異界転生譚 シールド・アンド・マジック   作:長串望

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前回のあらすじ

Q.太るよ?
A.太らない。全然太らない。
  でもそれはそれとしてお酒は控えようかな。


第三話 買い出し

「それで、なに買うんだったか」

「えーっとね」

 

 ハキロからもらった走り書きのメモは、未来の手の中にあった。

 最初の頃こそ紙月が保護者扱いされ、紙月自身もそのつもりであったはずなのだが、未来が年齢の割にとてもしっかりとしていること、真面目であること、また相対的に紙月が存外面倒くさがり屋で気分屋であることなどが周知されていくにつれて、役割は逆転していた。

 いまも紙月は未来の面倒を見ているつもりでいるが、周囲がどう感じているかはお察しだ。

 未来としては、なんだか任されているというのは気分の良いものであったし、頼られるというのも悪くない。僕が紙月の面倒を見るからねとまで思っている。

 紙月がつもりであるところに、未来はすでに半ばほど実行しつつあるが。

 

 メモによれば、二人に任された買い物の内容は、次の通りだった。

 つまり、ツリーと薪、飾り付け用のオーナメント、リース飾り、それに酒だ。特に酒は、樽でいくつか。冒険屋はもとより酒を飲む生き物だが、《巨人の斧(トポロ・デ・アルツロ)冒険屋事務所》の冒険屋には土蜘蛛(ロンガクルルロ)も多く、酒も良く干す。飲むではない。早々に、干す。それが一年の締めの宴ともなれば、酒がなければ暴動が起きるだろう。

 

 料理やつまみ、菓子の類は、得意なものが厨房で張り切る他、当日出来合いのものを買ってくるそうだった。《巨人の斧(トポロ・デ・アルツロ)冒険屋事務所》の料理が得意なものというのは、ムスコロのような小器用で凝り性な男はともかくとして、ドカッと大味なものが多い。

 丸焼きだとか、網焼きだとか、ごった煮だとか、いささか雑と言われかねないものばかりだ。

 これで不味ければ文句も出ようものだが、なにしろ程々にうまい。野外で広げた網に、串に刺した肉や魚、野菜などを炭火で焼いてちょいと塩を振るだけの料理が、片手間で出せる程度の熟練の腕前で焼かれるのだ。

 決まったレシピなど覚えてもいないが、その場で何となく焼くのがうまいものは、良い冒険屋になるという。

 

 紙月も程々に料理ができるし、それは包丁より斧を振るう方が得意な連中より上等で立派なものだったが、何しろ当人にやる気がない。ほかにやるものがいないとか、どうしても食わせてほしいというのなら考えもするが、やりたいものがいるならやらせるし、第一ムスコロの方が手慣れているのでモチベーションが上がらない。

 未来もやっぱり程々にはできるが、厨房に立って仕事しようとしたら鎧を着ないと身長が足りないし、鎧姿で厨房に立つと邪魔くさいから、遠慮している。それに普段街を歩くだけで、あれやこれやと食べ物をもらっていると、舌が肥えてどうにも自分の料理では満足できなくなるのだった。

 

 ツリーにはこだわりはないようで、事務所に入るものであれば何でもいいとのことだった。中で飾るものと、外に飾るものと、一本ずつ。

 二人は見慣れた三角形のシルエットを見せる鉢植えのモミのツリーを二本選び、事務所に届けてくれるよう頼んだ。

 

 一緒に売っていた飾りのセットも吟味する。

 飾りと一言に言っても様々な種類があり、雪を模した綿もあれば、花や葉を使った飾りもある。本物も、造花も。色とりどりのリボンに、金糸、銀糸や色糸。可愛らしい音を立てる鈴。子袋に入ったお菓子もあった。飴細工や、焼き菓子、ドライ・フルーツ。

 

 店によって、売っているものも違うから、二人はいくつかの店を見比べてみた。

 大体は色や形がちょっと違うといった程度のものだったが、様々な神を奉ずる神殿が出している出張出店では、それぞれの神にまつわる品々を飾りとして売っていた。鍛冶の神であれば槌や()()()()。風呂の神であれば盥と桶。商売の神であれば金貨。

 そしてそういった象徴だけでなく、神そのものをディフォルメして小さな人形にしてもいた。名状しがたき神々の偶像は、果たして許されるのだろうか。つくづくいい加減である。

 

「とはいえ面白いのは確かだな」

「枕元に飾ったら夢に出そうだけどね」

 

 二人はどちらも信仰薄い、というか信仰が希釈されまくった社会の出身であるから、こちらの世界の神などは勿論信じてもいない。信じていないが、しかし実在するということは知っている。それを紙月たちの感性で神と呼ぶべきなのか、それともコズミックホラーな地球外超存在と考えるべきなのかは謎だが。

 

 少し見て回れば、ある出店では三日月を模したオーナメントを売っていた。

 これは何の何という神なのか、店番のチャラそうな神官に聞いてみたところ、境界の神プルプラ様のものだという。

 

 境界の神プルプラ!

 

 二人は何となく顔を見合わせた。

 それは二人がこの世界に転生するきっかけであり、そして今も多分二人のプレイングを暢気に眺めているだろう超存在の名前だった。

 本来ならただ死んでいくはずだった二人の命を拾って、この不思議な異世界へと送ってくれたことは、感謝しているかと言われればちょっと微妙な顔にもなる。そりゃ死にたくはなかったし、違う世界とは言え人生が続くなら儲けものだし、良い相方もいれば前世では味わえなかった冒険もある。悪くはない。

 だがどう考えてもあの神性は善神とかではなく邪神の類だろうなあと思ってしまうだけだ。

 

 格安で(無料ではなかった)簡単な冊子を買って読んでみると、境界の神というのはありとあらゆる境界線を司る神様で、例えば領地と領地の境や、里と森の境、男女の境など、非常に幅広く御利益があるらしい。恋愛や仕事などの縁結びもやってるとか。

 綺麗ごとばっか書いてあるなあとなんとなく胡散臭くはある。店番のおじさん神官をじとっと見やると、「遊びの好きな神様でもあるよ」と濁したようなことを言われてしまった。そりゃお好きでしょうよ。

 

 まあ、なんにせよご縁もあるし、お守り代わりに買っていこうかと値札を見れば、これが高い。指でつまめるような小さな三日月形の飾りなのだが、五角貨(クヴィナン)が一枚である。普段よく使う小銭の三角貨(トリアン)が百枚分だ。

 例えば三角貨(トリアン)十枚で、出店の立派な串焼きが一本か、まあ焼き鳥位なら二、三本買える程度だ。そのさらに十倍、立派な串焼き十本か、焼き鳥が三十本ばかりということになる。普通に飯屋でそれなりの料理が食える値段である。

 未来などは燃費が悪いと称して、五角貨(クヴィナン)をよく食事代に払うが、これは例外だろう。

 

 紙月の大雑把な感覚で言えば、大体二千円ちょっと、三千円いかないくらいの価値観だ。

 これより額の大きな貨幣は、ほとんど商売での取引などにしか使われないようなものだから、この感覚はそこまで間違っていないだろう。

 

 二人は定期的な収入はないとはいえ、大きな仕事をこなして金もたまっているし、ちまちま内職もして現状維持はしている。だから払えるは払えるのだが、こんなちゃちな飾りに払う金額ではないとも感じる。というかプルプラに払いたくない。

 

 試しに値切ったらぼろでも出るんじゃなかろうかと店番の少女神官に目をやれば、やだなあ、と言わんばかりの気持ちのいい笑顔である。

 

「イベントアイテムは記念品みたいなものですよ。軽い課金と思えば」

「そうか? そうかなあ?」

 

 だがイベントアイテムと言われると、まあ手に入れておきたくなる。季節イベントのアイテムは、翌年も手に入るとは限らないのだ。そういって余らせたアイテムが倉庫には眠っているが、それはそれ、これはこれだ。

 流されるように五角貨(クヴィナン)を二枚、皺の刻まれた手に渡し、三日月形の飾りを二つ受け取る。

 

「イベントを楽しんでくれ給えよ」

 

 尊大な声に見送られ、やっぱりぼられたような気もするなあ、となんだかもやもやした気分で少し歩く。

 歩き、立ち止まり、首を傾げる。

 

()()()()?」

 

 二人はそろって振り向いたが、はてさて、いまの出店はどこだったか。

 顔の思い出せない神官の、記憶があいまいな声が、ぼやけて消えた。




用語解説

五角貨(クヴィナン)
 帝国に流通する硬貨の一つで、名前の通り丸みを帯びた五角形をしている。

 帝国の通貨は額の小さい順に、銅貨である三角貨(トリアン)、白銅貨である五角貨(クヴィナン)、銀貨である七角貨(セパン)、より銀含有量の多い九角貨(ナウアン)、そして金貨の五種類存在する。
 三角貨(トリアン)が百枚で五角貨(クヴィナン)一枚。五角貨(クヴィナン)十枚で七角貨(セパン)一枚。七角貨(セパン)四枚で九角貨(ナウアン)一枚に当たる。
 つまり一九角貨(ナウアン)=四七角貨(セパン)=四十五角貨(クヴィナン)=四千三角貨(トリアン)
 金貨は主に恩賞や贈答用で、その重量や芸術性で価値が決まる。
 どうせ大して出てこない設定なので覚えてもこれと言って得はない。

・イベントアイテム
 キャンペーン・イベント開催中にのみ出回るアイテム。
 集めることで限定品と交換出来たり、イベントを有利に進められたりする。
 端数が出たり、交換し忘れたままイベント期間が過ぎてしまうと、途端にインベントリを圧迫する。

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