異界転生譚 シールド・アンド・マジック   作:長串望

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前回のあらすじ

真っ
     二つ


第十二話 風呂

 真っ二つにしたとは言え、それでも鋼鉄の塊である穴守の体を回収することは非常に困難で、仕方がなく四人は残骸をそのままに現場を後にし、地下水道を出た。

 

 無事を喜ぶ水道局員に訳を話すと、最初の内は冗談だと思って取り合わなかったが、四人がそろって大真面目なのを見て取って、ようやく応援を呼んで確認してくれた。

 冒険屋を含む複数名の人員が地下水道に降りていき、そしてしばらくした後、穴守が確かに破壊されていることを確認し、依頼書に完遂のサインがなされた。

 

「しかし、まあ、いったいどうやったらあんな風になるんです?」

「そこはまあ、企業秘密ってことで」

「森の魔女の噂ってのは、嘘じゃなかったんですねえ」

 

 果たしてあの鋼鉄の塊をどうやって回収するか水道局は随分悩まされているようだった。紙月たちも、回収すれば高く売れるかもと思ったのだが、その手間を考えると割に合わないとして諦めたくらいである。

 《縮小(スモール)》の魔法が使えれば簡単に回収できたのだが、あれは基本的に生き物にしか効かないのだ。

 

 報酬はかなりの高額であったため、現金ではなく手形で渡された。シャルロが代表としてこれを預かり、あとで組合の口座に預け入れ、そこから四人で等分することになった。

 四等分とはいえかなりの額であるから、信頼の必要な役割であったが、まさかあの凄まじい魔法を目の当たりにして今更小細工などしまいとの判断だった。

 

「さすがに、疲れた」

「あれで疲れなかったらいよいよ人間じゃあねえですぜ」

「体力はともかく、魔力は回復手段が乏しいんだよなあ」

 

 《SP(スキルポイント)》を回復させるアイテムもあるにはあるが、手持ちの数に限りがある。この世界で同じようなものを発見できない限り、二人には使う気がなかった。となれば、時間経過で回復するのを待つほかない。

 

 ムスコロとシャルロは疲れもないことであるし、早速《三角貨(トリアン)亭》に賭け金を回収しに行ってくると意気揚々と小走りに駆けていったが、さすがに二人はそんな体力が残っていない。

 

「こんなに疲れたの、地竜以来じゃないか?」

「地竜の時は回復しながらだったからもうちょっとましだったよ」

 

 実際のところ、戦い方を変えれば、もっと楽な勝ち方はいくらでもあったように思う。

 例えば、相手は機械仕掛けなのだから、《雷撃(サンダー・ボルト)》といった電気属性の攻撃が効いたかもしれない。

 《念力(テレキネシス)》という無属性の魔法を使えば、無理やり下水道に突き落とせたかもしれない。

 植物系魔法で関節に根を張らせて身動きをとれなくしたり、水属性の魔法で浸水させてしまってもよかった。

 

 あらゆる属性の魔法が使え、それも細かな調節が効くようになってきた紙月には、およそ考えうる限りのどんな手段でも取れるのだ。力業よりも、その手数と応用力こそ、《千知千能(マジック・マスター)》という《選りすぐりの浪漫狂(ニューロマンサー)》という境地なのだ。

 

 しかしそれでも紙月は、真正面から障害を突破することを選んだ。

 壁があるのならばそれを正面から突破するのが好きなのだ。障害があるならごり押ししてでも突き抜けるのが好きなのだ。それが無敵砲台のペイパームーンであり、それを支えるのがMETOだったのだ。

 

 それに紙月も考えなしではない。十分に余裕があると見たからこそ試してみたことであるし、今後対魔法装甲を相手にすることがあるだろうという考えから、打ち勝てる限度を見極めたかったということもある。

 紙月のそう言う考えがわかっているから、未来もあえて文句は言わない。

 

 言わないが、紙月のそう言う危なっかしい所はどこかで手綱を取ってあげないとな、とは思っている。

 

 《SP(スキルポイント)》をたっぷり使って疲れ果てた二人は、事務所に戻る前に風呂屋に寄っていくことにした。地下水道にこもっていたせいで匂いもついているし、汗でべたつくし、さっぱりしていきたい。

 《浄化(ピュリファイ)》の魔法で奇麗にはなれても、風呂の爽快感はまた別だ。

 

 帝都の風呂屋も、その設備の上等であることや広さなどの違いはあっても、根本的な造りの違いはなかった。

 

 靴を脱いで上がり、受付で靴を預けて金を払い、ロッカーの鍵を受け取り、左右に分かれた通路のうち男湯の方へ向かう。この時、受付の人がぎょっとするが、気にはしない。慣れてしまった西部の風呂屋ではもう、驚きさえしない。

 

 並んだロッカーに服をしまい、ひものついた鍵を首にかけ、石鹸とタオルを手に浴場への扉を開ける。

 もわっと広がる湯気を潜り抜ければ、やはり浴場も造りは同じだ。

 

 隠すこともせず入ってくる紙月の姿に、客がどよめく。すぐに男性とわかってそれも落ち着くのだが、しかし、男性とわかってもドギマギするものはいるようで、妙な視線を感じるが、慣れたものだ。未来もなんとなく、直視はできない。

 

 床はタイル張りで、シャワーや鏡といったものはないが、入り口近くの洗い場には桶や椅子が用意されている。浴槽は広々としていて、こんこんと湯が沸き出ては流れだし、床下に流れていく。

 

 まず洗い場で体を洗う。

 

 この洗い場は面白い造りで、洗い場専用の湯が、ちょうど椅子に腰かけた時に桶ですくいやすいように、少し高めの位置にしてある。この洗い場用の湯船を囲むようにして椅子が並べてあって、足元には排水用の溝がある。

 

 以前風呂の神官に尋ねてみたところ、流れていった湯は別室に一度流れていき、神官の法術で浄化され、また沸かされ再利用されるのだという。肝心な所は法術を使っているが、なかなかに高度な技術である。

 

 思えば、二人が持っている石鹸も、風呂用のタオルも、風呂の神官が売っているもので、技術力だけでなく、なかなか商売上手な神官たちである。特に石鹸などはかなり上等なもので、肌荒れも少ない。

 先ほど売り場をさっと眺めた感じ、西部と帝都では香りや効能にも違いがあるようなので、少し気になってはいた。

 

「ほーら未来。頭洗うぞー」

「う、うん」

 

 わしゃわしゃと石鹸を泡立てて頭を洗ってやると、未来は黙々と体を洗う。そこにはどこか緊張したような空気がある。思えばあまりこちらもみようとしないし、裸を恥ずかしがる、そう言う年頃なのだろうかと紙月は考えている。

 考えているが、まあそのうち慣れるだろうと気楽なもので、ざばざばとお湯で流してやって、自分も体を洗い始める。そうすると今度は未来が紙月の髪を洗う番だ。

 

 最初の頃、まだお互いに遠慮が強かった頃に、親交を深めるためと称して始めてから、二人はずっとそうして洗いっこしてきた。

 紙月としてはなんだか親子のようでもあるし、年の離れた兄弟のようでもあるなあと暢気なものであった。

 一方で未来としては時々無性にわーっと叫びだしたくなるような心地だった。けれど髪を洗ってやっているときの紙月は機嫌がよさそうだし、指の間を通る髪の感触が心地よくて、何にも言わないだけなのだ。

 

 二人してお湯をかけあって、泡の流し残しがないか確かめたら、ようやく湯船につかれる。

 

 つま先をそっと差し入れると、じんわりと熱が広がってくる。未来はこれをゆっくり味わいながら肩までつかるのが好きだった。紙月は一度に肩までするりと入ってしまって、全身でこのピリピリした感触を味わうのが好きだった。

 そして二人とも、すっかり湯につかってしまって、ほうと息をつく瞬間が好きだった。

 

 風呂屋の湯船には必ず風呂の神官がひとり浸かっていて、交代で風呂の浄化や、お湯の温度の管理、また客同士のいざこざの仲裁などをしている。

 風呂の神官にとっては入浴自体が祈祷や礼拝のようなものであるし、風呂屋で働くということはそれだけ法術を使う機会が多いということで、神官としての腕も磨かれる。全くよくできたシステムである。

 

 しかしそれにしても、と紙月は風呂の神官を窺い見た。

 西部の風呂屋も南部の風呂屋も、こうして帝都の風呂屋も訪れたわけだけれど、風呂の神官というものはみな立派な体格をしている。

 ボディビルダーのような筋肉という訳ではないのだが、上背もあって、肩幅もあって、みっしりと詰まった筋肉の上に、柔らかそうな脂肪が乗っている。

 

 それと比べて自分はどうだろうかと見下ろしてみると、紙月の目には平たく薄い体が目に入った。もともとそんなに鍛えている方ではなかったが、ハイエルフであるこの体になってから、手足は細くなり、胸は薄くなり、かなり頼りなくなったように思えた。

 

「ぬーん」

「どうしたの?」

「いや、俺ももうちょっと鍛えないとなあって」

「紙月はいまのままで素敵だよ」

「そうかなあ」

「うん……そうだよ」




用語解説

・《念力(テレキネシス)
 《魔術師(キャスター)》が覚える最初等の無属性魔法《技能(スキル)》。
 魔力で物を飛ばして攻撃しているという設定らしいが、描写的にはキャラクターがただ石を放り投げているようにしか見えず、もっぱら投石の名で呼ばれていた。
『簡単な術とはいえ、だからこそ制御が難しいとも言える。三本目の腕を操るような……違う、足じゃない。セクハラではないっちゅうに』


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