異界転生譚 シールド・アンド・マジック   作:長串望

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前回のあらすじ

男にはやらねばならぬときがあるようだが、多分ここではない。


最終話 ファイト・ファイアー・ウィズ・ファイアー

「いやはや、一年分の仕事が終わっちまったよ!」

 

 心底おかしそうに笑うガユロに、未来はただただ頭を下げるばかりだった。

 いまでこそこうしてけらけらと笑っているガユロだが、最初はいったい何事かと大慌てで飛び出してきて、焼き飛ばされた草原の大惨事を目にして青ざめていたのだ。

 サルクロ家の人々や、手伝いにきていた人々もみな恐れおののき、隕石でも落ちてきたのか、神々の怒りにでも触れたのかと一時は恐慌状態だった。

 

 それをなんとか未来が丁寧に何度も繰り返して説明と謝罪を繰り返した結果、ようやくガユロに呑み込んでもらえた。そのガユロが信じられないがと前置きして一同に説明してくれたから、それでようやく場は落ち着いたのである。

 人々は半信半疑ながらも焼け跡を検め、まだ熱気と湯気を立ち込めさせるのを肌でも感じて、すっかり恐れ入ってしまったようだった。

 

 若い連中などは比較的はやく状況を受け入れ、燃え残りの火や、地面に残った熱を使って、チーズや干し肉を焼いて酒など飲み始めており、それを見た年寄りたちも呆れるやら感心するやらで、徐々に落ち着きつつあるようだ。

 

 大惨事と大騒動を引き起こした原因であるバカ二人は天幕で仲良くマグロよろしく横たわっていた。先程までは身動きも取れないくらい疲れ果てているくせに、どちらが上か大いにもめて言い争っていたようだが、それも力尽きてぐったりとしている。静かでいいことだ。

 

「いやほんと、ご迷惑を……」

「まあ、驚きはしたけど、あんだけ焼いてもらえば助かるし、若いのも盛り上がってるんだ。何にも言わないよ」

「すみません。ありがとうございます」

「しかしまあ、あんたの連れも大した魔法使いみたいだけど、一等賞は逃したね」

「へ?」

 

 きょとんとした未来に、ガユロは悪戯っぽく手招きして天幕を出た。

 未来がついていった先には、子供たちがたかっていた。

 なにかにしがみついたり、乗ったりしている。

 なんだろうと近づいていけば、その何かは何とタマであった。

 黙々と草を食べ続けるタマに、子供たちが面白がってじゃれついているのだった。

 タマは子供が何人乗っかろうと重しにも感じないようで、顔の前に草を出されれば食べてやるし、踏みつけそうな場所にくれば鼻先でそっとどかしてやっている。

 飼い主の紙月とは違いどこまでも紳士的である。

 

「え……タマ?」

「あんたらの馬が食った分の方が、焼いた分より広いよ、ざっと見た感じ」

 

 そうして邪魔されながらも、タマはひたすらに草を食べ続けている。大叢海の浅瀬が、もっしゃもっしゃとタマの口の中に消えていく。

 

「ありゃ際限なく食うね。どこに入るんだか。硬い草も食うだけじゃなく、土ごと根っこまで食っちまうんだから、あとで掘り返す手間がなくっていいよ」

「あれからずっと食べ続けてたんだ……」

「ああ、でも、本当に際限なく食われちゃうちで使う分までなくなっちまいそうだから、適当なところで止めておくれよ」

 

 言われて、未来は慌てて駆けだした。

 なにしろ、いまどれだけ食べられるのか飼い主である未来も紙月も全然わかっていないのだ。

 限界があることは一応わかっているが、それだってどこまで信用できるかわかったものではない。

 放っておいたら大叢海を突っ切ってしまってもおかしくはないのだ。

 

 駆けだしていった未来を見送り、残されたバカ二人は気まずい沈黙の中にあった。

 先程までは元気にいい争いもしたが、それが所詮は二位争いに過ぎないとわかってしまったいま、その元気も湧きはしない。

 これが同じ魔法使いが相手であればなにくそと奮起もできるだろうが、相手は亀である。馬である。その実は地竜である。勝ち負けがどうとかいう相手ではない。

 

「あー……《凝縮葡萄ジュース》、さっきのやついるか?」

「要らん。先のは遺産と交換としても、施しは受けん」

 

 答えつつ、ウルカヌスはのっそりと起き出した。

 本調子ではないようだが、きちんと余力は残していたようで、ふらつくこともなく自分の足で立ち上がっている。

 紙月の方も、《SP(スキルポイント)》はじわじわと自動回復しているが、やっと体を起こせるくらいで、立てばさすがに辛いだろう。

 

「もう行くのか?」

「貴様との優劣はどうあれ……あの馬鹿げた草原を力技で抜けるのは無理だと分かったのだ。ここにいる理由もない」

 

 バカげた魔法合戦などしたが、そもそもこの男の目的は大叢海を抜けることにあったのである。

 あれだけの凄まじい魔法の応酬も、お遊びに過ぎなかったのだ。

 

「全く、忌々しい鳥どもを駆逐する手段が、鳥どもの巣の中というのは笑えん話だ」

「なんだって?」

「私も暇ではないのだ。貴様との決着は預けておこう」

 

 踵を返す怪人に、紙月は咄嗟に声をかけていた。

 

「古槍紙月だ」

「……なに?」

「俺の名前だよ。宿敵に名前を教えるってのもいいもんなんだろ」

「いいだろう。覚えておいてやろう……それから悩みがあるなら仲間に相談するのだぞ」

「女装はそういうんじゃねえから!」

 

 紙月の抗議も聞き流して、ウルカヌスは足早に立ち去ってしまった。

 なんだか、妙な疲労がどっと襲ってきて、紙月は気だるい眠気に身を任せるのだった。

 

 

 

 

 

 そんなバカげた騒動を、遥かな空から見下ろすものがいた。

 立ち上る黒煙。焼き払われた草原。

 先程響いた轟音は、その光景が見えぬほど遠くでも聞こえるようなものだった。

 

「おいおいおい……なんだありゃあ。()()()()どもの火にしちゃあ随分でかいじゃあないか」

 

 身にまとう服は色使いも鮮やかで、大叢海では手に入らぬ金銀財宝を悪趣味なまでに身に着けたその姿は、明らかな上流階級を思わせた。

 恐ろしいほどに整った美しい顔立ちは、しかし凶悪な笑みに歪んでいる。

 

「クリルタイなんぞ面倒くさいと思っていたが……なかなかどうして、羽を伸ばしてみるものだな」

 

 ぎらついた目で、天狗(ウルカ)が笑った。

 その風が何をもたらすのか、いまはまだ誰も知らない。




用語解説

・大叢海を突っ切ってしまっても
 実際に地竜が大叢海に突入したという事例が過去にあったようで、アクチピトロには地竜の骨が戦利品として飾られている。
 しかしそれはかなりの犠牲を払ったようで、現在では地竜が大叢海に近づいた時点で哨戒の天狗(ウルカ)が警報を伝え、総がかりで進路変更に臨むという。
 対処しきれず放置して、大叢海を突き抜けて西大陸まで行ってしまったものや、いまもなお大叢海の中をさまよっている地竜もいるとかいないとか。
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