異界転生譚 シールド・アンド・マジック   作:長串望

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前回のあらすじ

なぜか増えた職人たちにひん剥かれる二人。
事案だ。


第十二話 着せ替え人形とかぼちゃ

 紙月と未来がインベントリに収めていたアイテムのうち、衣装や装飾品の類、その中でもさらに露骨に危険なものを除いた品々は、それでもすべて検めるのに一週間ほどかかった。

 数自体はそこまで多くはなかったのだが、特殊効果やフレーバー・テキストから鑑みて危険性はないかを二人が相談するのにまず時間がかかり、見学者たちから文句が出ないように一品一品を監視の下で全員に回すのにまた時間がかかり、単に表から見ただけではわからない構造や縫製を確かめるためにひっくり返したり広げたりでこれまた時間がかかり、その途中途中で職人同士が盛んに議論を交わすのでまたまた時間がかかりと、とにかく進みが悪かったのである。

 

 一日目の時点でこれは何とかしないとまずいというのは全員が認識した。

 二日目になると前日の反省を活かして無駄が省かれてきた。

 三日目は大分こなれてきて、流れ作業のラインが仕上がり、制限時間の設定がなされた。

 四日目を過ぎたあたりから順調に進み始めたが、それでできた余裕の分、議論の時間が長くなり、小さなパーツの試作品なども作られるようになっていった。

 

「フムン。ワークショップみたいだな」

「わーくしょっぷ? それも魔女のわざかしら?」

「あー、講習とか講座のやり方だよ。実際に作業とかを体験しながら、お互いに議論し合って技術を伸ばしていくんだ。講師が一方的に教えるだけじゃなくて、参加者が自分たちで作業とか議論とかをして行く形だな」

「面白いやり方だわ」

 

 紙月がワークショップというものを体験したのは、大学で参加していた演劇サークルの仲間と一緒に行ってみた演劇ワークショップだった。

 紙月にとってはちょっとしたレクリエーションのようなものに感じられるくらいに緩いものだったが、それをなんとなく流用した工房におけるワークショップもどきは、職人たちにとって非常に斬新な体験となったようだった。

 

 そもそも職人たちにとって、こうしてよその工房の職人と集まって顔を突き合わせて議論するということ自体がまず有り得ないのである。技術とは師匠から弟子へと、内々で受け継がれていくものなのだ。ある程度の付き合いや融通はあるとはいえ、ここまであけっぴろげな場というものは、年嵩の職人たちにとっても人生で初めてだった。

 そしてそのいままでなら有り得なかった状況をすんなりとは言えないまでも受け入れざるを得ないだけの魅力が、二人のもたらしたアイテムの数々にはあった。

 

 いままで培ってきた技術、知識、経験、それらを総動員しても辿り着けない「わけわかんねえ」の境地。

 「なんなのだこれは」という共通のショックが、頑固な職人たちをして怯ませ、こぼれ出た疑問や弱気が共有されるに至り、彼らは初めは細々と、やがて開き直ったように議論を重ね始めたのだった。

 

 一週間でこのワークショップはすっかり形になり、一通りのデザインが検められたいま、職人たちはいくつかのグループに分かれて作業に没頭していた。

 構造やデザインにある程度理解が及び、その再現やアレンジを開始した手の早い組。

 いまだに理解が及ばず、あるいは新奇な発想を求めてアイテムの研究に取り組む腰を落ち着けた組。

 機能性やデザインの意味、取り合わせのバランス、単純な美しさなどを議論する理論派の組。

 

 そういったいくつもの組に分かれて、その組の中である程度まとまりができてくると、紙月と未来はあまりすることがなくなってきた。

 もちろん、アイテムの盗難や悪用などを警戒しておく必要はあるが、取り出したものはすべてリストアップして、最後にすべて回収するまでだれ一人退出できないようにしているし、危険な事態に陥るようなものは最初から弾いているので、いまはほとんど放置している。

 

 もっとも、だから暇になったかというと別にそうでもない。

 

「大丈夫か未来。退屈じゃないか」

「退屈する暇もないよ」

 

 というのも、アイテムを手に取るのは許しているが、着用していいのは紙月と未来の二人だけだということになっているので、実際に着用した時の印象を確かめるために、二人はあれこれと服を着せられたり小物を身につけさせられたりと、着せ替え人形状態なのである。

 

 未来はそんなに衣装持ちではないので被害は少なかろうと高をくくっていたのだが、油断をしていたところに主に女性職人たちから様々な衣装を持ち寄られ、気づけば着せ替え人形にされていた。

 なんでもこれは報酬として提供すると言っていた品々であるらしいのだが、実際に着てもらって直しを入れたり、デザインを改めたりするから、という建前と名目で、愛らしい少年を着飾らせて楽しもうという魂胆が透けて見えるどころか露骨に漏れ出していた。

 

「なかなか似合うじゃないか。格好いいぜ、未来」

「からかわないでよ」

 

 どう見ても普段使いできないような、それこそ貴族の子供が着ていそうな服を着せられながら、未来は唇を尖らせた。気軽に似合う似合うと言われても、なんだか子ども扱いされているようで気に食わなかったのだ。

 そのちょっと不貞腐れたような表情がお針子のお姉さま方小母様方には大いに好評だ。

 

 そりゃあ、生地はいいし、オーダーメイドの造りは体にぴったりと合っている。異世界の文化とは言え、未来の目から見てもセンスの良い物ばかりだ。

 しかし、金がかかっている、高い技術が用いられているというアピールなのか、布地や飾りが多く、フリルなどがふんだんで、とても落ち着けたものではない。

 一番近いイメージだと、七五三で慣れない着物なんか気つけさせられて、しゃっちょこばって写真を撮っているような、そんな気分だ。

 

 それに、お針子や職人たちとは言え、大人の女の人に囲まれてちやほやされるというのは、頭の中がてんやわんやになってどうしたらいいのかわけがわからなくなる程、未来にとっては大いに異常事態だった。

 ゲームならどんなに敵に囲まれたって防ぎきる自信があったけれど、しかしこの攻勢にはたじたじと狼狽える外にない。おまけに反撃手段もない。

 

 紙月も同じように着せ替え人形になってはいたが、こちらは平然としているどころか実に堂々としている。

 いまもバニーガールの格好をしてポーズなど決めているが、そこには恥じらいなどまるで見られない。

 さっきまではゴシック・ロリータを着こなしていたし、その前はメイド服だっただろうか。修道服を着ていた時もあった。

 セクシーだったりキュートだったり、未来としても様々な衣装でざまざまな姿を見せつける紙月にどきどきしないわけではないのだが、それ以上に「どうしてこんなに着慣れているんだろう」という呆れの方が強かった。

 インベントリから直接選択して装備すれば着方がわからなくても問題ないが、紙月の場合、ある程度造りを確かめた後は、自分の手で普通に着替えられるのである。

 

「……よく着方がわかるね、紙月」

「まあ、演劇やってたからな」

「それに、みんなに見られてよく堂々とできるよね」

「演劇やってたからかなあ」

「演劇万能すぎるよ」

「一度慣れちゃうとこれくらいはなあ」

 

 あまり一般的ではない感じ方なんだろうなあ、と未来はぼんやりと思う。

 少なくとも、慣れるとかどうとか以前に、ファッションショーを楽しんでいるのは純粋に紙月の目立ちたがり屋の発露であるように思われてならなかった。

 

 いまもふわふわした寝間着セットを身に着けながら、紙月はノリノリでポーズを取り、解説をし、そして目線をくれていた。

 もみくちゃにされてうんざりした気分で着せ替え人形になっている未来とは、なんだかレベルどころか立っているステージが違う。

 

「ほら、よく言うだろ」

「たぶんそれ、僕聞いたことないやつ」

「観客はかぼちゃだと思え。かぼちゃがずらっと並んでたって怖くはないだろ」

「かぼちゃは僕を着せ替え人形にしないよ、紙月」

 

 分かり合えない感性の違いが、そこにはあった。




用語解説

・バニーガールの格好
 ゲーム内アイテム。正式名称《三月兎のバニースーツ》。
 シルクハットに燕尾服を羽織り、ステッキを携えた露出度低めのお洒落なバニースーツ。
 ただし効果はひどいもので、《SP(スキルポイント)》の自然回復速度が大幅に上昇する代わりに、不定期にランダムでステータス異常が発生するという博打仕様。
 非常にレアな兎関連のアイテムを装備すると活用しやすいというが、この二つをそろえられるプレイヤーはそれほど多くない。
『ヤアいらっしゃい!お茶をお飲み!さあさ、まずはお茶をお飲み!足りなければもっとお飲み!それから席に着くんだ!そしてお茶をお飲み!ところでティーカップはどこ?』

・ゴシック・ロリータ
 ゲーム内アイテム。正式名称《月下少女奇譚》。
 いわゆるゴシック・ロリータ、ゴスロリといったデザインで、月をモチーフとした飾りが見られる。
 ロリータ・シリーズの一つ。
 闇属性鎧であり、高い魔法防御力を誇る他、セットとなる他のアイテムと一緒に装備することで効果が上昇する。
『ゴスロリは心の武装』


・メイド服
 ゲーム内アイテム。正式名称 《メイド・イン・シャドウ》。
 黒づくめのエプロンドレス。ややゴスロリの意匠を感じさせる。
 セット装備 《ブラックブリム》と同時に装備することで、《技能(スキル)》使用時の《SP(スキルポイント)》の消費量を減少させる効果がある。
『影より生まれ、影に生き、影に死す。メイド道とは死ぬことと見つけたり』

・《ブラックブリム》
 ゲーム内アイテム。
 真っ黒なブリム。頭装備。
 セット装備 《メイド・イン・シャドウ》と同時に装備することで、《技能(スキル)》使用時の《SP(スキルポイント)》の消費量を減少させる効果がある。
『頭がおかしいのか? なんだメイド道って』

・修道服
 ゲーム内アイテム。正式名称《悪魔憑きの修道服》。
 楚々としたいわゆる修道女といったデザイン。類似品に注意。
 高い魔法防御力を誇るだけでなく、神官系の敵に対してダメージ上昇効果。
『悪魔ほど優しいものはいない。その優しさが人を堕落させるのだから』

・ふわふわした寝間着セット
 ゲーム内アイテム。セットで装備すると効果が上昇する。
 下記に個別に紹介する。


・《イージー・ピロー》
 ゲーム内アイテム。武器。
 柔らかそうな羊を模した枕だが、カテゴリは鈍器である。
 特定の場所で状態異常:睡眠によって移動できる夢の世界でのみ攻撃力を発揮する。
 装備している時間が長いほど攻撃力が上昇する。
『この枕で眠ると人生の栄枯盛衰全てを夢に見るという。ほら、カンタンのマk()』

・《オネイロスのナイトキャップ》
 ゲーム内アイテム。頭部装備(上段)。
 男女でデザインが変わる。
 男性用は円錐状で先に毛玉のついたいわゆるサンタ帽子型。
 女性用はフリルで縁取られた、ドアノブカバーに例えられる形状。
 特定の場所で状態異常:睡眠によって移動できる夢の世界でのみ効果を発揮する。
 命中率が上昇する効果がある。
『神々は時に夢を通じて神意を伝える。尤も、それが実のない偽りなのか、まごうことなき真実なのかを見分けるのは簡単ではないが』

・《夢魔のネグリジェ》
 ゲーム内アイテム。鎧。
 女性用装備。ゆったりとしたワンピース型の寝巻。透けない。
 特定の場所で状態異常:睡眠によって移動できる夢の世界でのみ効果を発揮する。
 性別:男性からのダメージを軽減。性別:男性へのダメージを上昇。
『なんでもかんでも夢魔のせいにするの、人間の悪い所だと思う』

・《夢路辿り》
 ゲーム内アイテム。足装備。
 ふわふわのスリッパ。脱げそうで脱げない。
 回避率が上昇する効果がある。また、状態異常:睡眠でも自由に移動できる。
『住の江の 岸による浪 よるさへや 夢の通ひ路 人目よくらむ』

・《ドリームキャッチャー》
 ゲーム内アイテム。アクセサリ。
 特定の場所で状態異常:睡眠によって移動できる夢の世界でのみ効果を発揮する。
 精神系状態異常を防ぐ効果がある。
『悪夢の不法投棄おことわり! ──ドリームランド自治会』
 
・《怠惰のアイマスク》
 ゲーム内アイテム。頭装備(中段)。
 「はたらかない」と筆文字で記されたアイマスク。
 回避率・命中率が低下する代わりに《SP(スキルポイント)》消費を激減させる。
 ランダムで状態異常:睡眠に陥るデメリットもある。
『世界が終わるまで働かねェ。その覚悟が、あんたにあるかな?』

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