異界転生譚 シールド・アンド・マジック   作:長串望

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前回のあらすじ

冬は溶け、やがて春が来る。
花粉症の時期が。
凶悪な杉花粉を森林ごと焼き払った紙月の目には虚しさだけが残るのだった。


エイプリルフール
IFストーリー ウィー・オール・フールズ、ソー・レッツ・オール・ダンス!


「あんだこりゃあ?」

 

 やや寝ぼけ気味の舌っ足らずな声が、朝と言うには遅い時間に響いた。

 事務所の広間の片隅、ほとんど作業台めいた丸椅子に腰かけた大鎧の、その膝の上に我が物顔で腰かけた森の魔女が新聞を広げるのは、《巨人の斧(トポロ・デ・アルツロ)冒険屋事務所》のここしばらくのお決まりの光景だった。

 大鎧こと衛藤未来の膝の上は、森の魔女こと古槍紙月の薄い尻が乗っかったところでびくともしないが、滑り落ちないようにと未来はいつも紙月の腹のあたりに腕を回してシートベルト係を仰せつかっていた。

 

「なにか面白い記事でもあった?」

「おもしろいっつーか、変な記事ばっかだな」

 

 紙月の肩越しにのぞき込んでみれば、広げた紙面に踊る題字は確かに変だった。

 

「『元男爵、今年こそはと禁酒を宣言』『森の魔女、今度は巨大隕石を撃墜か』『小麦畑に奇妙な模様? 聖王国のまじないか。専門家は月面人からのしらせとうそぶく』…………なんか低俗なゴシップ記事みたいだねえ」

「まだ隕石は落としてねえよなあ」

「それが一番やってそうな見出しだけどね……」

 

 スプロの町の新聞と言えば、『鳥頭日報(ビルダツェルボ)』である。

 というか、新聞社と呼べる規模の団体はスプロにはその一社である。印刷機があると称しているが、発行している新聞を見る限りガリ版印刷のようなものではないかと思われる。紙月に言わせると「魔法臭い」らしいので、魔法の絡んだ現地固有の技術っぽいが。

 

 『鳥頭日報(ビルダツェルボ)』はその社名が体を表すというか、昨日書いた記事を忘れて全然違う説を翌日に取り上げたりするような節操のなさで知られるが、いくらなんでもここまでゴシップみたいな記事で埋め尽くすようなことはない。

 とにかく事実確認を後回しにしてでも発表を急ぐが、わざとウソを並べ立てたり、読者をあおるような記事を書く社風ではない。調査がクソ過ぎるので結果としてウソになることはあっても、少なくともその時点では事実っぽいとして新聞にするのである。後日別の真実っぽいのが出てくれば、もちろんそちらも書くのである。

 

 信憑性という点でははなはだ信用のならない新聞ではあるが、限度というものはあろう。

 

「えーっと、『スプロ元男爵、酒場にて酒杯片手に今年こそはと禁酒を宣言。お飲みのようだがと筆者がたずねれば、鶏乳酒は酒に入らぬとの弁。なるほど元男爵にかかれば禁酒は容易かろうと思われた。元男爵はその日、樽をひとつ(きこ)()し、筆者にも馳走下すった。酒好きの諸兄は急ぎ元男爵に集い給え。禁酒祝いに酒が飲めるぞ』だって」

「これもありそうっちゃあありそうだよなあ」

「さすがにウソだと思うけどねえ」

 

 見出しだけでなく、記事の内容もざらっと読んでみたが、ありそうといえばありそうな、しかしやはりウソであろうというラインの記事が続いている。

 

「これなんて読むんだ?」

「『きこしめす』だね。お酒を飲むことをおおげさに言ってるんだよ」

 

 粗い紙質の新聞をがさがさとめくっていくと、最終面はこうだった。

 

「『「万愚節(アプリル・シェルツォ)」万歳! よい一日を』か……ああ、なるほどね」

「なんだそのなんとかってのは」

「ほら、きっとエイプリルフールのことだよ」

「ああ、今日は四月一日か」

 

 未来の膝の上で、紙月がなあんだと言わんばかりに肩すくめて、それから呆れの混じった笑いをひとつ飛ばした。ぐぐっと背中をそらせてくるので、未来も黙って体を傾けてリクライニングに徹した。傍目から見るとつらそうな体勢だが、紙月は軽いし、未来も体力・耐久力が売りの《楯騎士(シールダー)》だ。なんということはない。

 

「こっちにもエイプリルフールあるんだな」

「まあ、クリスマスもバレンタインデーもあるからねえ」

「しまったな。なんも嘘とか考えてなかった」

「午前中までじゃなかったかな?」

「げ、いま何時だ?」

「お昼前ってところだねえ。お寝坊さんだからね」

 

 眠いんだから仕方ないと言い訳しながら、紙月が未来の上で寝転がってうつぶせになる。金属鎧のひんやりした感じが、にわかに暖かくなってきた春の朝には心地よいのだ。ぴったりと頬をつけてくるのを見下ろすと未来は若干のやましさのようなものを覚えたが、未来は節度と理性のある紳士なのでもちろん何も考えなかった。もちろんだとも。ただ、紙月の腰のあたりに手を置いてシートベルトに徹した。

 

「おや、(あね)さん、ようやくお目覚めで」

「おう、おはようムスコ、ロ……?」

 

 だらだらとする二人に声をかけたのは、外で薪割りをしていたむくつけき人族ファイター男の冒険屋ことムスコロであった。ふたりとの衝突と反省を経ていまやそこそこ人気の中堅冒険屋であったが、いまだに森の魔女と盾の騎士担当みたいになっている。

 身長こそ160そこそこだが、骨も太く筋肉も太く、大鎧の未来と並ぶとさすがに見劣りするが、いかにもがっしりとして頼りがいのありそうな男振りである。

 最近では身だしなみにも気を付け始め、粗野ではあるが卑ではないとでもいうべきか、見れるようになってきた、というのが紙月の辛口評価であった。

 

 そのムスコロの頭頂部は剃り跡も青々としたきれいな逆モヒカンになっていた。未来が一瞬「落ち武者……」と言いかけたのもいたしかたのないことであろう。

 

「……………」

「……………」

「せめてなんか言ってくだせえよ」

「いやあ……体張ったなあ……」

 

 ムスコロ、エイプリルフール渾身の自虐ネタであった。

 紙月と未来が地竜の雛を討ち取った際、ムスコロはそれを信じず暴言を吐いてきた。

 それにかっとなった紙月か《燬光(レイ)》の呪文でムスコロの髪を焼き切ってしまったのだが、それの再現であった。

 その後はちゃんと和解もしたし、ふたりも別にもう思う所はない。なのでムスコロ的にはそろそろ笑い話にしてくれという気持ちだったようだが、事務所の連中からは「またなんかやったのか……」という扱いだったらしい。

 

「こいつがなんかやらかしそうというのはまあ仕方ない認識かもしれねえけど、俺もすぐに魔法を撃つやつだと思われてるのは心外だな」

「同じ現場の同じ事件の話だからね。紙月もたいがいだからね?」

「こんなにかわいいんだぞ?」

「ンッ……かわいさは免罪符にはならないよ、紙月」

 

 自分のかわいさというものを理解して武器にしてくる紙月の方がよほど厄介だなとは思う未来であった。

 

「しっかしなんかねえかな」

「こういうのは事前に考えておかないとねえ」

「まあ、咄嗟には出てこねえもんですよ」

「つまりお前は前々からそれを計画していたということか……」

「それはそれで怖いよね」

「ぐう、兄さんまで……っ」

 

 無意味にムスコロをへこませつつ、ふたりはお昼までの残り僅かな時間に、どんなウソがいいかのささやかな空想を繰り広げた。

 

「エイプリルフールネタでよくあるのは、あれだろ。パラレルものとか」

「ああ、学園ものだったり、性別入れ替えたり?」

「そうそう、そういうのいいんじゃねえかな」

「姿変える《技能(スキル)》とかアイテムってあったっけ?」

「なかったか? いつかのエイプリルフールイベントで」

「ああ、キャラクリやり直せるやつかな。一日限定のやつ」

 

 だべっているうちに目的はどうでもよくなって、もし本当にそんなパラレルな世界があったらどうなるか、ふたりはのんきに語り合った。

 

「俺が大人で、未来が子どもの世界もあるかもな」

「子どもの僕だったら、鎧も小さくなってたのかな。紙月はきっと美人さんになってるよ」

「ふふーん! 俺、かわいいからな!」

 

 衛藤未来二十一歳は、膝の上の古槍紙月十二歳を改めて抱え直した。

 その世界の自分はきっと、こんな性犯罪者めいたこじれた恋心なんて抱かなくて済むだろうなと、そんなことを考えながら。

 

「『万愚節(アプリル・シェルツォ)』万歳、だね」




用語解説

・『鳥頭日報(ビルダツェルボ)』(Birda-cerbo)
 帝国西部スプロの町の新聞社。
 とにかく早くをモットーにしており、未確定の情報や調査が不十分な情報も平然と記事にするため、リアルタイムの情勢を知るには便利だが、事実を求めようとするには不向きな新聞。
 印刷所に秘されている魔力式連続複写機は担当魔術師の健康寿命をがりがり削るじゃじゃ馬ながら印刷速度はかなりのもので、誤字やカスレも少ない。特許出願中。

万愚節(アプリル・シェルツォ)(Aprilŝerco)
 いわゆるエイプリルフール。午前中は嘘をついてよいとされる。その嘘はひとを傷つけないものであるべきとされる。近年ではウソ以外にもからかいや茶化し、単なるセールや宴会の口実などにもなっている。
 起源は諸説あるが、とある新聞記者が「神はエイプリルフールを求めておられる」と血を吐きながら絶叫して一晩で大量の虚構の新聞記事を印刷したことが由来だというのが通説。いつものようにいつものごとく正気を失っていたので詳細は不明。
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