異界転生譚 シールド・アンド・マジック   作:長串望

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前回のあらすじ

写本の為に魔獣の本を読む未来。
なかなか読ませる。


第五話 神話

 次の本は、神話の本であった。

 以前読ませてもらった子供向けの易しいものではなく、実際の歴史と地続きの神話を物語るものであるらしい。未来の感覚で言えば、ちょっと習ったことのある古事記などのようなものなのだろうか。

 

 神話の始まりは、永遠の凪と呼ばれる静かな時代であった。

 どこまでも続く海と浅瀬があるだけの平和な時代であった。

 この世界が生まれたころ、そこは国津神たちが治める山椒魚人(プラオ)と海生生物だけの世界であったという。

 

 そんな中、ある日、天津神たちが虚空天を旅してやってきて、ここに住まわせてほしいと頼みこんだ。国津神たちは穏やかなばかりの日々に飽いていて、賑やかになることを喜んでこれを受け入れた。

 

 はじめに境界の神プルプラが、天津神たちを招くため虚空天に橋を架けた。

 

 プルプラに招かれて最初に橋を渡ってきたのは、火の神ヴィトラアルトゥロ。しかしヴィトラアルトゥロにとって海の世界は寒すぎた。この神は深き海の底、海底の更に下、太古の火の傍に潜り込んで暖をとった。巨大な神が潜り込んだ分、海底は大きく持ち上がって海の上に陸ができた。

 

 次にやってきたのは山の神ウヌオクルロだった。この神は盛り上がった陸地の数々を整え、繋げ、大陸と島々を作り、積み上げた山々の一つに腰を落ち着けた。またこの神が拵えた火山がひとつ、寒がりなヴィトラアルトゥロに与えられた。

 

 その次にやってきたのは森の神クレスカンタ・フンゴ。この神は海の上に生まれた陸地に身を沈め、種をまき、森を生んだ。この神と森たちが大きく息を吐くと、世界に濃い大気と木々が満ちた。今でも巨大な森の下にはこの神の四肢が埋まっているという。

 

 仕上がった世界に、獣の神アハウ=アハウが獣たちを放ち、こうしてこの世に多種多様な生き物たちが満ち溢れるようになった。

 

 その後に風の神エテルナユヌーロが眷属を引き連れて舞い降り、気の向くままに旅をした。いまもこの神は空を巡り続け、どこにあるとも知れない。

 

 文明の神ケッタコッタは人族を率いて文明を築いた。そのもたらす火は強く、山を削り、森を切り開き、地を掘り起こし、ついには空にも届いたという。

 

 こうして天津神たちが来たり降り、各々の従僕を地に放ち、増やし、満たした。

 神話によればこの従僕というのが人間を始めとした隣人種達の祖先であるという。

 

 はじめ、天津神たちはそれぞれの従僕を山に、森に、地に遊ばせたという。

 

 火の神ヴィトラアルトゥロの眠る火山より生まれ出でたのが灼熱の心臓を持つ囀石(バビルシュトノ)である。彼らは石を食み、石を体とし、眠る神の夢に届けるべき物語を尋ねて放浪した。

 

 山に棲み付いたのはやはり山の神ウヌオクルロの子らである土蜘蛛(ロンガクルルロ)たちだった。彼らは山を親とし、山を住処とし、山で生き、山で死んだ。

 

 森の神クレスカンタ・フンゴの息吹を受けた湿埃(フンゴリンゴ)は、樹海の奥で水を吸い、日の光を浴び、少しずつ体を広げた。今も広げ続けているが、その全容は知れない。

 

 獣の神アハウ=アハウの放った獣たちは大陸中に満ちていき、そしてその地に根付き、その地で生きた。殺し合い、死を重ね、それでも生きていく様を、アハウ=アハウは尊んだ。獣人(ナワル)はその獣たちの加護を受けた者たちである。

 

 風の神エテルナユヌーロが空に消えた後も、天狗(ウルカ)たちは空を住みかとし、空に生きることを誇った。空に触れることは神に触れることであり、その祈りはいまでも風と共にある。

 

 そして人族の祖神こそ文明の神ケッタコッタであった。この神は愛深き故に人族に有り余る知恵と知識とを授け、文明という火を与えた。その火は強く弱い人族に力を与えた。

 

 そしてこの神話はそのまま、古代聖王国時代という大きな歴史につながるのだという。

 

 何もない平原に始まった人族は、ケッタコッタの助けを借り、土を掘り、木を伐り、山を削り、村を作り、町を築き、ついには国を生んだ。

 この国こそ人族最古の国家、古代聖王国であるという。

 

 人族は弱く、他の種族に虐げられていたが、ケッタコッタの力を借りて文明という力を育てていくにつれて、ついにはこれらに反撃し、打ち負かすようにもなっていった。

 

 人族を素材として採取していた囀石(バビルシュトノ)を解体して機械を作り、山を独占していた土蜘蛛(ロンガクルルロ)たちを追い払い製鉄を奪い、森に生きていた湿埃(フンゴリンゴ)の領域を削り取り、野の獣たちを狩り尽くし家畜に貶めた。

 そしてついには空に都を作り、天狗(ウルカ)たちから空を奪い取ったのだという。

 

 そうして東大陸から空を渡って西大陸にも手を伸ばした人族は、やがて他種族を蛮族として奴隷にし、大陸に君臨するようになったのだった。

 

 しかし、その天下も長くは続かなかった。

 

 神々はケッタコッタと人族の専横に嘆き、地に一柱の神を降ろした。

 それこそがいまにも続くひとつなぎの言語を与え給うた、言葉の神エスペラントである。

 

 言葉の神エスペラントは、それまで各種族がそれぞれに用いていた言語を壊して一つに繋ぎ、交易共通語(リンガフランカ)を生み出した。

 相争っていた各種族は、ある日突然言葉の通じるようになった相手にいままでと同じように振る舞うことができなくなった。

 

 そうして混乱した人々に、神々は託宣(ハンドアウト)を下し、隣人となった人々は力を合わせて聖王国の支配に抗い、長い戦いの末、これを打倒したのである。

 町は打ち砕かれ、天空の都は地に引きずり降ろされ、支配者たちは極北に封じられた。

 

 こうして古代聖王国時代は幕を下ろしたのだった。

 これがおよそ二千年前のことだとされる。




用語解説

・国津神
 もともとこの世界に在った神々。海の神や空の神、またその眷属など。山椒魚人(プラオ)たちの用いる古い言葉でのみ名を呼ばれ、現在一般的に使われている公益共通語では表すことも発音することもできない古い神々。海の神は最も深い海の底の谷で微睡んでいるとされ、空の神は大洋の果てに聳える大雲の中心に住まうとも、その雲そのものであるとも言われている。

・天津神
 虚空天、つまり果てしなき空の果てからやってきたとされる神々。蕃神。海と浅瀬しかなかった世界に陸地をつくり、各々がもともと住んでいた土地の生き物を連れてきて住まわせたとされる。夢や神託を通して時折人々に声をかけるとされるが、その寝息でさえ人々を狂気に陥らせるとされる、既知外の存在である。

・境界の神プルプラ
 顔のない神。千の姿を持つもの。神々の主犯。八百万の愉快犯。
 非常に多芸な神で、また面白きを何よりも優先するという気質から、神話ではトリックスターのような役割を負うことが多い。何かあったら裏にプルプラがいることにしてしまえというくらい、神話に名前が登場する。
 縁結びの神としても崇められる他、他種族を結び付けた言葉の神はプルプラが姿を変えたものであるなど他の神々とのつながりが議論されることもある。
 過酷な環境と敵対的な魔獣などのために死亡率が高い辺境では、性別に関係なく子孫を残せるよう、プルプラの力で同性同士での子作りや男性の出産などが良く行われている。

・火の神ヴィトラアルトゥロ(Vitra-alturo)
 ガラスの巨人。灼熱の国より降り来たった神。プルプラに騙された犠牲者その一。
 遊びに誘われてやってきたら、彼からしたら極寒の惑星だった上、マントルに放り込まれて強制的にテラフォーミングに従事させられた。現在も寒すぎるので、ウヌオクルロが用意してくれた火山に引きこもっている。
 鉱石生命種囀石(バビルシュトノ)(babil-ŝtono)の祖神。スペルミス。
 火の神である他、宝石や鉱石など、土中に算出する鉱物類の神ともされる。

・山の神ウヌオクルロ
 プルプラの犠牲者その二。
 遊びに誘われてやってきたらベータ版以前の状態で、マップ製作からやらされる羽目になった苦労人。
 拗ねたヴィトラアルトゥロを何とか地表近くまで掘り起こして、引きこもれる家を用意してあげた。
 土蜘蛛(ロンガクルルロ)の祖神。また蟲獣達を連れてきたとされる。
 しばらく働く気はないようで、山々のどれかに腰を落ち着けているという。

・森の神クレスカンタ・フンゴ(Kreskanta-fungo)
 犠牲者その三だが、本神はまるで気にしていない。
 好き勝手やっていいという契約で、ウヌオクルロが耕した大地に降り来たり、植物相を広げてテラフォーミングをおおむね完成させた。
 不定形の虹色に蠢く粘菌とされ、人の踏み入れることのできない大樹海の奥地で眠りこけているという。
 森に住まう隣人種湿埃(フンゴリンゴ)(Fungo-Ringo)の祖神。

・獣の神アハウ=アハウ(Ahau=ahau)
 土台の整った世界に動物たちを放ち、生態系を埋めていった。
 セルゲームをやっているような気持ちでこの世界を観察しており、個体個体にはあまり興味がない。
 ケッタコッタを裏切り祖神を失った人族たちを庇護下に置いたのも、西大陸を自分専用の観察場とするため。
 極小の眼球で構成された灰色のガス状生命体とされ、その本体は地に広く広がっているという。
 獣人(ナワル)の祖神。

・風の神エテルナユヌーロ(Eterna junulo)
 大体仕上がった頃にやってきた神。翼の生えた若者の姿をしているとも、金色の風そのものであるともされる。
 非常に気ままで気まぐれで我が道を行くタイプで、空気が読めない。厄介ごとは大抵こいつが持ってくるか、拡大させるか。
 面白いことを優先するという気質はプルプラと同様であるが、尻拭いは一切しない。
 それでも疎まれないのは自分一人ではなくみんなで楽しもうという憎めないスタンスのおかげか。ただし相手の都合は考えない。
 天狗(ウルカ)(Ulka)の祖神であり、羽獣たちを連れてきたとされる。

・文明の神ケッタコッタ(Quetzalcōātl)
 無数に分岐する体毛を全身に生やした、捻じれ狂った長大な筒のような姿をしているとされる。
 テラフォーミングを終えた後の世界の内、他の神から人気のなかったただの平地に腰を下ろし、従属種である人族を住まわせた。
 庇護する人族に文明を与え、善く導き、その勢力を拡大させた、というと善き神のように聞こえるが、その実態はいわば和マンチ。
 他の神々との盟約に反しない範囲で肩入れしまくって支配圏を広げ、ついにほかの神々の怒りを買い、それまで各神各種族毎に勢力を広げていた形を、人族VS他種族の構図に持ち込まれた。
 この戦争の際に、今まで割を食っていた被差別層の人族も離脱し、あちこちガタが来たところを連合軍にぼろくそにされた。
 敗北の代償として人族に注いだ有り余る加護を他の神々に簒奪され、その影響で現代の隣人種はみな人族と似通っているという。
 戦争後は極北の地にふて寝しており、追従者である僅かな人族たちが聖王国としてその寝床を守っている。

・言葉の神エスペラント(esperanto)
 人族の被差別層から立ち上がった人神であるとも、境界の神プルプラの権現のひとつであるともされる。
 それまで違う言葉、違う文化をもって相争っていた隣人種達に共通の言葉を与え、争うだけでなく分かり合う道を与えたとされる。

湿埃(フンゴリンゴ)(Fungo-Ringo)
 森の神クレスカンタ・フンゴの従属種。巨大な群体を成す菌類。
 地中や動植物に菌糸を伸ばし繁殖する。
 子実体として人間や動物の形をまねた人形を作って、本体から分離させて隣人種との交流に用いている。元来はより遠くへと胞子を運んで繁殖するための行動だったと思われるが、文明の神ケッタコッタから人族の因子を取り込んで以降は、かなり繊細な操作と他種族への理解が生まれている。
 群体ごとにかなり文化が異なり、人族と親しいものもあれば、いまだにぼんやりと思考らしい思考をしていない群体もある。

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