GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~EXTRA~:番外編&コラボ外伝集 作:フォレス・ノースウッド
前回と違って、今回やたら某どうでしょうネタがてんこ盛りに(劇中ではあくまでよく似た別物です)
作る料理の一つがパスタとゆゆゆいの四月バカネタと被ったのは偶然です(その日より前に決めてたので)
友奈が朱音に料理の弟子入りをしてから数日が過ぎた、休日。
神樹に召喚された勇者たちの住まいともなっている寄宿舎の自炊用キッチンの一角では、今日も二人の料理教室が開かれていた。
「朱音ちゃん、そのポータブルテレビって」
「まあこれは一旦置いといて、ランチも兼ねた今日のメニューはこれだ」
葡萄色がかった黒髪ロングをアップで纏め、黒のタートルネックにジーンズ、その上にエプロンとシンプルながら、マリアや奏に負けず劣らずの八頭身なプロポーションを、意図せず却って引き立て魅せる格好な朱音は、友奈に今日調理するメニューの載ったリスト――
・シンプルにスライスしたフランスパンのトースト
・ミートボールスパゲッティ
・オニオンスープ
・気まぐれサラダ
・抹茶プリン
「って、どうした友奈?」
――を見せて説明していると、少ししゅんとしている友奈の様子に気づく。
「あ~ごめん、昨日麺類だって聞いた時、ついうどんかもと期待しちゃって」
「うどん県民のお一人なら無理ないから気にしないでくれ、でも、日本国外の麺類だっていけるもんだよ」
生まれも育ちも日本屈指のうどん県な勇者部創立メンバーの一人な友奈にとって、麺類と言えばうどん、これは生涯絶対に揺るがぬ節理であり、朱音もまだ決して長くはない彼女たちの付き合いの中で、彼女たちの県民性を重々承知していた。
「まあいずれうどんも取り上げるさ、領土を取り戻していけば、他の地域のうどんだって取り寄せられるしね」
「うわぁ~~それは楽しみだな、朱音ちゃんならどんなうどんでも美味しく作れそうだよ♪」
期待に胸を膨らませつつ、友奈は改めて今日のラインナップを反芻し。
〝あれ?〟
一つ、気がかりが過った。
「どうした?」
「今日のって、デザートも付いてたよね?」
「ああ、そうだが?」
「この間クッキー作った時みたいに、牛鬼に食べ――」
と、ここまで言いかけたところで、向かい合う友奈と朱音の間を、高速で飛ぶ何が横切り、友奈の言葉は中途で途切れてしまう。
「ぎゅ、牛鬼!?」
その飛ぶ何かとは――いつもより慌てふためく様子で調理場の宙を飛び回る牛鬼だった。
友奈は偶然自分の方へと向かってきた牛鬼をキャッチすると。
「うへっ!? 牛鬼どうしたのその口!?」
なんと牛鬼の口周りはたらこかってぐらい腫れあがって、昔中学の頃、あるトラブルで東郷に縄で吊るされおしおきを受けた時を思い出させる涙目となっていた。
「(友奈、このミルクセーキ飲ませてあげて)」
「トトちゃんありがと」
トトからミルクセーキの入ったコップを受け取った友奈は、牛鬼に飲ませてあげる。甘味で大分口の腫れが引いた。
「すまない友奈……」
「へ? なんで朱音ちゃんが謝るの?」
「実は冷蔵庫にちょっとした〝つまみ食い対策〟のトラップを張っておいたんだ」
「トラップ?」
とりあえず調理場に設置されている冷蔵庫を開けてみると。
「これに入ってたのって、プリン?」
デザートが入ってたと思われる、食われた痕跡が残るガラス容器があった。
「そうだ、でもただのプリンじゃない、わさびのエキスをたっ~ぷり入れた特性激辛プリンだ」
「ええ!? じゃあ牛鬼ってばこれをつまみ食いして」
「ああ、この前の対策と――〝お仕置き〟も兼ねて、おみまいしてやったのさ」
ニコリとした顔で、〝お仕置き〟の部分をやけに強調して
数日前、その日はクッキーを作っていたのだが、当初はみんなに配ろうと多めに作っていたところ、食いしん坊の牛鬼によって大半がの胃袋に吸い込まれてしまい、かつ膨れた腹からのゲップまで零される事態に見舞われた。
苦杯を舐められた朱音は、次もこうなる可能性が高いと踏み、ならばとこちらから網(トラップ)を張っていた―――それがかの、甘さなど一欠けらもない激辛わさびプリンである。
しかも食い残しされぬよう、牛鬼が一口で食べられる量も計算して。
そうとも知らず牛鬼は、二人が会話している間こっそり冷蔵庫内で実体化し、置かれていたプリンを食べてしまい、朱音からの逆襲をまんまと受けてしまったわけである。
トトが渡したミルクセーキは、引っかかった場合のフォローとして一緒に作っておいたものだった(万が一プリンを食う前に飲まれぬよう、朱音の部屋の冷蔵庫で保管し、精霊の移動能力を生かし、ほぼ一瞬で調理場まで持ってきた)のだ。
「あはは…」
友奈自身、相棒の暴食(グラトニー)染みた大食漢っ振りには幾度となく泣きを見て手を焼かされてきたのもあって、朱音の策謀による逆襲を責める気にもなれず苦笑いするしかない。
「さて、牛鬼く~ん♪」
しかし、朱音はこれだけで終わらせるつもりもない。
友奈の腕に抱かれる牛鬼の前で、トトと共に両腕を組んで仁王立ちすると。
「もし今日も性懲りもなく、友奈が一生懸命作った料理を不躾に食べるようならば、これ以上の地獄をおみまいしてあげるから、その時は―――覚悟しなさ~い♪」
全身の佇まいとは正反対の晴れやかな女神の如く、しかし、悪魔の如き凄まじく底冷えする威圧さで最後通牒(アルティメイタム)を突きつけた。
「朱音ちゃん……なんでおひさまみたいな笑顔なのに……そんな、怖いの?」
これには友奈も、下手するとノイズやバーテックスを相手にしてきた以上に、怒った時の静音を目の当たりにした時以上に顔が青ざめ。
あの牛鬼すら、戦慄でガクガクと震えあがり、今までになく号泣するほどであった。
友奈たちが中学時代の頃、東郷が腕によりをかけて作ったお重三段分の、友奈曰く讃州一を讃えるほどの美味なぼた餅を全て食べ尽くして、縄で括られ吊るされたあの時以上の恐怖が、神々の眷属の端くれに襲いかかっている。
牛鬼からは、朱音とトトの背後に、映画で言えば朱音はG3のガメラ、トトは先代のアヴァンガメラが浮かび上がる幻が見えており、その二体から口からいつでも火球を放つ気満々な笑顔を向けられていた。
「いいね?」
コクコクッ。全身を震撼させたまま、牛鬼が頷く。
すると一変、周囲を支配していた朱音から発せられる冷感な空気が、瞬く間に消え去り。
「よし、いい子だ」
最初に下顎、次に頭の順番で牛鬼を優しく柔らかに撫で上げていた。
「ご馳走が全部できるまでは、しばらくこれで賄ってね」
と、ポケットからビーフジャーキーを取り出し、差し出す。
それを頬張った牛鬼は、コクリと頷くと、珍しく自分から姿を消して、友奈の変身用端末に引っ込んだ。
(あ、あの牛鬼をてなずけるなんて……)
勇者たちの精霊一、奔放で友奈も手を焼かせる可愛いけど問題児でもある牛鬼を手懐けた事実に、友奈は口を開けたまま瞳をパチパチと驚嘆させられ、今はは元が付くとは言え、かつて神様――守護神ガメラであった風格を朱音から感じさせられるには充分であった。
「さてと、気を取り直して実際に作る前に、百聞は一見に如かずと言うことで、まずは失敗例をご覧頂くよ」
「失敗例? あ、それで今日はテレビ持ってきたんだね」
「sure(そうさ)」
朱音はポータブルテレビの電源を点けて、予め付けていたSDカードに入っている動画を再生させた。
「あれ? これって………『土曜ドーでしょう』?」
動画の中身は、西暦の二〇世紀末に最初に放送されてから約三〇〇年以上も経った神世紀の時代でも未だ人気の衰えず再放送されている、西暦時代のローカルバラエティ番組だった。
「ただオーロラ見る為だけに、わざわざア○スカの北極圏に向かう回があるんだけど」
朱音は友奈に見せたい場面へと動画をスキップさせた。
出演者たちがアラスカに向かう道中の夜、レンタルしたキャンピングカーでその一人のタレント――山泉涼が料理を振る舞っているのだが……。
「一品作るのに四五分!? その間に風先輩は肉ぶっかけうどん十杯は余裕で食べちゃってるよ!」
「風部長の大食漢はそこまでなのか……犬吠埼家のエンゲル係数が心配になってくるな、樹の印税の大半は食費につぎこまれてるんじゃないのか?」
「あはは、さすがにそこまで切迫してないって」
なんて風の食いしん坊な話は置いておいて。
まだ素人の友奈も驚愕するくらい、恐ろしく……そのタレントの調理の手際は、最悪だった。
無駄にこだわりは持っているくせに、調理進行は複数並行できずグダグダとしか言いようのない、滑らかかつ手早くからはほど遠い鈍重具合で、プロ及び朱音や風クラスなら一〇分もかからない前菜一品を作るのに、尺が九〇分の長編映画の半分も費やす有様だった。
「やっとスパゲッティに入ったね」
「ここからが本番だ」
調理開始から二時間以上過ぎ、ようやく主食のスパゲッティに入った。
「ねえ、パスタとソースって、あんまり一緒に作らない方がいいよね?」
「ああ、よほど手慣れてないとお勧めしない」
――上に、予め朱音から提示された調理五箇条にも反していることである。
「ねえねえ、あのボールに入ったパスタをこのまま放っておいたらどうなるの?」
「それは見てのお楽しみ♪」
「ほぇ~~……」
先にパスタがゆで上がってしまい、大慌てでフライパン上のソースを作り込むも、時間は無情に経過していき。
『パスタ入れます!』
とタレント宣言して、ようやくできたソースにパスタを入れた瞬間。
「えええぇッ!?」
友奈の顔は、牛鬼みたいな顔つきの驚愕顔となった。
「『な――なんでそんなに増えちゃったのォ~~ッ!?』」
奇しくも、劇中の出演者と友奈が、同じリアクションで同じ言葉をぴったり重ねた。
半ば放置されていたパスタはすっかり水分がほとんど蒸発し切ってドーム状にまで膨張、肥大化し、とても麺全てにソースを手早く絡めさせるのは土台無理な状態に陥っていた。
そんなこんなで何とか完成、番組内の時間、午後一一時半くらい。
「み、見た目は美味しそうだね……」
「あくまで見た目は、な」
ソースの味自体は好評だったが、案の定、水分が逃げ切ってのびたパスタはその旨味をプラマイゼロにするまでに大不評であった。
「パスタにやうどん、ひいては麺類に限らず、調理手順手際を間違えた料理が、それを食べる者にどう牙を向くか、改めて分かってもらえたかな?」
「う、うん……美味しい料理のストライクゾーンって、結構狭いんだね」
「お、そう言えばグランパも似たようなこと言ってた、『料理のストライクゾーンはベースボールのより遥かに狭い、だからこそ、日々料理に悪戦苦闘する料理人は全て偉大であり、自ら美味い料理を創作した料理人たちはもっと偉大なのさ』だってね」
せっかくなので、その場面を最後まで見る二人。
他のレギュラーたちから料理の大ブーイングを受けて、盛大に逆ギレする山泉涼に、朱音も友奈も、これまた盛大に大笑いで鑑賞していた。
反面教師としてこれ以上になく相応しい失敗例を鑑賞中の二人を、窓越しに遠間のビルの上でまるで狙撃手がスナイパーライフルを構える体勢かつ、悔しさでぐぬぬと歯ぎしりしながら泣きそうにすらなっている状態で、耳に付けたイヤホンから二人の会話を〝盗聴〟しつつ、双眼鏡で眺めている黒髪の大和撫子が一人。
誰なのかは……まだ言わないでおこう。
てか言わずとも分かる筈だ。
「さあ、今日の調理を始めようか」
「はい!」
さて、今宵の朱音が先生、友奈が教え子なマンツーマンの個人調理実習の幕が上がる。
なんてことないことだが、後にこの光景を見たアニメオタクな板場弓美からは――
〝どこの、新○姉妹の二人ご○んよ〟
と、二人は親の再婚で姉妹になった二人の少女が料理を通じて交流を深めていくグルメ漫画の主人公たちに比喩されることになる。
・抹茶プリン
「抹茶が、大さじ一杯……」
まず朱音が書いたレシピに書かれた材料の分量をそれぞれ小皿に入れ、耐熱使用のボールに入れて温めた砂糖入りの牛乳に入れ、かき混ぜる。
「私、実はプリンの黄色ってカスタードだと思ってたんだ」
「カスタードか、正確にはプリンは卵とミルクと砂糖を混ぜたカスタードの塊だから、間違ってないな」
混ぜながら、会話も二人は交えさせる。
「でも、こうして料理を習うと、あの時作ったプリンがどれだけ間違いだらけだったか思い知らされるよ……」
「あの時?」
「中学の、勇者になるちょっと前に、樹ちゃんと一緒に徹夜でプリンを研究して作ったんだけど」
「て……徹夜だって?」
Oh―― I have a bad feeling about this.(なんか――嫌な予感がする)
内心朱音は、一晩一睡もせずプリンに打ち込んだらしい友奈に対し、英語で呟きを一言、零し、冷や汗を一滴額から流した。
そして、案の定と言うか……友奈の説明を聞いても、とてもそれがプリンとは思えず、形容しがたい謎めいた物体と言う、ク○ゥルフめいた表現(イメージ)しか浮かばず。
「黄色っぽさが足りなかったからってウコンを入れて、カラメルの茶色っぽさを出そうとして魚醬(しょっつる)も入れちゃって、ほんと……〝なせば大抵なんとかなる〟って舐めてたあの時の私っておバカだったよ」
「Bless……my soul…(なんて……こったい…)」
これには朱音も、翼から初めて部屋を片付けられず整理整頓は緒川に任せきりな彼女の悪癖を聞いた時並みに……引いていた。
プリンを作る為に、ウコンにしょっつるなど、まさにベストならぬワーストマッチである。
「それはまた……典型的メシマズ理論だな」
「だよね……」
苦笑し合っている内に、良い具合に混ぜ切ったので、レンジで温めたゼラチンを入れて再びかき混ぜ、さらに生クリームも入れてかき混ぜて、氷水で冷やし。
「通常は六時間だけど、この冷蔵庫の瞬冷スペースを使えば、二時間で固まる、その間に主食たちを作るぞ」
「おーっ!」
・気まぐれサラダ+フランスパンスライス+コンソメスープ材料切り。
名前の通り気まぐれなので、洗った野菜たちの内。
レタスは手で破って千切り。
「そう、翼が刀で敵を斬るように、稲妻を描く感じのジグザグで、垂直に引き切っていって」
トマト、パプリカ、アボカドを切り。
紫キャベツをみじん切りにして、それらもボールに入れて気まぐれに混ぜ合わせ、それらも冷蔵庫に入れ、続いてコンソメスープ用のニンジンと玉ねぎ(ミートボール用込み)を切る。
「チンするだけでこんなに切りやすくなるなんて知らなかったよ」
硫化アリル対策で、レンジで温めていたので、目が染みることなく友奈は、朱音からのアドバイス通り、トントン音を鳴らさない(玉ねぎのせっかくの旨味を壊してしまうので)加減で細かく切り刻む。
既に野菜の切り方はレクチャーされていたとは言え、中学の頃の料理音痴が嘘のように、友奈は片手を猫の手で食材を切り捌いていた。
これだけでも、あの頃の調理音痴だった彼女とは違うと窺える。
「でもこのフランスパンは固くて切りにくそう……」
「でもないぞ」
「ほえ?」
「逆さにして底から切ればいいんだ」
言われた通り、逆さまにして包丁を入れると。
「ほんどだ! すご~い!」
硬そうな外見から想像できないくらい、さくっと綺麗にスライスできて友奈は簡単だけに感嘆の声を上げたのだった。
「ぐぐっ……」
出歯亀+盗聴している黒髪美少女は、悔しさで唸り染みた奇声を上げた。
・ミートボールスパゲッティ
そして、いよいよ本命に入る。
まず本命の顔である、パンチェッターーバラ肉付きミートボールから。
挽肉に混ぜるバラ肉を二人一緒でギリギリまで細切りし。
刻んでおいた玉ねぎを弱火のフライパンで、飴色になるまで軽く炒める。
ソース用に玉ねぎとパプリカの一部をミキサーでさらに細かく、すり大根くらい刻んでおき。
小皿にミルクとパン粉を混ぜ。
ボールに入れてある牛ひき肉に、バラ肉、卵、玉ねぎ、パン粉入りミルク、胡椒、オレガノスパイス、シーニングソルトを入れた。
「友奈、牛鬼を呼び出してくれる」
「う、うん」
朱音の荒療治(おしおき)込みの躾が利いたのか、ビーフジャーキーと同じ牛肉を前にしても勝手に出てこない牛鬼を、端末で呼び出した。
「牛鬼、頼みがあるんだけど、このひき肉をコロコロしてくれたら、ビーフジャーキーをもう一枚あげよう」
当然、ぶら下げられた好物を前に、牛鬼の瞳は煌めき、口の中は唾液が溜まった。
「でも、条件もあるよ、さっきも言ったが料理が全部できていただきますをするまでは、一口でも食べないこと、でないと―――恐ろしいことが起きる」
友奈と牛鬼は、朱音の含みは感じられても意味まで読み取れない言葉に、頭をかしげて?顔となる。
「実は生肉には、君のような精霊にとっても恐ろしいばい菌がいてね、この世界でも神樹様はそのばい菌までも再現してしまってるんだ、うっかり口にすれば………君のお腹の中もそいつらが大暴れしてぐちゃぐちゃにされ、耐え難い苦痛に苛まれることになる、つまり―――好物が、食べられなくなると言うことだ」
朱音の言わんとしていることを理解したらしい牛鬼の額が、ショックで一気に青味掛かって。
〝NOoooooooo―――――!〟
と、叫びそうな、両手で両頬を押し付けた。
「さ、○び!?」
リディアン分校の美術の教科書にも記載されているかの北欧の画家の代表作の如き形相となり、縦線までも流れ、羽ごと全身が震えて、滞空もおぼつかなくなる。
「一度ばい菌がお腹に入れば、当分はどんな大好物でも、食べたいのに苦しみで食べることができない、長ければ……数か月はそんな地獄が続く、君もそんな目に遭いたくないだろう?」
コクコクッ。
顔を青くして震えたまま、頷き応える。
「(そしてそうなっちゃうと、腹痛で精霊のお役目たる勇者のサポートも碌にできなっちゃう、牛鬼だって友奈が必死に戦っているのに、自分だけ布団でお寝んねしたくもないでしょ?)」
コクコクッ。
トトからの言葉にも頷く。
日常では奔放なやんちゃ坊主である牛鬼だが、いざ戦闘に入れば精霊の本分たる、勇者のサポートと言うお役目をきっちりこなすプロフェッショナルな一面もある。
友奈たちとの毎日の一番の嗜好(たしなみ)――食べることがままならなくなるどころか、お役目――神樹様の眷属たる自らの存在意義すら揺らがすことになりかねないとあっては、いつものマイペースで見過ごせるわけがなかった。
「だから、君の牛肉(こうぶつ)に限らず、作ってる途中の食べ物は、うっかりでも口にしないように、これを心がけて手伝ってくれるなら、このビーフジャーキーもう一枚をあげる、分かった?」
コックリ。
「よし、はいどうぞ」
パクッ、モグモグ。ともう一枚を口で受け取りそのまま食べた。
「今の決まりを最後まで守り切って手伝ってくれたら、ジャーキーさらにもう一枚あげるからね」
キラキラッ☆彡
「じゃあその前に、石鹸も込みで手もしっかり洗ってくるように、トトもだよ」
「(は~い♪)」
コクッ♪。
二体の精霊は意気たっぷりに挙手。
朱音に言われた通りトトと牛鬼は、近くのシンクで石鹸も使って自分の手を洗う。
(はっ、ただ見てるだけじゃダメだ、園ちゃんみたいに参考にメモっておこう)
一度ならず二度までも、飴と鞭を使い分けて牛鬼を巧みに手懐けている朱音の弁腕をできうる限りメモしておいた。
自分も躾できるようになれば、他の精霊たちも心置きなく実体化できると気づいたからである。
「さて、挽肉(ミンチ)をこねるわけだけれども、私の場合はこれを使っている」
朱音が手にして見せたのは、予め氷水で冷やしておいた樹脂製の調理用へらだ。
「手でこねるんじゃないの?」
「手でこねると体温の熱で肉の脂が溶けて、焼く時に旨味も逃げて形崩れしやすくなるんだ、ハンバーグらミンチ料理がパサパサになる原因は大体がこれでね、だからこねる時は道具を使った方が、形も端整で美味しくなるわけ」
朱音の場合、その道具が樹脂製で柔軟性のあるへら(またはスパチュラ)だった。
「なるほどなるほど~~」
「それじゃ冷やしたこのへらでたっぷりこねてみて、冷やし直すのも忘れないように」
「はい!」
友奈は熱対策に冷やされたへらで、挽肉及び材料を混ぜ合わせていく。
歳相応に華奢な外見な反面、自身の実父からの武道、師の弦十郎からのトンデモ拳法と、そして実戦で鍛えられてきた友奈の腕力と力加減で、挽肉ら素材は、みるみる一つに混合されていった。
「うちの弟たちくらいやんちゃな、友奈さんの牛鬼をああも飼いならすなんて、あや姉さんとトト、さすがっすね……あたしも一人の姉として見習わないと」
二人の調理風景を、陰からこっそり見ている者が、他にも二人いた。
ジャージ姿の三好夏凜と三ノ輪銀(夏凜は勇者装束に違わぬ鮮やかな赤だが、銀は根っこの乙女性が窺えるピンクカラーを着ている)、同じ〝変身端末〟を持つ、二刀使いの勇者たちである。
二人は今日の午前中では二刀流同士で鍛錬を行っており、一旦小休止してシャワーを浴びた後に調理場の近くまで寄り、調理中の友奈たちを偶然目にして、こっそり模様を拝む格好となっていた。
「………」
感心している銀をよそに、夏凜はと言えば……何だかむすっとして普段より遥かに無口となった顔に、〝面白くない〟とそう主張しており、朱音と楽しく料理を作っている友奈の笑顔を見つめている。
「夏凜さん、もしかして羨ましがってるんですか?」
「べ、別に羨ましがってなんかないわよ!」
などと、これはまたベタベタのツンデレな言い返しを、あからさまに赤面したツンデレフェイスで銀へと言い放った刹那。
「ならこっそり見てないで堂々と入ってくればいいじゃないか、銀、夏凜」
「うわっ!?」
夏凜と銀は目ん玉大きく見開いてびっくら仰天。いつの間にか朱音は二人の目の前に立っていたからだ。
「あや姉さん、いつからあたしらのこと気づいてたんっすか?」
「割とのぞき見し始めた頃かな」
牛鬼に手伝いを頼んでいた時から覗き見ていたのだが、朱音にはその時点で気取られていたのだ。
「自分の気配をコントロールするのも兵法の内だよ、銀君」
「筒抜けでしたか、面目ないっす……はは」
「あ、夏凜ちゃんに銀ちゃん♪」
少し遅れて、友奈と浮遊している牛鬼が調理場から同時にひょっこり顔を出した。
「二人とも鍛錬の帰り?」
「まあそうよ、午後から続きをするつもりだけど」
「そうだ、せっかくだしミートボール作りを手伝ってくれないかな? スタミナ補給も兼ねてのご馳走もするから」
「ええ!? いいんっすか!? 喜んで手伝わせて頂きます」
「ちょっと! 私たちまで……なんでよ?」
大喜びを見せて承諾した銀と、ちょっと戸惑い気味の夏凜と、実に好対照な反応を見せるお二人。
「ただ空腹に耐えながらランチまで待っているのも芸がないだろう? それにこのミートボールの生地を練ったのは友奈だよ」
「え?」
「そうだよ! せっかくだから一緒にやろう! 夏凜ちゃんのこねたミートボールも食べてみたいし♪」
「ゆ……友奈……」
生地を練ったのは友奈と言う事実。
その友奈からの熱烈な呼びかけに、頬を赤らめた彼女は、数秒の葛藤を経て。
「しょ、しょうがないわね……友奈がそこまで言うなら……て、手伝ってあげないことはないわ」
「わ~いやった♪」
表向き渋々な感じに徹しようとしているが、明らかに喜んでいる口元を見せる夏凜も了承した。
ほれそこ、友達(ゆうな)からの押しに弱いツンデレな夏凜のことを間違っても〝チョロい〟などと言ってはいけないよ。
「あや姉さん、友奈さん相手じゃ夏凜さんは絶対断らないと分かってて提案したんじゃ……」
「さあ、どうかしらね、銀君のご想像に任せるよ」
銀からの小声で投げかけられた質問に、朱音は人差し指を口元の端に添え、ティーンエイジャー離れした母性的にして小悪魔な微笑ではぐらかした。
「スプーンで適量を取ってこねる時はビニール手袋を使って――」
まず朱音が三個、生地を丸めて。
「――大体この大きさを目安で丸くさせてね」
「分かりましたあや姉さん」
お手本を見せる。
(お、大きさが全く一緒!? しかも綺麗……卓球のボールみたい)
(朱音もやっぱり、東郷と風クラスの逸材ね……)
スプーンも使っているとは言え、丸められたミートボールは、目視する限り三個ともほぼ全く同じ大きさで、綺麗にピンポンボール状にさせた朱音の手慣れた手際に対し、身近に料理の達人がいる友奈と夏凜は瞳をパチパチとし、改めて舌を巻いていた。
朱音、友奈、夏凜、銀の四人と、トトと牛鬼の精霊らで、生地を丸めていく。
牛鬼の食欲を見越して多めに材料を揃えていたので、この人数で丁度いいくらいだった。
幾分か経つと、サラダボール内にあった生地は、人それぞれ精霊それぞれが現れた多様性たっぷりなミートボールたちになっていた。
そして、いよいよ焼く。
「まずオリーブオイルを、大さじ――」
フライパンの上にオリーブオイルを撒いて広げ、弱火で熱したところで、ミートボールたちを入れて、強火で焼いていく。
「焼き色がついて、弾力が出て固くなってきたらOKだったよね?」
「ああ」
友奈は手に持つ箸で裏返すと、丁度いい焼き目が肉に刻まれていた。
弾力がついてきたところを見計らい、ボールを一度お盆に移した。
「量が多いから、ソースはフライパンの代わりに鍋を使うよ、パスタ用の鍋にも水入れて沸騰させておくけど、友奈はソースに集中して」
「うん」
鍋の上にオリーブオイルを敷き、ニンニクペーストとミキサーで刻んだ玉ねぎパプリカの混合物、アクセントに辛し唐辛子を少々入れ、色が変わるまで炒める。
香りも出てきたところで、缶詰のトマトソースを入れて混ぜ混ぜ。
バジルパウダーに砂糖、塩胡椒、ウスターソースを入れ、中火で煮込み、焼いたミートボールを入れてソースに絡ませ、蓋をして暫く弱火で蒸し焼きに。
ここからが問題のパスタ。
既に沸騰した湯水に、友奈はパスタを入れ、朱音が設定しておいたデジタルのキッチンタイマーを押す。
「必ずタイマーに合わせて茹でるように、プロほど器具の力をお借りするものだから、長泉さんの言ってた『料理人が使う時計は体内時計で充分』なんて言葉は、机上にもならない戯言だと思いなさい!」
「はい!」
実際体内時計に頼った惨憺たる結果を目にしている友奈は、心して応じた。
「あの二人は何を言ってるの?」
「多分、土曜ドーでしょうってバラエティのことだと思います」
数分後。
タイマーのカウントダウンが終了すると同時に、パスタをザルボウルに入れ、素早く水を切り。
絡めやすいようまた一度ミートボールが取り除かれたソースに放り込み、トングで麺を染め上げていき、再びミートボールも入れた。
「よしその調子♪」
「美味しそう……」
「ちゃんと手順守って器具使うだけでも全然違うでしょ?」
「全然違うね、これ作ってるのが自分なんて信じられないくらいだよ」
うどん派で自ら作っている友奈も、食欲をそそるほどのでき具合になっていた。
友奈がスパゲッティに集中している間に、朱音はコンソメスープと作り、刻んだフランスパンをオーブンで焼いておいたので。
完成!(ド~ン♪)
寄宿舎の食堂スペースの一角で。
「すご~い、ル○ンと次○が食べてたのそのまんまっすね」
「「「いただきます」」」
朱音の手で均等に分けられた料理たちを前に、友奈たち合いの手をして、ランチを取り始めた。
「どう? 夏凜ちゃん、銀ちゃん……」
「美味しいですよ友奈さん! お肉もすんごいジューシーで、トマトが苦手なうちの弟もバクバク食べれちゃうくらいです」
「パスタも結構いけるもんね………美味しい」
二人の評判は上々。
グッドッ!
牛鬼からもサムズアップで讃えられた。
「でも朱音ちゃんのレシピとご指導のお陰でもあるかな……」
「前にも言ったがそんなことないさ、着実に友奈の腕前は上がっている」
「そうよ友奈、完成型勇者(このあたし)の舌もうならせるんだから、どぉーんと自信持ちなさいよ」
「あ、ありがとうみんな♪」
ちゅるり。
「うん、美味しいね♪」
友奈の満面の笑みで食卓の温かみが増す中、彼女たちはランチを堪能するのであった。
つづく?