異界転生譚 シールド・アンド・マジック   作:長串望

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前回のあらすじ

特に何もない、いい実験だった。


第十二話 別れ難く

 地竜の雛は、実際何でも食べた。肉も食べる。野菜も食べる。木材も食べる。土も食べる。およそ親である二人に差し出されたものは何でも食べた。際限なく食べた。実際は体が大きいからそう感じるだけで、やがて順当に満腹になるとさすがに鼻先に突き出されても食べようとはしなかったが、それでも随分食べた。

 

「まあ、馬の飼料と思えば、ちょっと、いやかなり大食いかな、という感じですかね」

「つまり?」

「いくら竜種でも現実的な量しか食べないということですね」

「フムン」

「そして満腹になると、寝る」

 

 寝息というのかは不明であるが、しゅうしゅうと小さく息をしながら、すっかり殻に首と足を引っ込めた地竜の雛は、鋼鉄の檻の中でお休み中であった。

 

「これはカトリーノとツァミーロの行動観察でもわかっていたことですね」

「そして寝たらある程度腹が空くまでは動かない」

「いいご身分だな、全く」

「まあ食べなければ食べないで結構な距離平気で歩くのもわかってますけれど」

「とんだ超生物だ……」

 

 ともあれ、地竜の雛も暴れるようなことはないようであるし、そうなれば紙月たちの依頼も終了である。

 

「いやー最悪もう一回地竜とやりあうとなったらちょっと焦ったけど、なんとかなったな」

「バイオなハザードフラグじゃなくてよかったね」

「ジュラシックなパークでもなくてよかったぜ」

 

 檻の鍵をきちんと閉めながら、ユベルは言った。

 

「報酬はどうしましょうか。また書留で手形送りましょうか?」

「いや、いま受け取ってしまいますよ」

「はいはい、ちょっとお待ちくださいね」

 

 ユベルは事前に用意してあったという手形を丁寧に封筒で包んで寄越してくれた。

 

「ちょっとした額ですから、無くさないように気を付けてくださいね」

「やだなあ、脅かさないでくださいよ」

「わかりませんよー。地竜ががぶっといっちゃうかも」

「おー怖い」

 

 そのように朗らかなジョークなどかわしつつ、無事別れを告げて二人は大学を後にできなかった。

 

 できなかったのである。

 

 正確に言うと、大学の門を出るところまではいった。馬車に揺られてとことこと門をくぐり、ああ、短かったけれどこれでお別れだなとさして感慨深くもなく大学を振り返ったところで、その異常はやってきた。

 

「…………何あれ」

「何あれったってなあ……」

 

 それは鎖につながれながら、しかしそれを全然意に介した風もなく、素知らぬ顔でのっしのっしと走って来る地竜の雛の姿であった。その鎖の先には、強化鎧(フォト・アルマージョ)を装備した誰か、まあ十中八九ユベルとキャシィの両博士が引きずられるままになっていた。

 

 やがて地竜の雛は馬車までたどり着くと、怯える馬を気にした風もなく、のっそりと馬車を覗き込んできたのである。

 

「……博士」

「……どっちのです?」

「どっちでもいいですけど、これはいったい?」

「目を覚ました途端()()ですよ」

「折も壊して仮設実験場も壊して、壁を一直線にぶち抜いてあなた方を追いかけ始めちゃいまして」

「匂いか、魔力の性質か、多分、刷り込みされた親を追いかける習性なんです」

「おいおい、てぇことは……」

「これは帝都大学からの正式な依頼です」

「やめろ、ばかやめろ」

「地竜の雛、お任せします!」

「ぐへぇ」

「やった!」

 

 これで参ったのが紙月で、喜んだのが未来だった。

 

「ちょうど依頼がないってぼやいてたし、丁度いいじゃない」

「丁度いいかよ。こんな怪獣の世話なんざ」

「そうかなあ。なんでも食べるし、素直で言うこと聞くし、なにより」

「なにより?」

「格好いい」

「そういうとこ、ほんと男の子だよなあ」

 

 どう考えても厄物でしかない問題児を預かる。それも権威ある組織から半ば強引に依頼されて。これは紙月としては胃が痛くなるような案件だった。しかし、紙月は未来のお願いには弱かった。弱かったのだ。

 

 結局、どれだけ目くらましをしようと、それこそ《絨毯》で空を飛んで逃げようにもついてきてしまうことが何度かの実験によって発覚してしまい、最終的には、紙月も折れることとなった。

 

 何より、結局のところ、子供に頼まれて、嫌だとは言えない。怪獣を育ててみたいなどという、元の世界ではかなわなかっただろう純朴な願いを踏みにじることなど紙月にはできなかった。

 

 大きくなったらそのときはどうしたものかと考えなければならないが、まあ、そのときのことは、そのときに考えればいい。どうしようもなくなったら改めて大学に押し付ければいいし、本当の本当にどうしようもない怪物に育ってしまったら紙月がけじめをつければいい。

 

「俺、生き物育てるのって苦手なんだけどな……」

「僕のこと育ててくれてるじゃない」

「それはまた、別だろうよ」

 

 まあ、何と言ったところで、未来は嬉々として地竜の雛を撫でまわしているし、鎧で見えないながらもその笑顔は本物だろうし、そうなると、紙月には何にも言えなくなるのだった。この子供の笑顔には、何も言えないのだった。




用語解説

・格好いい
 すべてに優先される理由。

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