異界転生譚 シールド・アンド・マジック   作:長串望

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前回のあらすじ

筋肉わっしょい!


第八話 力比べ

 のっそりと立ち上がった白銀の甲冑に、とんがり帽子の()()()

 改めて見せつけられたその姿に、酒場がざわめいた。

 まさか。いや。しかし。あれは噂に聞いた……。

 名乗りを聞いて一層興奮する酒場の連中を黙らせるように、アフリコとヒンドはどんと足踏みしたが、それさえも場を盛り上げる拍子に過ぎなかった。

 

「いやいやいや、弟分が世話になったみたいだね」

 

 鎧の奥から漏れるのは幼い笑い声だが、見た目とのギャップがなお恐ろしい。

 嘘だ出鱈目だとは言っておきながら、実際に目の前のそのおとぎ話の親玉が現れたとなると、さすがに歴戦の冒険屋も腰が引けた。引けたが、しかし、冒険屋には面子というものがある。

 引けた分の腰を戻すように指を突きつけ、ヒンドはがなりつけた。

 

「な、なにが盾の騎士だっ! 中身はちっぽけなガキじゃねえか!」

「そ、そうだ、張りぼてだ! ただの張りぼてじゃねえか!」

「いくらでかい鎧着たって中身はガキだ! どうせ大したことぁねえ!」

「大道芸人でもそれくらいすらぁ! おおかた見せかけで脅してきたんだろうよ!」

 

 二人の声に、酒場の冒険屋たちも声を上げ始めた。

 

「そ、そうだそうだ!」

「張りぼてだ!」

「本物かどうかもわかりゃしねえ!」

「あ、握手……」

「本物だったら何だってんだ、ガキじゃねえか!」

 

 ぎゃいぎゃいと騒ぐ冒険屋たちの真ん中に、不意に勢いよく酒樽が投げ込まれ、何人かが巻き込まれた。

 突然の暴挙にしんと静まり返る酒場を、我が物顔でのしのしとやってくるのは、入り口近くにいたはずの用心棒である。

 

「おう、おうおう、冒険屋ともあろうものがぴーちくぱーちく鳴くんじゃねえ」

 

 なにしろ冒険屋どもの集う酒場で用心棒などやっている男である。凄みというものが違う。

 だがよ、と言い募る冒険屋どもを相手にせず、用心棒は投げつけた酒樽を床にどしりと置きなおした。

 

「男なら、わかりやすいやり方があるだろうよ」

 

 にっと男が笑うと、冒険屋たちは喝采を上げた。

 

「そうだ! そうだ!」

「腕相撲だ!」

「やってやれ戦象(エレファント)!」

「力比べの時間だ!」

 

 酒場での勝負と言えば相場は決まっている。

 飲み比べか、賭け事か、そして力比べか。

 

 おそらくムスコロもこのような流れで力比べに持ち込まれ、そして敗北したのだろう。

 

「ようし、兄貴が出るまでもねえ、俺が片付けてやらあ!」

「よし、任せたぞヒンド!」

「おうよ兄貴!」

 

 どっしりとした腕を構えるヒンドに、肩をすくめる未来。

 

「僕ってもう少し文明的な人種なんだけど」

「ごちゃごちゃ言うねえ!」

 

 口では言いながらも、やる気なのが紙月にはわかった。未来はなんだかんだ言って、こういう催しごとが嫌いではないのだ。

 

 甲冑に包まれた未来の腕がどしりと樽の上で構えられ、ヒンドのたくましい腕と組みあった。

 成程言うだけあって、ヒンドのうではがっしりと骨太で、たくましい筋肉に覆われている。それも飾りとしての筋肉ではなく、日ごろから力仕事をこなしてきている筋肉だった。

 

 ムスコロも筋肉だけで言えば立派なものだったが、ヒンドの場合そこに加えて流れる魔力の量が違う。

 触れてみて分かったが、ムスコロの魔力は流れこそスムーズだがやや乏しく、ヒンドの場合流れの悪さを流量の多さが補って余りあるのだった。

 

 成程、これが恩恵というものであるらしい、と未来は悟った。

 

「ば、ばかな」

 

 じっと見てみると、自分の体に流れる魔力もなんとなくわかるようだった。それは自分の体内を流れる血流のように意識してみなければ気付きもしないようなものだった。流量こそ太く確かな大河のようであったが、しかしその流れ方というものはあいまいで、今は腕に意識を回しているからそちらに集まりつつあるという程度で、ムスコロどころかこのヒンドという粗野な男よりも流れが悪い。

 

「くっ、このっ、て、鉄の塊みてえだ!」

 

 成程、レベルだけあっても実際の修練などが足りないから、つまり体の動かし方というものを理解していないから、魔力の流れが悪いのだ。もしこの流れを改善できれば、自分はもっともっと強くなれるだろう。そうなれば、紙月をもっと力強く確実に守れるはずである。

 ムスコロあたりに、鍛え方を教わろうか。

 

 などとぼんやり思っていたら、紙月に肩を叩かれた。

 

「そこらへんにしてやれ」

「えっ」

 

 改めて見てみれば、顔を真っ赤にしたヒンドが、全体重をかけて未来の腕に挑んでいるのだった。どうやら既に開始の合図は出ていたようだったが、考え事をしていたし、ヒンドの腕力が思いのほか大したことがなかったので全然気づかなかった。

 

「ごめん」

「えっ、あっ」

 

 素直に謝って腕を倒すと、先ほどまでの奮闘が何だったのかというくらいにあっけなく、ヒンドの腕は体ごとコロンと倒されてしまった。それは場が一瞬静まり返るほどのあっけなさだった。

 

「い、いかさまだ!」

 

 静まり返った空気を割いたのは、そんな一言だった。

 大方ヒンドの勝ちに賭けていた連中なのだろうが、そこかしこからいかさまの声が持ち上がった。

 ヒンド自身は悔しそうながらも、自分が真っ向から挑んで負けたことはわかっているから、このいかさまコールに却って恥じるような顔をしたが、勿論それでは賭け客たちは収まらない。

 

 用心棒が再び立ち上がろうとしたところで、するりと立ち上がったのは紙月である。

 

「じゃ次は俺だな」

「なにっ」

 

 いっそ穏やかな物言いに、酒場がまた静まった。

 

「喧嘩を売られたのは俺達《魔法の盾(マギア・シィルド)》だ。二対二なんだから、もう一戦だろう」

「おう、おう、嬢ちゃん。俺達はいまのでそれなりに認めたんだ。それでもやるかい」

「それなりじゃ足りないね。弟分にゃ、格好いいとこ見せたいしな」

「よく、わかる」

 

 頷きあって、今度はアフリコと紙月が酒樽の上で組み合った。

 

 いかにも華奢で、それこそ握っただけで折れてしまいそうな紙月と、そこらの魔獣よりも立派な体格のアフリコの組み合わせは、酒場を大いににぎわせ、賭けの声があちらこちらで響いた。

 

「ところで俺は魔術師だ。魔術で体を強化してもいかさまとは言わんね」

「勿論だ。ただの女の細腕をへし折ったところで何の自慢にもならねえ」

「よし来た……ところで、俺は男だ」

「なに?」

 

 合図が響いたが、酒樽の上で二人は伺いあうようにピクリともしない。

 ように酒客たちには見えた。

 

「おい、どうしたアフリコ!」

「さっさと決めちまえー!」

「森の魔女の魔法とやらはどうしたー!」

「決めろアフリコー!」

 

 無責任な外野の声に、アフリコは怒鳴りつけようと息を吸ったが、結局その息は腕に力を込める分に使われるほかになかった。

 ただ見ているだけの外野にはわからなかっただろうが、すでにアフリコは全身全霊の力を込めていた。先ほどのヒンドが純粋に実力で負けたことを悟って、舐めてかかっては危ないと最初から本気で勝ちに行くつもりだった。

 

「おお、凄いな。でもまだ足りないな」

 

 《強化(ブースト)》。

 

 小さな呟きとともに、まるで時計の針が一つ進むように、アフリコの腕が樽に向けて傾いた。

 

「ぐっ、う!?」

「おお、耐える耐える。何なら両手を使ってもいいぜ」

 

 屈辱とも言える提案に、しかしアフリコは即座に乗った。これは、矜持だのなんだのを言って勝てる相手ではない。勝ったとしても卑怯者のそしりは避けられないだろうが、しかし何もせずに負けるよりはよほどましだった。

 

 遠慮なく左手をかけ、全体重をかけて腕を戻そうとするアフリコに、やはり、卑怯者、女相手に、恥を知れなどと罵声が飛んだが、言われるアフリコはそれどころではない。

 

「ば、馬鹿言え、こ、のぉおぉおおおおおおおおッ!!」

 

 ぱたり。

 

 決着はあっけなかった。

 それだけで生気をすっかり失ったというほどに、全身から汗を拭き流し、ふいごのように荒く息をするアフリコの腕は、実にあっさりと酒樽に押し倒されたのだった。

 

「……負けだ」

「嘘だ!」

「いかさまだ!」

「こんなことあるわけがねえ!」

「うるせえ、さっさと賭け金よこせ!」

「馬鹿な!」

 

 途端に騒ぎが広まり、取っ組み合いが始まり、酒の勢いもあってあちらこちらで拳が振るわれ始めた。

 用心棒は面倒くさそうに腰を上げかけ……そして下した。

 

 楽しげに試合を眺めていた《決闘屋》が、嬉々として腰のものに手を伸ばしたからである。




用語解説

・腕相撲
 腕押し、アームレスリングとも。
 机や、今回のように樽などの台に肘をついて互いの手をがっしり握って組み、相手の手の甲が台につくまで押しあう力比べ。

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