異界転生譚 シールド・アンド・マジック   作:長串望

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前回のあらすじ

弾む心。


第十一章 グレート・エクスペクテイションズ
第一話 稽古


 噂に名高い盾の騎士と言うのも名ばかりで、実際のところは大したことがないのではないかという噂が流れてしばらく、その噂の盾の騎士であるところの衛藤未来は、別段気にかけたこともなく、今日も朝からジョギングに励んでいた。

 

 実際、枯れ枝のような老人に面白いようにころころと転がされてすっかりいいようにしてやられてしまったのは本当だし、もともと紙月の活躍に乗っかるような形だったのだから、大いに事実だと思っていた。

 だからこそ、噂の自分に負けぬようにと、こうして励んでいるのだ。

 もっと、強くならなければならない。

 自分には護ることしかできないのだから、それならば、大事な人を護れるくらいの強さは、絶対に必要なのだ。

 

「きっと、もっと、強くなるからね!」

 

 などと、きらきらする目で言われて、ジョギングがてら郊外の前男爵の別邸に稽古に通う未来を、紙月はいくらか気圧されるようにして見送る日々だった。

 

 子供の成長というものは早いものだし、子供のやる気というものは大人の思いもよらぬほど激しいものでもある。ということをかつて子供だった紙月だって知っているはずなのだが、不思議なことに人間は大人になるにつれて子供のころ培ったいくつものことを平気で忘れていくのだった。

 

 さて、そんな風に今日も弁当片手に元気に出ていった未来を見送って、紙月は大真面目に悩んだ。

 別に未来が最近稽古ばかりで自分に甘えてこなくなったのがつらい訳ではない。

 大人びた未来はもともとそんなに甘えるということがなかったし。

 単に、相棒ばかり前を見て進んでいるような中、自分はせっせと内職ばかりうまくいっている現状がなんだかよろしくないように思われたのだった。

 

 一応内職のレーザー彫刻も、魔法の練習と言えば練習である。

 しかしこれは細かい調節の練習にはなるのだが、これでは小手先ばかりうまくなって、大掛かりな魔法の練習にはならない。

 これだけで十分食っていけるどころか、そこらの魔術師が見たら目をむくような技術なのだが、紙月が欲しいのはそう言うものではない。

 

 いざ紙月の出番となると、やはり火力が欲しいのである。あれだけ頑張っている未来が全身全霊で押しとどめるような敵を、こちらも最大火力で焼き尽くすような、そんなパワフルな魔法こそがいま、紙月の欲している形なのである。

 

「とはいえ、だ」

 

 実際に大出力の魔法を練習するというのは簡単ではない。

 練習などまるでしていなかった、恐らく基準値となるだろう、一番最初に用いた《火球(ファイア・ボール)》でさえ、小鬼(オグレート)をウェルダン通り越して黒焦げの炭にすることができたのである。

 

 《燬光(レイ)》などは最大出力で使用した結果、対魔法装甲を貫通して鋼鉄の塊をあっさりと溶断してしまったほどである。

 

 すでにして割と危険物扱いである自分の魔法を、更に極めようと思うと、これはどうやろうにも安全にという訳にはいかないのである。

 少なくとも屋内でやるわけにはいかない。

 それどころか町中でやるのもよろしくない。

 

 ではどこでやるかというと、実際、あてがないのだった。

 南部やら帝都やら足を延ばしたとはいえ、何しろ元が面倒くさがりで引きこもりがちな紙月である。このあたりの地理などあまり詳しくないのだ。

 森でやろうものなら森林火災でえらいことになるだろうし、ただ平野と言ってもそこを通る人もいるかもしれない。

 

「誰も通らなくて、適度に的があって、壊しても困らないようなところ、ねえかなあ」

 

 勿論、それはあったらいいなあという願いごとに過ぎず、実際には微塵も期待していないが故のため息交じりのつぶやきだったのだが、それを運よく拾い上げたものがいた。

 

「あるぞ」

「えっ」

「誰も通らなくて、適度に的があって、壊しても困らないようなところ、だろ」

「あるんですか」

「あるぞ」

 

 紙月が手慰みに量産した3Dクリスタル水精晶(アクヴォクリスタロ)を検めながら、何でもない風に言ってきたのは《巨人の斧(トポロ・デ・アルツロ)冒険屋事務所》のハキロである。

 最近はいくらか様になってきた髭をいじりながら、側にあったメモ用紙にかりかりと簡単な地図を書いてくれる。

 

「郊外に採石場の跡があるんだ」

「石を取り終えちまった跡ってことですか?」

「そうだ。めぼしい石はもうなくて、適度に広さがあって、暴れても問題ない」

 

 成程、それなら紙月が多少暴れても問題はなさそうである。

 もう石もとれない採石場後なら用事のある人間もそういないだろうし、条件に適う。

 

「しかし、またなんでそんなところ知ってるんです?」

「実はここ、冒険屋組合が買い取ってるんだよ」

「冒険屋組合が? 採石場跡を? またなんで?」

「もともとは、お前みたいに鍛錬する場所がないって冒険屋の為に買い取ったんだよ。でも」

「でも?」

「半端に遠いし、足元も安定してるわけでもなし、使い辛いってんで滅多に使われないんだ」

「ありゃま」

 

 それでもまあ、買い取ってしまったものはどうしようもないし、今更どこかに売り払おうにもどこも必要としないし、いつか何かの役に立つときがあるかもしれないということで、放置されているらしい。

 

「まあ、滅多にってだけで、たまに使ってる冒険屋もいるらしいし、お前が使っても問題ないだろ」

「まあどうせ空き地ですもんねえ」

 

 なんにせよ、他に行く当てなどないのである。

 紙月は地図をありがたく頂戴して、厩舎に向かうとタマを起こした。

 暇さえあれば居眠りしているタマであるが、歩くのは好きなようで、起こしてやれば嬉々として自分から馬具を引っ張ってきて、馬車を牽き始める。

 

 《魔法の絨毯》は一度行った場所にしか行けないし、《飛翔(フライ)》でいくのは結構疲れるし、それならば、タマの散歩代わりに連れていくのも良かろうと考えたのである。

 

 のっそのっそ、とだけ言うとあまり早そうに感じないが、何しろ体が大きいし、休むということがないので、タマの足は存外速い。馬車に揺られているうちに、採石場までは三十分ほどで辿り着いた。

 なるほど、休みなく歩く速足の馬車でこれなら、徒歩で気軽に行くにはちょっと遠い。まして武装を担いでいくとなれば、冒険屋たちも気楽には利用できないだろう。

 

 採石場跡は、そう聞いて何となく想像していた荒れ地と言ったとおりの姿で、すっかり掘り尽くされて裸の土をさらしている、何もない土地だった。

 取るに値しなかったのだろうくずの岩ころがごろごろと転がり、土をすっかりはがれてさらされた岩肌は、何度も切り取られたようで段々に角を見せている。

 

「……特撮ヒーローが戦ってそうな感じだな」

 

 せめて往年のヒーローたちに恥じぬ程度のことはしよう、などと殊勝なことを考えたかどうかは定かではないが、なにしろ丁度うまい具合に誰もおらず、どれだけ暴れても迷惑のかからない土地である。

 

 日がな一日精霊晶(フェオクリステロ)とにらめっこしている間に知らず知らずたまっていたうっぷんが、文字通り爆発したのだった。




用語解説

・メモ用紙
 何度となく登場するこの紙だが、実は羊皮紙でもなければ植物誌でもない。
 なんと、キノコ紙だったりする。

・キノコ紙
 帝国中央部に生息する湿埃(フンゴリンゴ)の一群体は、極めて珍しいことに人族と里を同じくする里湿埃(フンゴリンゴ)である。この一群はかなり以前から人族との交流があったようで、人族の価値観をかなりのレベルで理解しており、一方でこの里の人族も湿埃(フンゴリンゴ)の文化に対して高い理解を示している。
 例えばこの里の人族は埋葬を全て湿埃(フンゴリンゴ)の群体に埋め込むという形で行っており、若く傷の少ない死体などはそのまま人形の素体として使われることもあるという。
 この里では古くから川辺まで侵食してしまった菌糸が水に流されるという事例があったのだが、この菌糸を回収して糸車で紡いで織物にしてみたところ好評。このことから菌糸織物や菌糸紙などが発展し、近代では帝国内の紙の需要の七割近くはこの菌糸紙であるという調査報告がある。
 性質としては、水濡れしても破れにくく変質も少なく、また火にかけても燃えづらいという特色がある。
 実はまだ生きていて、湿埃(フンゴリンゴ)間でだけ理解できる言語を用い、密かに帝国の内情を傍聴している、などという噂があるそうだ。


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