異界転生譚 シールド・アンド・マジック   作:長串望

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前回のあらすじ

穴持たずの脅威を語られる二人。
冒険の匂いだ。


第六話 熊木菟

 話を聞いて、紙月はちらと未来を見やった。

 未来は当然のように、力強く頷いた。

 

 それで決まった。

 

「よしきた。ならその穴持たず、俺たちが退治しましょう」

「なんと? そりゃあ、その、気持ちは嬉しいけんどもよ」

 

 イェティオの老人は喜んだが、しかし二人を見比べて不安げに眉をひそめた。

 炎を模したようないかにもすさまじい魔力を秘めていそうな全身鎧姿の未来は、実に頼りがいがありそうに見える。もしかしたら熊木菟(ウルソストリゴ)くらいひねるように倒してしまえるのではないかという錯覚さえをも得るほどだった。

 

 一方で紙月はどうかというと、先ほどは確かに素晴らしい術を見せてもらったが、あれは医療の術である。紙月は見れば見るほど美しいが、その美しさの通りに華奢であるし、何も老人でなくても、その妻であるおかみでも簡単にひねってしまえそうなほどに細い。

 熊木菟(ウルソストリゴ)を相手取るどころか、雪道にさえ耐えられないのではないかという容姿である。

 

 そんな父の心配を察して、イェティオはその肩を叩いて見せた。

 

「安心するだ。こん人たちはよ、あの地竜を狩ったこともある、そりゃあものすげえ冒険屋なんだ」

「なに、地竜。地竜、あの地竜か」

「そうだ。まだちいせえ奴だったけんどもよ、俺もその首を見たんだ、間違いねえ」

「ふーむむ」

 

 老人がまだ若い頃、巨大な地竜を遠目に見たことがあった。それはまさしく山が歩いているような脅威で、とてもではないが人がどうこうできる相手とは思えなかった。自然そのものの猛威といった、いっそ神々しさすら覚える始末だった。

 あれを、倒した。

 

 そこで老人ははたと気づいた。

 

「も、もしや、噂に聞いた森の魔女……!?」

「一応、その名前で呼ばれてますよ」

「お、おお、あの地竜を揚げ煎餅にしてばりばりむさぼったという」

「北部までくると変形すげーな」

 

 勿論老人も、地竜を倒したなどと言う噂話を信じていたわけではなかった。

 しかしその伝説の人物が目の前にいて、動じるでもなくしれっとしているのを見ると、話半分でも信じてみていいような気がしてきた。

 むしろ、ここは信じるべきであるという気になってきた。

 

 もともと、雪の中、何とか西部まで届けば幸いといった程度の思いで手紙を出したようなものだ。春になって戻ってきた息子が、村や、あるいは宿がひどく被害を受けたのを見て、奮起してくれればという、その程度の願いでしかなかった。

 しかし息子はこんなにも、恐るべき速さで帰ってきた。そしてそれはこの二人のおかげであるという。

 

 天がそうせよと言っているのかもしれない。

 神々がそうせよと導いているのかもしれない。

 

 それは老人の中の思い込みに過ぎないのかもしれなかったが、しかし老人はその思い込みに賭けた。

 

「よろしく、お願いしますだ……!」

「喜んで」

「僕らにできることなら」

「しかし、わしらにはそうお支払いできる金が……」

「なに、イェティオからいただいてますよ」

「なんと」

「いい温泉に、いい食事、それに宿。これだけそろってりゃ、文句はない」

 

 ますます拝みそうになる老人を押さえて、一同は熊木菟(ウルソストリゴ)対策を練った。

 穴持たずが強力な魔獣とはいえ、熊木菟(ウルソストリゴ)という魔獣であることは変わりない。その特徴を知ろうというのである。

 

 山をよく知る老人の口から、熊木菟(ウルソストリゴ)の特徴が語られた。

 

 まず熊木菟(ウルソストリゴ)というものは、暗い森の中でも闇を見通し、夜でも昼のように目が利くという。その代わり明るい日差しのもとはあまり得意ではなく、急に日が差し込むと狼狽えるという。

 このことを利用して輝精晶(ブリロクリステロ)などで急激に明かりを生み出すことで怯ませることができるが、しかし明かりや火そのものを恐れるわけではないので、あくまで怯むだけで、追い払えるわけではない。

 むしろ、松明などで威嚇しようとすると、かえって怒らせて苛烈に攻撃を仕掛けてくることがわかっている。

 

 身体能力としては、非常に頑丈な羽毛の下に太い筋肉、太い骨が隠れており、生半な矢では貫けないという。熟練の狩人は、ほかの羽獣と同じように羽の隙間や、目を狙ってうまく矢を通すという。または羽の柔らかい腹などを狙うとよいが、腕に隠れるので、これは難しい。

 

 剣や鉈で近づいて戦うのは全くお勧めできず、歯が立たないだけでなく、剣の届く範囲に入る前にずたずたに切り裂かれるのがおちであるという。

 

 また、足が速い。これは非常に速いと言ってよい。森の中でも器用に走り、馬と同じくらいには駆けるという。そして下りより上りの方がうまく、逃げようと思って木の上に隠れると、木を登って襲ってきたという話も残っている。

 老人が逃げ延びられたのは、惜しげもなく目くらましのまじないを放って逃げに徹したからであり、そして運が良かったからにすぎない。

 

 なわばりの特徴としては木肌につめの跡を残すほか、周囲の風精に干渉して、音が全く立たないようにしてしまうという習性が知られている。こうして音の立たない世界でひっそりと獲物の背後から接近し、攻撃を仕掛けてくるのである。

 

 主な攻撃手段としては、空爪(からづめ)というものが知られている。

 これは、周囲の音を消すのに使っていた魔力を手元に集め、風精を砲弾にして飛ばしてくるという凶悪な攻撃である。棘付きの鉄球だとか、巨人の槌だとか言われるように非常に重たい衝撃と鋭い斬撃を併せ持つもので、まず防ぐ手段はない。

 強めの矢避けの加護であれば避けられると聞くが、まず市場に出回る廉価なものでは難しいという。

 

「……強すぎない?」

「図鑑で読んだことあるけど、実際に聞くとすごいねえ」

「やはり、難しいもんだべか」

「いや……かえって楽しみになってきた」

 

 悪い癖が、発動していた。




用語解説

空爪(からづめ)
 風精を乗せた空気の塊を打ち出す攻撃方法。
 熊木菟(ウルソストリゴ)のもの外力も高く有名だが、風精と親和性の高い魔獣には多く使うものがいる。
 熟練の冒険屋には同じようなことができるものもいて、より鋭い斬撃を飛ばすこともできるという。
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