異界転生譚 シールド・アンド・マジック   作:長串望

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前回のあらすじ
森の魔女とその騎士の威光をもって、地竜速報は成った。
後はこれを本物と認めてもらうだけだが。


第十二話 首検分

 冒険屋事務所では、これほどうまくはいかなかった。

 

「地竜ゥ? 馬鹿言ってんじゃないよ」

「おかみさん、嘘じゃねえんで」

「地竜なんざ一生に一度遭うかどうかの災害じゃあないか」

「その一度が今なんですって!」

 

 所長のアドゾはまだ、これでもよいほうだった。広間にどんと晒された首を検分して、よくはわからないが、わかるものがいるかもしれないと組合に伝書鷹(レテルファルコ)を飛ばしてくれた。

 これは生き物を使った連絡方法としては一等速いもので、どこにでも置いてあるものではない魔法の連絡道具を除けば、まずこれ以上速いものはない。飼育にかかる費用から賃料も高いが、これを迷うことなく即座に飛ばしたことは、アドゾの冒険屋としての高い判断能力にあると言ってよい。

 

 一方で、事務所に所属する荒くれ者たちはみな半信半疑だった。というよりも疑いの目の方が強く、信じると言ってもそれは地竜災害を信じる目ではなく、ハキロが嘘を吐くものではないという目である。

 

「一から、いいから一からお話し、ハキロ」

「へえ、まず朝起きましたら新人が入ったとかで」

「もっと後からでいい」

「へえ、それが、俺達ゃ、揃って森に入ったんでさ」

 

 ハキロは拙いながらも、順を追って事情を話した。

 ところどころ紙月と未来が補足を入れようとしたが、それはおかみのアドゾに目で止められた。

 緊急時とはいえ、報告というものはこれは冒険屋として必要な技能を育てることでもある。まともに報告の出来ない冒険屋は誰にも信用されることがないし、また自分でも自分の見たものをうまくまとめることができないから、危険に対応する能力が育たず、早死にする。

 

 アドゾから何度か質問はされたが、ハキロは何とかそれらに丁寧に答え、説明し終えた。

 

「ふーむ」

 

 報告の体裁自体は、いたって問題がなかった。基本を押さえているし、わからないことは素直にわからないというし、いくらか言葉が足りないところはあったが、言葉を多く足すということもなかった。

 問題はその中身である。

 

「幼体とはいえ、地竜と戦ったって?」

「へ、へえ、俺は何にもできなかったんですが」

「何にもしなくて良かったんだよ馬鹿もん!」

 

 アドゾの雷が落ちた。

 

「地竜と戦うなとは、ハキロは言わなかったかい」

「言われました」

「ならどうして戦った」

「世話になった村がありました。だから」

「馬鹿もん!」

 

 再び、雷が落ちた。

 

「御立派な事だがね、それでお前さん方がやられちまったら、誰が村に危険を伝えたんだい!」

「は、ハキロさんが」

「ハキロがそう言ったのかい」

「いえ」

「人が言いもしないことをてめえで受け持つんじゃないよ!」

「はい」

「まあともあれ、だ。地竜であるにせよ、ないにせよ、お疲れさん」

 

 雷が落ち着くと、場は少し、弛緩した。

 

 冒険屋の荒くれどもはみなおっかなびっくり、あるいははなから偽物と決めつけるように地竜の首を改めていったが、何しろ誰も本物を見たことがないものだから、そうだともそうでないとも、断言できる者はいなかった。

 

 しかし場はどうにも疑いの目が強かった。

 というのも、首の状態があまりにも悪かったからである。

 

「なんだいこりゃ、まるでミイラじゃないか」

「かさかさに乾いちまってらあ。血も出やしねえ」

「仮に地竜だとしても、もう死んでたのを持ってきただけじゃあねえのか?」

 

 口々に言うのは、特に体の大きな若い連中である。見せつけるように腕も太い連中で、血の気の荒さが肌に透けて見えるようである。

 一方で口数も少なく、物思うような目をしているのはある程度歳のいった冒険屋たちで、彼らはすっかり信じるというようなこともなかったが、偽物と決めつけることもなく、むしろどうやったらこうなるのかということを思いあぐねているようだった。

 

「おい嬢ちゃん」

「紙月です」

「まあいい、嬢ちゃんよ、ハキロの胡散くせえはなしによりゃ、あんたが一人でやっつけたそうじゃないか」

「俺一人じゃないですよ。未来が盾になってくれて」

「盾は盾だろ。実際にとどめ刺したのはあんたなんだろ」

「……まあ、そうです」

「まあ、そうですだとよ」

 

 若い冒険屋たちの間でどっと笑いが起きた。

 何がおかしいのかといぶかしむ紙月に、男は酒臭い息を吹きかけた。飲んでいるのだ、昼前から。

 

「おう、本当のことを言えよ」

「本当のことって何です」

「地竜なんざホラなんだろ」

 

 男にとって、それは自明のことであるようだった。男よりもずっと細身の、それこそ半分もないような細っこい女が、地竜だか、大亀だか知れない魔獣を倒してしまうなどというのは、夢物語どころか悪質な()()()なのだ。

 

 紙月は面倒になってそうだ、嘘だよ、だからもう放っておいてくれと言いたくなったが、それはできなかった。それは現状で唯一信頼できる冒険屋であるコメンコと、ハキロの二人が重ねて言ったからである。どれだけ信じられなくても、自分のやった功績に嘘をついてはいけないと。一度でも嘘だったと言えばもう誰も信じてくれなくなるし、何より自分でも信じられなくなる。そしてそうなればもう功績の方から冒険屋に背を向けるのである。

 紙月はからまれているうちに冒険屋としてやっていく気がだんだんなくなってきていたが、それでも名誉ある二人の男のためにも、少なくとも地竜退治の功に関して何ら後ろめたいところなどないのだという顔をしなければならなかった。

 

「全部ハキロさんの言ったとおりですよ」

「ハキロにそう言えって言われたのかい」

「なんですって?」

「ハキロの野郎に、すり合わせろ、そう言えって言われたのかって聞いてるのさ」

 

 紙月はまじまじとこの男の顔を見つめてしまった。酒に酔った鼻は真っ赤で、錆色の目は色だけでなく芯まで錆びついているように思われた。ひげはワイルドでも気取っているのかぼうぼうと生え散らかしているが、ハキロのそれが若い顔に浮きながらもしっかりと手入れされたものであるのとは大違いだった。

 その筋肉の太さを見せつけるようにこれ見よがしに腕を組んでいて、それは確かに、紙月の細いウエストよりも立派かもしれなかったが、風呂にも入っていないらしい薄汚い脂に汚れたそれは太さばかりのものにしか見えなかったし、第一すぐそばの未来の見上げるような甲冑を前にしてみれば、ネズミが尾を立ててふんぞり返っているようでさえある。

 

「生憎とハキロさんはあんたみたいに薄汚いことは言わないよ」

「なに!? もういっぺん言ってみろ!」

「地竜みてえにされたくなけりゃその薄汚え口を」

 

 最後まで言わなかったのは、それよりさきに男の平手が紙月の頬に見舞われたからである。

 

「――紙月にッ!」

 

 それまで黙っていた未来がいきり立ったが、紙月はこれを制した。大したダメージではない。唇の端を切ったがその程度で、いきり立ってもハイエルフのひ弱な体にその程度のダメージしか与えられない相手だ。そんな相手を《楯騎士(シールダー)》とはいえレベル九十九の未来が殴りつけでもしたら、一発で昇天しかねない。

 なんにせよ、頭の中身も、体の方も、大した相手ではないのだ。そんな相手に騒ぎを起こしても損しかない。ハキロの名誉を思って口は出したが、それ以上はよろしくない。

 

 しかし相手はそんな紙月の態度を愚かにも怯えと受け取ったようだ。

 

「へっ、お高くとまりやがって。怖いのか? 震えてるんじゃねえか?」

「酒が回ってるんだろ」

「はん、そっちのでけえのも大したことねえな。そんななりして、こんな細っこい女の一言でしゅんとしおらしくしちまってよ。去勢された狗蜥蜴(フンドラセルト)だってそこまで玉無しじゃあないぜ」

「おい、あんた、それ以上未来に下品な事を言ってみろ」

「おう、どうするってんだ、え? なんだ、言ってみろよ! 犬っころの騎士様もどうした! 玉まで縮こまっちまったか? ベッドで嬢ちゃんに股開いてもらって優しく面倒見てもらわねえと」

「言ったはずだぜ」

 

 ぼん、と爆ぜるような音に、浮足立ったような事務所の中がしんと静まり返った。

 先程まで調子に乗って長広舌を披露していた男も、一瞬で酔いがさめたように目を白黒とさせていた。それもそうだ。誰だって自分の頭髪が一瞬にして焼け焦げていれば、そうなる。

 

「言ったはずだぜ。それ以上未来に下品な事を言ってみろ」

「て、てめえ、なにを、」

「紙月、それ以上は駄目だ!」

「子供に下らねえこと言ってんじゃねえぞこのドサンピンがッ!!」

「ししし紙月っ!?」

「――《燬光(レイ)》!」

 

 咄嗟に男が腰の斧を引き抜いた瞬間、紙月の指先が光った。光ったと思えば、その瞬間には男の斧に閃光が突き刺さっていた。

 

「おあっちっ!?」

 

 がん、と音を立てて斧の刃だけが床に突き立った。閃光のあまりの熱に、斧頭がすっかり溶け落ちてしまったのだった。

 

「俺のことを何と言おうが構わねえがなあ、人様の相棒にケチつけるんだったらそれ相応は覚悟しろよ、この筋肉ダルマが!!」

「紙月、紙月ダメだってそれ以上は死んじゃう!」

「死なす! こいつは死なす!」

「駄目だってば!」

 

 騒ぎは結局、それから都合三度の《燬光(レイ)》が事務所内を切り刻み、それでもびくともしないことで地竜の首の頑丈さが証明されたあたりでおかみのアドゾが出張って落ち着いた。

 

「母猫みたいな気性の荒さだね、全く」

「フシャーッ!」

「ほら、あんたが押さえつけときな」

「は、はい」

 

 冒険屋事務所は、さすがに荒くれの集いだった。若い集団は目に見えて狼狽していたが、中堅どころはむしろいい余興と楽しんでいる節さえあり、流れ弾を避け損ねて火傷したのも、若い連中ばかりだった。ハキロなどは即座に地竜の首を盾にするほど、紙月の恐ろしさを身にしみてわかっていた。

 その荒くれをまとめるアドゾは《燬光(レイ)》を気軽に避けて近づき、しなやかに紙月の首根っこを掴むや未来に放り投げてしまった。

 

 《燬光(レイ)》の流れ弾でやけどしたものは何人かいたが、これは紙月が落ち着いたあと、《回復(ヒール)》をかけて謝罪して回り、良しとした。

 罵詈雑言を吐いて斧を焼き切られた男、ムスコロと言ったが、この男は若いものの中では手が早い方であったが、同時に頭の良い方でもあった。つまり即座に土下座して媚び諂い、許しを乞うことに何らの気兼ねも持たなかった。

 

「……あんた、矜持(プライド)とかないの?」

「命あっての物種だあ!」

「清々しいほどの屑だな……」

 

 この男にも、別段、今回の件以外で含むところもないし、髪の毛も焼き切り、斧も破壊してしまったこともあり、これで手打ちとした。さしもの紙月も、土下座までして謝罪してきたものに追い打ちをかける気はない。

 ムスコロはその後、中堅どころから馬鹿め馬鹿めと大いに叩かれていたが、これは阿呆な犬ほどかわいいといった可愛がり方のようである。よくよくしつけてくれと頼むと、快諾の声と悲鳴が上がった。

 

 残りの若い連中は、先程まではやはり侮るような視線があったのだが、この盛大なデビューにはむしろドン引きしたらしく、新入りであるにもかかわらず姐さん兄さんと呼ばわれる羽目になるのだが、それはまた後の話。

 

 組合の冒険屋をのせた早馬が事務所に着いたのは、その日の夜更けのことである。




用語解説

伝書鷹(レテルファルコ)
 ある程度の大きさの街や宿場町には必ず存在する飛脚(クリエーロ)屋が所有する、生物としては最速の郵便配達手段。使用される鷹は餌代もかかるので配達費用はかなりのものだが、空ではまず敵なしの鷹を飛ばすため、速度・安全性共に抜群である。

・《燬光(レイ)
 光属性の最初等魔法スキル。閃光を飛ばしてその熱で相手を攻撃する。
 光属性の特性として、「発動した瞬間に当たっている」という描写のためか、極めて命中率が高い。
『《燬光(レイ)》というのは気軽に使っていい呪文ではない。見えた瞬間には当たっている、この恐ろしさがわかるじゃろう。もっともわしにはいくら撃ってもきかんぞ。言い訳を聞いてやるのは今のうちじゃからな』

・ムスコロ(muskolo)
 《巨人の斧(トポロ・デ・アルツロ)冒険屋事務所》に所属する若手の冒険屋。三十がらみの人族男性。
 実力はハキロの一・五倍程度。おっさんを数人相手にしても勝てるが、やはりおっさんの群れには敵わない程度。レベルにして二十五くらい。若手集の中では平均レベル。


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