まるでセーブポイントのごとく魔力を回復するクリスタルの湯。
森の魔女はしめやかに乳首と股間を発光させるのであった。
ハイエルフ乳首とハイエルフ股間がマジック発光していたことが発覚し、開き直った紙月が目と口から魔力光を放出する一発芸を習得した後のことである。
三人は連続の入浴で湯冷めするどころかポカポカと芯まで暖かい体を持て余し、少し風に当たろうかと夜の帝都を歩いていた。この辺りは繁華街なのか夜も賑やかなもので、街灯が一定の距離で灯るだけでなく、店頭に掲げられた灯火によっても明るく保たれていた。眠らない町の夜である。
紙月は少ししめった髪を風に流して、ほうと息を吐いた。
まだわずかに残る余剰魔力が燐光となって髪を流れる姿は、まるで物語の中から抜け出してきた妖精のようである。
「見ろ見ろ! 灯り要らずだぜ!」
「あははははは! 超目立つ!」
「食らえ! 目からビーム!」
「アホすぎる! 路地裏で見たらビビるよこれ!!」
「俺は何も見えねえけどな!」
「あはははははははははっ!!」
「大人って、なんでかたまにすごく馬鹿になるよね……」
そんな神秘的な光で馬鹿笑いする大人二人に、未来は呆れたようにため息をついた。
最初こそ吹き出してしまったけど、それはしかたない。ノーカンだ。これは絶対笑う。滅茶苦茶いいスマイルでやるから余計笑う。ポーズを決めないで。
それはそれとして、だ。
繁華街を歩きながら、次の風呂屋を思案していたウラノが切り出した。
「ところでキミら、ご飯はもう済ませたかい?」
「うん? まあ、軽くだけどな」
「最近すぐ寝ちゃうからね。でも少しおなか減ったかも」
「よしよし、じゃあ次はちょっとおなかも満たそうか」
《
ウラノと合流して三か所の風呂を楽しんできたわけだが、それでもまだ時計としては遅い時間とは言えない。夜の灯りにも困らず、割合遅い時間まで働く帝都の人たちにとっては、これからが夕食時、あるいは飲み歩くのに都合のいい時間帯と言えた。
繁華街を未来くらいの子供が出歩くにしても、保護者つきなら誰も気にはしないだろう。
案内するウラノにしても、子連れで
ただ風呂に入るだけとはいえ、入浴というものは意外に体力を使うものだから、三件もはしごすれば疲れもするし腹も減る。ちょうど良いタイミングと二人が乗っかれば、ウラノが案内したのは大通りに面したテラス席を有する店だった。
このテラス席というのが、なんだか妙だった。
テラス席と言えば、店の外にテーブルや椅子を並べて設けられた屋外客席である。オープンカフェなど、なんとなく洒落た店によくあるような形態というのが紙月の印象だった。逆に言うと、日本ではそれ以外でテラス席を見かけたことはあまりなかった。
帝都ではカフェだけでなくレストランの類でも比較的よく見られる形態ではあったが、長引く厳冬明けでまだまだ寒い夜には人気などなさそうなもの……なのに、かなり繁盛しているらしく、席はほとんど埋まっているのである。
街灯に照らし出されたテラス席は、活気だけでなく熱気すら感じるほどで、ふたりは困惑した。なんなら近づくほどに実際にその熱気で暖かくさえ感じ始め、それどころか湯気さえ見て取れたのだから。
「おおう……?」
「なぁにこれぇ……?」
「ふふふ、お風呂はいったんお休みかと思ったかい? これぞ足湯居酒屋《
遠目にはテラス席に見えたそれは、なんと全て足湯場だったのである。
足湯というのは読んで字のごとく、足だけを湯につける入浴法である。この《悔悛者亭》では湿気のこもらないテラス席の形で、足湯を楽しみながら飲食ができるというスタイルなのだという。
テラス席は全体が周囲から一段高くなっており、そこを掘りごたつのように切り欠いて席を作っている。椅子はなく
というよりは、店先に浴槽を広げ、その上にかぶせる形でテラス席を組み立てた形になるだろうか。
受付でまず靴を脱いで上がり、店員に案内されたのは四人掛けの席で、それこそこたつのように四角いテーブルを四方から囲う形である。三人は未来を挟んで三方に陣取り、そしてごそごそと足元の準備をした。
ウラノはガーターを外してサイハイソックスを脱がねばならなかったが、そこはそこ、手慣れているのかわずかにかがんだだけでするすると脱いでしまう。ミニスカートながら下着が見えることなど恐れもせず、それで実際ちらと見せることもなく済ませてしまう手際は熟練のそれである。
未来などは靴下を脱いで、ズボンのすそをするするとたくし上げるだけで済んでしまう。少し骨ばった膝小僧の上までたくし上げてしまえば、そうそう落ちることもない。
紙月のミディ丈のビスチェワンピースはたくし上げればいいだけだが、その下はタイツであった。これで体幹がしっかりしている紙月は立ちながらであろうと脱ぎ着できるのだが、タイツとなると必然的にウエストから下げねばならない。足先から引っ張って、というわけにはいかない。
よいしょとおもむろにスカートをたくし上げて手を突っ込み、するするとタイツを脱いで丸めてしまういっそ男らしい潔さを、なぜだか未来は直視できず、さりとて露骨に目をそらすこともできず、もやもやするのであった。
そうしてようやく腰かけてみれば、足が湯につかる。未来の足でも十分届く。湯は常に下を流れて循環しており、そのため湯に直接浸かる足だけでなく、温められた座席によって間接的に尻も暖かい。それは熱気もあろうというものである。
それでいて、湿気がこもらないように、パラソルのような日除けはあるものの半屋外なものだから、頭は涼しい風にさらされているのでのぼせづらい。
「つまり上半身は寒いんだから、油断はしないでね。酔いつぶれて風邪ひくお客さんもいるんだってさ」
「はー……まあ確かに、こりゃ飲んだらさぞかし気持ちいいだろうな」
「紙月はすぐ酔っちゃうんだから、ダメだよ」
「……足湯なんだし大丈夫じゃないか? ほら、一杯くらいはさあ」
「いつもそれなんだから!」
「シヅキぃ……キミ、もしかして子連れなのにいつも酒飲んでるのかい?」
「いや、まあ、種族柄固形物があんまり入らなくてな。酒が主食みたいな」
「紙月はお腹減ってなくてもお酒は飲むでしょ」
「キミなあ……そりゃ言い訳にはならないぞ」
「ぐへえ……」
遊び人みたいなウラノに、普通にお叱りを受けてしまった。
未来としてもとりあえずお酒を飲もうとする紙月には困ってもいるのだ。
それは、固形物をたくさん食べられないというのは大変だなと思うし、たくさん食べる未来からすると申し訳なさや同情のようなものもある。
しかしそれはそれとして、そもそも食べなくてもハイエルフは飢えたりしないのである。精神的飢えというか嗜好としても、小食ながら全く物が食べられないわけではないし、珍しいものや美味しいものは未来からちょくちょく一口分を分けてもらっているのだ。
そのうえであえて酒ばかりを、それも頻繁に飲もうとするのは本人の問題ではある。
なお本人の言い分としては、素面だと余計なことを考えすぎるので多少酩酊していた方がこの異世界とか現実とか未来に向き合いやすいという割と闇が深そうな理由からなのでここでは触れないこととする。
ともあれ。
割と良識のある遊び人であるところのウラノは、紙月を叱責しつつも、にやりと笑ってメニューを手に取った。
「何はなくとも酒があればいいなんてのは、道楽者としては半端も半端!」
「別に道楽者じゃねえんだけど」
「酒精なしでもたっぷり楽しめるってことを教えてあげようじゃないか!」
そう言い放つや、ウラノは勢いはそのままに、未来と紙月に好みや苦手なものをこまごまと尋ね、おなか具合や予算の程をきっちり確認したうえで、店員にあれこれと注文していった。
遊び人ウラノ。ノリと勢いで生きていそうに見えて段取りを踏む男であった。
「それにしても、足湯も初めてだけど、足湯しながらご飯できるところってあるんだね」
「それな。風呂と飯って一緒にこなすイメージないよな」
「ふふふ、足湯居酒屋はさすがの帝都でもここが初さ! 後追いもなくはないんだけど、設備投資や維持にもお金がかかるからね。それでも温泉だから湯沸かしはいらないし、この人気具合だから、十分儲けは出てるみたいだよ」
「フムン。湿度が高いからカビとか錆とかの対処は大変そうだけどな」
「店主みずから、開店前と閉店後に磨き上げてるそうだよ」
「そりゃまた熱心な人だな。飲み物とかこぼして湯に混ざったりも大変そうだし」
「そういえばそうだね。お湯が汚れちゃったらどうするんだろう」
「そりゃあ君、いつものあれだよ」
「ああ、風呂の神官……」
設備は磨けても、営業中に湯が汚れたらどうするのか。座席下で浴槽がつながっている以上、汚れが他の席に広がってしまうのではないか。
そういう不安に対しては、いつもの便利な風呂の神官で解決しているらしい。
見れば、隅の方の席で、にこにこ笑顔でパフェらしきものをつつきながら、時々何か祈るようなしぐさでほんわり光っているのがいた。
一日足湯につかって、甘いものをいただいて、それでいて風呂の神官としての修行も詰めて、加護によって健康にも問題がない。なんともうらやましい職場環境である。開店から閉店まで完全拘束というブラックではあるが。
「…………ねえ紙月。ふと思ったんだけどさ」
「なんとなくわかるけど、なんだよ」
「風呂の神官さんが服着てるの、はじめて見たかも」
「それな」
別に風呂の神官も服を持っていないわけではないのだが、何しろ彼らを見かける機会があるとすればそれは風呂で入浴中なのである。当然全裸である。そして神官としてある程度仕上がってくると、風呂につかっている時間の方が長いのである。
営業時間外でしぶしぶ風呂からあがるとき以外は、風呂の神官は服を着る機会などないのだ。
そして服を着た風呂の神官を一般人と見分ける手段というのは、精々風呂の神の紋章をかたどった聖印の装飾具くらいのもの。
一応、風呂の神殿には参拝客に対応するために、まだそこまで脳が茹ってない神官が着衣で対応してくれるのだが、相当数の公衆浴場がある帝都においては、わざわざ風呂の神殿を詣でるようなものはそうそういないのだった。精々が、マジで金がないので無料で入れる風呂を求めたものくらいで、そもそもそこまで貧したものは風呂など二の次なのである。
などと雑談している間に、テーブルに料理が運ばれてくる。
木製の四角い枠でできた
どん、と鎮座ましましているのは、恐らく何かの枠にはめて成型したのだろう真四角の黒いパンで、おもしろいことにいわゆるパンの皮に当たる部分がない。これは焼くのではなく、温泉の熱を利用して蒸しあげた
「
「わ、見た目よりずっしりしてるね」
「ふわふわして、ほんのり甘くて。おやつにもよさそうだな」
塊をそれぞれナイフで切り分けて食べていくのだが、見た目以上にかなりしっとり、ずっしりとしており、食べ応えがある。
地熱や温泉熱でゆっくりと蒸しあげるこのパンは、やり方によっては何と丸一日、二十四時間もかけてつくられるのだそうだった。
火山や温泉地帯にすむ
そして豪快に盛られた芋の山に蒸し野菜、豚肉と思しき塊肉、それにソーセージ。もちろんこれも温泉で蒸したものだという。
非常に豪快で、そして荒っぽく飾り気のない蒸し物であるが、これを小皿に蒸し野菜とともに盛り付け、そして好みに合わせて各種のソースにつけていただこうという段になるとなんだか急にこじゃれて見えてくる。壺に温められたチーズソースなんかかけてみると実に映える。
食べ盛りの労働者にも人気があり、洒落者の若者たちにも受けがいいという。
紙月がちょっと圧を感じるほどのボリュームに目を輝かせたのは未来である。もとはそんなに食べる方でもなかったが、異世界に転生して獣人の体となり、また日々運動している未来は実に健啖な少年と化していた。
唇を脂で汚しながら、あくあくと詰め込んでいく様は愛らしくもあり、末恐ろしくもある。
脂で汚れた唇をべろんとなめとる舌先をなんとなく落ち着かない気持ちで眺めながら、紙月は味見程度にといくつかソースを試してた。なるほどこれが、うまい。
さっぱりとした塩味に香草類を刻みいれた緑色のソースに、香辛料を利かせたピリリと辛い赤いソース、どろりと黒い濃い味のソースと、味を変えていけばいくらでも入りそうだ。紙月はそんなに入らないが。
ソーセージも大ぶりで、ぷっつりと皮をかみ切ると、たっぷりの肉汁があふれてくる。これも一種類だけでなく、刻んだチーズを練りこんだものや、ハーブの類が練りこまれたもの、内臓や舌を使ったものなどもあって、味、食感ともに飽きが来ない。
「今日はミライに合わせてがっつり目にしたけど、洒落た感じのも出す店でね」
「ほおん、客層が広いわけだな」
「昼は喫茶店もやってるしね。足湯しながらお茶と甘味ってのも乙なものだよ」
「へえ、そりゃ人気も出るわけだな」
そして未来の食欲を満たす一方で、ウラノが紙月に用意したのが、たっぷりのクリームにきらきらとした結晶が降りかけられたコーヒー飲料『
スプーンで軽く混ぜてからストローで口にしてみると、全く未知の刺激が舌の上で踊り出した。
「んんんっ!?」
「どうしたの紙月?」
「なんっ……なんだこれ、おもしろい味がする!」
「おもしろい味?」
おいしいまずいよりも先に飛び出る、おもしろい。
紙月が押し付けてくるのを、恐る恐る口にしてみれば、まず舌に感じられるのは甘さである。クリームの甘さ。砂糖の甘さ。普通の甘めのコーヒー飲料とった味わい。しかし、かりっとした硬めの感触を歯で砕いてみると、とたんに口の中に広がるほのかな塩気と不思議な香りが弾けるように広がる。
どこか塩キャラメルのような、変わった風味である。しかもそれが後から付け足されてくるという不思議。
「このきらきらしたのはね、温泉の
「
「そうそう。温泉でも
「はー……つまり、かじって砕くと、温泉が口の中で弾けるわけだ」
「飲泉っていうのかな、温泉のお湯を飲むっていうのはよくあるらしいんだけど、ここではひと手間加えてるんだね」
普通は塊で使われ、段々すり減って小さな屑になってしまうと水のでも悪くなり、最後の一滴を絞り出す程度の意味で砕くくらいしか使い道はないのだが、ここではそれを飲食用に用いているようだった。
「それでこっちが、同じように
「わあ、これもきらきらしてるね!」
「インスタあったらばえそうだなあこれ」
帝都では冷凍庫がかなり普及しており、一般家庭ではまだだが、一部の飲食店で設置されていることも珍しくない。大型の冷凍庫を複数人でシェアしていることもあるという。
帝国各地でも大きめの町では夏場に氷菓を売り出すことは、季節の風物詩ともいえるだろう。
しかしその中で、あえて冬場にも氷菓を常備しているというのは、さすがの帝都ならではといった感がある。
問題の『
期待とともに口に含み、濃厚なミルクの味わいを楽しみ、そしておもむろに
すると、砕かれた破片がぱちぱちと音を立ててはぜるだけでなく、鮮烈でさわやかな香りが鼻孔を通り抜けていく。ミントの香りだ。
濃厚なミルクの味わいでまったりと甘くなった口の中を、さわやかな香りが通り抜けて洗い流していく。それも、屑石が弾けるたびにそれらは輪唱するようにひろがり、甘みと合わさりハーモニーとなっていく。
「ふぉおおおおっ! 正直ぱちぱちするだけのアレかと思ったら!」
「ぱちぱちするのはもう知ってると思ってたけどこれは違うね!」
「キミたち思ってたのと斜め上な反応するね!?」
正直31なアイスのあれかと思って余裕かましていた二人も、そのぱちぱちともに広がるミントの香りには驚いた。
これは使いべりした屑石などではなく、特注品のミントのフレグランスを閉じ込めた
「なるほどなあ……正直帝都をかなり甘く見てたぜ」
「だろ? 酒以外にも、腹にたまらなくておいしいものはたくさんあるんだ。せっかく楽しく食卓を囲むんなら、キミも楽しもうよ!」
「そうだよ紙月! 最近もはやお酒と乾き物しか食べてないんだから!」
「わ、わかったよ!」
押し切られた紙月は、この後に健康的になるかと思いきや、カロリー摂取量は増えたのに結局運動はしないので尻の肉が丸くなったというのはみんなには内緒だ。
用語解説
・《
帝都で開業したばかりの足湯喫茶店/居酒屋。
日は浅いもののその新規さと丁寧な接客から人気を伸ばしている。
商品開発にも余念がなく、ただネーミングセンスの乏しさは客から嘆かれている。
店名の悔悛者とは悔い改めたもののこと。
店主は元野盗であり、荒野で神に出会い悔い改めたのだという。
その経歴、また開業資金が「金貨」で賄われたことから監視がつけられている。
店のモットーは「善く生き、善く死ぬ」。
・
ライ麦のような穀物をもとに作られたパン。黒っぽく、硬く、製粉も甘いが、栄養価はぼちぼち高い。
・豚肉
豚は帝国でも広く飼われており、帝都でも豚肉はよく出回る主要な食肉の一つである。
様々な品種があるが、豚と言って普通に流通するのはグランダヴェルド(grandaverdo)種、クルタストリイト(kurtastriito)種など。
主に皮革、食肉を目的として家畜化されているが、鋭い嗅覚を利用してキノコなどを探させたり、また犬よりも賢いと言われペットとして飼う場合もあるという。
小型に品種改良されたペット用の豚もいる。
・31なアイスのあれ
ぱちぱちするやつは、炭酸ガスをキャンディに封入したもの。
・特注品
非常におおざっぱに言えば、大量の魔力を属性ごとに着色してひとところに圧縮すればできるのだが、特殊な器具や技術者が必要となるため、非常に高価。
ただ、加工や調整もそれなりに高価なため、目的に合わせて特注するのは珍しいことではない。さすがに食用というのはまれなようだが。