異界転生譚 シールド・アンド・マジック   作:長串望

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前回のあらすじ

この気持ちがそうなのかはわからない。
それでも。


最終話 アクロバティック・ハート

 怪我人の治療をすっかり終え、紙月が戻ってきた時には、老アルビトロはすでに姿を消していた。

 大方仮面でもかぶって、祭りの賑わいの中に消えていったのだろう。

 あるいは仮面をかぶるまでもなく、自然に人込みに紛れていってしまうのかもしれないが。

 

「紙月、こんなの貰ったよ」

「なんだこれ? チケット?」

「曲芸団のチケットなんだって」

「曲芸団……サーカスか」

 

 そう言えば、郊外で曲芸団が巨大な天幕を張っているのを、二人は見ていた。

 何しろ料金は結構なものだったし、立見席では大して物も見れないだろうからと、何かの縁があれば見に行こうかと話していたのだが、丁度良い具合にその縁が転がり込んできた形であった。

 

 二人がチケットを持って天幕に向かうと、立見席の客でごった返しの入り口とは別の入り口を通されて、全体が見渡せるよう少し高く作られたボックス席に通された。

 広々とした座席は柔らかく腰が沈み、給仕に頼めば飲み物や軽食も出た。

 

「これって……」

「まあ貴族からもらったんだからそりゃそうだろうけど、貴族や金持ち用の席だなあ」

 

 いささか以上に場違いというか、根っから庶民である二人にはどうにも落ち着かない居心地の悪さがあったが、それも演目が始まるまでのことだった。

 

 座長の挨拶があり、芸人たちの小粋なトークが始まるころには、二人はゆったりと腰を落ち着けて鑑賞に集中できるようになっていたし、珍獣たちが芸を見せる段にはもう身を乗り出して楽しむほどだった。

 

 まず、一等巨大な蟲獣である象足(エレファンタ・アラネオ)がずしんずしんと重たい足音を立てて現れるのに、観客たちがおおとどよめいた。

 

 この生き物の巨大なことと言ったらまるで像を二頭横につなげたような大きさで、それが石の柱のように巨大な四本の足を器用に動かしては、あちらへこちらへと動き回るのである。

 この生き物が二本の脚だけで立ち上がった時は、まるで倒れこんできそうなその巨大さに悲鳴が上がりもしたし、これが器用にひっくり返って逆立ちする段にはおしみのない拍手が送られた。

 

 そして調教師の言うままに動いていたこの巨大な獣が、体のあちこちに風船を取り付けられて、魔法使いの杖の一振りでふわふわと浮かび上がったのには、息をのむような驚きがあった。

 

 象足(エレファンタ・アラネオ)が引っ込むと、次は黒獅子(エボナ・レオノ)の出番だった。

 これは体格のいい、黒い毛並みのライオンといった姿をしていて、柔らかそうな房の付いた尾からは、鋭い()()が伸びていた。

 

 これはやはり、サーカスのライオンのような芸をさせられた。様々な障害物を広げられたコースを走り回り、火の輪をくぐり、ふわふわと浮かび上がる風船を器用に尾のとげで突き破った。

 

 しまいに、調教師が黒獅子(エボナ・レオノ)に大きく口を開けさせ、そのあぎとの間に顔を突っ込んだ時など、恐れのあまり悲鳴が上がり、倒れるものもいたくらい。無事生還した調教師には、これまた大きな拍手が送られた。

 

 熊木菟(ウルソストリゴ)と言うのが次の獣だった。

 

 これは未来も図鑑で読んだことのある獣だったが、実際に見るのは初めてだった。飾り羽のついた長い腕を持った熊に、フクロウのの顔をつけた獣といった具合で、きょろりと丸い目がなんだか愛らしいようでもあるし、恐ろしいようでもあった。

 

 熊木菟(ウルソストリゴ)は逆立ちし、曲に合わせて踊り、大玉の上に載ってこれを転がし、観客たちを笑わせた。

 また遠くに置いた的めがけて、空爪(からづめ)という空気の刃を飛ばしてあてる的あては、的が遠く、難しくなるにつれて拍手の度合いを増していった。

 

 珍獣たちの芸が終わると、今度は天幕の内側を狭しと空中芸を披露する天狗(ウルカ)たちの出番だった。

 彼らはみな色鮮やかに着飾り、飾り羽を誇らしく広げ、巨大とは言ってもやはり狭くはある天幕の内側を器用に飛び回って、観客たちの頭上に花を降らせ、障害物でひしめいたリングのうちを飛び回り、獣たちのために置かれていた品々を片付けていった。

 

 これは芸であると同時に、次の演目への準備なのだった。

 

 天狗(ウルカ)たちが一糸乱れぬ飛行芸で場を沸かせたのち、リングの内側に現れたのは土蜘蛛(ロンガクルルロ)の芸人たちだった。

 彼らは四つの腕を器用に動かし、手に持っていたたいまつに次々と火を灯していく。

 全員が全員の松明に火を分け合った後、場の音楽が激しいものに切り替わった。

 太鼓の音が力強く天幕を揺らし、土蜘蛛(ロンガクルルロ)たちが踊り始める。

 

 彼らの踊りは力強いものだった。火のついたたいまつをくるくると手のうちで回し、またお互いに投げ渡し、頭上高く放り投げてはそれを受け取り、全体で一つのファイア・ジャグリングを生み出すのだった。

 

 地面を踏みつける太古のドラムが終わったのち、次に場を支配したのは人族たちの軽業師たちだった。色とりどりの衣装を身にまとった彼らは、しっとりとしたダンスから、軽やかにステップを踏んで飛び回り、そして巨大な組体操で人々を驚かせた。

 

 魔法使いたちが色とりどりの炎や煙を生み出し、その間を踊り子たちが駆け巡り、踊り抜けていく。

 

 異国どころではない、異世界の曲芸団が見せる芸の数々に、二人もまたすっかり興奮し、笑い、驚き、そして惜しみのない拍手を送った。

 

 最初の緊張もどこへやら、身を乗り出して楽しむ隣の紙月をそっと盗み見て、未来は思った。

 

 そうだ、と。

 そうなんだ、と。

 

 これが、この気持ちが、サーカスの踊り子たちのように跳ね回るこの気持ちが、そうなのかどうかはわからない。

 けれど、この確かな胸の高まりは、誰にも否定なんかさせやしない。

 

「紙月」

「なんだ」

「なんでもない」

 

 秋の夜更けに、心はどこまでも飛んでいった。




用語解説

象足(エレファンタ・アラネオ)
 山岳地帯などに生息する巨大な甲殻生物。裾払(アラネオ)の仲間としてはかなり鈍重な体を持つ。
 成獣で体高三メートルほどになる。鉄球のような胴体に石柱のような四本の足を持ち、獲物をぺしゃんこにつぶしてしまう。
 裾払(アラネオ)特有の機敏な動きは踏みつけの瞬間のみで、他は基本的に動いていないと言っていいレベル。

黒獅子(エボナ・レオノ)
 黒い体毛と立派な鬣を持つ毛獣。平原などに棲む。鬼は鋭い棘があり、勢いよく繰り出すと岩をも貫くという。
 平原の王者を争う一種であり、自分より巨大な相手でも屠る。


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