんだよね。」
「おそらく、とだけ。その名前を聞いて一応と、蛇用のトラップをこの屋敷中、庭園中に仕掛けましたが、かかることはなかったので、この島に蛇はいないと仮定しています。死神ご婦人も魔導道具と述べていましたし、何か無機物の名称かと。」
「なるほど」
「ちなみに、蛇の多くは毒をもっていますので、捕獲の際はご注意を。」
「あ、うん」
今のは、誰に向けてのものなのだろう。
でも、有毒爬虫類の99%は蛇らしいし、本当に蛇を捕まえるときはご注意を...。
「ウロボロスというのが肝なのでしょう。ただの蛇ではなく、ウロボロスという固有名詞を使っている処が特に」
「円環であるもの、もしくは尻尾をかんでいるような様を連想させるものってことだよね」
「何かありますか?」
「ドーナツとか。」
「.........お昼ご飯足りませんでしたか?」
「ごめんごめんごめん!ぱっと思いついたのがドーナツだっただけだから!本気ではないから!」
「ほんまに?」
「ほんまに。」
「神のまにまに?」
「まにまに。」
なぜ、方言、なんで古典。
しかしこれと言って、本当にそれくらいしか思いつかない。
トレセに怒られたくもないし、ちゃんと頭を働かせないと。
アプローチを変えよう。
「また、話が離れるかもしれないけれどさ。常に星神様をあの状態にしてるってことは、もうすでに浸食されきってしまっている考え方でいいの?」
適当な思いつきを口に出す。
「......いえ、お嬢様は状態異常耐性持ちゆえに、大体の状態異常は一日あれば完治します。しかし、毎日あのご様子と言うことは、少なくとも毎日魂を拘束する何か術式をかけられていると考えるのが妥当でしょう。」
「それじゃあ、星神様をずっと見てたら自ずとその時が来るんじゃ?」
「ええ、そうです。そう......なのです。」
「トレセ?」
少し間を置いて、トレセは申し訳なさそうに声を出す。
私の発言の何がトレセの心を沈めたのか分からず、阿呆にも、上擦った声で聞き返すしかなかった。
「気付いておりませんか。元はと言えば、ワタクシが犯行時刻にお嬢様のそばに居合わせていれば、こんなにややこしい事にならずにすんだのです。」
「それは...」
彼女の発言を回帰する。
12年前、2年前。
確かに、彼女は私に詳しい犯行時刻を述べなかった。
それさえ分かっていれば、トレセの仮定が正しければ、ウロボロスが魂を拘束時間を容易に割り出せる。
時間が分かれば、その時に起こる異変にだって。
「でも、まだっ!トレセの言ってることが本当かわからないし!それに!ずっと、星神様を見ていればわかるかも!」
「そうですね。2年前のワタクシも全く同じ事を考えて、3日徹夜して、お嬢様をずっと見ていたものです。」
「......。」
「結果、兆候も、変化の時も何もわからず、変わらない毎日を淡々と繰り返すお嬢様をみて、酷く自分に失望したものです。」
過去を吐き捨てる彼女の目線は下にへと、落ちていた。
少し。
少し考えてみれば、トレセほど忠誠心の深い人間であれば、主の身を心配するのは当たり前のことだ。
それこそ彼女なら、一か月だってやり遂げたに違いない。
軽率にも私は彼女の忠誠心を馬鹿にしてしまった。
「ごめん。」
「何を謝っているのですか。」
「だって!......っ!?」
主張を通す前に、押し黙ってしまう。
そこには、深々と頭を下げたトレセがいたからだった。
出逢いの時のカーテシーのような、軽いものではない。
深く、深く。
「むしろ、その言葉を言うのはワタクシの方です。軽率にも、あの時のワタクシはお嬢様の身を案じていなかった。1人でいたいあの人の思いをくみ取ってしまった。愚かにも誤っていた。」
それはきっと、彼女が押さえ込んでいた2年分の想いなのだろう。
抑えきれなかった孤独の想いが、後悔が、私へと浴びせられていく。
「私は駄目な従者です。主の身を案じれない最低の従者です。ワタクシがしっかりしていれば、神の手を煩わせる必要もなかった。アナタがここに来る必要もなかった。お嬢様は今日を生きていた!」
初めて聞く、彼女の強い口調。
「お願いです。ワタクシの責任であるのは分かっています。それでも、お願い致します。主を、お嬢様を救ってくれませんか。ワタクシの代わりに、お嬢様を見てくださいませんか。」
そして、最後に込められたのは、私への懇願だった。
過去の自分の責を背負うように。
任を私に託すように。
でも、背負うのはトレセじゃない。
それを背負うべきなのは私の父で、そして、私なのだから。
私は、それに答えないといけない。
いや、答える。
むしろ、それが使命だ。
「......まかせて。」
静かに、そう言ってみせる。
「..............お願いいたします。」
ゆっくりと姿勢を戻し、彼女の目元が赤くなっていた...なんてそんなことは無い。
泣いてしまえば、それはきっと彼女が思い描く理想の従者ではないのだから。
弱さを見せるのはさっきのでおしまいなのだろう。
会ってまだ1日も経っていないが、むしろ、彼女らしいとさえ、そう思えてしまった。
さあ、私の初仕事の始まりだ。
とりあえずは、神様を助けて、メイドさんを笑顔にして。
ついでに、世界と人類を救おう。
□005
「......。」
「......。」
「......。」
「......。」
ポチャンと、水滴が水面を跳ねる音が響く。
場所は星神邸(仮)1階。
そして、風呂場。
温泉と言える広さの浴槽に星神様とつかり。
屋敷がでかいと風呂もでかいとか、そんな事も考え。
私は星神様と裸の付き合いをしている。
決してサボタージュしているわけでもなく、星神様の行動上、仕方が無い事だった。
回想。
午後12時45分。
「それでは、ワタクシはこれから下界へ赴かなければならないので、アナタ1人で頑張って頂くことになります。そこで、これを。」
「これ...まさかだけど。」
手渡されたのは1冊のメモ帳。
目を通すと、事細かく分刻みに星神様の微動の行動さえも記されていた。
正直ドン引く。
「ええ。お嬢様の行動表です。時刻、場所共に正確に記してありますのでご安心を。ぜひともご活用くださいませ。あと、ひとつ約束を守って欲しいのです。」
「約束?」
「午後13時以降、本を読んでいるお嬢様の半径1メートル以内の領域には、絶対に侵入しないでください。」
「......なんで?」
「端的に言うと死にます。」
「......らじゃ。」
重みのある忠告も受け取り、あんぱんと牛乳はないが、トレセから貰った分刻みで書かれた星神様行動表を参考に、どこまでもだだっ広く真っ白な空間という不思議な場所にて、私は探偵のはしくれらしくハリコミを開始した。
場所的には屋敷の地下にあたる。
だだっ広い空間というのも、畳で例える広さではなく、それこそ体育館とか、ドームとかそんな規模で比較するのが正しいが、これがまた、中々に、かなり散らかっていた。
足場はあるのだが、点々と10mほどの高さの本の塔があちらこちらに築かれていて、視界はかなり制限されていて、まず、星神様を、見つけるのに時間がかかってしまう。
おまけに、その塔の内の1つ、更にはてっぺんにて腰を下ろす彼女は見つけたが、下から仰ぎみて確認する他なかった。
勿論、私も本の塔の頂上にて星神様を監視できるのならしたいのだけど、人間は8mを超える高さに身を置くと、恐怖を覚える生き物なのだ、察してほしい。
余談だがジャンルは伝記や童話が多かった。
約2時間後の午後14時16分。
端的に『お嬢様移動』とだけ書かれていたので、てっきり徒歩なのかとぼけっとしていたら、瞬間移動されてめっちゃ焦る。
お嬢様(瞬間)移動だった。
確かによくみれば、次の行動項目の『庭園にてお茶の時間』までのブランクが1分もなかったので、どういう事なのだろうと思ってはいたが、そういう事だった。
瞬間移動は、超高等魔法であるとだけ述べておく。
一応ここまでで、星神様にそれといった術式の兆候は見られない。
午後15時04分。
また庭園のガゼボへと移動した星神様を無事に発見する。
お茶の時間とはいえ、星神様は自分で淹れるのがお好きらしく、ミントティーを丁寧に抽出して飲んでいた。
ただ、行動は大して変わらない。
時折カップを持ち上げては、ミントティーを口に運ぶものの、視線は本だけに注がれていた。
そこまで星神様を熱読させる本の内容はどんなのだろう。
星神様も認めた面白さっ!
なんて、宣伝文句でもつければ、瞬く間に売れるような気もする。
擦り切れた表紙には、タイトルも書かれていないので、後ろに回り込んで、少し期待感も含んで盗み見してみる。
「...ん?」
目に飛ぶ込むのは空白。
真っ白なページ。
何も、何も書かれていないページだった。
たまたま、開いているページがそうなだけなのかもしれないので、少し待ってみる。
捲る。
捲る。
捲る。
「......まじ?」
変わらない真っ白なページを星神様は捲っていく。
言わばそれは、読書をするというよりは、目に白いものを入れていると述べた方が正しくて。
外側は赤く、中は真っ白な箱を眺めているだけである。
それでも、星神様の視線は横にへと移動していて、文字を追っていることは明らかで。
私には見えない、何かを読んでいた。
『敵対象を認知、オートカウンター最低レベルで起動』
「え?え?え?」
本の中身に没頭している内に、星神様のものではない、機械的で冷淡な声が私に届く。
気付けば、内容が気になるあまり、1メートルなど余裕で踏み込んでいた。
トレセの言葉を思い出す。
─端的に言うと死にます
......。
それはいけないっ!
『発射まで10.9.8......』
そして、まさに私の死のカウントダウンが宣告されていた。
星神様は変わらず本に目を通しているにも関わらずだ。
とにかく逃げよう!
10秒でなら50メートルは走れるであろう滅多に使わない体力を使い、星神様から急いで離れる。
振り返って状況を確認すると、甲高い音ともに星神様の頭上に魔法陣が展開され、魔力で満ち満ちた光球が出来上がっていた。
おいおいおい、あれは死ぬわ。
一瞬の判断がそう下す。
アレをくらえば、血肉も、骨も、いや灰すら残るかさえ怪しい。
最低出力とは思えないほどの、魔力の塊が空気を揺らしていた。
『2.1.0...発射。』
そして、カウントダウンがゼロを告げた。
「きゃんっ!?」
50メートルなど些細な距離だったようで、一瞬にして轟雷にも似た音が私の鼓膜を揺らす。
運良くも、放たれた光球は私の頭を捉えることはなく、ギリギリ耳元をかすめただけに至り、おぞましい魔力の塊は空気を裂きながら、そのまま雲の海にへとのまれていった。
『一定のシークエンス終了。対象の存在なし。オートカウンターを終了します。』
星神様が展開していた魔法陣が消えていく。
どうやら、第2波は来ないようだった。
「ふぅー............。」
その場に座り込み安堵の息を吐き出す。
死ぬかと思った。
生きていたからいいものの、完全に私のミスなのでバレたらトレセに絶対怒られる。
幸い庭園が荒れていたりはしていないので、何とかなりそうではあるが。
気が重い。
ここから、3時間ほど何事もなかったように星神様はカップを片手に本を黙読し続け、流石に欠伸もでてきた頃に、両手にいっぱいの荷物を抱え、見るからに買い出しらしき作業から帰ってきたトレセと合流した。
「6時間ほどですが、お疲れ様です。長旅でお疲れのところもありますし、そろそろお嬢様はお風呂の時間ですので、ご一緒に入ってしまってはどうでしょう?」
「あー、うん。ありがとう。ところでなんだけど、普段からメイド姿で買い物に行くの?」
「そんなわけないでしょう。」
何を言ってるんだ此奴とでも言いたげな目線を送られる。
「こちら側にいる間はメイド姿なだけですよ。下界にいるときはこんな風に。」
器用にパチンとトレセは指を鳴らす。
途端、一瞬にして光が彼女の身を包んだかと思えば、ひらひらのメイドの衣装から、飾り気のないワンピースに麦わら帽子を着飾ってみせた。
美人なのは変わらないが。
「どういう原理?」
「空間魔法の応用です。テレポーテーションに近いかと」
「ほえー」
出来ることは知っていたが、実際にできているところを見るのは初めてだった。
単純にすごいと思う。
もう一度指を鳴らし、トレセはメイド姿に戻ってみせた。
「私のメイドとしての心得の問題ですね。不必要に、大して忠義を尽くさない人間にメイドの姿は見られたくないのです。メイドたるもの、尽くす相手にのみその姿を見せるものなのです。」
「あれ、でも、私と会った時って」
駅ではメイド姿だったはず。
つまるところ。
「つまりはそういう事です。ワタクシの期待に応えられる方であると、見込んでおりますよ。」
どうやら、私はトレセにとって忠義をつくすに値できる人間なようだった。
素直に嬉しい。
このまま押し通せば、約束を守った事も何とか誤魔化せるような。
「そう言えば下界は騒ぎになっていましたよ。なんでも砲撃が降ってきたとか...神がいないはずなのに、神からの天罰だとかなんだとか......ちらっ。」
「すんませんでしたー!」
まあ、誤魔化しようがなかった。
よくよく考えてみれば、アーウェルには神やらがいない。
迂闊。
兎も角、スライディング土下座を決め、腹を括る。
「別に怒りの感情をぶつけるつもりはありませんよ。むしろ、生きていてよかったくらいです。」
「怒らないの?」
恐る恐る顔色を伺ってみる。
「事故など誰でもあることです。アナタも何か掴めそうだったから危険を冒したのでしょう。そう、考えてもよろしいでしょうか。」
「よろしいです。よろしいです。」
「では、そういう事で。一応耳に残して置いて欲しいのですが、下では騒ぎになっています。お嬢様が放たれた一撃の落下地点は汽車が通る線路であったようで、復旧作業により本日の運行は一時停止しておりました。」
「うわー...」
自分のやらかしを言葉にされるのは、それはそれで辛い。
「幸いにも落下地点首都行きの汽車のレールじゃなかったのが救いですね。首都への帰宅者は無事に帰れているようでしたよ。開通後初めての大事故らしいですが。」
「それは...何より。」
何よりだが、被害が及んでいる事実は変わらない。
私、捕まったりしないだろうか。
「心配せずとも大丈夫でしょう。ここを探り当ててもアリバイを実証できる者はアナタ以外おりませんし。」
「そ、そうだよね。」
そもそもここは上空4000m。
警察が、しかも、人間が普通に追ってこれる場所ではない...はず。
「おっふろーおっふろー♪」
そんな話をしているうちに、星神様が移動(徒歩)を始めていた。
次は30分ほどお風呂の時間。
待ちに待っていた、チャンスでもある。
「私行くけど、ちょっとだけ聞いていい?」
「なんでしょう?」
「星神様めっちゃ可愛くない?」
「知ってます。」
淡々と真面目に、くだらない事で真剣な顔になる。
探偵がこんな感情を抱いていいのか分からないが、私はこの6時間のハリコミですっかり星神様に胸キュンしている。
顔ももちろん、目も口も鼻も、たまに出してくれる声も話す言葉も。
諸々の可愛いポイントの積み重なりにより、私の心はすっかりノックアウトしていた。
個人的にポイント高いところは、いれたお茶が意外と熱くって「熱っ」て言いながらベロをちょろっと出した星神様ですかね。
悶死するところだった。
「はあーお風呂で鼻血出さない自信がない。」
「お嬢様の裸で興奮するのは勝手ですが、仕事をお忘れなく。」
「分かってる。あとなんだけど、星神様が読んでる本の内容って知ってる?」
「存じませんね。主の趣味をとやかく言うつもりもありませんので。」
「ふーん。」
「たとえ耽美なものだろうと、男と男が絡むものでも...出来ればリリーな方がワタクシ的にありがたいですが。」
「つっこまないよー。」
「そうですか。お嬢様の後を追えばいいですが、風呂場は1階の右奥手となっております。十分に仕事をしつつも英気を養ってくださいませ。覗きはしないのでご安心を。」
「わざわざそれを宣言する時点で安心できない...」
「...お嬢様は、お風呂で鼻歌をお歌いになられますよ。」
「期待しとく。」
とまあ、そんな感じで現在、温泉に入っているわけなのである。
ただ、ひとつ探偵らしく仕事はしておいた。
流石に星神様もお風呂の中で本を読む神様ではないらしく、脱衣場にあの本を置いていったのだ。
その隙をついて、こっそりと、くすくす、忍びて中を拝見させてもらった。
案の定、本を手にしている本人しか文字が見えないタイプのものだったようで、その本人となった私にも、星神様が熱心に読み込むそれに目を通す事が出来た。
1ページの1行目。
書き出しはこうだった。
『
今の状況におかれている自分からすれば、一見訳の分からないこの文章も分かってしまうわけで。
まさに、今自分が追いかけているもの。
つまるところ、それは父の日記だった。
この一文が面白みのないウロボロスのことなのは今の私にとっては明確で、興奮による鳥肌を走らせながら読み進みていく。
次の行にはこう続いていた。
『
.........。
きっとこれはヒントなのだろうけど、ヒントに間違いはないのだろうけど、難しい言葉を......厨二病的な父の思惑はさっぱり私には分からなかった。
他のミスティコシリーズのことも書かれているが、ウロボロスについてはこれくらいしか記述がなく、頭にクエスチョンマークを浮かべながらも、監視はしないといけないので風呂に突撃したのだった。
回想終わり。
「はあー......。」
疲れのこもったため息を吐き出す。
広いお風呂はやっぱり、気持ちいい。
普段はシャワーを浴びるだけなので、湯船に浸かるのも久々だった。
「......。」
何も喋らないけど、星神様の表情もどこか緩んでいるように見える。
可愛い。
いや、本当に掛け値なしに可愛い。
見た目だけなら可愛らしい10歳ほどの女の子だし、本当にこの子が星神様なのか怪しくさえ思えてくる。
「るんるんるーん♪」
「ぬはあっ!?」
ダメダメダメ、急に鼻歌とかそんな可愛いことされると私の血液が鼻から噴出してしまう。
星神様の鼻歌、適当に歌ってるんだろうけど可愛いなあ!
出来るならムギュっとしたいが、オートカウンターが怖いので辞めておく。
一応、トレセ曰く大丈夫らしいのだけど、今も1メートル以内にはいるのだけど怖い。
何だか寒気もしてきた。
温まらないと。
「るーるーるーるーるるるるるるーん♪」
一方の星神様は上機嫌なご様子で湯船から上がると、身体を洗い流し始める。
ボディソープを右腕から馴染ませていき、肩、胸、左腕、背中、腰にお腹、そして下半身にへと。
絹のように白く、人形のように羨ましいくらい衰えのない滑らかな触り心地なのが遠目で見ていても分かった。
星神様は右腕から派かあ。
私は左腕からだったり。
右利きだから、自然とそうなる。
「時計で、決められた箱庭」
そんな星神様を見守りつつ、上の空で父の日記の内容を反芻する。
お風呂に入ってゆったりと考えれば、案外思いつくかもしれないと考えていたが、そんな簡単にはいかない。
変わり者の相棒のいるエセ空手家の名探偵なら、眼鏡をかけて蝶ネクタイな小さな名探偵なら直ぐに解決に至るのだろうけど、探偵の端くれの私にはそんな頭脳は持ち合わせていなかった。
それでも、産声というキーワードから、ウロボロスが何か音によって星神様に干渉する事が判明したのは唯一であり、大きな成果だった。
「あわあわーえへへ。」
星神様は楽しそうに、金色の髪に泡を立てていた。
そもそも神様がお風呂に入る意味はあまりないけど、満足げな様子を見たらどうとでもよくなってくる。
殺されているとは思えないくらい、幼気で屈託のない素敵な笑顔。
魂の拘束による死であろうと、同じ一日を生きていることには変わらない。
自覚がないのなら、死よりも苦しいわけではないのだろうか。
そもそも、彼女は何をもってして死ぬのだろう。
殺されてはいるが、死んでいるわけじゃない。
死ねば星が滅ぶらしいが、どうなればそうなる。
父は神を殺したかったのか。
それとも、星を滅ぼしたかったのか。
私には分からない。
分からないが、この笑顔を、幸せに生きる彼女に明日を見せてあげたい。
ただただ、そう思う。
「らんらんらー♪」
髪も洗い終わったようで、そのまま満足気に星神様はお風呂場から出ていった。
私も彼女の後を追う。
「あっ。」
そして、自分の体と髪の毛を洗っていないことを思い出すのだった。
□006
この世界には神様がいる。
天使もいて悪魔もいて、人間もいる。
ただ神様と言っても、色々なタイプがあって神世界に住まう偉い神様であったり、人間界を傍観するだけの神様、人間界で生活をしたりする神様とか神様も人みたいに生を謳歌する。
ちなみにおばあちゃんはどれにも属さない、死界に住まう神様なのだけど、話がややこしくなるので置いておくとして。
私的に星神様は偉くて、上空4000mから人間を傍観していて、トレセというメイドと一緒に生活していて、読書が好きな、そんな変わった神様だと思っている。
彼女は読書が好きだから、お風呂から上がった後も、服を着るなりそのまま瞬間移動して、また自室にへと籠って読書を続けた。
父の手記という、ミスティコシリーズ取扱説明書に目を輝かせて。
星神様の一日は、お風呂から上がった18時30分から大した進展はない。
朝までまた、ずっと本を読んでいるだけ。
ここで何か目立った行動でもしてくれれば、犯行時刻の割り出しも出来たのかもしれないのけれど、そんな簡単にはいかない。
あの真っ白な部屋で、彼女の一日は終わり、始まる。
ずっと。
「まさか、あの本の著者がアナタの父だったとは...ワタクシの性格が裏目に出ましたね。不甲斐ない。」
「そんなに自分を責めなくてもいいと思うけど、ちゃんとメイドらしく仕事してたわけだし。」
「そうではありますが、仮にも2年前のあの時に、ワタクシがほんの少し悪い心を滾らせて、入浴中のお嬢様の目を盗んでアナタと同じことをしていたら...とは考えてしまいますね。」
「トレセ......」
「普段なら怒られるのに、お嬢様の裸を間近で見られた喜びが勝ってしまった過去の自分を殴りたい。」
「......。」
同情して損するのは、初めての経験だった。
トレセとも情報を共有し、夜食にサンドイッチを貰って(滅茶苦茶美味しかった)また星神様のハリコミにへと戻る。
音というヒントは得たので、見張る必要性はないかもしれないが、一応は星神様の一日の行動をこの目で把握しておきたかった。
とは言っても、先程述べた通り、本を読んでいるだけなのだけど。
「あれ?」
しかし、その思い込みのアテは外れる。
星神様の部屋にへと足を踏み込むものの、彼女の姿が見当たらない。
トレセの行動表通りならば、また散らかった本の塔のてっぺんに腰を下ろしているはずなのに。
一抹の不安を感じながら、キョロキョロと広大な空間を見渡していたその時だった。
「へびみたいで、なきごえをあげて、とけいでもあってはこにわでもあるものってなーんだ?」
「えっ?」
父のあの手記を、なぞなぞでも出題するかのように読み上げる声色。
それは、私に向かって語りかけるような口調だった。
いや、まさか。
半信半疑の思いで振り返る。
「ねえ、なんだと思う?勇者さん?」
可愛らしく小首をかしげながらも、真紅に染まった瞳には私が映り込んでいた。
そう、私を見ていた。
私という存在を認知していた。
もはや、疑いようがない。
これまで、独り言として言葉を呟くことはあっても、それは空虚にも彼女の中で完結するものばかりで、決して私に向けたものではなかった。
しかし今は。
たった今彼女が発した言ノ葉は間違いなく私を対象としている。
それが、どういう事を意味しているのかなんて考えるまでもない。
何故か勇者扱いされてはいるけれど。
兎も角、ウロボロスの呪縛から、皆目検討もつかないが、星神様はとっくに逃れていたのだ。
やったぜ!
頭の中で天使のラッパが鳴り響く。
「勇者さん?イムがいる事を知ってたんじゃないの?そんなにびっくりされると、イムもびっくりしちゃう。」
「あ、う、うんごめんね。」
天使のパレードを即刻中止させ、現実に帰還する。
確かに彼女の言う通り、居ることは知ってはいたけれど。
しかし、しかしだ。
どう接したらいいのだろう。
彼女は私を知らないけれど、私は彼女の事をかろうじて良く知っている。
夢中になるとご飯も食べなくて、ミントティーにはこだわりがあって、お風呂では上機嫌で。
でも、星神様は私を今さっき知ったわけで、いやそうなると自己紹介からしないといけないじゃないか。
そうだ、何よりトレセに報告をしなきゃ。
「勇者さん、どうしたの?お腹痛い?飛んでけーしてあげよっか?」
「あ、別にお腹が痛いわけじゃないから大丈夫だよ。ありがとう、優しいね。」
「えへへ。褒められちゃった。」
嬉しそうに微笑む星神様。
可愛い。
完璧に子供扱いしちゃってるけど、星神様って神様でも大分偉い方なのに、こんな扱いでいいのだろうか。
て、それよりもだ。
「ごめんね。私、トレセ...メイドさんに会わなくちゃいけなくて。」
「トレセに?勇者さんはトレセとお友達?」
「友達...かな。」
バストサイズを知り合った仲でもあるし。
死んでも星神様には言えないけど。
「トレセとお友達...疲れない?」
「あはは、まあ確かに...。でも、凄く良い人かな」
「そうでしょう!」
ガシッと、手を握られる。
嬉々として目を見開き、星神様は力説をし始めた。
「トレセはね。ちょっと人間的には変だなって思うのだけど、イムのワガママを聞いてくれて、すっごく優しくて、頼りになって、綺麗で、自慢のメイドなの。それに料理もすっごく上手で、イムはトレセの作ってくれるご飯みんな好き。食べる習慣ってなかったけどトレセのおかげで身についちゃった。特に好きなのはシチュー!勇者さんはトレセのシチュー食べたことある?」
「あ、えっと、な、ないです」
「ご、ごめんなさい。イムばっかり話しちゃった。なんでだろ久々に誰かと話した気がする...。そうだ、勇者さんはさっきの問題の答えわかる?私はわかっちゃったんだ!」
「えっ?」
「答えはねー、えへへ秘密。勇者さんともっと話してたいけど、なんだかイム眠たいから寝るね。そうだ、ヒント!ヒントはね。シュッポッポ〜♪あと、これ、貸してあげるね。トレセによろしく。」
そう、星神様は可愛らしいモノマネをすると私にあの日記を手渡し、流れ星のように光に飲まれてどこかにへと姿を消した。
「シュッポッポ...」
もはや実質、答えのようなヒントを残して。
□007
翌朝。
アーウェル地方紙の朝刊の一面をこんな言葉が飾った。
『壊された線路に消えた汽車!神からの天罰か!?』
文言通り。
端的にまとめるなら、面白みのないウロボロス。
その正体は
もとい、その
想像よりも呆気なく、別段私のかっこいい推理パートもなく、星神様のおかげで答えにたどり着いた私は、日の出ないうちに下界へと下ろしてもらって車両基地にへと忍び込み、ウロボロスをみつけて、ついでに父の日記にウロボロスを封印しておいた。
私の封印能力は本の中になんでも閉じ込めることが出来て、これまたかっこいい詠唱もあるのだけど、割愛。
そんなわけで、ウロボロスの件は決着となった。
今は新聞を片手に、屋敷でトレセとコーヒーを啜っている。
仕事終わりの1杯に相応しい味だった。
「めっちゃ美味しい。」
「それは、良かったです。アナタの努力が報われた結果でしょう。」
「あはは、ありがとう」
お褒めの言葉だけど、胸が痛い。
トレセは私が解決に至らせたと思ってくれているようなのだけど、実の所は違う。
星神様に日記を手渡された後、ウロボロスの項目にいくつか追加の文章が走っていたのだ。
何故なのかは分からない、それが星神様が書いてくれたものなのか、それとも父が元々記していたものなのか。
見当もつかない。
ただ、内容としては。
ひとつ、面白みのないウロボロスはその鳴き声を聞かせることによって星神様の魂を縛り付ける。
ひとつ、これを3年続けることで星神様の魂の完璧な拘束が完了し、死に至る。
ひとつ、もし1度でも途絶えれば星神様の意識は戻る。
ひとつ、時刻は午前7時と午後7時である。
この3ヶ条により、始発の汽車であることも推測できるし、星神様があの時意識を取り戻した理由もすぐにわかった。
つまるところ、星神様のオートカウンタによって線路が壊されたことで、汽車が走れなくなったのだ。
それで、効力がきれて星神様は意識を取り戻したというわけになる。
完全に結果オーライというあれだった。
しかし、トレセの目からすれば、私を下界から下ろした後に星神様が寝ている姿、すなわち普段とは違う行動をしているのを目撃したのだから、私が助けたという風向きに捉えられても無理はない。
「それにしても、よくウロボロスが汽車だと分かりましたね。何かヒントでもあったのですか?」
「えっ、あっとーそのー。音っていうヒントはあったし、蛇っぽくて音の出るものって言ったら汽車かなーって。」
なかなか苦しい。
どうしよう。
本当の事を言うべきか...。
「ふふ、ではそういう事にしておきますね。」
私が決断付けるより早く、トレセはそう微笑みを残してキッチンにへと姿を消す。
「......。」
ああ、これは絶対に気づかれている。
トレセはやっぱり私より探偵に向いているんじゃなかろうか。
女がやるには向かない職業らしいが。
「ふああーおはよう。あ、勇者さん。ホントにいたんだ。」
「ほ、星神様!?」
今度は、可愛らしい白のネグリジェ姿の星神様が目を擦りながら姿を現す。
久々に寝たからか、まだ眠そうだった。
「よかったー夢じゃなくて。えっと、ありがとう。勇者さんがいてくれてよかった。また、お願いね。」
「あ、うん。」
また。
それは、まだ始まったばかりのミスティコシリーズとの戦いを示唆していた。
説明書があるから、前よりは楽だと思うけど。
そうだと嬉しい。
「なんだかね。勇者さんを見るまで長い夢を見てたみたいでフワフワしてたんだ。トレセがいることもなんとなーくわかってたけど。」
「そうなの?」
「朧気だけど。ふわあー。イムは二度寝してくる。お礼はちゃんと言いたかったから。来ただけ。」
そう言い残すと、あの時のように光が彼女を包む。
「トレセにあわないの?」
「また会えるから。そうだ、勇者さん。名前は?」
「......アンネ。アンネ・ペイルラ」
「ありがとう、アンネさん。」
そう感謝だけを告げると、星神様は姿を消した。
ありがとう。
そんな言葉を告げられるほど、私は出来た人間ではないのに。
私の父が貴方を殺しているというのに。
だから、私はまだ。
「アンネ・ペイルラ。仕事祝いです。今日のご飯で何かリクエストはありますか?」
「リクエスト...」
タイミングを見計らったようにトレセが、声をかけてくる。
本当によく出来たメイドさんだ。
感心してしまう。
折角だし、ワガママを言わせてもらおう。
「シチューがいいかな。」
なんで、こんなに長くなった...。
とりあえずは一話を目に通していただきありがとうございます。
次回以降はやや短めにおてがるに読めるように努力します(出来るとはry)