異界転生譚 シールド・アンド・マジック   作:長串望

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前回のあらすじ

臨時施療所と的あての試合
優勝者は今後出てくる予定が全くない。


第六話 馬上槍試合

 的あての的が片付けられ、広間が一度清められた後、馬上槍試合が始まった。

 

 先ほどの的あては、弓や投擲武器という一定の腕前を必要とする競技だったにもかかわらず結構な盛況であった。

 一方でこの馬上槍試合は、はっきり言って、少なかった。

 何しろ四人だけである。

 

 とはいえこれは当然と言えば当然で、もとより馬上槍など扱える庶民も冒険屋もいるものではないのである。

 

 参加した四人はみな、領主であるスプロ男爵に剣をささげた新人の騎士たちで、それぞれがやや落ち着かない様子で、従騎士に鎧を整えてもらっているところだった。

 この馬上槍試合と言うのはもとより冒険屋やましてや町民むけの競技ではなく、男爵の配下にきちんとした騎士戦力があることを示し、また男爵が関心をもって町政に取り組んでいることをアピールするためのものであるらしい。

 

 そう言った機微を町民たちがしっかり理解しているかというと、酒精の入った頭ではそこまでは期待できなかったが、しかしなにしろ馬上槍試合というものは、馬と馬、騎士と騎士、非常に重量感のある者同士が激しくぶつかり合うものであるから、観客としての人気は非常に高かった。

 

「俺は三番に賭けたぜ」

「いやいや、馬の調子をごらんよ、二番が鉄板だね」

「まあ見てな、一番がさっと勝ちを取るところをな」

 

 主に、賭け事の対象としてだが。

 

 騎士たちは自分達が見世物の対象になっていることは重々承知のようだったが、むしろそれ故にこそ奮い立っているようなところがあった。

 ここで勝ち抜いて優勝したならば、公的な場所で優れた騎士として表彰されることになるのである。

 そしてまた敗退すれば、先任騎士たちにこっぴどくしごかれるのは目に見えているのである。

 

 彼らは新人とはいえ、よく訓練されており、礼儀正しく、甲冑で顔かたちは見えないものの、そのりりしさに頬を染める乙女たちも多く見られた。

 

 馬は、西部でよく使われる大嘴鶏(ココチェヴァーロ)であったが、これも良く鍛えられ、野生種と比較しても鋭い顔立ちの軍馬であり、甲冑を身につけてもびくともしない力強さがあった。

 

 騎士たちはこの馬にまたがり、衝突したときに分解して衝撃を殺すようにつくられた、模擬専用の馬上槍を構えて、突撃して互いを突き狙った。

 模擬戦用の槍と言えども、持っただけで崩れるようなやわな造りはしていないから、ぶつかり合うときには相当な衝撃がある。もしも本物の馬上槍であれば、多少の障害などものともせずに突き破っただろう。

 

 馬上槍で突き合ったのち、本式ではさらに二度、戦斧やハンマーを用いた一戦、剣や短剣で相手を突く一戦、都合三戦があるが、スプロの町の運動大会では略式ということで、槍試合だけである。

 

 一戦目では、凄まじいぶつかり合いで双方の槍がはじけたが、片方のみが落馬し、勝敗が決まった。落馬した一方は足をくじいたが、医の神官アロオが容体を確かめ、祈りをささげると、元の通り癒された。

 

 二戦目では力量がはっきりと違い、片方の槍が明確に突いて相手を落馬させた。落馬したものも、うまく受け身をとって、怪我はなかった。

 

 三戦目は、一戦目と二戦目の敗者同士がぶつかり合った。この試合も明確に決着がついたが、爆ぜた木片が馬の瞼をかすり、血を流させた。暴れる馬を騎士と従騎士が押さえつけている間に、紙月が《回復(ヒール)》を唱えると傷は瞬く間に癒えた。

 

 決勝戦は、接戦となった。

 東西から騎士が槍を構えて馬を駆けさせると、瞬く間に距離を縮め、交差する瞬間、互いの槍が互いの槍をうまく絡め取り合い、一瞬均衡したのち、互いにこれを放してすれ違った。

 

 東西を入れ替え、改めて槍が構えられた。主審の掛け声とともに再び両騎士は猛然と馬を駆けさせた。

 東の騎士がわずかに馬足を鈍らせて、幻惑するように左右に揺れた。西の騎士は一瞬ためらい、しかしそれでも猛然と突いた。

 これを東の騎士は絡めとり、槍をはじきかけたが、西の騎士の地力が上回り、互いに槍を絡まらせたまま、中央で均衡した。

 

 三度開始地点につき、両騎士は互いに互いの馬を見た。甲冑を着こんだ上での突撃は、馬にかなりの負担を強いる。初戦から数えればこれで四度目になる突撃である。馬にはっきりと疲労の色が見えた。

 仮にこれ以上無為に突撃を重ねれば、今以上に疲労が浮き出て、はっきりと彼我の差が見て取れるだろう。

 その前に相手を片付けてしまわねばならない。

 

 そのような覚悟が観客にも伝わったのか、賭け客たちもごくりと息を呑み、この若き騎士たちの行く末を見守った。

 

 主審の号令とともに両者が馬を駆けさせたが、西の騎士がわずかに出遅れた。疲れが馬の足に出たのである。短い突撃距離の中、更に出遅れたとなれば、槍に乗せられる重みというものははっきりと変わってくる。

 それでもなお逃げるわけにはいかぬと、互いの槍が交差し、激しく鎧にぶつかり合った。

 

 互いの槍はその衝撃の激しさを物語るように砕け散り、そして、西の騎士がぐらりと落馬した。

 勝者が決まったのである。

 

 優勝者が歓声にこたえるのに忙しい中、落馬した西の騎士のそばで忙しいのが臨時施療所の面子である。

 

「アロオ、兜を脱がせてやりな」

「はい」

「シヅキ、腕鎧を外してやりな」

「よしきた」

 

 二人が鎧を外すと、湯と布で手指を清めたベラドノが西の騎士のそばに屈みこんだ。

 

「腕の骨が折れてるな。腕には二本骨がある、わかるかい」

「おう」

「この細い骨が二本とも折れてる。突き出てないだけよかったな」

「癒しはいりますか?」

「少し、待て。骨を接ぐ」

 

 ベラドノが遠慮なしにぐいりと骨を接ぐと、新人とはいえ鍛え上げた騎士の喉から締め上げられた鶏のような声が漏れた。

 

「よし、よし、偉いぞ。泣かなかったな。いま骨を接いだ。こことここだ。血はこう流れ、こちらに抜けていく。この流れを意識して、魔力を伝わせる」

「フムン」

「《巡れ巡れ、赤きに沿って巡って回れ》」

 

 力ある言葉が唱えられ、鬱血していた腕が元の血色を取り戻していくのが目に見えて分かった。

 

「人間の体のつくりを理解するんだ。そうすりゃ、壊れた時も治しやすい。本当に細かい、目に見えないほど小さな積み木や、煉瓦のようなものだ。アロオ、癒してやりな」

「はいな」

 

 アロオが祈りをささげると、びくりびくりと痙攣していた腕が、落ち着きを取り戻した。

 

「軽い傷や、いっそ手を施すのが間に合わないかもって重傷は、神官の法術がいい。こうして痛みをとってやるのもな。だがある程度の傷は、自然に治るように治してやる方が、後から強く育つ」

「成程」

 

 神官の法術は、神の力を借りて起こすものである。

 その奇跡は、過程を考えない、結果だけをもたらすものである。故に、神官の腕が足りなければ、半端に治ってしまい、かえって苦しむこともあるし、元通りに戻すだけだから、また同じことがあった時に、同じように壊れるかもしれない。

 

 魔術による治療は、術者の理解と想像に左右される。正しく理解して、正しく組み上げてやれば、傷は元に近い形に組み上げられる。魔力が足りなければ、組み上げが不十分で終わるかもしれないが、しかし治る筋道はできる。また、自然に治るのと同じようなことであるから、体は以前より強くなろうと、骨を太くし、肉を強くする。

 

 紙月の《回復(ヒール)》はいままで、どちらかといえば法術のように、結果だけを引き起こしていたように思えた。しかし今こうして理屈をもって治す魔術のやり方を見て覚えたことで、一層の伸びしろが見えたような気がした。




用語解説

・馬上槍試合
 ここでは一対一で行われる、いわゆるジョスト。
 騎乗した騎士が向かい合い、互いに突進し、馬上槍で突いて倒した方が勝ち。
 人間同士での戦争がほとんどなくなったここ百年くらいで、形骸化している部分もある。

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