異界転生譚 シールド・アンド・マジック   作:長串望

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前回のあらすじ

このときをまっていたっ!
くらえ!火炎ビンだァ~~!!
(※紳士的にプレイしました)


第五話 風呂

 帰ってきた未来は、やはり汗や土で汚れていた。

 あまり遅い時間であれば《浄化(ピュリファイ)》で奇麗にしてしまうのも手ではあるが、今日はまだ時間もある。

 

 紙月と未来は連れ立って近所の風呂屋へ向かった。

 めっきり寒くなってきたこの頃、風呂屋は盛況である。

 

 靴を脱いで上がり、受付に靴を預け、金を払ってロッカーの鍵を受け取る。

 もうすっかり馴染みの受付は、彼女も風呂の神官なのだろうか、豊かな体つきで、そしておっとりとしている。

 

「いやあ、最初は女の人かと思ったから、びっくりしましたよねー」

「いやあ、お恥ずかしい」

「しかも鎧の中身も成人前の子供で、衛兵に通報するか真剣に悩みましたよねー」

「思いとどまってくれて本当にありがとう」

 

 しかし、女装した怪しげな魔女と、成人前の子供という組み合わせは、いささか犯罪的に映るのは仕方がないのかもしれないと思う紙月であった。

 別に女装自体も子連れ自体も悪という訳ではないのだが、それを組み合わせて脳内で悪事とつなげて考えてしまうのは、これは無意識のうちの差別なのかもしれない。

 差別がなかなかなくならない訳である。

 

 新商品が出たという石鹸や垢すりといった小物を物色してから、ロッカーに貴重品や着替えを入れるのも馬鹿らしいのでインベントリにしまい込み、同じくインベントリから石鹸とタオルを取り出す。

 この石鹸は受付で売っているものを買ったものだが、なかなか質が良いし、香りも良い。

 

「そういえばさ」

「なんだ」

 

 二人で服を脱いでいる最中、未来がふと真剣な顔つきで首を傾げた。

 

「紙月も最近は、町で服とか見るじゃない」

「あー、まああんまり買わないけど」

「それで気になったんだけど」

 

 まじまじと見つめられるのは、胸元である。

 

「下着は別に女性ものじゃなくてもいいんじゃ……?」

「ばっ、おまっ、これは趣味じゃねーぞ!?」

 

 ふくらみなどまるでない胸元を覆う女性用下着は、この世界に来た時にすでに装着していた恐らくはゲーム内仕様のものである。

 男であり、そもそも胸などない紙月が着用する意味は確かにないようにも思える。

 

「あの、な、その、笑うなよ」

「笑わないよ。なあに?」

「この体になってから肌が繊細になってな……その、乳首がこす」

「オーケイ、わかった。大事なものだね、うん」

 

 どうやら未来にもこの下着の重要性が理解してもらえたようだった。

 

 衣服に関しても実はこの世界の品だと粗すぎて着心地が悪いので、下着や肌着はゲーム内アイテムをずっと使っているのである。

 男性用衣類が欲しくて服屋を巡ったこともあるが、どうしても生地が粗くて耐えられないか、肌に合ったとしても阿呆ほど高くなるので、費用対効果を考えてしまって買えないでいるのである。

 

 唯一、寝間着だけはどうしてもこだわって絹製のものを買ったが、必要経費だと言い張るにはいささか以上に高額な代物だった。

 

 服を脱ぎ終え、浴場に入ると、やはり一瞬目を引くが、常連の客たちは慣れたもので、すぐに森の魔女だと気付いてくつろぎ始める。

 中には邪な視線を送るものもいるが、害がなければどうということもない。多少気持ち悪くはあるが、紙月だって自分みたいのがいたら見るだろうなとは思う。

 それくらいに、ハイエルフという種族は設定上からして美しい生き物なのである。

 

 洗い場でかけ湯をしてざっと汚れを落とし、二人は石鹸を泡立てる。

 未来が体を洗っている間に、紙月は未来の頭を洗ってやる。

 これは何かと接触を恥ずかしがる年頃の未来が、それとなく許してくれている数少ない接触のひとつだった。

 

 未来の髪を、そして毛におおわれた耳を洗っているうちに、ふと自分の目元にかかる髪をかき上げて、気づく。

 

「そう言えば、俺は随分髪が伸びてきたけど、お前はそうでもないなあ」

「ああ、僕、髪が伸びると落ち着かないから、切って貰ってるんだ」

「切って貰ってるって、誰に」

「ムスコロさんの相方がね、オストさんって言うんだけど、手先が器用でね」

「ふうん」

「一回十三角貨(トリアン)

「金取るのかよ」

「小遣い程度だし、冒険屋同士、なあなあでやるのは良くないって」

「成程」

 

 十三角貨(トリアン)程度と言えば、まあ小銭と言えば小銭である。

 そこらの出店で立派な串焼きを一本買えばなくなる程度だ。焼き鳥程度のなら二本か三本か。

 とはいえ、出費は出費であるし、なんとなく気に食わない。

 つまり、自分の相方が自分の知らないところで他のパーティの人間の世話になっていたというのがなんだか落ち着かない。

 紙月としてはそれは自然な発想だった。

 

「なあ、俺が切ってやろうか」

「え、紙月、できるの?」

「美容師目指してる友達の練習に付き合ってな、代わりに教えてもらった」

「紙月は何でもできるねえ。じゃあ、今度からお願いしようかな」

「任されよ」

 

 ふふん、と少し機嫌をよくして、ふとその背中を見れば、なんだか以前よりたくましくなったように見える。

 稽古でできたのだろう、小さな傷が増え、前よりも少し、見下ろした時の位置が高くなっているような気がする。

 ふにゃふにゃと子供らしく柔らかかった手足はするりと細長く伸びて、筋が目立つようになってきていた。

 

 子供が大きくなるのは、すぐだ。

 

 老アルビトロの言葉が思い出されて、紙月はなんだか呑み込めないものを呑み下したような、言い難い心地にされた。

 そんな気持ちをごまかすようにお湯をかけて泡を流してやり、今度は自分の体を洗い始める。

 

 絹糸でも扱うように丁寧に髪を洗ってくれる指先は、まだ細く、短い。

 けれど、すぐだ。

 きっと、すぐだ。

 

 焦るような、期待するような、奇妙な心地の中で一心に泡立てているうちに、未来にお湯をかけられて、考えは中断した。

 泡をすっかり流してしまって、湯に肩まで浸かると、思いのほかに全身から疲れがどっとあふれ出てくるようだった。自分でも知らなかった、気づかなかったこわばりが、心と体から流れていくようだった。




用語解説

・肌が繊細
 ハイエルフが繊細かどうかは不明だが、エルフは粗悪な金属に触れるとアレルギーのような反応を起こすという説がある。
 紙月の場合はとにかく敏感肌で、粗い生地だと擦れてしまって、あとで赤くなるくらいのようだ。

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