異界転生譚 シールド・アンド・マジック   作:長串望

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前回のあらすじ
聞くも涙語るも涙のピオーチョの過去話であった。いいね。


第九話 拒絶

「とにかく、あたしゃ囀石(バビルシュトノ)と組むなんて御免だね」

 

 こう言いだしたピオーチョはまるで話を聞かず、一同は少し時間をおいて頭を冷やそうと、それぞれにばらけて休憩することとなった。いくら間をおいても、顔を合わせていては意味がない。

 

 ピオーチョは坑道前にどっかりと腰を据えて茶を啜り、ミノはこれに気圧されるようにすたこらさっさと姿を消した。

 残された紙月と未来はと言えば、掘り返されてはげ山になった鉱山を何とはなしに眺めながら散策などしてみたが、やはりこれといった妙案など思いつくべくもない。

 

「見た感じ(キン)属性として、やっぱり火なんだろうけど」

「幸い窒息死は考えなくてよさそうなんだけどね」

「でもあんだけ数がいると、俺が焼く前にこっちに辿り着かれちまうからなあ」

「思った以上に横穴が多かったから、ぼくのシールド系だと後ろから来られた時が怖いよね」

「どうにかして一か所にまとめて、焼いて、だなあ」

 

 この一か所にまとめて、というのが難しい所だった。

 先ほど見た感じ、単に焼き払うだけならそれほど大した敵ではなさそうなのだ。ところがそれが無尽蔵に湧いて出てくるとなると、話は別だ。紙月の《SP(スキルポイント)》もこの程度の敵相手ならば無尽蔵ともいえるのだが、しかしそれに比例して紙月自身の集中力は無尽蔵ではないのだ。一匹ずつ焼いていくのではらちが明かない。

 しかし、ちょっとやそっとの餌を用意したところで、あれだけの数はまとまってはくれないだろう。やはり、手数を用意して追い込むなりなんなりして、ひとところに集めておきたい。

 

「暗視も効いて窒息もしないし、縦横無尽に走り回れる囀石(バビルシュトノ)はちょうどいいんだけどなあ」

 

 彼ら自身が食べられかねないという懸念はあるが、対抗手段がないだけであって逃げきれない訳ではなさそうなので、いっそ囮にして集めてもらうというのも手は手である。属性付与系の魔法で火属性でも付与してやって、追い立ててもらうというのも手だ。

 

 しかしそれにはまず、案内人でもありこの即席パーティの一応の柱であるところのピオーチョにお伺いを立てなければならないのである。

 そしてそのピオーチョの機嫌はと言えば、絶望的である。

 これが単純な好き嫌いならば大人になれよと諭すばかりであるが、しかし思春期にトラウマじみたダメージを残したエピソードなんか聞いてしまうと迂闊なことは言えない。別人ならぬ別囀石(バビルシュトノ)なのだからとは思うが、一度種族全体に対して固まってしまった観念はそうそう溶け去ってはくれないものだろう。

 

「俺たち三人でどうにかする手段、ねえ」

「毒ガスとか水攻めとか?」

「鉱山が使えなくなる手段は駄目だろ」

「ピオーチョさんが言ってた、崩落とか」

「だから崩しちまったらさ」

「ほら、植物系の魔法で補強入れて、広間だけ崩すとか」

「あー」

 

 いろいろと話し合ってみたが、やはり敵に数がある以上、どうにかして一網打尽にしなければならないという問題が立ちはだかるのであった。

 

「こういうときギルマスとかなら楽だったんだろうけどなあ」

「あー、『軍団ひとり』だ」

「それそれ」

 

 前の世界で《選りすぐりの浪漫狂(ニューロマンサー)》と呼ばれたギルドの長は、死霊術によってアンデッドを呼び出し戦わせることのできる死霊術師(ネクロマンサー)と呼ばれる《職業(ジョブ)》だった。

 

 それ自体はそれなりにあり触れたことだったのだが、問題は現実の金銭(リアル・マネー)現実の幸運(リアル・ラック)に飽かせた最上級装備と、現実を犠牲にしているとしか思えない廃プレイによって成し遂げられた極端な召喚寄りの戦法である。

 

 ざっくりと言えば、『軍団ひとり』。たったひとりで狩場を占領し、ギルドを相手にし、そして勝利してしまうだけの実力。圧倒的な数と数と数、とにかく数で圧殺する物量戦法。そしてそれが、金銭的にも費やした時間的にも、どう考えても効率が悪すぎるという浪漫でしかないという一点。

 

 脳髄という浪漫の地平線の向こうからやってきた男。

 《選りすぐりの浪漫狂(ニューロマンサー)》。

 それはたった一人の男から始まったのだった。

 

「ひとりプロジェクト×だよな」

「あんまりお喋りしない人だから僕よく知らないんだけど」

「サブマスとはそれなりに仲良かったみたいだけどな」

 

 よくわからないが、しかしその業績ばかりは有名な人というのが、ギルドメンバーのギルドマスターに対する一般的な評価であったように思う。それを言ったら他のメンバー間でも、大して絡みがなければ同じようなものだったが。

 

 紙月と未来、つまりペイパームーンとMETOの『無敵砲台』の二人にしても、METOの移動速度の低さといい、完全に拠点に固定したままの動かないプレイスタイルと言い、他のプレイヤーと共闘しにくいので、一緒に狩りをしたことなど全然ない。

 

 紙月は割と積極的に誰にでも話しかけていく方だったが、未来は相手との距離感を計るところがあった。例えばそれなりに話すこともあったエイシスというプレイヤーとも、趣味の界隈ではお喋りすることもあるが、気難しいところが感じられて、あまり突っ込んだところまでは話さなかった。

 

 エイシスはゲーム自体よりもゲーム内にちりばめられたフレーバーテキストを集めることが趣味であるという蒐集家で、彼が持っていない、あるいは入手しづらいアイテムなどの交換を持ち掛けられることがしばしばあった。

 

 フレーバーテキスト集めが主体でアイテム自体の価値は二の次だというのは本当らしく、恐ろしく価値のあるアイテムを紙月からすれば十把一絡げのアイテムと交換してくれたこともあったし、逆にどこででも手に入るアイテムをフレーバーテキストが気に入ったからという理由で後生大事に持ち歩いていたりもした。

 

 未来はこの口数の少ない、しかし蒐集したフレーバーテキストについて語るときばかりは多弁な、言ってみればオタク器質なところを苦手としていたようだったが、紙月としてはそこに垣間見える人間性というものが何となく楽しかった気がする。

 またチャットで話をしていても、同じことは二度言わないし、以前間違えたことは二度としないし、同じようなフレーバーテキストの細かな違いについても語ったりなど、賢いところが窺えた。

 

 今頃はどうしているだろうか。

 いまもまだフレーバーテキストを集めては一喜一憂しているのだろうか。魔法《技能(スキル)》関係のフレーバーテキストをいちいちスクリーンショットして送りつけてはゲーム内のアイテムや通貨と交換してもらっていたのが懐かしい。良い小遣い稼ぎだった。

 《技能(スキル)》関係のフレーバーテキストはその《技能(スキル)》を覚えるジョブでないと見れないから、なかなかレアであるらしく、食いつきがよかったのだ。

 

 人はどんなにアレな人でも付き合い方さえ覚えれば付き合っていけるものなのになあ、などと紙月が黄昏れている時であった。

 

『たたた大変でありますよ!』

 

 合成音声の平坦な響きのせいでいまいち緊急性がわからないものの、ジェスチャーばかりは大きいミノが飛び込んできたのは。

 

「どうした?」

『ピオーチョ殿が一人で行ってしまったのであります!』

 

 人はどんなにアレな人でも付き合い方さえ覚えれば、覚えれば、なあ。

 ずつうが、いたかった。




用語解説

・『軍団ひとり』
 ギルド《選りすぐりの浪漫狂(ニューロマンサー)》の発足人にして、最初の《選りすぐりの浪漫狂(ニューロマンサー)》。
 死霊術師(ネクロマンサー)のアンデッドで、石油王なのではないかと言われる財力と、運営と組んでいるのではないかと言われる豪運、そしていつ仕事しているのかと言われる廃プレイによってある種の頂点を極めた男(?)。
 「サーバーがたがた言わせてやる」との名言が残る通り、アンデッドを大量召還してPvPの対戦相手を処理落ちで動けなくしたという事例がある。

・エイシス
 《選りすぐりの浪漫狂(ニューロマンサー)》のひとり。
 《暗殺者(アサシン)》系統の最上位職である産廃《職業(ジョブ)死神(グリムリーパー)の数少ないうちの一人。ほとんど完璧にその存在を隠し通すことができ、PvPでは突然死亡して何かと思ったらこいつのせいだったという事例が多く見られた。
 姿を隠すスキルを常時使用しており、同じギルドのメンバーでさえその姿を見たものはまれというコミュ障で、誰がいつどうやって勧誘したのか長らく謎であった。


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