異界転生譚 シールド・アンド・マジック   作:長串望

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前回のあらすじ
海賊をどうするかという会議を海賊顔の人とするというシュールな光景だった。


第八話 海賊

 船旅というものは、見渡す限り海ばかりで、比較対象となるものがないせいで、実にゆっくりとしたものに感じられた。

 しかし実際のところはどうなのかと聞けば、これがなかなか速かった。

 

「そうさな。風の調子にもよるが、平均して時速十数海里というところだな。この船には風遣いを乗せているから、やろうと思えばいつでも二十海里は出せるだろう」

「海里?」

「そうさな、緯度なんぞの面倒な話は長くなるからな、ざっくりと陸里の半分くらいとみていい」

 

 緯度、という言葉で紙月はピンときた。一日の長さがほとんど前と変わらないように感じられるし、もしかしたらこの世界でも緯度や経度が同じように計算されているのではないかと以前から思っていたのだ。

 

「大体一・八五キロメートルか」

「む……そうだな、交易尺で言えばそのくらいになるだろうな」

「紙月、よくわかるね」

「以前天体観測にはまった時にちょっとな」

「ほんと多芸だよね」

 

 交易尺というのは、帝都から発信されている度量衡に関する新しい尺度で、それらはこの世界でもメートル法と同じ呼び方をされているらしい。

 

「……というより」

「完全にメートル法だよね、これ」

 

 船乗りたちはいまも昔ながらの海里を用いているが、新しく造る船などはこの帝国尺で測って造るようにお触れが出ているようで、この船もまたそのようにして造られているのだった。

 最新だという海図を見せてもらい、最新だという物差しも見せてもらったが、体感的にはどうも以前の世界のメートル法そのものであるように思われた。

 

「……帝都にいるのかもな」

「ぼくたちと同じような人?」

「あくまでかもしれんってだけだけどな」

 

 二人が悩んでいると、社長のプロテーゾがこれを聞き留めた。

 

「なんだ。君たちは帝都に興味があるのかね」

「え? ああ、そうなんです。 知り合いがいるかもしれなくて」

「フムン。当てはあるのかね?」

「それがさっぱり」

「帝都は広いからな。探し人は大変だろう。私の知り合いに人探しくらいしか取り柄のない女がいるのだがね、良ければ紹介しよう」

「いいんですか?」

「勿論。まあ、生きて帰れればだがね」

 

 などとニヒルな笑いを浮かべるプロテーゾだったが、勿論この男に死ぬ気などない。社長自らが乗り込むなどという暴挙を許すのは、この男のワンマン経営が所以なのではなく、この男ならば平気で生きて帰ってくるという確信があるからだった。

 

「君たちが死んでも私は生きて帰れるから、何かあっても真相だけは究明してやるから安心したまえ」

「せめて嘘でもいいから君たちを信頼しているとか言ってくださいよ」

「『君たちを信頼している』」

「こんのひげおやじ」

 

 というのもこの男、左足を失う大怪我を負った事故の頃から熱心な海の神の信者であり、ついに賜った加護によって「海で溺れ死ぬことがない」、「波の助けを得る」という恩寵を得ているのである。なのでいざとなれば海にさえ飛び込めば、適当に魚でも獲りながら漂っているだけで勝手に陸に辿り着くのである。

 

 まあ過信しすぎて左目と右手を失ったらしいが、その分義肢には大枚はたいた魔法道具を仕込んでいるらしい。

 

「そろそろ海賊が出るらしい海域に近づく。君たちは十分に休息を取って英気を養ってくれ」

 

 君たちはと強調していったのは、見かけには頼りになるムスコロとハキロの二人がそろって船酔いでダウンして、船室に閉じこもっているからである。紙月は揺れには慣れているし、未来も最初こそ多少酔いはしたが、ひと眠りすると、慣れた。

 

「とはいえ、こうも良く晴れた海では、隠れて接近もできんだろうから、」

 

 しばらくは安心だろうというプロテーゾの言葉は、轟音によってかき消された。

 

「何事だ!?」

「護衛船一番、左舷被弾しました!」

 

 手旗信号で素早く情報を確認した船長が叫ぶ。

 しかし、どこから?

 困惑した一行に、続報が入る。

 

「て、敵船、海中より出現せり! 繰り返す! 敵船、海中より出現せり!」

「海中だと!?」

 

 舷側に乗り出した一行の目に映ったのは、転覆した船の底が海中より顔を出したような、奇妙な姿だった。それは表面にいくつもの奇妙な模様を輝かせており、その一つ一つが輝くたびに、護衛船に衝撃が走るのだった。

 

「なんですあれ!?」

「わからん!」

 

 プロテーゾは叫んだ。

 

「だが、敵だ!」

 

 それさえわかれば、船団に躊躇はなかった。

 護衛船は即座に輸送船を護るように展開し、この奇妙な船に照準を合わせた。しかし本来狙うべき位置よりもずっと下向きになるためにこの作業は難航し、そうこうしているうちに一番船の帆が引き裂かれ、すぐには航行不能となってしまった。

 

 護衛船がこの正体不明の敵と戦っている間に、紙月は敵船の伺える位置で待機させられた。

 

「君はアレをどう見るね」

「まさか潜水艦があるとは思いもしませんでしたよ」

「潜水……つまり、海中を潜ってきたのだと?」

「でしょうね。そりゃあ神出鬼没なわけだ。わざわざ顔出してきたってことは、魚雷はなさそうだけど」

「ギョライ?」

「まあ、水中からは攻撃してこないってことです」

「当たり前だ……いや、無防備な船底への攻撃か。あれば、恐ろしいな」

「しかも表面が迷彩色になってる」

「む……確かに海の模様を真似ているようだな。あれでは狙いが狂いかねん」

 

 実際、位置が低いこと、迷彩で距離感が狂うこともあってか、こちらの砲撃は著しく命中率が低いようだった。ひるがえって敵の魔法と思しき攻撃はかなりの精度があるようで、瞬く間に護衛船の帆に穴が開いていく。幸いなことは、こちらの物資が欲しいらしく、船体そのものには積極的に攻撃を加えてこないことだった。

 

「まあ膠着状態は幸いでもある。射線は通っている。やってくれ」

「あいあい。この距離なら外しはしませんよ」

 

 紙月は軽く指を鳴らして、いつもの構えを取った。つまりは、右手を目標に突きつけ、左手で想像のショートカットキーを叩くのだ。

 

「《火球(ファイア・ボール)》三十六連!」

 

 瞬間、頭上に三十六の火球が浮かび上がり、砲弾のような速度で潜水艦へと襲い掛かった。

 




用語解説

・交易尺
 もともと帝国では、長さや重さといった単位をそれぞれの国や種族毎の単位で扱っていた。
 交易尺とは交易貫などとともに近年帝都で制定された単位であり、公的事業においてはこの単位を使用することが法で定められており、また交易尺貫法を用いるものが優遇される方針にある。
 交易尺はメートル、交易貫はグラムと呼ばれ単位を基準に、キログラム、トンなどと呼ばれる単位が用いられる。


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