異界転生譚 シールド・アンド・マジック   作:長串望

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前回のあらすじ

証拠隠滅に成功した未来。
共犯者であるムスコロにふとした疑問を投げかけてみると。


第三話 反省

「実はあんときは、荒れてまして」

 

 というのは、こうだった。

 

 ムスコロは二人組のパーティを組んでいて、相方はオストというらしい。

 未来と紙月が地竜を討伐する少し前、ムスコロはこのオストと組んで、魔獣の討伐に出たという。丙種の魔物で、さほど強いものでもなく、しっかりと準備をして挑めばどうということのない相手であった。

 

 しかし、甘く見ていた。

 実際に魔獣が出るという森に向かってみると、敵は事前の情報よりもはるかに多く、ムスコロの下調べがずさんだったために地形の判断も誤り、囲まれて熾烈な迎撃戦を強いられたのだそうだ。

 

 一頭一頭はムスコロもオストも十分に対処できる相手だったが、何しろ囲まれているうえに、数が違う。一頭を相手にしている間に二頭が襲い掛かり、二頭を振り払っている間に三頭が囲んでくる。

 しまいには一頭片付け、二頭片付けとしている間に呼び寄せられた仲間が森から顔を出す。

 

 それでもたいまつを振り回して抗っていたのだが、ついにオストが手ひどく噛みつかれて倒れた。これ以上は命にかかわると、ムスコロはオストを担ぎ上げて必死に逃げて、逃げて、逃げた。

 自分も噛みつかれ、ひっかかれながらも、こけつまろびつ何とか這う這うの体で森を抜け出した時には、二人とも血まみれの泥まみれで酷いありさまだったという。

 

 すぐに近くの村で治療が行われたが、ムスコロはまだ軽傷としても、オストは全身に噛み傷があり、場合によっては破傷風になりかねなかった。

 

 死なれては困ると大慌てで神官を呼び、高い金を払って毒を除いてもらったが、それでも傷は重く、オストはしばらくの間とてもではないが仕事に出れる状態ではなかったという。

 

 自分のミスで相方に大怪我を負わせ、自分自身は大した怪我もなくのうのうとしているということが、一層ムスコロの罪悪感をあおったらしく、そのことを後悔しているうちに強くもない酒の量も増え、止めてくれる相方もいないものだから荒れに荒れていたのだという。

 

 そんなところに、どう見てもお遊びの貴族か金持ちのお嬢さんといった身なりの紙月が、護衛らしき未来を連れて、思いがけない大手柄を立てたなどと言うものだから、くだらないミスで相方を傷つけてしまったムスコロはふざけるなといきり立ち、ついつい絡んでしまったのだという。

 舐め腐った新入りに、自分の立場を思い知らせ、わからせてやろうという、そう言う荒々しい気持ちだったという。

 

 それで結果はどうなったのかと言えば、知っての通り、ムスコロは髪を焼き切られ、手斧も焼き落とされ、みっともなく命乞いまでする羽目になったのである。

 

「いやあ、酔って荒れたとはいえ、情けねえ所をお見せしやした」

「僕はすごいと思ってたんだけどね」

「なんですって?」

「突然奇妙な魔法で攻撃されて、それでも咄嗟に得物に手が伸びるって言うんだから、ムスコロさんの鍛錬の賜物だよ」

「へ、へへ、そう言ってもらえると」

 

 とはいえ、そんな阿呆な事をしたムスコロであるから、その後先輩冒険屋たちから随分しごかれた。

 その上、怪我から復帰したオストにもしこたま叱られた。

 

 おまけに治療費ですっかり貯金も飛び、夜遊びもできなくなり、こうなりゃ仕方ねえやとまじめに働いているうちに、また少しずつ金がたまってきた。それをオストの破損した武装に回すと、また金がなくなった。

 

 それでまた真面目に働いていると、なんと未来と紙月と一緒に南部まで行けという。海賊事件のことだ。

 

 未来はあの時、たまたまそこにいたから巻き添えにされたのだと思っていたが、どうも働きぶりがよくなってきたから、いい仕事を与えてやろうということだったらしい。

 結果としては船酔いでろくに仕事ができなかったとはいえ、それでも契約は契約だからしっかりと報酬は頂いたらしいが、その額が大きかった。

 

 なにしろ森の魔女と名高き二つ名持ちの未来たちが請けるような仕事である。その補佐とはいえ、報酬はそこらの底辺冒険屋とはまるで違う。

 

 ここで宵越しの金は持たねえとなるのが普通の冒険屋であるが、何しろ治療費その他で盛大に散在して借金まで行きかけた男である。しかも自分一人ではなくパーティの相方まで巻き込んでの話である。

 根が真面目なこの男、その金は装備を整えることに使い、余った分もしっかり貯蓄した。

 また、貯蓄ができて、そこまであくせく働かなくても良いとなると、いくらか余裕が出てきて、髭の一つも整えるようになった。

 

 見た目が良くなってくると、それまでは粗野だ野蛮だと敬遠していた客も、それなりに信用できるかもと依頼をしていくようになる。そうなればせっかくの機会を逃してなるものかと大いに頑張るものだから、依頼の達成率も上がっていく。

 そうすると指名率も上がるし、依頼人との交流も増えて、また別の依頼人との縁もできる。

 

 そのようにして意外と堅実に、事務所でも中堅ぐらいには落ち着いていたようなのであった。

 

「いやあ、これも全て兄さん姐さんの薫陶あってのおかげで……おや、どうしやした」

「いや、うん、なんでもないんだ……なんでも」

 

 人知れず立派になっていた男の陰で、自分の相方は昨夜も酒場で興味本位で高い酒飲んで酔い過ぎて、今もぐーすか眠りこけているということが、なんだかとてもいたたまれなくなっただけである。




用語解説

・オスト(Osto)
 ムスコロのパーティメンバー。
 斧は斧でも斧槍遣いで、かなりテクニカルな戦い方を得意としているようだ。
 その割に正確は大雑把で、家事はもっぱらムスコロに任せているらしい。


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