異界転生譚 シールド・アンド・マジック   作:長串望

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前回のあらすじ

面倒くさい子供もといクリスとお喋り。
そして山のように積まれた祭り飯。


第五話 的あて

 騒々しくも賑やかな祭りの一日目が過ぎ、二日目も町は朝から陽気に満ちていた。

 今日は運動大会があるとあって朝も早いので昨夜は早寝したのだが、それでも非日常に体も心も高揚しっぱなしだった一日は疲れたようで、もとより寝坊助な紙月はもとより、朝の早い未来やムスコロも、ぎりぎりまで惰眠をむさぼるほどだった。

 

 二日目の朝ともなると、賑やかなれどもいささか町は落ち着きを取り戻しつつあった。

 それはつまり、酔っぱらいの暴れてしょっ引かれる頻度が少し減ったとか、酔っぱらいが道の端で反吐を戻している姿を見かけなくなったとか、衛兵の殺気が少し減ったとか、その程度のことであるが。

 

 普段は市の店が並ぶ広場へ向かうと、出店はみな端に寄せられ、中心はぽっかりと空けられていた。どうやらあそこが競技場所となるようだった。

 

 今日は紙月も未来も冒険屋としての装いで来ている。

 つまり、《不死鳥のルダンゴト》と《朱雀聖衣》という見た目にも暖かそうで、そして目立つ格好である。

 そのため広場に足を踏み入れるや、結構な人込みであるにもかかわらず、早速人の目につき始めた。

 

「おい、あれ……」

「あれが噂の森の魔女か……」

「盾の騎士ってのは白銀の甲冑だと聞いたが……」

「噂じゃいくつも鎧を持ってるらしいぜ……」

「闘技に出るんだって……?」

「今年は厳しいかな……」

 

 人に注目されないよりは、適度に注目される方が慣れている紙月は気にした風もなく、むしろ自然に手など振りながら、アドゾが待つという運営の天幕とやらに向かう。

 しかし、未来の方は正直鎧が悪目立ちしまくっているような気がして全く落ち着かない。

 多少肌寒くても《白亜の雪鎧》の方が目立たなかったかなと思う時点で、大分感性がずれているが。

 

 運営の天幕は、複数の事務所の冒険屋たちが互いに利権を争っているようで、空気はややピリピリとしていたが、それがかえって均衡をもたらしているような、不思議な安定感があった。

 アドゾをはじめとした所長格らしい連中が、表面上にこやかに酒を酌み交わしていることもあって、見た目は穏やかである。

 

「まあ、ああいうのは大人に任せよう」

「そうだね。僕らはそう言うの仕事じゃないし」

 

 しかしまるで関係もなければ興味もないのが《魔法の盾(マギア・シィルド)》の二人である。

 実際問題として事務所間のいざこざやら利権やらは依頼の内にないから、考える気がないのである。

 これは冒険屋というある種とてつもなく現実的でなければならない職業にどっぷりとつかったが故のドライさであるのかもしれなかった。

 

 まあ単純に何も考えていない能天気さなのかもしれないが。

 

 紙月は天幕の中を少し見まわして、それらしい姿を見つけて声をかけた。

 それらしい、というのはつまり、医療従事者らしいという意味だ。

 

 臨時施療所として運営の天幕とは分けられた天幕に、先客は二人いた。

 

 一人はいかにも神官ですといった具合の白い法衣に身を包んだ大人しげな女性で、また一人は一見その護衛の冒険屋か何かと思えるほど土埃の似合う女冒険屋だった。

 

「はじめまして。今日はご一緒させてもらうよ」

「おっ。あんた森の魔女だろ。噂は聞いてるよ」

「海賊船を丸のみにするんでしたっけ」

「まあ噂は噂だよ。俺は《魔法の盾(マギア・シィルド)》の紙月。こっちは相方の未来」

「どうも」

「あたしは冒険屋のベラドノだ。現場の叩き上げだが、回復魔法がちっと使える」

「私は医の神オフィウコの神官、アロオと申します」

 

 今日の運動大会の治療役は、この三人であるという。

 

「ま、治療役とはいっても、大した仕事はないよ。的あてじゃ怪我のしようがないし、馬上槍試合は、まあたまに骨を折ったりするな」

「闘技は少し忙しくなりますが、精々擦り傷や突き指程度ですから、ご安心を」

「二人は慣れてるのか?」

「まあ回復魔法使えるのはそうそういないからね」

「神殿も人手がないもので、いつも私ですね」

 

 成程。

 そうなると今後もこの町で暮らしていく以上、何かと駆り出されそうな気はしてきた紙月である。

 

 一同が臨時施療所におかれた椅子でくつろぎ、火鉢で温まっている内に、大会開始の時刻となり、冒険屋組合長の挨拶が実にあっさりと終った。聞き流されたという訳でなく、冒険屋らしく実務的なようで、装飾が全くないさっぱりとした挨拶だったのである。

 

 次いで、最初の競技である的あてが始まった。

 これは一定の距離を置いた的に、三度射って二度当たれば残り、一度しか当たらなければ敗退する。そして残ったもので距離を伸ばした的に再び同じように三度射って、さらにふるいにかける。これを繰り返すものだった。

 

 的あてと言うだけあって、使う得物は何も弓に限らないようで、手斧遣いや、投げナイフ遣いといったものもあり、静かではあるが見るものに緊張を強いる、息を呑むような接戦であった。

 

 最終的に、的の距離が最大になると、今度は残ったものが一人ずつ射って、外したものは敗退していくという形になる。すでに当てた距離で何度も勝負を繰り返すので、これはただ狙いが鋭いということだけでなく、忍耐力や集中力が試されるものとなる。

 

 《巨人の斧(トポロ・デ・アルツロ)冒険屋事務所》の手斧遣いもいいところまでは残ったが、最終戦の三巡目で、惜しくも外した。

 

 最終戦はそれから都合五巡目で最後の一人が脱落し、その瞬間、しんと静まり返っていた群衆が

一斉に沸いたので、その振動でテーブルに置いたコップが倒れかけるほどだった。

 

 優勝は知らぬ名の事務所の知らぬ名の冒険屋であった。




用語解説

・ベラドノ(Beladono)
 女性冒険屋。
 数少ない回復魔法が実践レベルで使える冒険屋。
 戦闘能力はあまり高くないが、その回復能力を買われて意外と高給取りである。

・アロオ(Aloo)
 医の神の神官。
 軽い骨折程度を癒すことができる程度の法術の腕前を持つ。
 あまり怪我人が頻繁に来ない神殿ではこれでもかなり腕の立つ方である。

・医の神オフィウコ(Ofiuko)
 死者をよみがえらせたなどの逸話も残る人神。
 蛇の毒より薬(血清)を作り出したことで神々に召し上げられたという。
 信仰するものに医療、薬草、また毒などの知識を与え、癒しの加護をもたらすという。


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