異界転生譚 シールド・アンド・マジック   作:長串望

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前回のあらすじ

帝都からお手紙が届いたのであった。
読まずに食べておけばよかった。


第二話 帝都からの招待状

 二人が並んで覗き込んだ手紙には、およそ学者とは思えない、あるいは学者だからこそなのか、ひどい癖字で読みづらい文面が並んでいた。傾けたり遠のけてみたり、近づいてみたり傾けなおしてみたり、二人で何とかして解読した結果はこのようであった。

 

 つまり、字の汚さもとい難解さとは裏腹に、時候の挨拶から始まり、依頼の結果、予想よりもずっと多くの収穫があったことへの感謝の辞といった至極まっとうな、むしろ文化人的な内容がつらつらと並び、うまく二人の気が緩んだあたりで本題をぶつけてくるというよくできた手紙だった。

 

 本題はこうだった。

 

 貴殿等のもたらせし地竜の卵の孵化実験を執り行いたく、地竜討伐の実績ある御二方に是非とも御同席頂きたく候。

 

 つまり、大分前に帝都に送られたとかいう地竜の卵がどう巡り巡ったのかこの博士とやらのもとに辿り着き、今回孵化させてみようということになったので、万が一の危機の為に地竜を討伐した実績のある紙月と未来にも同席してもらって万難を排したい、とこのような次第であるらしい。

 

 勿論報酬についても確かな額が約束されていたし、協力者として論文や関係書類にも名を残すことを重ね重ね述べられているのだが、それが嬉しいかどうかと言われると微妙な所である。

 

「どう考えても失敗するイベントだよな、これ」

「バイオなハザードを予想させる感じだよね」

 

 古来から、強大な生物を御そうという実験は失敗してヘリコプターが落ちると決まっているものなのだ。

 

「帝都には行ってみたかったけど、なあ」

「ちょっとついでにって感じじゃないもんね、このイベントの重さ」

 

 帝都には、メートル法をはじめとした元の世界の知識を持ち込んだ誰かがいるかもしれない、ということを伝え聞いたのは海賊討伐の依頼でのことだった。元の世界に帰る手掛かりがあるかもしれないし、そうでなくても同郷の人間には会っておきたいところであった。

 

 とはいえ、なにしろ危険物扱いされてなかなか自由に動けない身の上で、ちょっと帝都観光に行ってきますというのは難しかったのである。別にアドゾは止めなかったが、組合は目を光らせていると言われてしまうとさすがにやる気が起きなくなった。

 

「いいじゃないか。どうせ退屈してたんだろう」

 

 ところが、そのアドゾが後押ししてきたのである。

 

「招待状貰ったんなら断る方が失礼じゃあないか」

「そうは言いますけどねえ」

「第一、地竜の孵化実験だって? そんなもの対処できるの、当代でそう何人もいないだろうさ」

 

 そう言われてしまうと、弱い所であった。

 実際には西部冒険屋組合にニゾやジェンティロといった面子があったように、帝都にも生まれたての地竜ぐらいどうとでもできるような戦力はありそうなものであったが、それでも何かあった時に、どうして来てくれなかったのだと言われると、心苦しい。

 

「帝都行きたかったんだろ?」

「まあ、ついでがあれば程度ですけど」

「ちょうどいいついでじゃないか。観光しといでよ」

「観光というにはあまりにも重めなイベントなんですけど」

「一生に一度もんだよ、地竜の孵化なんざ」

「そう言われるとなんだか貴重な気がしてきますけどね」

 

 うだうだともめる紙月とアドゾを止めたのは、手紙から離れて氷柱にへばりついていた未来だった。

 

「紙月、もういいよ。素直に行こうよ」

「つったってなあ」

「大人には大人の都合があるんだよ」

「へあ?」

「あんたもミライくらい大人になりなってことさ」

 

 つまりは、ちょうどいい切っ掛けがあったから、アドゾとしては面倒ごと、つまり紙月と未来によそに行ってもらって、少しは気の休まる時間を過ごしたいのだと、そう言うことであった。

 そしてまた更に言うならば、散々締め付けを食らわせてきている西部冒険屋組合の管轄を超えた帝都でひと暴れでもして、すかっと気晴らしでもして来いというのである。

 

「それにさ、紙月。結局南部でお刺身食べ損ねたじゃない」

「あー」

「帝都だと、南部から直送の冷蔵便でお魚届くから、お刺身食べられるらしいよ」

「おお」

 

 南部では何度となく生魚を食べる機会があったのだが、連れのハキロとムスコロが絶対腹を下すと怯えに怯えるので、食べ損ねてしまったのである。あれは大いにもったいないことであったと、確かに後悔していたのだ。

 

「南部よりすっごく高いけど、でもちょうどお金も入ったし、観光料金だと思ってさ」

「ううむ」

「どうせしばらくどこにも行けそうになかったんだし、折角なんだから御呼ばれしちゃおうよ」

「フムン」

「夏が終わるまで西部で氷柱抱いてるなんて、僕、嫌だよ?」

 

 言葉を重ねられれば重ねられるほど、気持ちはぐらぐら傾いてくる。

 しかし、しかしだ。

 

「どうしてまたそんなに推すんだ?」

「いや、だって、ほらさ」

 

 未来ははにかんだように笑った。

 

「怪獣が生まれるシーンって、やっぱり憧れるじゃないか」

 

 子供のためなら何でもできる、そんな親心が理解できた瞬間だった。




用語解説

・怪獣が生まれるシーン
 どうしてこうも心をくすぐるのだろうか。

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