異界転生譚 シールド・アンド・マジック   作:長串望

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前回のあらすじ

ディスカバリー・チソチソ。
本文書いてる時間よりモデルになった生物の陰茎事情を調べる時間の方が倍以上かかったと作者の人は語る。


最終話 イッツ・ハード・トゥ・セイ・グッドバイ、バット

 明けて翌日のことである。

 

 すっかり堪能したし帝都を出発するのだというウラノを見送るために、紙月と未来は早朝の駅までやってきていた。

 駅と言っても二人の知るような、電車が行きかうようなものではなかった。いまはまだ。

 どちらかといえばそれは停車場と言った方がよかったかもしれない。

 いくつもの大路とつながる大きく開けた半円形の広場には、無数の馬車が整然と並び、種々の馬がつながれ、それらの吐き出す吐息が冷たい朝の空気に冷やされて靄のようであった。

 そしてそれらのいわば始発の駅馬車に乗り込むために、身分も職業も、種族も年齢も様々なものたちがぞろぞろと集まって、大声で騒いでいるわけでもないのにどこか賑やかなくらいであった。

 

 ここから出る駅馬車は様々で、広い帝都内を巡るものもあれば、近隣の町や村と繋がるもの、あるいはさらに遠くの他領の都市まで至る大型の長距離馬車まであった。

 これらの大型馬車は箱型で、場合によっては何両か連結され、そして地面に平行に敷設された鉄製のレールの上をいくようになっていた。鉄道馬車だった。機械化されていないだけのまぎれもない鉄道線路であった。

 

 燃料の補給めいて馬たちがそれぞれに飼料をはむ横では、始発に乗り込む人々にむけて、鉄暖炉(ストーヴォ)で沸かしたスープやパンなどを売る姿があちらこちらで見られた。

 

 ふたりもスープとパンを朝食として求めた。

 スープを受ける器は多くのものが自前で用意していて、店の用意する容器は少し値が張った。ただ、返却すればいくらかは返ってくる。そのあたりに捨てれば、貧しい子供たちが拾って、まとめて換金しに行く。

 

 塩気のきいたスープに、硬いが腹持ちのよさそうなパンを浸して食べていると、のんびりとやってくる姿が見えて、ふたりは先んじて手を振った。相手もすぐに気づいて、嬉しそうに手を振り返すと、小走りにかけてくる。

 どこか犬のような活発さと愛らしさを振りまいてやってきたのはウラノだった。

 

 冒険屋としての、そしてまた旅装としての装備なのだろう、革製の部分鎧に、腰には十字に重ねて二本の短剣。背嚢はくたびれており、旅慣れを感じさせる。

 

「やあやあ、おはよう!」

「おはようさん。今日も女装なんだな」

「まあね。ほら、オレってばかわいいだろ?」

「ふふふ、装備までかわいさ重視なんだね」

「かわいさと機能性を両立させるのは苦労したよ!」

 

 愛らしさと活発さを象徴するような白のツインテール。ミニスカートにガーター留めのオーバーニーソックス。端々にはフリルと刺繍を欠かさず、ウラノなりの美意識というものが詰め込まれていた。

 恐らくそこらの冒険屋の装備と比べて、倍ではきかない金額がかかっているはずだが、本人に気負うところはなさそうだ。

 これはウラノにとってお洒落着であると同時に、実用品であり、消耗品でもあるのだろう。切った張ったに遠慮なく用いるものだ。

 彼にとってかわいく着飾ることは、精神を整えることでもあるのだろう。最高のファッションが、最高のパフォーマンスにつながるのだという。

 

 そのウラノを見送りに来たふたりもまた、冒険屋としての装束で来ていた。いつものとんがり帽子の紙月はともかく、未来は大鎧の姿できたのだ。

 ウラノはこの見上げるような大鎧に片眉をちょっと上げてみせただけで、すぐに納得したようにうなずいて見せた。中身が未来であることを、すぐにも察したのだった。

 

 ウラノもまた軽食を買い、三人は適当な場所で語らった。

 

「いやー、しかし結構な賑わいだな。始発だしもっと少ないと思ってたけど」

「始発だからこそかなー。長距離になると日をまたぐのもあるから、この時間しか出ないし」

「なるほど……余所行きのは半端な時間には出せないんだ」

「そうそう。それに乗り込む人間が集まれる時間ってのも限られるしね」

 

 帝都には時計塔がある。文字盤が見えなくとも時間になれば鐘がなる。

 しかし携行できる機械式時計は高価なものであり、人々の時間感覚というものは日の傾きによって決められていた。

 多くの人にとって時間というものは、朝と昼と夜と夜中しかないのだ。細かなダイヤを組んでも時間に集まることなどできない。

 そうなれば、夜明けに出るぞという一つに絞るのも致し方のない話である。

 

「ウラノはどこに行くんだったか?」

「一度実家のある南部に戻ろうと思うよ。そこからはー……華夏(ファシャ)に渡るのもいいかな」

 

 華夏(ファシャ)は帝国西方に所在する国家である。帝国のある土地とは海や大叢海、また臥竜山脈によって隔てられており、この大いなる分断から地続きではあっても東大陸、西大陸と分けて呼ばれるほどには、文化も気候も違う別天地だ。

 

「へえ! あの中華っぽい国だ!」

「俺達もちょっと気にはなってるんだよな」

「行ったことはないんだけど、どうもお兄ちゃんがあっちに行ったみたいでね」

「あ、お兄さんいるんだ」

「二人いるよ。姉も二人。オレは末っ子なんだ」

「あー………」

「なんだよその『それっぽいなー』って顔はー」

「まさしくそういう顔なんだけどな」

 

 割と要領がよく、甘え上手で、マイペースだがコミュニケーション能力が高い。

 末っ子気質と呼ばれるような特徴ではあるなと紙月などは思うのだった。

 なお、その紙月も末っ子であった。姉ばかりの中とはいえ、一番末の子であり、随分かわいがられ、それでこんなにこじれたのだった。

 

「それにしても、せっかく仲良くなったのに、ちょっと寂しいね」

「そうだな。いろいろ良くしてもらったし」

「まあまあ。そりゃあさよならするのは少し寂しいけどね。でも、ま、仕方ないさ」

 

 ふたりにはなんだかんだ対等な友人というものは少ない。

 お互いを除けば、知り合うものは大体が何かしらの友人とは呼べない関係性だ。

 臨時講師と学生たち、教授。そこそこ名の売れてきた冒険屋と、同業者。依頼人とその受注者。

 しがらみなく知り合って、仲を深められる相手というのは少なかったのだ。それをするには二人の立ち位置は特殊であり、その肩書は大きくなり過ぎていた。

 

 だからこそ裸の付き合いから始まったウラノとの交流は心地よく、結局今に至るまで二人は自分たちが何者なのかを言い出せずにいたのだ。

 

 そんな二人の抱く寂しさに、ウラノは仕方ないと軽く肩をすくめるだけだった。

 人付き合いの盛んそうな彼のことであるから、あるいは別れにも慣れているのだろう。それでも、寂しさは嘘ではないというように、ウラノは柔らかく微笑んだ。

 

「そう、仕方ない。旅人にはみんなそれぞれの時間があるんだ。オレにはオレの時間が。二人には二人の時間が、それはひと時でも交わるっていうのはすごい幸運で、だからこそ、その間は精一杯楽しまなきゃ損だよ」

「そりゃあ、随分楽しませてもらったけどよ」

「オレもだ。オレもたくさん楽しんだよ。だからこそだ。だからこそ、こういう別れはいいもんだよ」

「そうかなあ?」

「別にどっちかが死ぬってわけでもなし。喧嘩別れするでもなし。もしかしたら今生(こんじょう)の別れになるかもしんないけど、またどっかで会えるかもしれない。それは旅の醍醐味(だいごみ)の一つだぜ、少年」

 

 にかっと笑って、ウラノは未来の鎧の腹を叩いた。

 小さく見える拳から、思いもよらない力がかかって、未来はよろけかけて、踏ん張りこらえた。

 この世界の住人は魔力の恩恵により、見た目に寄らない力を発揮することがある。ウラノはまさしくその上澄みだった。可憐な見た目に、確かな実力を持つ冒険屋だった。

 

「同じ冒険屋なんだ。冒険を求めて旅してれば、そのうちまた会えるさ。それに、とんがり帽子に大鎧とくれば俺だって聞いたことがある。キミらもそこそこ名が売れてるみたいじゃないか。冒険の方から呼ばれるぜ」

「あ、いや、隠してたわけじゃないんだ。ただ……」

「わかってるよ。オレだって別に名乗りはしないし、聞きもしないよ。オレはウラノで、キミらはただのシヅキとミライ。それで、友達。森の魔女と盾の騎士なんてのはおまけみたいなもんさ」

 

 あんまりにも軽く言われて、紙月はきょとんとした。

 そして、未来は未来で、なんだかおかしくなって鎧の下でけらけらと笑ってしまった。

 それは、そうだ。ベテランの冒険屋にとって、ぽっと出の二人の冒険譚など、新人の宣伝文句に過ぎないだろう。ふたりが気にし過ぎていたというだけのことで、ふたりが考えているよりももっとずっと、世間はふたりのことなんて気にしていないのだ。

 まして、ふたりは冒険屋と友達になったわけじゃない。ウラノもそうだ。たまたま友達になった相手がそうだったというだけだ。

 

「あはははは! そうだね!」

「旅しててまた会えたら、昨夜の礼をするよ。今度は森の魔女流のもてなしをしてやるよ」

「ふふふ、そりゃあとびっきりの恩を売れたね」

 

 カーン、カーン、カーン、とどこかで鐘の鳴る音がした。時計台のそれではない。

 駅馬車の出発を予告する鐘だった。

 

「おっと、そろそろお別れだね」

「ああ、またどっかで会えるといいな」

「そのときはまたよろしくね」

 

 鉄道馬車に乗り込み、ウラノは飛び切りの笑顔を窓から出した。

 

「オレも気まぐれにあちこち行くからいつ会えるかはわかんないけど、もしどっかでオレの親戚に会ったら、俺の名前を出してみてよ。きっと良くしてくれるから」

「親戚? そんなあちこちにいるの?」

「そりゃもう、うちの人間はみんな旅好き、冒険好きでね。あちこちに親戚がいるのさ」

 

 カン、カン、カンと感覚短く鐘が鳴り、鉄道馬車が扉を閉ざす。御者が周囲を確認し、改めて鐘を鳴らして出発を知らせた。ゆっくりと重たげに、しかし力強く馬車が動き始めた。

 

「白い髪を見たら思い出してよ。白い髪の冒険屋は、大体うちの親戚だからさ」

「白い髪の冒険屋って……」

「なんかどっかで聞いたような…………あっ!?」

 

 馬車は滑らかに走り出し、白いツインテールが風になびいて、やがて視界の外へと消えていった。

 

 白い髪の冒険屋。

 彼の名はウラノ。

 ウラノ・()()()()()()()

 南部のブランクハーラと言えば八代前から冒険屋をやっているという酔狂の極みもとい冒険屋の大家である。岩を切っただの竜を切っただの、伝説には事欠かない。

 その伝説の冒険屋一家の末っ子もご多分に漏れず高い実力と()()()()()()エピソードをいくつも持ち合わせているのだが、それを語るとお子様には見せられないご禁制となってしまうので、ここでは多くは語らない。

 

「これさあ……」

「ああ、フラグ立った感あるよなあ……」

 

 参ったなとばかりにぼやきながらも、ふたりの顔には笑みが浮かんでいた。

 もうすぐ冬が明ける。春が来る。

 新しい冒険の時が、もうそこまで来ているのだった。




用語解説

・鉄道線路
 このころの帝国における鉄道と言えば、鉄道馬車のことである。
 鉄製のレールの上を馬車が走るというもので、通常の馬車と比べて積載量や走行速度は大きく向上した。
 蒸気鉄道の登場後も帝都駅は拡張しながら使用され続け、あの帝都大迷宮もとい帝都大地下街に至った。

・ファシャ(華夏)
 大叢海をはさんだ向こう側、西大陸のほとんどを支配下に置く西の帝国ことファシャ国。
 ざっくりと言えば中国のような国家であるらしいが、帝国のように広範であるため、一概には言えない。
 現在は帝国との仲は極めて良好であり大叢海さえなければ気軽に握手したいと言わせるほど。


・ブランクハーラ(Blankhara)
 記録に残るだけで八代前から冒険屋をやっている生粋の酔狂血統。
 帝国各地で暴れまわっており、その血縁が広く散らばっているとされる。
 特に白い髪の子供はブランクハーラの血が濃いとされ、冒険屋として旅に出ることが多いという。

・ウラノ・ブランクハーラ(Urano Blankhara)
 ブランクハーラ本家の五兄弟末っ子。三十二歳。冒険屋。
 《自在剣(リベラ・ポナルド)》(Libera ponardo)の二つ名を持ち、剣の腕もさることながら性に奔放なことでも有名。
 その自在なることとらえどころがなく、種族性別攻め受け手法問わずという節操のなさもあって度々問題を起こしており、領地によっては賞金がかけられている。
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