異界転生譚 シールド・アンド・マジック   作:長串望

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閑話
地竜のいる町


 帝国西部のスプロという町には地竜が棲んでいる。そういうとこの町が悲惨な最期を遂げたように思われるかもしれないが、今もってスプロは健在であったし、むしろ以前よりも人も増えて、商人の出入りも盛んである。端的に言って町は上向きの発展途上にあった。

 

 実際、棲んでいるというのはあまり正しくない表現で、正確なところは飼われているという言い方になる。

 強大な存在であり、人にはどうしようもない天災の類である地竜を飼いならす者がいるということはスプロにとって大きなステータスとなっていたし、その飼い主たる森の魔女と盾の騎士の勇名ときたら、町の方がいっそこの二人のおまけになってしまうほどだった。

 

 とはいえ、この地竜はさほど有名でもなかった。知る人ぞ知るという程度で、実際に目にしたものも、思ったのとは違うなと妙に拍子抜けしてしまう。血統書というのではないが、地竜であるという証明書のようなものが張ってあるので、そんなものかと思うくらいで、酒の席に少し話して終わりである。

 

 この地竜の名前はタマといった。

 ネーミング・センスが残念な魔女が脊髄反射で名づけ、魔女に甘い騎士があっさり認めてしまったので、そうなってしまった。

 名付けられたタマはといえば、二本足の考える名前の意味など知らないので、気にした風もなくみゃあみゃあと鳴いている。

 

 タマは森の魔女と盾の騎士を親と慕い、この二人に飼われているので、住処もこの二人がねぐらとする冒険屋事務所だった。《巨人の斧(トポロ・デ・アルツロ)冒険屋事務所》というスプロの町でもいま右肩上がりの業績を誇る事務所である。

 近頃増築した厩舎の一角にタマは寝床を貰っていて、ここで起居していた。というより、他の馬が大層怯えたので、仕方なく増築してタマの分のスペースを作ったという方が正しい。

 

 タマとしてはお隣さんたちがよそよそしいのは秘かにショックだったのだが、そのおとなしい気性が徐々に感じ取られてきたのか、近頃はそこまで空気も悪くない。

 

 その一助となったのは、まず近所でまだら模様(マクーロ)とか釣り針(フィショーコ)とか呼ばれている野良猫で、これは呼び名の通りまだら模様にかぎしっぽの目立つふてぶてしい奴だった。

 マクーロはこの矢鱈でかくてごつくてこわもての新入りの頭に平気で飛び乗り、餌を横取りして泣き寝入りさせるものだから、タマとしてはあまり好ましくない。好ましくないのだがおかげで周りの恐怖や畏怖は和らいだ。

 

 またこの流れを加速させたのは事務所で飼っている栗毛の犬で、七ちゃん(セペート)という名前だった。生まれつき足が一本欠けていたので、そうなった。元の飼い主は事務所の冒険屋だったのだが、魔獣との戦いで帰らなくなったので、いまでは事務所の犬ということになっている。

 この犬がまた考えなしの無邪気な犬で、新入りの体を縦横無尽によじ登り、時には挨拶のつもりなのか顔面に張り付いてくる。それで困り果てたタマが立ち往生して、事務所の誰かが引っぺがしてやるまでが一連の流れだった。

 

 やがて厩舎の馬たちがこのおっとりした新入りに馴染んでくる頃には、タマもすっかりこの家に愛着を持って過ごすようになっていた。

 

 タマの生活は単調なもので、寝て、起きて、食事をして、散歩をして、帰ってきて食事をして寝てというくらいのものであった。

 他の馬たちなどは、冒険屋たちの仕事に応じてよく出入りするし、一晩二晩帰ってこないのもよくある話だった。長いものはひと月以上も帰ってこない。二度と帰ってこないものもいるが、その生死は馬たちにはわからない。

 

 タマの世話を見てくれるのは、飼い主であり、親と慕う森の魔女と盾の騎士ではなかった。

 盾の騎士こと未来の方はしばしば顔を出し、餌をやったり甲羅にブラシをかけてくれたりした。

 とはいえやはりそれくらいで、しっかり世話しているかといえばそう言うこともなかった。

 

 もっぱらこの巨大なリクガメみたいなナマモノの世話を見てくれるのは厩番を務める元冒険屋の老人と、雑用の小娘だった。

 老人は足を悪くしていて、入り口近くに据えた椅子に深く腰掛けてほとんど立ち歩かないが、そこから厩舎の中のことを何でも細大漏らさず見通して、普段は一日中浅く眠りながら番をして、用有らば小娘を呼びつけて仕事をさせた。

 

 小娘の方は冒険屋見習いで、来年で成人を迎えて正式に冒険屋になる予定である。とはいえ事務所に来てから三年ばかり厩舎のことしかしていないので、本人もそのことをすっかり忘れて厩番を継ぐ気持ちでいる。

 

 この小娘がそれぞれの馬に合わせて、朝にたっぷりと餌を寄越す。

 その馬の調子や、餌の内容はまだ厩番の老人が見て決めていたが、小娘の方でも大体要領を覚えていて、準備は早く手際も良い。

 特にタマは大食いなので、餌の準備だけで大仕事だった。

 

 さしもの老人も地竜の食べるものや健康については全くわからなかったもので、とにかく最初のうちは食べるだけなんでも食べさせて、そして珍しく椅子から立ち上がり、タマの甲や鱗の艶、口を開けさせて舌の色、また眼の色などを一つ一つ確かめて几帳面に帳簿に記した。また、タマが時折用を足すと、這いずって糞を検めることさえした。

 

 その結果として分かったのが、口に入るものなら何でも食べられるし、およそ身体に悪いものなど見当もつかないということだったのだから厩番もうなだれた。なんなら土や石まで食うし、それも時々喜んで食うので、なにかしら土なり石なりの成分が丈夫な甲や鱗のもとになるのかもしれなかった。

 こうなるともうお手上げで、安さ優先にはなる。

 

 そして餌を与え、厩舎の掃除や、水入れの補充を済ませると、小娘はタマを散歩に連れ出してくれる。

 いかつい甲馬(テストドチェヴァーロ)にも見えるタマは、しかし実際のところ温厚で賢く、子供が無遠慮に顔に触っても噛みついたりしないし、近くにいる時は迂闊に踏みつぶさないよう立ち止まるし、餌を差し出すとなんでもうまそうに食べるので、近所でも人気であった。

 小娘もしたたかなもので、タマを散歩に連れ出すと、子供や近所の人があれこれと食べ物をくれるので、お相伴にあずかる。それがあんまり素直に無邪気に食うものだから、近所の人も憎めないでいる。

 

 お決まりの道を回って戻ってくると、小娘はまた次の馬の散歩に出かける。

 たまに飼い主どもが何の気の迷いか、散歩に出てくれたり馬車をつないだりするが、寒くなってきてからはとんとご用がない。

 タマの方でも、あたたかく保たれた厩の中の方が居心地がよくもある。

 

 厩の中で過ごしていると、事務所の冒険屋がよく顔を出す。

 厩番がじろりとにらむが、それで堪える奴は冒険屋には向かない。

 冒険屋たちは何をしにくるかというと、たまに餌をやりにくる。

 差し出せばいくらでも食べるので見ていて気持ちが良いという奴もいるし、割れた皿とか壊れた棚だとか、そういうものを処分するために食わせに来るやつもいる。

 厩番はいい顔をしないが、タマとしては育ちざかりなので嬉しい。それに土や石なども食べたほうが体に良いので、助かる。

 

 ただ、恋人と別れたからと思い出を捨てに来るやつには辟易する。食べていいのかどうか判断に困る。思い出をとつとつと語り始めるのも困る。困り果てているとドラマチックに片割れが走ってきて、私が悪かったとかもう一度やり直そうとか目の前でメロドラマをやられるのも困る。

 その流れは先週もやっただろうと。

 

 たまに観光客なのか依頼客なのか、地竜を見に来る部外者もいる。料金を取っているらしいが、タマにはよくわからない。ただ地竜らしいところを見たいらしいので吠える真似もしてみるが、みゃあみゃあいうくらいしかできないので、あまりご満足してもらえたためしはない。

 

 夜も更けてくると、小娘が夕食を寄越してくれ、これもたっぷりと食べる。冒険屋のくれたおやつもたっぷり食べたが、いくらでも入る気がする。

 実際、足りてないくらいではある。

 

 冒険屋たちの夕食が終わる頃、魔女はふらっとやってくる。大抵酒の匂いがするので、常に酔ってるんだろうなとタマなどは思っている。

 

 魔女は程々に酔っている時は、タマに手早く小さくなる魔法をかけ直す。

 足元がふわふわするくらいに酔っている時は、タマの甲羅に腰掛けてなんだかよくわからない独り言をだらだら垂れ流してから魔法をかけ直す。

 べろんべろんに酔っている時は未来が抱えてくるが、それでもちゃんと魔法はかけ直す。

 しばらく留守にするときは念入りに魔法をかけ直す。

 

 この魔法があるおかげで、タマは成長期にもかかわらず、このこぢんまりとした厩舎でのんびりと干し草や土などを食んでいられるのである。

 実際に自分の体が今どのくらいの大きさなのか、タマ自身もよくわかっていないが、胃袋の容量的にそこまで極端な大きさでは、まだないと思う。

 

 このようにして地竜のタマはおおむね満足のいく平和な日々を送っていた。

 ただ、いつかでいいので、思う存分歩いて、腹いっぱいになるまでご飯を食べたいとは思う。

 親がアレなので、あまり期待はしていないが。


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