異界転生譚 シールド・アンド・マジック   作:長串望

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前回のあらすじ

眩しいものをまっすぐ見てしまうとしんどいうというお話。


第十話 くたばれ冬至祭

 人込みをかき分けるようにのっそりと歩いていくのは、不死鳥を模した派手も派手な真っ赤な鎧姿であった。むしろそれだけ派手な鎧がなおかき分けなければならないほどに、広場は混雑していた。

 朝でさえあれほどの人だったのだ。人々が活発になり、食事を求めてうろつくようになってくる昼頃ともなれば、なおさらというわけだ。

 

「あの人、服装はともかくセンスはいいなあ」

 

 臨時アドバイザーとわかれてひとりになるや、早速素直な心情を吐露してしまう未来であったが、何しろロザケストというのはそれだけインパクトのある男だった。

 年末の歌合戦に出てきそうと紙月に言わしめた《朱雀聖衣》の隣に立ってなお存在感がかすまない、全身をピンクで固めたフルアーマー・ピンク・ダンディである。いまもなんだか瞼の裏にピンク色がちらついているような気さえしていた。

 しかしまあ、人物としては悪い人柄ではないのだ。むしろ常識人の範疇だし、通りすがりに悩める子供の相談に乗ってやる程度に善人である。だからこそ見た目とのギャップが酷いとも言えるが。

 

 それにしても、クリスマス・カラーならぬ冬至祭(ユーロ)カラーとして赤と緑が溢れるこの時期に、あそこまで堂々とピンク一色で攻めるメンタルはあるいは冒険屋たち以上に図太いかもしれない。

 などと未来は思っていたが、並んで歩いているうちに、ド派手な鎧をうろつきまわる未来もまた同じ変人枠に数えられていることを彼は知らない。

 そもそもが森の魔女と盾の騎士というのも大概イロモノ枠だということも。

 

 大道芸人とほぼほぼ同じような目で見られながら、そろそろ待ち合わせ場所に行っておこうかと歩を進める未来だったが、どうにも、混む。えらく、混む。

 約束の時間の五分前を確実に守るためにそのまた五分前行動を心掛けている未来だったが、これは想像以上の混雑だった。間に合わないということはないにせよ、鎧姿のままではうまくすり抜けるのにひどく時間を取られてしまいそうなほどに混みあっている。

 

 あるいは、何かの催しがあるのかもしれないと未来は思いついた。

 広場の中心であるツリーの前だし、時間も昼頃というのはちょうど一つの区切りだ。そう思えば、この人だかりも、ざわめきも、それらしくさえある。そう思って見回してみれば、やはり人々はみなツリーの方を見ているのだった。

 

「すみません、何かあるんですか?」

「あら、ミライちゃん。なんだかねえ、おばちゃんもよくわかんないんだけどね、なんなのかしらねえ」

 

 試しに見知った顔に尋ねてみるも、人だかりの一番外側のこのあたりの人々は、なんだかわからないままに、人が集まっているから集まってきたという手合いであるらしい。

 頭一つどころか二つも三つも抜けて背の高い未来にしても、実際なにをやっているのかよくわからないくらいであるから、人々は前の人の頭くらいしか見えていないのだろう。

 

 この調子では紙月を見つけ出すのは難しいかもしれない、また見つけられてもうまく合流できるものかと悩んでいると、ざわめきが未来に向かってきた。

 

「おお! 盾の騎士だ!」

「盾の騎士が来てくれたぞ!」

「頼むぜ盾の騎士!」

 

 どう考えても面倒ごとの臭いしかない歓声である。

 その場でくるりと踵を返して逃げ出そうかと半ば、いや八割くらいは本気で考えもした未来だったが、残り二割の真面目ちゃんが、渋々ながらもその声に応えざるを得なかった。

 先程まで近づくものを阻むバリケードのようだった人混みが、こんどは未来をつかんで離さず、ずるずると飲み込むように中心へ中心へと運んでいく。そして前に前にと押しやられるたびに、頼んだよとか、頼りになるとか、何やかやと言われるのだが、まったく事情が分からない未来からすると困惑しかない。

 かといって、もはやこうなってしまっては引き返そうにも引き返せない。物理的には一般人がいくら束になってぶら下がろうと無視して引きずってでも引き返せるが、それをやってはいけないだろうことは子供の未来でもわかる。

 

 期待を裏切るわけにはいかない、というやつらしい。別に期待して欲しかったわけでもないし、何を期待されているのかすら知らないが。

 やがて未来の体は人だかりを突き抜け、大きなツリーの前に引きずり出された。そこだけがエアポケットのように開けていて、ぐるりを囲む人々の視線が全方位から突き刺さるのが感じられた。

 

 もっとも、それらの視線の圧力が、未来の幼い心を怯えさせるということは、まったくと言っていいほどになかった。未来が視線に無頓着であったとか、異世界に転生して以来図太さを増してきたとか、そういうことでは、ない。

 ただ、未来の元来からの繊細な精神は、視線の圧を感じ取るよりも前に、目の前の光景に困惑し、麻痺し、それだけでいっぱいになってしまっていたのだった。

 その時、その瞬間、ミライの脳裏に浮かんだのはただ一つである。

 

 ?

 

 このひとつに尽きる。

 

 広場の中心に鎮座する大きなツリーの下にはいま、三人の姿があった。

 

 ひとりは土蜘蛛(ロンガクルルロ)の女性である。未来からすると、おばさんといっていい年頃だ。背は高く体格も良く、肉の付き方は鍛冶屋というより荒くれの冒険屋といった風情だ。

 その四つの腕のうち、外骨格も目立つ太く強靭な「堀り手」には戦斧が構えられていた。斧使いばかりの《巨人の斧(トポロ・デ・アルツロ)冒険屋事務所》の冒険屋たちでもなかなか使いこなせない、両手で振るう大振りのものだ。

 またもう二本の、細目で人間のそれと近い「掴み手」は、プラカードらしきものを掲げて周囲の人だかりに見せつけているようだった。そこには威圧的な書体で「暴力は基本的に辞さない」「ちょっとやめないか」「妥協がない」「改革」「反省重点」などの文言が乱雑に書き殴られていた。怖い。

 

 そのおばさん土蜘蛛(ロンガクルルロ)を背に庇うようにして、周囲の人だかりをねめ回すのは天狗(ウルカ)の青年であった。天狗(ウルカ)としては骨太で足腰がかなりしっかりとしており、腕の飾り羽もぼさぼさと荒れ気味で、洒落者の多い種族の中ではどうにも粗野な空気がある。

 真っ赤に染め上げたソフトモヒカンに見えたのはどうやら自前のトサカであるらしく、それが興奮に応じてか時折ピクリピクリと脈打つようにうごめいた。

 

 天狗(ウルカ)の青年の腕の中には、未来とさして変わらない年頃の人族の少年が羽交い絞めにされてもがいていた。人質、ということだろうか。人だかりの中から、親のものだろうか、名前を読んでは叫ぶ悲痛な声が響いていた。

 

「キェーッ! 例え盾の騎士だろうが! 俺たちの邪魔はさせんぞ!」

「そうだそうだ! 盾の騎士がなんぼのもんじゃい!」

 

 おばさんと青年が叫ぶが、未来には状況が良く呑み込めないままだった。

 人質とって武装してる時点でどう考えても悪いのはこの二人なのだろうが、なにが目的なのかさっぱりなのである。邪魔も何も、どうしろというのだ。

 決して仲がいいとは言えない土蜘蛛(ロンガクルルロ)天狗(ウルカ)が手を組んでいるあたり、相当な執念がありそうではあるが、さっぱり意味が分からない。

 そんな未来の困惑に親切に答えたわけではないだろうが、青年は怪鳥(けちょう)のごとき叫びをあげて、彼らの要求をまくしたてた。

 

「――冬至祭(ユーロ)を中止せよーッ!」

「そうだーッ! 中止せよーッ!」

 再び未来の脳裏に浮かんだのは、

 

 ?

 

 の一字である。

 

「何が冬至祭(ユーロ)だ! なにが幸いなる日(フェリチャ・フェリオ)だ! 中止だ中止馬鹿野郎!」

「そうだーッ! くたばれ冬至祭(ユーロ)ーッ!」

「浮かれやがって馬鹿どもがッ! 冬至祭(ユーロ)はッ! 厳かにッ! 家族で過ごせッ! 家にこもってろッ!」

「始まる前からいちゃつきやがってクソがッ! 聖なる夜が性なる夜じゃねーかッ! 当てつけかッ!」

「独り身にーッ! 優しい社会をーッ!」

「そうだそうだーッ! 『冬至祭(ユーロ)に予定ないんですか(笑)』じゃねーぞクソがッ! 仕事だ馬鹿野郎ッ! お前らの分まで仕事だクソがッ!」

「真面目に仕事してるやつが報われねェんだぞクソがモテたいッ!」

「そうだッ! モテたいッ!」

 

 最後に本音ががっつり出てしまった気もするが、要するに彼らはクリスマス中止過激派であるらしかった。しかも武装している。というかあの斧は人に使うというより、ツリーを切り倒してやるという意思表示なのかもしれない。

 

 呆れ倒すべきなのか、それとも主義思想はともかく危険性は警戒しなければならないのか。

 未来が正直ここから離れたい気持ちでいっぱいになっていると、天狗(ウルカ)の青年の腕の中で、人質の少年が叫んだ。

 助けを求めてか。

 いや、違う。

 違った。

 血涙流さんばかりに少年は叫んだ。

 

「ほんとだよッ! 最ッ悪だよッ! 近所の子といい感じに仲良くなったと思って冬至祭(ユーロ)の屋台一緒に回らないかって誘ったら『君はない』って言われてガチへこみしてたらこのザマだよッ! くたばれ冬至祭(ユーロ)ッ! 冬至の木(ユーラルボ)なんて切り倒せッ! むしろ燃やせッ! 焼き尽くせッ!」

「おおッ! 同士よッ!」

「そうだッ! 君も仲間だッ! せーのッ!」

『くたばれ冬至祭(ユーロ)ッ!』

 

 なんだこの地獄。




用語解説

天狗(ウルカ)としては骨太で足腰がかなりしっかり
 天狗(ウルカ)の中でも闘距(パレミロス)という氏族の特徴。
 翼を用いた飛行が苦手で、頑張っても高所からの滑空や落下速度の低減が関の山。
 しかし極めて強靭な足腰を持ち合わせており、地上を走る速度・スタミナともに天狗(ウルカ)随一。それどころか空踏みという、空気を踏んで走る技術を持ち合わせており、空を走ってくる。
 性格は荒っぽく、かなり闘争心が強く、けんかっ早い。

・決して仲がいいとは言えない
 時代や地域性もあるが、一般的に言って天狗(ウルカ)土蜘蛛(ロンガクルルロ)は仲が悪い。
 交易共通語(リンガフランカ)以前は互いに殺し合い捕食し合う仲だっただけあって、その因縁は根深い。
 天狗(ウルカ)土蜘蛛(ロンガクルルロ)を見下しているが、彼らには芸術品や道具を作り出す器用さに欠ける。
 土蜘蛛(ロンガクルルロ)天狗(ウルカ)の傲慢さを嫌うが、その美しさやセンスは天性のものであり妬ましい。
 若い世代ではこの感覚も緩くなってきてはいるが、まだまだ和解とは言えない。

・モテたい
 実際モテたい。
 ほぼほぼこの一言に集約していると思われる。

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