異界転生譚 シールド・アンド・マジック   作:長串望

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前回のあらすじ

急に真顔でポエティックなことを言い出す学部長。
急にカルト宗教のセミナーめいた緊張感が張り詰めるのだった。



第七話 知らないことは言葉にできない

「信じる心だ、などというのが漠然としすぎているのは承知の上だ。だが究極的には、魔法というものはそこに行きつくのだ」

 

 急に真顔でポエティックなことを言い出した帝都大学魔術学部長ガリンド・アルテベナージョ(46)は、あくまでも真剣な顔で続けた。

 

「本来魔法というものは、何でもできるのだ。この世のすべてが記述できるならば、我々はこの世のすべてを魔法で再現できるはずなのだ。夜空に太陽を生み出すことも、海の水を涸れ果てさせることも、世界の創造だって、きっとできないことではないのだ」

 

 そして壮大なことを言い出すにあたっては、いよいよカルト教団のセミナーめいてきた。

 幸せになるための魔法とか言い始めたらもう終わりだ。閉じ込められてひたすらにお言葉を頭に刻み付けられ、自己否定の果てに新しい自分を与えられて立派な宗教戦士になり果てるのだ。

 

 だが幸いなことにガリンドは怪しい新興宗教の教祖などではなかったし、法的に怪しいセミナーの主催者でもなかった。

 

「当学部では呪文も教えるが、呪文学でわかるのは、呪文は何でもいいということだ。なんなら呪文を唱えなくてもいい。もちろん、それらしい呪文を長々唱えた方が発動しやすくはあるが、実際のところ達者なものであれば小さな合図で魔法を発動できる。呪文は記述そのものではないのだ。記述を引き起こすためにある種の鍵や合言葉だと思えばいい」

 

 紙月が思い出したのは、宿敵ウルカヌスの呪文である。彼は様々に炎を操って見せたが、扱う呪文は決まっていた。

 

 ──《我が怒りは(イラ・メウス・)炎である(フラマ・エスト)我が憎しみは(オディウム・メウス・)炎である(フラマ・エスト)我が敵を焼き尽(フラマ・エスト・クワ)くす炎である!(エ・オステム・ウリト)

 

 未来には漠然となんかファンタジーっぽくて格好いいという印象だったが、紙月のうろ覚えの知識で言えば、あれはラテン語の響きだった。

 同じ呪文で違う魔法が発動するのであれば、呪文の文言に意味はない。ないことはないかもしれないが絶対ではない。当然使用する言語も何でも構わないのだろう。

 

 ガリンドの言うように呪文が合言葉だというならば、ウルカヌスはあのような合言葉によって魔法を使う精神を整え、実際に発動させていたということだろう。

 いささか長く感じるが、危険で強大な魔法を使うにあたって簡単な合言葉ではうっかり発動しかねないのだから、長い呪文は安全装置(フェイル・セイフ)としての働きもあるのだろう。

 逆に簡単なものであれば、先ほど学生の用いた《火よ(ファイロ)》と一言でもいいし、身体的動作でも問題なさそうだ。

 

 紙月はUIを通して魔法を発動させることが多いが、あれだってある種のスイッチといっていい。ショートカットキーを押しているという動作で、脳が魔法を組み立てているのかもしれない。

 

「では、記述自体はどこでされるのかというと、それは頭の中だけだ。漫然と呪文を唱えても魔法は発動しない、というのは補習組は身をもって知っているだろう。呪文を唱えながら、君たちはどんな魔法を使うかを思い浮かべている。その組み立てが詳細で、確かなものであればあるほど、魔法の発動率は高まり、その精度も上がる」

 

 ガリンドは「火を出せる者」「水を操れる者」「風を吹かせられる者」と呼びかけ、挙手を求めた。学生たちは己の得意不得意に合わせて応じ、また何人かは指名されて実演もして見せた。

 彼ら彼女らはそれぞれの呪文や、簡単な身体動作で魔法を発動させて見せた。

 時には緊張のせいか、失敗する者もいたが、おおむね問題なく魔法と呪文の関係が示された。

 

「素晴らしい。では、続けて、できる者は手をあげたまえ。岩を飛ばすことのできる者。うむ。ありがとう。雷を落とせるものは? いない? 小規模な電流でも構わんが……ああ、何人かはいるな。素晴らしい。ああ、いや、実演は結構。これらは危ないからな」

 

 岩と雷は、使える者はぐっと減った。

 

「ではどうだろうか……シヅキの見せたように、金属の鎖を生み出せるものはいるだろうか」

 

 これに手を挙げたものは、今度はいなかった。

 

「そうだろう。火や水、風の使い手は多い。岩や雷の使い手はずっと少ない。金属をただ操るだけならば君たちもできるだろうが、シヅキのように生み出すことはできない。これがどういうことかわかるだろうか?」

「うーん……属性には向き不向きがあるっていうことですか?」

「ミライ、君は少々物語や遊戯にかぶれているかもしれんな。属性とは、つまりなんだね?」

「えっ……それは、水とか、火とか……」

「先ほど話したことを思い出してほしい。火は火で、水は水なのだ。火は物質の燃焼に過ぎないし、水は常温液体のただの物質だ。火蜥蜴は燃える蜥蜴でしかなく、火属性の蜥蜴などというものはない」

「あっ……そっか、水は火を消すけど、それは属性とかじゃなく、温度が下がるとか、酸素が絶えるからとか、そういうことですもんね」

「そうだ、属性というのは我々が象徴として生んだ枠組みに過ぎない。もちろん、火が得意、水が得意という個人差はあるが、それは漠然とした属性などという概念ではなく、単になじみがあるかどうかということなのだよ」

「なじみ? つまり、よく知ってるってことですか?」

「そうだシヅキ。よく知っている、それが大事だ」

 

 ガリンドは満足そうにうなずいた。

 

「人は、知っていることしか知らないのだよ。当たり前のことのように思えるが、しかしこれは重大な事実だ。我々は知っていることでなければ想像できない。妄想ではない。想像だ。風が吹くことを知っているから、風の吹く様を想像できる。火が燃えることを知っているから、火をともすことができる。燃焼の原理を詳しく知っているものであれば、二つを組み合わせて、緻密に、強力な火も生み出せる」

「じゃあ岩や雷が少ないのは……」

「石を投げるくらいは誰でもできるが、大岩などは想像が追い付かない。いかにも重そう、という思考が枷になるのではないかという説もある。そして雷だが、静電気程度ならいざ知らず、やはり電気そのものが身近ではない。雷などは遠めに見るだけで、しかも光ったかと思えば音がするだけ。まして雷をその身に受けて体験したものなど数えるほどだろう」

 

 イメージの問題なのだ、と未来は理解した。

 単に自然を再現するだけなら、火をともすことはできるかもしれないけれど、その火を自由自在に操ったらそれは自然ではないだろう。しかしイメージであれば、それはできる。自然に存在する火を知っているから、その挙動を想像でき、またイメージを膨らませることで自在に操れるようになる。

 

 けれど大岩を想像するとき、なんとなくそれはどっしり構えていたり、誰も動かせなかったりというイメージが先行する。岩は重い、というイメージ自体が、想像の妨げになる。なんとなく、石を投げたりと、自分でどうにかできる範囲で考えてしまう。

 そのものを知っていることは想像を精緻にするが、イメージが強すぎると枷になる。難しい塩梅だ。

 

「そして鎖だが……すでにある鎖を操れるものはいるだろう。剣を浮かせて操る者もいると聞く。これも重さのイメージによって縛られがちだそうだが……しかし、鎖を生み出すというのは、これを想像できるものは多くないだろう」

 

 紙月はそう言われて、はっとなって周囲を見回した。他の術に関しては自信のありそうだった学生たちも、鎖は生み出せないと首を振る。

 無から有を生み出すことは、それだけ難易度が高いのだ。夢や妄想でならば、現れたり消えたりは簡単なものだ。しかし実体を生み出すに至る想像、確信に至るだけのイメージは生半ではない。わずかでも疑念がわけば、そこにはほころびが生まれる。

 

「で、でも水を操るのはできるって、」

「フムン。水を()()()()()ものは挙手を」

 

 しん、と静まり返った気まずげな空気が答えだった。

 肩をすくめた教授の一人が、苦笑いしながらゆるく挙手した。

 

「生み出せる、とは違いますがね。大気中の水分を集めて操ることはできますよ。普段は水精晶(アクヴォクリスタロ)を補助に使いますが」

「うむ。あるいはこの水分のいくらかは彼の想像が無から生み出したものかもしれないが、それとてやはり、ここには水があるのだという科学的知識がなくてはいかん。そういう前提知識があるからこそ、彼には大気中にわずかな水精の姿が見え、それを集めることができたのだ」

「うっそぉ……」

「やはり君は、他の魔術師をあまり見たことがないのだな、シヅキ。はっきり言って君のそれは、この部屋の教授陣の自信をいささか以上に傷つけたようだ」

 

 言われて見渡せば、なるほど確かに、後方の座席で興味深げに見下ろす教授陣の目には、いくらか挑戦的な色があった。紙月が見せつけた魔術ショーは、彼らの常識からすればありえないようなものだったのだろう。

 

「無から有を生み出すことはできない。いや、不可能ではないのだが、しかし多くのものはそれを思い浮かべることに困難を伴う。思い描けないことは、できない。それがどんなことでもできるだろう魔術の枷だ。では想像力の豊かな若者はどうかといえば、彼らの想像もそこまで強くはない。諸君も想像ならいくらでもできるだろうと思ったはずだ。しかし現実の壁は厚い。想像力には、確信が伴わなくてはいけない。絶対そうなるという確信が」

 

 信じる心。言うのは簡単だが、実現は困難。

 空に想いを描き出し、それが実現できるという地に足の着いた認識。

 それは想像と確信、二つが揃わなければならないのだった。

 

「だからこそ、と私はいつも諸君に伝えている。魔術師こそが、科学を知らねばならない。物事の道理をわきまえなければならない。昨今の方針転換により、高度な科学知識の解禁も段階的にだが行われている。それを学んでいかねばならない」

 

 学生たちの、そして一部の教授たちの若干の不平不満を感じ取ったからだろう、ガリンドは付け加えた。

 

「もちろん、知識が枷になりかねないというのもわかっている。岩の重さを知らなければ、あるいは簡単に岩を動かせるかもしれない。今まで簡単に扱えた魔法が、知識によって疑わしくなってしまい、十全に操れなくなるやもしれない。諸君の危惧はわかっているつもりだ。だが、だからこそと重ねて言いたい。魔術師に必要なのは、妄信ではないのだと。妄信はそれこそ知識の一つで簡単に崩れてしまう。だからこそ確信を、諸君には持ってもらいたい。知識を得て、理屈をわきまえ、そのうえでなお貫ける信念を」

 

 ガリンドは信じる心だ、と重ねて言った。

 子供っぽい言葉かもしれない。しかし究極的にはまさにそれが全てなのだと。

 

「シヅキ、ミライ。君たちも魔法を使う。それも信じられないほど強力な魔法だ。けれど君たちは、それを使えるのだと、使えて当然なのだと、そう確信しているのではないかね」

「確信……」

「ただ理由もなく信じ込むのでもなく、複雑で高度な科学知識を積み重ねたのでもなく、息をするように自然に、君は魔法を使って見せただろう」

 

 確信、というよりは。

 知っている、という方が正しいかもしれない。

 紙月たちは、自分が《技能(スキル)》を使えるということを知っている。それは散々《エンズビル・オンライン》の世界で見てきたものだからだ。その効果を、その姿を、何よりも見知ってきたからだ。

 境界の神プルプラに与えられたこの体は、その力をふるえるのだと、そう刻み込まれて生まれてきたのだ。

 

 そういう意味では、紙月たちの《技能(スキル)》は神官の法術と魔術師の魔術と、その間にいるのかもしれない。

 そうあるものだと当たり前のように奇跡を引き起こすが、ならばこのようにもできるはずだと解釈と翻訳を重ねてこの世界に合わせて変化させてきた。

 

 そしていま、この世界の魔法を学ぶことで、紙月は自分の《技能(スキル)》がもっと自由なものだと気づき始めている。

 

「諸君らの危惧する通り、知識は時に可能性を狭めるが、しかし強めもする。先ほど触れた象徴学などは、その代表といってもいいだろう。意匠は本来関係のない二者に因果関係を付与し、単なる模様が効果を強めたり、新たな意味を生み出したりもするのだ。」

 

 ガリンドは改めて黒板にランプの回路図を記した。

 どの線がどことどこをつないでいるか。どの紋章がどのような効果を持つか。どんな精霊晶(フェオクリステロ)がどこに配置されるか。そして完成形となるランプのデザインまでもが、全体に影響を与えるという。

 すべての要素が互いに干渉しあい、出力される可能性をたった一つ、明かりをともすという一点に制限していく。それは長い呪文を唱えることで、引き起こそうとする現象を頭の中で一つに絞ることと似ていた。

 頭の中にしかない物語を世界に描き出す魔法。それをさらに翻訳して文字にして描き出すことで、誰でも扱える魔法。それこそが魔道具なのだった。




用語解説

・呪文
 力ある言葉とも。
 内容には意味はなく、あくまで術者の思考を切り替えるためのスイッチ。
 古典魔術学においてはこれによって精霊に語り掛けて世界に干渉すると説明され、現代魔術学においては脳内で描き出された記述が魔力という形で観測され、さらにその魔力が精霊という形をとって魔法という現象が発動すると解釈される。
 術者は高い集中力や想像力が求められ、多くの魔術師は瞑想などによって鍛え、なんかいい感じに趣味に合う格好いいフレーズを呪文として覚えこむ。
 呪文にセンスがないやつはいい魔術師になれないという俗説がある。
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