異界転生譚 シールド・アンド・マジック   作:長串望

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前回のあらすじ

女装男子学生がケモミミ少年のベッドに侵入するという事案。


第十話 朝食

 翌朝のことである。

 想像していたよりもはるかに抱き心地の良いぬくもりが腕の中から抜け出しても紙月はしばらくまどろみに沈み込み、思っていたよりも骨ばっていて抱かれ心地など決して良い訳でもなかったのにも関わらず朝から朝を主張する身体に元気に目覚めた未来であった。

 

「……まあ、体調は万全ってことだよね」

 

 寝癖をくしくしと直しながら、未来は大きなあくびを一つ漏らして、肌寒い廊下を肩をすくめるようにして小走りに駆け抜けた。

 朝の空気は良く冷えていて、寒さにきゅっと引き締められた身体が、こらえきれずもよおしたのである。

 

 共用の便所で小用を済ませて部屋に戻ってきた頃、紙月は暖炉のそばにへばりついて、できるだけ冷たい空気に肌をさらさないようにと四苦八苦しながら着替えているところだった。

 

「……往生際が悪いなあ」

「お前はハイエルフの苦労がわからないんだよっ」

 

 そう言われるとまあわからないでもないのだけれど、子供の未来相手にそのようなみっともない姿をさらせる方がどうかと思う。

 どうかと思うが、そう言うみっともない姿をさらしてくれるというのは相当な信頼関係なのではないかという考えも頭をもたげて、結局未来は答えを出せずに、自分も手早く着替えることにした。

 

 着替え終えたころ、おかみが盥に温泉の湯を持ってきてくれた。

 この暖かい湯をありがたく頂戴して、二人は顔を洗い、歯を磨き、お互いに寝癖がないかをチェックした。

 

 すっかり身支度を整えて食堂に顔を出すと、やはり準備万端、うまい具合に朝食を出してくれた。

 

 温泉で蒸しあげたというふわっふわの蒸しパンは、しっとりもちもちとしていて、中華の花巻のようである。昨日の未来の食べ具合を見て、これもたっぷりと用意してくれた。

 

 そして昨日の鍋よりは小ぶりな土鍋に用意されたのは、白い煮汁の煮込みである。

 

摘取団子(シルピンツィ)乳煮込み(ラクタ・ラグオ)です」

 

 具材は、昨夜と同じ摘取団子(シルピンツィ)に大振りに来た根菜類だった。

 これに搾りたての牛乳を加えて煮たたせずに煮込んであるという。

 さっぱりとした塩味に濃厚な乳の味が、重た過ぎず、かつあっさりとし過ぎず、朝食としてうまい具合にまとまっている。

 

 摘取団子(シルピンツィ)は昨夜のものより歯ごたえが強めの塩梅で、これは硬いというより、顎を使うので目が覚める気持ちだった。ぐにっ、ぐにっ、と噛んでいるうちに、小麦の甘みと汁の塩気がうまいことに絡まり、ものを食べているという感じがして、よい。

 

 根菜類はみなよくよく煮こまれており、匙を軽く通すだけでほろりと崩れた。これをそのままほおばっても良いし、汁に崩してドロドロになったところをすすっても良い。これもまた越冬野菜であるらしく、甘さときたら、たまらないものがあった。

 

「しかし、搾りたての牛乳と言うと、牛を飼ってるんですか?」

「ええ、ふもとの村までやっぱり遠いもんですだから、自給自足できるものは、大概やっとりますだ」

 

 朝食を済ませた二人は、牛の存在がやはり気になって、折角なので見せてもらうことにした。

 

 二人が拠点とする西部では家畜と言えばまず大嘴鶏(ココチェヴァーロ)のことで、肉も乳も、おおむねこの生き物から取るものばかりなのである。

 卵もとれるが、これはやはり使い勝手があまりよくない。町民がちょっと使うために、普通の鶏も育ててはいるが、やはりこれも鳥だ。

 

 豚や牛といった動物を見かけることがなく、しかし一応干し肉や牛乳という形で話は聞くので、前々から気になっていたのである。

 

 聞けば、質の良い牧草の多く取れる東部でも育てているし、寒冷な冬にも育成しやすい牛は北部にとってなくてはならない家畜だという。

 

「寒くても育てやすいの?」

「北海道とかで育ててるけど、どうなんだろな」

 

 案内されたのは、半地下の厩舎である。

 階段を降り始めた時は何かと思ったが、牛を飼う厩舎は基本的に半地下か、すっかり地下に作られるという。

 その方が寒さを遮れるし、牛としても居心地がよく、健やかに育ち、乳を出してくれるという。

 

「言っていい?」

「なんだ?」

「嫌な予感がしてきた」

「俺も」

 

 厩舎は真っ暗で、灯りの一つもなかった。

 というのも、牛たちは目がすっかり退化していて、強い灯りに弱いからだという。

 おかみは小さな角灯に火を灯し、少し高く掲げて、牛に余り負担にならないように、牛の姿が見えるようにしてくれた。

 

 それはしいて言うならば巨大な()()()()()のような姿だった。

 のっそりと横たわった巨大なサツマイモの先端に、肌色の鼻と、髭が見える。

 そしてシャベルのような手足がぼってりと伸びていたが、このつま先はきちんと断ち落とされて整えられていた。

 怪我をしないよう、また余計な穴を掘らないようにである。

 

 横たわったこのサツマイモの腹には四つの乳房が張り出しており、これから乳を搾るのだという。

 

「乳しぼり体験していかれるだか?」

「いえ」

「遠慮します」

 

 それは()()()だった。

 巨大なモグラのことを、牛と呼んでいるのだった。

 

「普通牛と言うと大体こんな感じですか?」

「んだなあ。おらぁ、他に牛は知りませんですだ」

 

 詳しく聞けば、角の生えたいわゆる牛もいるようだったが、広い放牧地もいるし、角も危ないし、もっぱらこの()()として牧場界を席巻しているのだという。

 この牛は全く、乳を取るか、肉を取るかだけで消費され、農耕などに使われることはないという。

 

「……遠くに来たもんだねえ」

「全くだ」




用語解説

・朝を主張する身体
 朝だからね。仕方ないね。

・盲目の牛
 しいて言うならば巨大なモグラ。
 完全に家畜化されており、現状では自分の寝心地の良い形に土を掘るくらいしかせず、自分で餌を摂ることもできない。
 濃い乳を出す。
 これとは別に普通のいわゆる牛もいるようだ。

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