異界転生譚 シールド・アンド・マジック   作:長串望

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前回のあらすじ

駆け出し冒険屋の語る冒険譚。
子供たちは魅了された。未来を除く。


第八話 おとぎ話

 大人しく話を聞いてはいるが、かといって盛り上がりにも欠ける未来に申し訳なく思ったのか危機感でも感じたのか、クリスは積極的に輪に入れようと話を振ってきた。

 

「ねえミライ。子供たちはみんなこれぞっていうお話を知っているものなんだけれどね、君は何か冒険の話を知っているかい?」

 

 そりゃまあ、勿論知ってはいる。知ってはいるが、それを話すことは物凄く面倒なことに思われた。子供たちの興味をひいてしまうことも、また逆につまらないと一蹴されるのも、どちらにしても未来は御免だった。

 なので半ば反射的に知らないと返したが、これに絡んできたのがゴルドノである。

 

「知らないってこたぁねえだろー! なんか一つくらいあるだろー!」

 

 一つと言わずいくらもあるが、何しろ自分の冒険譚であるから、話すのは気恥ずかしく思えた。

 それも今の自分は盾の騎士ではなくただのお金持ちの子供ミライとしてここにいるわけで、そうなると自分の冒険譚を他人事のように話さなければならない訳で、それは一層恥ずかしいことのように思われた。

 

「なあなあー!」

「みんなもこう言ってるし、ちょっとだけお願いできないかな」

 

 話を振ってきておいて何がみんなもこう言ってるしだ。

 イラつきポイントが着実にたまりつつあった未来は、爆発する前にどこかで発散しなければならないと、一つ溜息をついた。

 仕方がない。これ以上絡まれるなら、まだへたくそな語り部の真似でもした方がいい。

 

「わかったよ。でも話をするのはあんまり得意じゃないから、期待はしないで」

「いいとも」

「それじゃあ。うん。森の魔女の話をしようか」

 

 その名を聞いた途端、あれだけ騒がしかった子供たちがしんと静まり返った。

 

「森の魔女って……あの森の魔女?」

「他にどの森の魔女がいるか知らないけど、僕が知ってる森の魔女は一人だけだよ」

「あの地竜を頭からバリバリ齧ったっていう?」

「齧っちゃいないよ。首を落としただけだ」

 

 未来のいっそふてぶてしいほどに動じない態度に、子供たちはどよめいた。

 未来としては知っている冒険譚などそれくらいしか、つまり自分達の話しかなかったわけなのだが、子供たちからすれば、謎に包まれた伝説の冒険屋の話など、本当に噂話くらいしか聞いたことがないのである。

 

「その口ぶり、もしかして詳しいのかい?」

「まあ、ほどほどに」

 

 嘘は言っていない。詳しいと言えば詳しいけれど、未来だって相方のことを何でも知っているわけじゃあない。自分のことだって、そうだ。

 

 そう言う物言いだったのだが、子供たちにはその落ち着きぶりがもったいぶった事情通のように見えたらしく、先にも増す勢いで話をせがんできたものだから、未来も目を白黒させた。

 

 それから、あまりにも素直に食いついてくる子供たちに、まあ子供って言うのはこういうものだよなと何だか未来自身も素直に思えるようになって、期待された分くらいは話してやろうかと、懐かしの冒険譚を思い出し始めたのだった。

 

「そうだね、まずはみんなも良く知っている、地竜退治の話をしようか」

 

 未来は自分でもいう通り、語り上手ではなかった。

 情感をつけて語ることも、抑揚をつけることも得意ではなかった。

 だからただ淡々と、事実を語っていった。

 

「森の奥から旅をしてきた魔女とお連れの騎士は、実は最初は路銀を稼ぐために冒険屋事務所の戸を叩いたんだ」

「ろぎん?」

「お金を稼ぐためってこと」

「森の魔女なのに?」

「森の魔女だってお腹は減るからね」

 

 最初は冒険屋見習いとして事務所に入ったこと、試験として豚鬼(オルコ)の討伐に出向いたこと、そしてその先で、地竜に遭遇したこと。

 

 静かに、淡々とした語り口は、クリスの大仰な物語に慣れた子供たちにはかえって不思議な説得力と真実味を感じさせたらしく、何かと騒ぐゴルドノさえも息をのんで話の続きに耳を傾けた。

 

 地竜との戦いは激しいものだった。

 盾の騎士は襲い掛かる地竜を森の精霊の力を借りて押さえつけ、この暴れ狂う化け物と取っ組み合った。

 地竜と言っても子供の地竜だったのだけれど、それでもこのぼろ屋くらいの大きさはあった。

 想像できるかい?

 君たちを一呑みにしてしまえるような大きな大きな怪物さ。

 

 盾の騎士が地竜を押さえつけている間に、森の魔女は呪文を唱えた。

 森の精霊が魔女のささやきに応えて、ヤドリギたちが地竜の体を覆っていった。

 岩をも砕くさしもの地竜も、全身から次々に力を吸い取られてしまってはたまらない。

 

 いよいよ追い詰められた地竜は大きく息を吸い込んで、それからものすごい勢いで吐き出した。

 そう、咆哮(ムジャード)だ。

 森をひっくり返すような強烈な咆哮(ムジャード)を、盾の騎士はしっかと構えて受け止めて、それから。

 

「それから?」

「それでおしまい」

「ええっ?」

「地竜は最後の力を振り絞って咆哮(ムジャード)をしかけてきたけれど、盾の騎士は見事にこれを受け止め切って、そうしてついに地竜は力尽きたのさ」

「はー」

 

 森の魔女が様々な魔法を駆使して地竜を圧倒する噂ばかりを聞いていた子供たちには、これはいささか地味な展開に感じられたようだった。

 しかし、はじめこそ嘘だの出まかせだのと言っていた子供たちも、地竜の首に何度も斧で切りかかって切り落として、近隣の村々に知らせて回った段になると、黙り込んだ。

 

 それというのも、地竜速報の話に関しては何しろことがことであるから、噂話ではなくかなり確度の高い情報が出回っているのである。

 その速報の裏話にあたるような未来の話は実にもっともらしかったのである。

 

 その後も、未来が自分達の冒険を他人事のように語るのを聞きながら、子供たちはいちいち噂と違う、本当はこうだったのかと騒ぎ、そしてしまいには素直にすごいすごいとはしゃぐようになった。

 

「こうして森の魔女は見事鋼鉄の怪物を真っ二つにしてのけたのでした。おしまい」

「もうおしまい?」

「これが一番新しいお話だからね。それに」

「それに?」

 

 未来はそっと窓の外を見やった。

 

「そろそろお腹減ったし」




用語解説

・ないときはないもんだ。

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