異界転生譚 シールド・アンド・マジック   作:長串望

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前回のあらすじ

かくして人は語り、書は伝えるだろう。

竜は宝を愛し、宝を蒐め、宝を護る。
古の竜人、その恐るべき魔力を持ちて、森の魔女に迫りたり。
嗚呼、我が姫、我が宝、我が半身。
我が手の内にありては、いかなる願いも叶え、いかなる敵からも護ろうぞ。

されば盾の騎士いきり立ちて、盾をば掲げん。

おお、まことの忠節、誉れのいさおし、まったき愛。
我が盾の他、我が魔女の頼るものなし、邪なる悪竜疾く去るべし。
魔女は黙して答えず、ただ寄り添い、盾の内に。
語らぬことこそ答えとばかり、流し目だけを残しける。

(『森の魔女の悪竜退治』より)


第一話 帰るべきか観光すべきか、それが問題だ

 帝都大学に招聘(しょうへい)された特別講師が、聴講生(ちょうこうせい)の女性に強引に迫った結果、学生たちが寄って(たか)って囲んで棒で叩いて蹴り出したとかいう不祥事が、『雲雀日報(ララウド)』を始めとした帝都のゴシップ紙でしばらくのあいだ面白おかしく語られていたとか、いないとか。

 

 それは最終的には「魔術科の特別講師がトチ狂って大暴れした挙句に魔術科の汚染された魔力場を荒らして引き起こされた竜巻に吹き飛ばされた」などという尾鰭どころか尾頭付きの荒唐無稽な物語に仕立て上げられてしまったが、そのバカげた話の方がよほど真相に近かったということは当事者たち以外は知る由もないことだった。

 

 そんな竜人マールートとのいさかいから少しのあと。

 例年にない恐るべき寒さの冬がようやくじんわりと溶け出し始めた三月ごろ。

 暦の上では一応は春なのだが、北部の寒風が吹き下ろす帝都では、大寒波の影響が抜けきらず人々はまだコートを脱ぐ準備はしていなかった。

 

 寒がりの紙月は相も変わらずいかにも金持ちですよと言わんばかりのデザインである《不死鳥のルダンゴト》を着込み、未来もいかにも目立つ《朱雀聖衣》を身にまとい、このファンタジー世界でもほとんど仮装かと言われかねないド派手な装いで、その日の晩もしけた安居酒屋にこもっていた。

 

 そのしけた安居酒屋こと、帝都の冒険屋御用達の安宿《三角貨(トリアン)亭》が、一部で話題沸騰中の冒険屋一党《魔法の盾(マギア・シィルド)》の帝都の定宿(じょうやど)だった。

 

 金に困っているわけでもないのだからもっといい宿に泊まれというのは読者諸氏のみならず《三角貨(トリアン)亭》の亭主自身からも初手で言われているのだが、ふたりは使わないで済む金は使わない方だった。

 それは、高い宿の方が快適であろうし、治安もよかろうが、ふたりとも最低限あればいいやというところがある。逆に上等なほうが気後れするのだ。

 あと転生チートプレイヤーの冒険屋のくせにそういうところでは冒険しない()()だった。

 

 最初こそ紙月の蠱惑(こわく)的な美貌であるとか、未来の大鎧の威容であるとか、また森の魔女と盾の騎士の噂であるとかに宿の常連もおののいたものであったが、特に騒ぐを起こすでもなくつつましく酒飲んで飯食って新聞読んで早めに寝るとかいう枯れた老後の生活みたいなものを続けられると関心も薄れていった。

 

「さすがに何もしなさすぎなんじゃなかろうかと思うんだよ」

「…………えっ僕が言われる方なのそれ?」

「お前が俺に何も言わないからさあ」

「紙月って放っておくとほんと何もしないからそういうタイプなのかなって」

「お前ほんと俺を甘やかすよなあ」

「甘やかしてるのかなこれ……?」

 

 とはいえさすがに帝都まで来て酒飲んで飯食って新聞読んで寝るだけの生活を送るのはまずかろうと紙月がぼやけば、呆れるのは未来である。

 そもそも本当の意味で何もしていないのは紙月であって、未来は日課の鍛錬がてら日々ルートを変えて近隣をジョギングしており、なんなら近所の商店でがんばってねーと果物とか貰えるくらいには交流しているのである。

 紙月が寒すぎて出てこないだけであって未来は普通に帝都生活をほどほどに堪能しているのである。

 

 一応は紙月も、何かしようとは思っていたのだ。

 しかし脂肪の薄い体のせいか寒さがひどく堪えて、外に出ることさえ嫌になるのだから仕方がない。これは紙月の体質や、大寒波の影響だけでなく、帝都という帝国随一の都会のつくりにも原因があったかもしれない。

 

 バロック調だとかルネサンス調だとか小難しい建築様式については紙月も詳しくないところではあるが、なんとなくヨーロッパの古い町並みってこんな感じだよなという帝都は、見た目とは裏腹にその中身はかなり近代的なつくりになっていた。

 

 この近代的というのは紙月や未来から見た「近代的」であり、実体的にはむしろ「未来的」であるし、現地人からすると「古代遺物」の類である。つまり、帝都の街並みは表層を剥ぐとかなりの部分が聖王国時代に計画的に建造された鉄筋コンクリートやら超硬コンクリートやらなんやらの塊なのだ。表層はあくまで古代聖王国人が優美さや歴史・伝統を基準として飾り立てたものであって、実際はかなりのハイテクが詰まっている。そのため昔からある建物というものは基本的に断熱性が異常によく、その建築技術を参考にしている現代建築もたいていは断熱性が非常に良い。その一方で、現代の我々を悩ませるようなヒートアイランド現象などを引き起こす排熱などに乏しく、そもそもがヒートアイランド現象の緩和を目的としたような熱特性建材が多く見られ……。

 

「西部も寒いが帝都は信じられんくらい寒い。ビル風とかあるからか?」

「単に西部より室内があったかいから余計出たくないだけだと思うけど」

「まあ建物のつくりからして違うもんな」

 

 まあなんだ。

 紙月からするとなんかよくわからんが外は寒いのである。

 

「さすがに無駄に長居し過ぎたかね。そろそろ西部に帰るか?」

「えー……でも紙月がひきこもるから、ろくに観光もしてないんだけど」

「別に一人でいってもいいんだぞ?」

「僕子供だから、保護者がいないと」

「お前結構ふてぶてしくなってきたよな……」

 

 子供扱いされたくないときと、子供であることを利用するときがあるのは、ある意味たくましいというかなんというか。

 紙月としても未来にねだられれば観光くらいはしていきたい。しかしまだ微妙に寒いのだ。

 絶対に無理というほどではないのだが、腰が重くなる程度には寒いのだ。

 観光名所くらいは見ていきたいという未来につつかれながらも、寒いのだ。

 完全に休日に動きたくないお父さんの心境だった。なおその休日は長期にわたる模様。

 

「なに。帝都巡りなどつまらんぞ。それよりもこの儂と東部に来るがよい」

「行かねえっつってんだろ老害」

「紙月、言葉遣い悪いよ」

「おっと失礼……認知症検査は早めに受けた方がいいですよ」

「紙月ぃ……」

 

 そんなグダグダ空間にしれっと乱入してくるのはひとりの怪人であった。

 ゆったりとした上質なローブはいかにも高価だが、その下に見えるのは赤黒い鱗の並ぶ爬虫類じみた肢体。鋭い爪に、太い尾、そして顔にはナイフじみた鋭い牙を見せつける凶相。

 二足歩行のドラゴンとでもいうべきそいつこそ、ついこの間トチ狂って大暴れした挙句竜巻で吹き飛ばされた傲慢くそトカゲこと竜人マールートであった。

 

「あんだけ盛大に吹っ飛ばされて、へこたれねえなほんと」

「げあははは、さすがに老体に堪えたわ、とでも言って欲しいのかのう。まあとはいえだ。集団の力とは言えこの儂を撃退したのだ。力づくで連れていくのは諦めてやったであろう」

「しつっこい勧誘の方が厄介なんだがね」

「あの程度では諦められんな。何しろこの儂と張り合えるものは少ないのだ」

 

 竜人マールート。

 五百年を生きる人の形をした竜種であり、こと戦闘においては最上級と帝国お墨付きの大魔術師である。

 平然とうそぶくその言葉も、傲慢ではあれ虚構ではない。

 事実としてマールートが「ちょっと遊べる」ような相手はそうそういないのである。そのお眼鏡にかなってしまった紙月と未来はこうしてたびたび勧誘を受けては、その都度にべもなく断っているのである。

 

「遊ぶんなら魔術科の学生とバスケでもしててくれ……」

「うむうむ、若い者と戯れるのも悪くはない。しかしこの儂が圧倒的に強すぎるからのう。球技でも負けなしはさすがに哀れになるのう、げあははははは」

「何という安定したうざさ……」

「小学生の遊びに乱入する中学生じゃん……」

「言いえて妙ってやつだな」

 

 まあ、マールートからするとたいていの相手は格下になってしまうので、その感覚は二人もなんとなく想像できないではない。実際問題として二人も実力の差から他の冒険屋とはどうにも壁というか、隔たりがある。

 例えば帝都でも仕事を探してみようかと、この《三角貨(トリアン)亭》でもちょっと聞いてみたのだが、高位魔術師とその騎士にちょうどいい仕事などないのだ。西部でもそうだった。適当な仕事を選ぼうにも、若い冒険屋の仕事を奪う形になってしまう。

 プレイヤーである二人の能力は、基本的に過剰戦力なのだ。

 

「つっても帝国も広いんだから、なにも俺たちじゃなくても他にもいそうなもんだけどな」

「そうさなあ……辺境の猪武者どもか、南部のブランクハーラどもか……いないわけではないがのう。だが連中も仕事で忙しかろう」

「俺たちが暇してるみたいなのやめてもらえるか?」

「しておるではないか、のう小僧?」

「うーん、僕はともかく紙月は否定できない」

「裏切者ぉ!」

 

 辺境の猪武者こと辺境貴族というのは、なんでも北極からやってくる飛竜なる恐るべき竜種を抑え込み、人界を守り続けている一族であるという。

 飛竜なんて言うとふたりはワイバーンを想像するし、ワイバーンと言えばドラゴンに比べれば普通に狩れそうかななんて思ってしまうのだが、この世界の飛竜は普通に厄介であるらしい。

 以前倒した地竜は、雛でさえ厄介であった。あれと同じような咆哮(ムジャード)を空から放ってくると考えれば、確かに普通は相手のしようがない。

 

 南部のブランクハーラと言えば八代前から冒険屋をやっているという酔狂の極みもとい冒険屋の大家であり、馴染みの冒険屋ムスコロの遭ったブランクハーラは酔った勢いで素手で岩を切ったとかいう。一応白い髪が特徴ではあるというが、見かけなくはない色ではある。黒、茶、金髪に銀髪、たまに青やら赤やらも見ないわけではないし、白い髪くらいは普通と言えば普通である。

 そもそもブランクハーラ家そのものがあちこちで子供をこさえていたりで、冒険屋にもそうではないものにも白い髪はしばしばみられる。

 ただ、白い髪でかつブランクハーラだと、それはいわゆる本物ということになる。

 

 共通項としてはどちらも、この世界では例外的な強さを持つということ。

 紙月と未来はそのどちらとも遭遇したことはないが、他でもないこのマールートが、ふたりがかりでも最低限戦い方を考えなければならなかった程度には凶悪なこの竜人が己と並べて語るのだ。

 それはプレイヤーであっても油断ならないものということ。

 

 例外戦力でもなければ暇つぶしにもならないと、マールートはそう語る。

 

「のう、のう。退屈しておるのだろう」

「ええい、うっさい」

「貴様らのその才能、持て余しておることであろう。雛とは言え地竜を屠れるものが、そこらの有象無象を相手に満足などできるものか」

「鬱陶しいって言ってるだろ」

「百年だ。百年もたてば考えも変わる。それこそ、その小僧が先に旅立てば、」

「竜人マールート」

「げあははははは! よかろう、退散してやろう。だが覚えておれよ。百年は、すぐぞ」

 

 言いたいことを一方的に言い残してマールートが去っていき、紙月は疲れたようにため息を一つこぼした。

 そのため息を受けて、細く息を吐くように緊張を解く未来。その握りしめられた拳には、紙月の手がそっと乗せられていた。

 

 そしてまた片隅で一触即発のひりついた空気感なんぞ出しやがったせいで腰を浮かしかけていた客たちも、ゆっくりと弛緩していくようにまた談笑に戻っていった。

 下手にそこそこ腕に覚えのある連中なので、やばい気配には敏感なのである。

 そういう連中の「お前の仕事だろ何とかしろ」という視線を完全に受け流して背中を向けている用心棒は今夜も仕事をしない。

 

「いい加減あいつの相手も面倒になってきたな……マジでそろそろ帰らないか?」

「でも帝都観光していきたいなあ」

「お前がそういう要望素直に言ってくれるようになってきたし、応えてやりたいのはやまやまだぜ」

「じゃあ!」

「寒いんだよなあ……」

「僕があっためるから!」

「それはそれで格好悪いというか……」

「今の紙月もだいぶ格好悪いからね?」

「ぐへえ」

 

 紙月とて観光したい気持ちがないわけではないし、未来の期待にも応えたい。

 しかしぶっちゃけ紙月は観光名所とか見ても「へー」で終わってしまうようなところのある人種なのである。そりゃあまあ行けばそれなりに楽しめると思うが、何しろ何の思い入れもないし前情報もない町である。

 紙月がなんとなく読んでいる新聞にも観光情報はあるし、未来もいろいろ聞いては来るので、二人で行けばきっと楽しいとは思う。こういうのはどこに行くかより誰と行くかである方だし。

 しかし行けば楽しいとわかっていても腰が重いのが紙月の面倒くさい点であった。

 

 などと何度目かのもだもだを繰り返し。

 

「…………よし!」

「観光!?」

「とりあえず風呂行くか」

「紙月お風呂以外でろくに外出しないよね……」




用語解説

・『雲雀日報(ララウド)』(L'Alaŭdo)
 帝都で出版されているゴシップ紙。
 取り扱う情報の真偽を調べる間もなく発表していくため、信頼性はともかく速度は一定の評価がある。
 帝都の識者からは「井戸端会議が紙に書いてあるようなもの」と。

・ブランクハーラ
 記録に残るだけで八代前から冒険屋をやっている生粋の酔狂血統。
 帝国各地で暴れまわっており、その血縁が広く散らばっているとされる。
 特に白い髪の子供はブランクハーラの血が濃いとされ、冒険屋として旅に出ることが多いという。
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