異界転生譚 シールド・アンド・マジック   作:長串望

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前回のあらすじ

「そもそも記述って何なんですか?」
「ねえよそんなもん」
「!?」



第六話 A.信じる心だよ。「はあ?」

「は?」

「え?」

 

 首をかしげたのは紙月と未来だけではない。

 学生たちの中にも大いに首をかしげる者たちがいたし、教授陣の中にも「また面倒なところ突っつくー」と困り顔が見える。

 

「まあ言い切ってしまうにはまだはやい、一つの説というものだ。記述とは何か。記述とは言葉である。言葉とは何か。それは呪術である。それは関係のないものを結び付ける、知性体特有の非合理的な強制力だ」

 

 ガリンドは言いながら、赤く光る結晶を取り出した。それは火の力を秘めた火精晶(ファヰロクリスタロ)である。ガリンドはそれを掲げながら言った。

 

「なぜ火精晶(ファヰロクリスタロ)は赤いのだろうか。火の色だから。あるいはそうかもしれない。しかし火はみんな赤いものだろうか。しかし火は本当に赤いかね。火薬花火でみたことがあるものもいるだろうが、一部の金属は燃える際に青や緑、黄色といった赤以外の色を見せる。炎色反応というものだな」

「うーん……でも火精晶(ファヰロクリスタロ)は火の盛んなところで生まれるんでしょう。炎色反応を示すところでは生まれづらいだけでは?」

「もっともだ。あるいは炎色反応は燃焼物の見せる反応であって炎そのものではないという理屈かもしれん。しかし火精はどうだろうか。なぜ蜥蜴の姿をとるのだろうか。他の何でもいいだろうに、なぜ蜥蜴なのだろうか。風精もまたそうだ。なぜ鳥なのだ。飛べない鳥もいるというのに。第一、風精晶(ヴェントクリスタロ)は緑色だが、風は緑か? 私には無色にしか見えない。人族の目はそういう風に進化しているからな」

 

 確かに、と紙月は頷いた。

 火精晶(ファヰロクリスタロ)の赤はともかく、風精晶(ヴェントクリスタロ)の緑は謎だ。

 しかし風属性が緑色といわれても、そこまで違和感はない。なぜならファンタジーのお約束だからだ。風は緑色になんか見えないのに。そもそも見える見えないで言うと、空気が無色に見えるのはそうであった方が生き延びやすかったから人間の目はそのように進化してきたからに過ぎない。

 なんなら天狗(ウルカ)は人族より見える色の範囲が広いそうだし、風が見えると当たり前のように言う。

 土蜘蛛(ロンガクルルロ)だって、彼らの見える世界はきっと違う色だろう。

 

 そして精霊の見せる姿について。

 ファンタジーに多く触れてきた紙月は、サラマンダーという存在を知っている。ファンタジーを題材としたゲームや漫画ではよく取り上げられる火の精霊で、多くは蜥蜴やドラゴン、またときにサンショウウオの姿をとる。

 これは薪の隙間に潜り込んだイモリが、薪ごと火にくべられて這い出してきた姿から火に強いのだとか火の中で生きる生物と思われたことに始まるという。

 やがて四大属性や四大精霊という枠組みの中で、火の精霊サラマンダーの姿は固まっていった。

 

 だがもちろん蜥蜴は普通に焼け死ぬし、火の中で生きたりしない。

 そもそもサラマンダーの伝承は地球のヨーロッパの伝承であり、この世界での伝承ではない。もしかしたら伝わっているのかもしれないが、それは古代聖王国からの伝承だろうか。

 

 いや、そもそも。

 なぜ伝承の姿をとるのか、ということをガリンドは言っているのだった。

 

「多くのものは火精を蜥蜴、風精を鳥の姿で見るという。これは不思議なことだ。火は火であり、風は風であり、蜥蜴でも鳥でもない。紙に燃えると書いたところで燃えるだろうか。赤色で塗りつぶしたところで熱を発したりするだろうか。もちろんそんなわけがない。しかしそれらしい呪文を唱え、それらしい術式とやらを整えてやると、そら、火は灯る」

 

 ガリンドがランタンに火をともす。火精晶(ファヰロクリスタロ)が仕込まれたそれは、スイッチ

をひねれば内部の回路によって火がともる。

 だが、なぜ?

 

 ガリンドは黒板に魔法陣じみた複雑な模様を描く。それはこのランタンに仕込まれた回路であるという。金属と鉱石、そしていくらかの象徴的な素材や模様が記されていく。

 なんだかそれはいかにもそれらしく、機能しそうに思えるが、だがなぜ機能するのかというのは素人目にはわからなかった。それは模様でしかなかった。

 理屈を学び、説明されたならば、それはなにかしら納得のいく理由で機能するのかもしれない。だがその構成要素の一つ一つに、なぜが絡みつく。

 

火精晶(ファヰロクリスタロ)を刺激すると火が出る。これはまあ、精霊晶(フェオクリステロ)とはそういうものだといえる。火の力が凝集されているのだと。燃料という点でそれはシンプルだ。だがそれを制御する呪文だの術式だのというものはなんだろうか。このあたりに書いてあるのは、このくらいの出力で火をともすという術式だが、なぜこんな模様がそんな効果をもたらすのか」

 

 ガリンドは黒板にいくつも図柄を書いていく。燃える蜥蜴。シンプルに火を図像化したもの。何かの紋章。波線、破線、矢印、円形。

 

「君たちの中にはこれらを見たことがある者もいるだろう。魔道具学や魔術象徴学で扱うものだ。魔法に効果をもたらしたり、魔道具などに刻んだりする。いかにもそれらしく見えるかもしれんが、客観的にみればこれはただの線だ。もっと言えば白墨が擦り付けられただけだ」

「なんていうか、元も子もないというか」

「確かにそう感じる。しかし、そうなのだ。意味があるはずがないのだ、こんなもの。自然にこんなものはない。しかし、これらは実際に効果をもたらしている。本来関わり合いのない二つのものを結び付け、影響を与える。これが呪術だ。呪術とはつまり、我々の頭の中で勝手に自然を翻訳して生み出した言葉に過ぎない。記述とはそうして生まれた言葉を用いて行われるのだから、それは自然そのものの言語ではないはずなのだ」

 

 ガリンドは黒板に描いた炎の図を叩いた。

 

「呪術の基本は共感だ。似たものは、同じもの。赤色は火を思わせる。だから火の属性を持つ。火の図形は火を描いたもの。だから火の力を持つ。触れ合ったもの、分かたれたものは、離れた後も影響しあう。だから二つに割った精霊晶(フェオクリステロ)は影響しあう。遠隔で操作できる」

「象徴学で扱う象徴的なもの……例えばそれこそ火蜥蜴だとかは、火そのものではないけど、火を象徴しているものだから、火の力を宿す火精はその姿をしてるってことですか?」

「その通りだ、シヅキ。そのような発想が古い時代から我々に刷り込まれ、我々は火精とは火蜥蜴の姿をすると考える。だから()()()()()

「見えるってことは……本当は火精も、風精も、僕たちが考えてるような姿はしてない、僕たちが頭の中でそういう風に……なんていうのか、勝手にその姿で見てるっていうんですか?」

「そうだ。この考え方では、それを翻訳行為と呼んでいる。自然という原典から、より分かりやすい形で、よりなじみやすい形で、かみ砕いて、描きなおして、火蜥蜴の姿として翻訳している。それは時に自然そのものから歪み、力を弱めることもあれば、本来の自然以上のものを生み出すこともある」

 

 自然をそのままの姿で、火を火のままに、風を風のままに見ようとしたところで、それは火でしかなく、風でしかない。我々はそれを読み解くことはできない。青色を認識できても、青色を説明することができないように。我々が青色を解くためには、何かを基準として比較し、あるいはなぞらえ、数字や理屈を組み立てて、それに沿って語らねばならない。

 それは青色そのものではない。青色というラベルを張った物語である。

 世界を物語に変えて読み解く。それが翻訳行為。

 魔法とは物語である。もっともらしい起承転結をそろえることで、火が燃える、風が吹く、そういった現象に、説得力を与えるための言葉、

 

 さらに言えば、とガリンドは黒板に描いたすべてを拭い去ってしまった。

 

「さらに言えば、火精などというものは()()のだ。いかなる精も、物理的存在ではない。霊的存在などというあやふやなものですらない。本当に文字通り、そんなものはないのだ、ともいえる」

「学部長、踏み込みすぎです」

「ああ、失敬、もちろんこの考え方は過激なものだ。ここまで行くともはや哲学の域だ。実際、我々は火精を観測し、魔力を観測し、世界を観測し、魔法という形で干渉できている。観測し、干渉できているということは、その実存を否定はできない。それさえ頭の中だけの存在だ、というのはいささか西方の否定教(ネドグミスト)めいているかもしれんな」

 

 教授からの苦言に、学部長ガリンドは苦笑いして言説を改めた。

 

「まあいろいろ言ったが、別にこれは魔法を否定するための仮説ではない。むしろ魔法というものの本質を考えていくための、一つの考え方だ。本来結びつかないものを結び付ける力、それが魔法を魔法たらしめる力だというね」

「うーん……それって神様もですか?」

「フムン? なんだって? ミライ、それはどういうことかな?」

「あ、いえ、えっと……神様と法術の話も、本来結びつかないものっていうやつじゃないかなって。神官の人は法術を使って、それは神様の力だって言うけど、神様は観測できないですよね。神官の人の頭の中だけで。奇跡は起きるけど、それは神様と必ず結びつくものじゃないんじゃないかなって」

「あーあー、フムン! 興味深い発想だ! 確かにそれは確認のしようがない。いまはまだ。しかしそこに触れるのは少し危険だな。あるいはそれは何かの現象でしかないという考え方もあるかもしれんが、神の否定は危ないぞ」

「えっと、いえ、神様がいるのは知ってるんですけど」

「おっとぉ……まあ、この話はこのあたりにしようか」

 

 この世界には神々がいる。信じられているとかではなく、()()

 実際のところ未来は、そして紙月もその実在を身をもって経験したことでこの世界にやってきたのだが、それはそれとして、考え方としては神と法術の関係性も確認ができるものではないよな、というちょっとした思い付きだった。

 ただそれはやはり非常に繊細なところであるらしかった。

 この世界の人々は単なる宗教以上にもっと身近に神の存在があるのだ。なんなら神託(ハンドアウト)とか神罰(ペナルティ)でたやすく人生が狂うくらいには。

 

 ガリンドは教授たちに少しにらまれながら、少し呼吸を整えた。

 

「まあ、なんだね。とにかくこうだ。本来的、直接的な因果関係がなくても、魔法は発動する。そうだろう。翻訳行為の結果として生まれた言葉で、我々は魔法を用いる。そして発動する。先ほど実演してもらったように、それでも火は灯るのだ。華夏(ファシャ)語で帝国人に呼び掛けているようなものだろうに、それでもだ」

 

 つまり、とガリンドは黒板に一文を記す。

 

「魔法とは、信じる心なのだよ」

 

 急なポエティックに、ぽかんと口が開いたのも無理はなかった。




用語解説

否定教(ネドグミスト)
 西方を中心に広まった宗教あるいは教え。
 西方においては単に「尊者の教え」や「悟りの道」、また「覚教」などとされる。
 仏と呼ばれる「この世の真理に目覚めた人」を信仰しているとされることから仏道などとも。
 東大陸では詳細は伝わっておらず、教義を否定する、神を否定する、魂を否定するなどという漠然としてあいまいな情報だけが伝わっており、そこから教義を否定するものとして否定教と呼ばれている。
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