異界転生譚 シールド・アンド・マジック   作:長串望

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前回のあらすじ

森の魔女が大鍋で煮込んだ名状しがたき泥に冒険屋たちは屈するのであった。


第十二話 泥肉

 珍しいものを食べ、またスパイスの効果もあるのか、たっぷりと英気を養いすっかりと元気を取り戻した冒険屋たちはまた内職に戻っていった。

 

 しかしここでどうにもはかどらないのが紙月であった。

 どこかぼんやりとしていて、細かい作業に意識がむけられないようである。

 魔法とは、余人が思う以上に精神力と集中力を必要とするものである。考え事はしているが手は進む、といったことのできない分野である。

 

 朝から引き続きどうにもうまくいかない紙月が気になったのが未来である。

 

「どうしたの、紙月?」

「どうしたのって、何がだよ」

「何がって……今日は何かうまくいってないみたいだから」

「そんなことないって。ちょっと構図に迷ってるだけさ」

「……もしかして、体調でも悪いの?」

「大丈夫だって、ほら、この通り、《燬光(レイ)》!」

 

 この通り、《燬光(レイ)》の光で焼き切られて精霊晶(フェオクリステロ)が真っ二つになった。

 

「……大丈夫?」

「あー…………はあ。いや、うん、ちょっと目が疲れたんだろう」

 

 かたくなに何でもないと言い張る紙月に、未来が言えることは少ない。ましてや睨むようにして言われてしまうと、何も言えなくなってしまう。

 

 それを見て紙月も、自分が不機嫌を無遠慮にさらしてしまっていることに気付いて、再びのため息が漏れた。

 

「いや、駄目だな。駄目駄目だな。頭が回ってねえ」

 

 紙月は立ち上がり、がりがりと頭をかいた。

 

「今日はもう店じまいだ。大人しく飯の仕込みでもしてるよ」

 

 様子がおかしいとは誰もが思いながらも、この言葉にはひそかに喜ばざるを得ない冒険屋たちであった。何しろ三食続けていいものを食わせてもらっているのである。期待せざるを得ないものがある。

 

「僕も手伝うよ。何作るの?」

「うーん。そうだな」

 

 紙月は鍋にいくらかのこったカレーのあまりを見つめ、氷室の中を検め、それからパン、と手を打った。

 

「よし、ムスコロとハキロさん呼んで来い」

「わかった」

 

 もうすっかり馴染みとなった面子がそろうと、紙月はプランを説明した。

 

「昼飯のカレーが人気だったので、引き続きカレーでいく」

「またですかい」

「そりゃうまかったけどよ、いくらなんでも飽きるぜ」

「勿論そのままじゃあない。手は加える」

 

 まずは、少なくなったカレーを作り足すために、野菜の掃除から始まった。洗い、皮をむき、切る。それを鹿節(スタンゴ・ツェルボ)の出汁で煮る。

 

 その間に紙月は再びスパイスを量り、昼と同じようにカレーが仕上がった。昼と違うのは、ここに鶏乳が加えられて味がまろやかになったことである。

 

「これでおしまい?」

「カレーはな」

 

 では次は何かと思えば、紙月は棚から硬くなったパンを取り出し、未来に寄越す。

 

「これを全部、この粗目のおろし金で卸してくれ」

「パンを?」

「そうだ」

 

 未来が小首を傾げながらパンを摩り下ろしている間に、紙月は氷室から大きな塊肉を取り出してくる。先日未来がいつの間にか狩ってきたという鹿雉(ツェルボファザーノ)の背中のあたりの肉である。牛で言えばサーロインか。

 いい具合に熟成されているし、これだけの量があれば、事務所の人間を賄うことができる。

 

 紙月はこれを前にちょっとげんなりして、ムスコロに指示してステーキにでもするように切り分けさせた。人数分を切り分けたところで、パンを摩り下ろし終えた未来も含めて四人で酒瓶をもってひたすら肉を叩いていく。

 肉叩きでもあればよかったのだが、生憎とそんなものはこの事務所にはない。

 

 どかどかとやかましい音に冒険屋が何人かちらっと見に来たが、四人がかりでテーブルを囲んで肉を叩きまくる絵面にぞっとして去っていった。

 

 別につぶすのが目的ではないのだから、肉叩きはそこそこに、程よく柔らかくなったあたりでやめる。ハキロと未来に指示して塩と胡椒でさっと下味をつけさせ、その間に紙月は卵を割りほぐしておく。

 このあたりでムスコロは何をするか察したらしく、頷きながら手早く厨房を整えた。

 

 肉に下味が付いたら、四人がかりの流れ作業で、粉をつけ、卵をまぶし、おろし金で卸したパン粉の衣をつけ、積み上げていく。

 

「これって……」

麺麭粉揚げ(コトレート)ですなあ」

 

 鹿雉(ツェルボファザーノ)のカツレツである。

 

 なんだかんだ雑談しながらのんびりやっているといい時間になってくるもので、腹ペコどもが文句を言い始める前に、紙月とムスコロが鍋を二つ並べて油を湧かし、片方は低温で、片方は高温で保った。

 高温に保てばいい方の鍋は紙月が、低温に保つのには火の扱いに慣れたムスコロが担当した。

 

 まず低温でじっくりと揚げ、火を通す。通し過ぎず、しかし通す。このあたりの感覚を、ムスコロはしっかりつかんでいた。

 これを取り上げ、今度は高温の油で揚げて、表面を色付けし、衣をカリッとさせる。

 二度揚げである。

 

 これを流れ作業で未来が皿に盛りつけ、ハキロが上からカレーをかけた。半分だけかけ、もう半分にはかけないことで、かりっとさくさくした衣の感触を生かすことも忘れない。

 

 こうして流れ作業で生み出されたカツカレーに、もはや文句を言うものなどいなかった。

 

「見かけは麺麭粉揚げ(コトレート)に泥ぶっかけたみたいだけどな」

「冒涜的な見た目ではある」

「旨い麺麭粉揚げ(コトレート)に旨いカレーだ。不味い訳がねえ」

 

 カツカレーが全員にいきわたり、そして酒杯が掲げられた。

 

「余計なことは言わないよ! 乾杯(トストン)!」

乾杯(トストン)!」

 

 冒険屋たちはやはり、この新たな味わいに歓声を上げた。

 

「こいつはうめえ!」

「昼のよりまろやかになってやがる!」

「なんて奴だ……まだ底を見せんとは」

「酒が進むねえ、こいつは!」

 

 誰もが昨夜の有様を覚えていながら、誰も躊躇などなしに酒をあおる。

 それが冒険屋という生き方だった。

 かどうかは定かではないが、少なくともこの荒くれどもはそうして生きているらしかった。




用語解説

麺麭粉揚げ(コトレート)
 カツレツ。フライ。
 パン粉をまぶしてたっぷりの油で揚げる揚げ物。


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