GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~EXTRA~:番外編&コラボ外伝集 作:フォレス・ノースウッド
夏真っ盛りに始まった、造反神との戦いから約一年。
神樹様の結界内では、二度目の夏が訪れていた。
言うなれば仮想世界そのものと言える結界は、神々が現実そっくりの精巧に作り上げたとあって、日本の夏の光景もまた本物同然。
香川県讃州市内においても、鮮烈過ぎる白銀の陽光、瀬戸内海の上空に流れる鮮明で濃い目な青が広がる蒼穹、そこに流れる巨大な入道の雲海たち。
ゆらめくほどの熱気に湿気を高密度に抱えたまま漂い、時にそよそよと微風となって泳ぐ大気。
生い茂る緑たちたちから、誰も彼も我先にとばかり盛大に鳴き轟かせ、歌い続ける蝉たち。
とまあざっと述べるだけでも、実に日本の夏らし~い暑~い夏模様が描かれていた。
今日は休日なこの日も青い炎天の下な讃州市内にいくつかある、ドライバーがドライブの疲れを癒す道の駅の一つである『はまとよ』では―――。
「「「はぁ……」」」
北海道出身の勇者――秋原雪花。
長野諏訪出身の巫女――藤森水都。
東欧出身の装者――セレナ・カデンツァヴナ・イヴ。
この三人が、猛暑対策で降り注ぐミストシャワーの涼風を浴びつつ、アイスキャンデーを頬張りながら、口から流れる生暖かいため息を宙の熱気と同化させていた。
この三人が今日揃って行動する発端は、数時間前に遡る。
SONG本部の潜水艦内のキャットウォークの一角にて。
「行かないって言ってはみたけど……やっぱ楽しそうだよね」
「ちゃんと練習しておけばよかったな……」
雪花と水都の二人がちょっと前までブリーフィングルームで上がっていた話題で溜息交じりにトークしていた。
その話題とは、興奮冷めやらぬ銀から、讃州市内に新しくオープン予定のプール場。
あっと言う間にオープン当日にみんなで行こうと言うことになったのだが、本日の交流会の参加メンバーの中で、プールのお誘いを自ら一度は断ったのが、この二人。
雪花は今まで本格的に水泳を習った経験がなく、水都も得意と言えない運動の中で最も水泳が苦手、であったのだ。
しかも例のプールは、足がつくかつかないかの深さらしく、それを聞いた彼女たちはより身構えて遠慮がちになってしまっていたからだ。
しかし、困ったことに〝やらない〟と表明したらしたらで、悔いでできた感情の杭は、心に突き刺さってくるもので。
少し時間が経って、プールイベント当日に参加した皆の姿を想像した途端、二人の心中はすっかり未練たらたらとなっていた。
「あの……」
「お、セレナっち、どったの?」
そこへ、讃州中学の夏服も様になっているセレナが二人に声を掛け。
「よかったら三人で、泳ぐ練習をしませんか?」
渡りに船とばかりの提案を、投げかけてきた。
かくいうセレナも、一度はプールイベントの参加を渋った一人だった。
東ヨーロッパの、民族紛争吹き荒れる辺境の地にて生まれたセレナは、姉のマリアとともに難民として幼い頃より戦火を渡り歩き、アメリカの聖遺物研究機関《F.I.S》にて身柄を拾われてからも、無機質な部屋に閉じ込められてきた、実質籠の鳥。
こんな境遇を送ってきたゆえ、セレナは水泳の経験どころか、海を見たことさえ、神樹様の導きで結界(このせかい)に来るまでなかったのだ。
海に限らず、水中に飛び込んで泳ぐこと自体、戦地の炎が身近だった彼女にしてみれば未知の世界であり、一度は逡巡したが………ほどなく、その未知なる世界と、この世界でできた友、仲間たちとともに楽しみたい衝動が勝り、思い切って雪花と水都に声をかけてみた――と言うわけである。
「やっぱり私も、泳いでみたいんです、この世界で出会えたみんなと一緒に」
「そっか……泳げないなら、泳げるようになればいいんだよね」
「うん、そうだよ……私もうたのんと一緒に、泳げるようになりたい」
セレナの勇気がきっかけとなり、二人も泳げるようになりたい願望と、それを実現させる為の活力が漲ってきた。
「泳ぎが上手な人に習えば、まだ間に合うかもしれないもんね」
「それなら善は急げ、その上手い人にご指南して、鍛えるとしますか」
「うん!」
「はい!」
あの後一旦寮に戻って私服に着替え直して再集合した三人は、プールイベント当日までに、水泳の技術を会得する為に、まずはその〝泳ぎの上手な人〟へ弟子入り志願し、ご教授を受けることにしたのだったが………その相手を探すのは、意外なほどに、困難に見舞われた。
最初に当たってみたのは、沖縄出身の勇者で、日頃海中を泳ぐことの多い棗に頼んでみたのだが――。
「そうだな……一番大切なのは、まず海に感謝すること、正月に酒をまき、春には舞を捧げて―――」
「あの……夏が終わってしまいます」
「できれば、一週間くらいでちゃちゃっと上達できる裏技みたいなの……ないですか?」
「それなら……魚たちと心を一つに」
棗の水泳の心得は、初心者の三人にはちと上級者過ぎた為に、撤収。
次に――。
「結城さんや土井さん、高嶋さんに立花さんはどうでしょう?」
「確かに四人とも運動神経抜群だし、良いかも」
「あ、水都ちゃんにせっちゃんにセレナちゃ~ん♪」
友奈と球子に当たってみようと海岸線を歩いていたところ、噂をすれば何とやら、丁度その四人の内の二人――結城の方の友奈と球子とばったり鉢合わせたのだが……。
「今すっごいもの見ちゃったの! 聞いて聞いて!」
「あれはびっくらタマげたよな~~出前中だった蕎麦屋のバイクが、バーン!となってワァー!と思ったらさ!」
「反対側から猫さんがシャーと出てきて、出前のおじさんがひょえー!とハンドル回したら、ギュイ~ンと来てどわーってなってもうウィリーでね!」
「凄いだろ? 三人にも見て欲しかったよな~!」
友奈も球子も、頼まれたら得意分野だけあって熱心に応じてくれるだろうが、彼女たちが見たあっと驚いた光景の説明を聞くだけでも、フィーリングたっぷりの擬音だらけでさっぱりどんな状況だったのか、聞く雪花たちからはほとんど分からない。
せいぜい二人の口振りから、出前中だった蕎麦屋の店員はアクシデントにこそ見舞われたものの、幸い怪我は一つも負わなかった程度ぐらいしか汲み取れなかった。
響も高嶋の方の友奈も一緒にいたら、同様の擬音だらけの表現となっただろう。
かの四人では、人にものを教えるのにはお世辞にも向いていない………その事実を突きつけられ、断念。
そこから偶然通りかかった道の駅で一旦小休止することにしてアイスキャンデーを買い、ミストシャワーが吹くベンチに腰掛けて、アイスの冷たさで暑さを凌ぐ三人は、先の溜息を吐くに至ったのだった。
「次は上里さんと伊予島さんに頼むのはどうでしょう? あの二人なら丁寧に分かり易く教えてくれそうですし」
「でも水泳って……結構体力使うスポーツだって聞くし」
余り運動が得意と言えない方々に頼むのも悪い気がしたため、教え方が上手そうなひなたたちに教えを請う案も却下となった。
「はぁ~……どこかに良い指導者がいないかにゃ……」
「考えてみればそんな人が都合よくいるわけ――」
すると――。
〝~~~~♪〟
どこからか、切なくも心にしっとりと響いてくる、街から街へ絶えずさすらい続けるメロディを奏でる、口笛とアコースティックギターの音色が三人の耳に聞こえてきたかと思うと。
「HI(やあ)♪」
聞き覚えのある、滴る水のような澄んだ声がしたので、振り返ってみると。
そこには、つばが広めのストローハットを被り、ラウンド型のサングラスを掛けた朱音と、彼女の肩に腰かけ、同じくサングラスを掛け、朱色のアロハシャツを着てギターを携えた精霊トトのガメラコンビ、なお二方がいた。
「奇遇だね」
サングラスを外して、隠れていた翡翠の瞳が雪花たちを見つめる。
さっきのメロディを鳴らしていたのも何を隠そうこの二人で、朱音は口笛を、トトはギターを担っており。
そうして当然と言うべきかそのメロディは、さすらいの風来坊な光の巨人が、よく愛用のハーモニカで弾いている曲であった。
「朱音さん……はっ!」
その時、三人の脳裏に眩い閃きが走った。
「「「いたぁぁぁぁぁぁぁっーーーーー!」」」
「ど、どうした急に?」
いきなり絶叫を上げた三人を前に、さすがの朱音もたじろぐ様子を見せたのだった。
道の駅『はまとよ』構内にある食堂にて、丁度ランチな時間帯だったのもあり、一同は朱音の奢りで券売機から注文を取り。
「「「「いただきます」」」」
全員分の料理が来たところで、昼食を取り始めた。
ここも香川県の一角ゆえ、利用者の大半の県民は当然うどんを選ぶのだが。
「藤森さん、なんとお見事なすすり音」
「いつもこれぐらい鳴らして美味しそうに食べるうたのん見てたら、自然と覚えちゃって」
「信州のお蕎麦さん、おそるべしです……いつかマリア姉さんと一緒に食べたいな」
「長野の土地も全部取り戻したら、是非マリアさんと一緒に食べるといいよ」
「はい♪」
諏訪生まれで蕎麦にうるさい親友を持つ水都と、今や蕎麦好きとなっている姉を持つセレナはざるそばセットを選び。
北海道生まれの雪花と、国外通り越して異世界来訪者な朱音は――。
「朱音さんってば、この暑いのによくそんな熱々ラーメン食べれるよね」
「クーラーがひんやり利いた店内で食べる熱いラーメンも、悪くはないよ」
こちらも景気よく響く麺のすすり音。
「それにこのうどんに負けないこしの良い麺、ホットなスープが私には丁度いい」
「はは、暑さが苦手な北海道民には到底真似できないにゃ……」
現状勇者部内で数少ないラーメン派である二人は、夏の定番料理の一つな中華そばと、うどん県な香川県民の舌もうならす讃岐ラーメンをそれぞれ選んでいた。
「それにしても朱音さん、今日の交流会の後、何してたんすか? いつものデッカいバイクでツーリング?」
デッカいバイクとは、朱音がこの世界でも愛用する大型クルーザーバイク、ワルキューレウイングF6Dのこと。
「それもあるが、静音に頼まれて、一部の神社の〝浄化の儀〟が綻びてないか、念には念を入れた見回りに行ってたのさ」
浄化の儀。
簡単に説明すると、造反神の侵略から奪還した土地を再度奪われ難くする為の為の対策の一環で施す〝おまじない〟の様なものであり、この一年、こちら側の領土が勇者装者たちの奮戦によって拡張されていくごとに、執り行われてきた儀式だ。
朱音も巫女の資質保有者だけあり、幾度もその儀式に直接携わってきた身だ。
さすがに彼女一人で全てをカバーし切れないので、特に神樹様とレイラインの結びつきが強い地区に絞って見回っており、道の駅へは昼食込みの休憩で立ち寄り、雪花らと鉢合わせたのだ。
「あの……状況はどうでしたか、私儀式の時必死で頭が一杯だったから、ちゃんとおまじないが機能しているか心配になる時があって……」
「その心配な気持ちは忘れちゃいけないけど、今のところはご無用だよ水都、君の日頃の頑張りもあって、儀式の効力はちゃんと発揮されていたしね」
「そうですか……良かった」
見回りに対し、儀を執り行った巫女の一人である水都の胸に一瞬不安が過るも、朱音がそれを和らいであげる。
事実、今日ここまで見回った神社には異常も異変もなく、おまじないは正常に機能していた。
「「「「ごちそうさまでした」」」」
ランチタイムも終わり。
「ところでまだ聞いてなかったが、三人は三人で何を?」
朱音は雪花たちが一緒に行動していた理由を聞いてみる。
実のところ朱音は、午前のプールの話題と、その時イベントの参加を遠慮したこの三人が一緒に行動している時点で、あらかた見当はついていたのだが、一応改めて。
「実は、かくかくしかじかで――」
詳細は、この魔法の言葉で中略させて頂く。
「なるほど、大体分かった、それでさっきは綺麗にシンクロしたシャウトを見せてくれたわけだ」
「はい、陸海空全てを制覇した守護神ガメラ様、どうか私たちに水泳の心得を」
現在のガメラ――朱音も、身体能力は高い上に、シンフォギアとしてのガメラにも飛行能力を有している為、実質今も尚、陸海空を制覇している身な彼女は。
「私は構わないよ」
気前よく了承する。
一学期の期末試験も終わり、後は夏休み本番まで平日の授業は半日で終わる為、練習の時間はたっぷりあった。
「でもこの後も見回りがあって、全部回る頃には夕方になるな……特訓は明日の朝からで良いかな?問題は、どこで練習するかだが」
「あ、そういえば練習場所のこと、全然考えてなかった……」
三人はようやく失念していた事実に直面した。
誰に指導を頼むかに頭が行き過ぎて、練習場所の確保が必須と言う肝心な点をすっかり忘れていたのだ。
「讃州中のプールはどうだ?」
「実はあそこのプール、今週の間は清掃で水を抜いてるそうなんです」
「そうか……なら他には―――あっ、ちょっと待ってて、静音に頼んでみるから」
何やら閃いた笑みを浮かべる朱音はその場で立ち上がり、テーブル前で腰かけている雪花から少し離れると、スマホを取り出して誰かと電話し始めた。
一~二分ほど経って通話を切り、満面の笑顔で戻ってくると。
「朗報だ、乃木さん家が所有している大型プールが一週間貸し切りで使えるぞ」
「「「ええ!?」」」
三人の想像を超えた、目が点にもなる驚愕の朗報が舞い降りた。
あの乃木家がどれ程の大富豪で、大赦内でも絶大な権力と発言力を有しているかは静音たちから聞かされていたこともあり、朱音が三分も満たない通話時間でその乃木家の施設を貸し切るに至らせた事実に対し、驚けないわけがなかった。
「どうやって静音さんと園子さんのパパさんママさんを納得させたのですか?」
「すまないがそこは企業秘密ってことで」
セレナたちには交渉を成功に至らせた詳細は伏せた朱音だったが、どうこぎつけたかと言うと。
〝使用料の五分の一は私の給与で、残りは園子ズの小遣いから徴収の割り勘で良いかな? トラブルメーカーな二人へのペナルティーには、丁度良いだろう?〟
とこのように、ある程度身銭は切りつつも、日頃何かとトラブルをメイクする園子たちの奇行を逆手に取った一手が静音ひいては乃木家夫妻との利害を一致させる決定打となり、ちゃっかり一週間分のプール貸し切り使用の権利をゲットしてしまったのだ。
「良いんですよね? 本当に……」
「遠慮することないよ」
「お昼もご馳走になった上に、ほんと重ね重ねありがとうございます」
「気にするな、私もウォータースライダーどころかプール自体久々だから、肩慣らししておきたかったしね」
こうしてお気兼ねなく練習できる場所を確保した四人は返却口にお皿を返し、自動ドアから食堂を後にしたが――。
〝~~~♪〟
直後、あの樹海化警報が鳴り響いた。
「もう~~猛暑日にやる気たっぷりなのは蝉だけで充分だって!」
「まあまあ秋原さん、どうか落ち着いて下さい」
北海道生まれでなくともきつい暑さの中現れたバーテックスたちに対し、不満たっぷりにぼやく雪花を、セレナが宥めた。
〝念には念を入れて見回っておいたのは正解だったな〟
端末の地図アプリを表示された朱音は心中呟く。
複数ある今回の出現場所の一つは、ここからほど近く、まさに浄化の儀を行った神社の一社から、そう離れていない地点にあった。
「ここでぼやいててもどうにもならない――行くぞッ!」
――――
「状況終了」
朱音たちは途中合流した若葉、歌野、友奈、球子とともに樹海内で対処に当たり、掃討を完了させた。
変身を解除すると同時に、樹海化も解け、讃州中の屋上に設置されたお社前で現実世界に引き戻された。
朱音はすぐさまSONGのエージェントにメールで、非常時だった為に道の駅に置いてきたバイクの回収を頼んでいると。
「そう言えば三人とも、棗さんに何やら相談していたみたいだが……」
雪花たちに質問を投げかけていた若葉に。
「それは私が説明するよ、実はかくかくしかじかで――」
当人たちに代って、詳細を話すと同時に。
「なるほど、泳ぎの特訓ですか、しかも乃木家のプールで」
「そこでなんだけど、鍛錬と農業で忙しいのは承知で、二人にも指導を手伝ってもらえないかな? さすがに三人を一週間でそれ相応に上達させるのは骨が折れそうでね」
若葉と歌野にも、指導の手伝いを願い出て。
「朱音さんからのお願いとあれば断る理由がありません、引き受けましょう」
「オーライ♪ 私もみーちゃんとエキサイティングにウォータースライダーをライドしてエンジョイしてみたかったのよね、手伝わせて頂きます」
「ありがとう、これでman‐to‐manで指導ができるな」
二人からの了解をこぎ着けた。
「何か、どんどん大事になってる気がする……」
「雪花、だからって『頭で理解してから動いた方が上手くやれる』とか言わないように」
「ひぇ! なんで見破ったの!?」
「一年も付き合っていれば君の怠け癖くらいは分かるさ、ついでにgive & takeで、特訓を乗り越えたあかつきに『徳○家至宝展』のチケット代は弾むが、どうする?」
「あらら、そう言われちゃやる気出さないわけにはいかないね……こうなりゃいっちょやってやりますわ」
少々怠け癖のある雪花へ、釘を予め刺しつつ、歴女な彼女のやる気を引き出す手を打っておくことも忘れずに。
「よし、バスも手配してくれるそうだから、明日の九時、寮の正門前に集合するように」
「「「はい!」」」」
こうして、真夏の水泳特訓の準備は整った。
翌日。
集合場所の寮の正門から、SONGのエージェントが運転するマイクロバスに乗って目的地に向かった一行に待っていたのは――。
「………」
特にセレナと水都が言葉を失って牛鬼風の目つきになるくらいの大型プールが、目の前に広がり、今日も鮮やかで瀬戸内海側には入道雲が流れる青空の下で佇んでおり。
「VSゴ○ラ一体分あるな」
「朱音さん、そこは普通に一〇〇メートルと言いましょうよ」
陽光で煌めき、たゆたう水面は透明感たっぷりの空色、まるで今日ここを使う彼女たちが飛び込んで泳ぐのを、今か今かと待ちわびていた。
一同を圧倒する大型の他にももう二つ、二五メートルのと五〇メートルのプールが置かれている。
これだけの規模の施設を、一週間貸し切りで使えるとあっては、言葉も一時失くしてしまうは無理からぬことだ。
「歌野、朱音さん、準備体操する前に一つ聞いていいか?」
「ワットゥ?」
「何だ?」
「二人が着ている水着が……私には少し、気になるんだ」
「オーこれね、水中でも農業王を目指す気概を忘れない為よ!」
ドヤ顔で胸を張る歌野はと言えば、真っ白なワンピースタイプなのだが……中央にいつも着ているTシャツ同様に『農業王』の三文字が、白舟書体の荒ぶる書体で大きく描かれており。
「私のは、この前買ってきた今年のトレンドの一つだよ」
一方朱音はと言えば、チューブブラにクロスホルダーな、彼女のスレンダーとグラマーが巧みに調和するモグラ女子なスタイルと、白磁の肌を引き立てる黒ビキニ。
今からグラビア撮影する予定と言われれば、思わず信じてしまうくらいに、オシャレにも相当気合いが入っているのが分かる。
二人とも、意味合いは真逆だが、一際夏場で人目を惹きやすい姿なのは間違いない。
「特訓とは言え、目的はセレナたちが楽しく安全に泳げるようになることだ、本格的な競泳大会に出るわけじゃないんだから、気にしない気にしない」
「それは、そうですね、気合いを入れ過ぎて危うく本来の趣旨を忘れるところでした、面目ない」
ちなみに、他のメンバーと言えば。
若葉は質実剛健な性格が反映された、水色メインに黄色のラインがアクセントなスポーツビキニ。
雪花と水都は、讃州中指定の紺色なスクール水着。
セレナもその一人と思いきや。
「セレナっち、いつの間にそんな可愛いらしい水着を」
肩周りにも腰周りにもフリルが付いた、淡い桃色柄のワンピース型の水着を纏っていた。
「この水着、マリア姉さんがこの前の休みで買ってきたものなんです、せっかくだから持ってきたんだけど、サイズがぴったりで良かった」
なんと、マリアが歌手活動の多忙さの隙間を潜って、セレナの体格を一切計測せずサイズは正確に、かつ本人の好みに合致したものを購入した代物だった。
〝なんて……姉(シスター)バカ〟
姉妹の境遇上そうなるのは無理ないとは言え、マリアのとんだ姉バカ様に驚く朱音たちだったが、まだ序の口であったとはこの時点では知る由もない。
「「1、2、3、4!」」
「「5、6、7、8!」」
さて、まず準備運動で体を慣らさせて。
「まずは水の感覚に慣れておくこと、今から三〇分、一五分の休憩を置いてウォーキング行くよ」
「「「はい!」」」
「その前に、水は無駄に力を入れて抗うと、却って体力を一気に削ってくる厄介な一面がある、そこで背筋を伸ばして胸も張って深呼吸―――してから、力を抜いたこの状態をイメージして、歩いてみてくれ」
ビギナーな三人にいきなり水深も深い大型に入れるわけにもいかないので、まずは浅めの二五メートルから、浸かった状態でプールの端をぐるりと回ること。
「はい五秒数えながら潜水!」
顔ごと潜ることも忘れずに。
なまじ単調作業になるので、集中力を適度にキープさせる目的も兼ねて、防水機能付き太陽電池式のポータブルラジオから番組を流しつつ、指導は続く。
「よし、休憩に入ろう、トト、ボックス持ってきて」
「(はいよ!)」
朱音の呼びかけで、トトがクーラーボックスを持ってきた。
中に入っていたのは。
「これイイっすね」
「うん、ほんのりと甘くて、身体にすーと染みてくる感じ」
「この甘いのって、はちみつですか?」
「そうだよ、それも嶺山直売所の特製ものでね」
「リアリィ!? 前から一度味わってみたかったのよこれ……」
氷で冷やされた、朱音の熱中症対策用手作りはちみつ入りスポーツドリンクが入った、ペットボトルの数々。
使っているはちみつも、香川県内の名のある養蜂場から仕入れてきたもので、以前朱音がツーリングで偶然立ち寄って知ってからは、毎日の朝食やデザートにも重宝しており、歌野も一目以上置いている逸品であった。
そうして合間に、朱音の特製ドリンクで体内を潤しながら、午前は水中歩きと潜水に徹し。
朱音と歌野の二人が、歌野農園で育てた野菜も使って今朝作っておいた弁当セットでお昼を取った。
まだ午後の部まで休憩時間が残っている中。
「ちょっと泳いでくる」
「え、まだ休憩中ですよ」
「実は身体が泳ぎたくて武者震いしてたものでね、よっと!」
身体をほぐし直したところで、軽快に朱音は一〇〇メートルに飛び込んだ。
そのまま水中に潜ったまま、時折顔を出しつつ悠々と、水棲生物にも、棗にも勝るとも劣らぬ軽やかだがスピーディーなフォームでプール内を、トトとともに自由気ままに泳いでいた。
「さすがガメラさんたちっスね………」
人間な現在でも健在なガメラの水泳能力に、ビギナーメンバーは感心させられている。
間違いなく朱音と棗は、この結界(せかい)に集められた勇者装者内で一、二を争うトップスイマーと言えた。
そして午後の部。
歩行を通じて、水中での身体の動かし方を覚えた次は、浮き方。
中でも基礎中の基礎な、仰向けで浮く〝背浮き〟だ。水に慣れておく上で欠かせない浮き方なのだが、だからこそ初心者には難関な代物。
「全身の力は抜いて、顎は引き過ぎず上げ過ぎず、ベッドに横たわる感覚で水に身を委ねれば」
まず教える側の三人がコツを説明しつつ実践。
ここからは、マンツーマンの個別指導方式でセレナたちに教える。
「みーちゃん、どうしても怖くて力んじゃうなら、自分に言い聞かせるの、自分はトマトなんだって」
「トマト?」
「そう、一度ドボンと水に落ちて浮いてくるトマトが、力を入れていると思う?」
「入れて……ないね、確かに」
「それじゃみーちゃん、トマトになったイメージで、ビリーブユアセルフ!」
「うん、やってみるようたのん、私はトマト、私はトマト、私はトマト――」
歌野は水都に。
「イメトレと言うか、洗脳にしか見えないんすけどあれ」
「そうか? 私には歌野らしくも、水に身を任せる上で良い喩えだと思うのだがな、ほら、雪花も実践あるのみだ」
「は~い」
「胸は張るなよ、浮く面積が狭まって足先から水底に沈んでいくからな」
若葉は雪花に。
「セレナ、このビート板をお腹に抱えて、ラッコさんの体勢になってみるといい」
「は、はい」
「頭は上げずに、ビート板を軽く抱きしめる加減で、常にお腹と腰に密着させるんだ」
「あ、浮いた、私……浮いてます」
朱音はセレナに、各々の教え方で背浮きの心得を指導する。
「そうそう、もう暫く今の体勢をキープしてみて」
「分かりました、水面から見上げる空って、まるで向こうに大きな海がもう一つあるみたいです、雲さんも島みたい」
「だろう? それぐらいの余裕が出てくるなら、板なしでも浮ける――」
とまで言いかけたところで、朱音は誰かの気配を感じつつ、咄嗟に手を素早く伸ばし、セレナの華奢な腕を掴み取り、続けて腰に手を回して支えてあげる。
突然、浮くことができていたセレナのバランスが崩れ、あわや溺れかけたからだ。
見ようによっては、背後に倒れかけたプリンセスを抱き支えるナイトの図、にも見えなくはない。
「大丈夫か?」
「はい、姉さん……あっ」
「姉さん?」
照れた様子のセレナは、無意識にその言葉を零したようで、さらに顔を赤く染め上げ、朱音はキョトンとした面立ちになる。
「す、すみません! 草凪さんの手の感触がマリア姉さんのとよく似てたから……」
「そうか、あのアイドル大統領と同じ手触りとは、光栄だね」
「アイドル大統領?」
「君の姉の異名の一つさ、それより………セレナも感じたのだろう?」
「はい、何だか……誰かに見られているような」
「朱音さんとセレナもですか? 私もここ数分、妙な視線が刺さってきて気になってまして……」
「多分……あの更衣室のドアの隙間から……」
雪花が指を差した先に目線を辿ると、確かに僅かながら隙間が開いた、更衣室に繋がる扉が見え。
「「きゃぁぁぁぁーーー! 覗きぃぃぃぃーーーー!」」
セレナと水都は思わず黄色味のる悲鳴を上げ、顔を残して水中に身を隠し。
「どこの誰だ! 神聖な鍛錬の場を覗き見る不届き者は! 姿を現せ!」
義憤に駆られた若葉が、扉越しの相手に叫んで告げると――ゆっくりと、扉が開かれ、そこにいたのは――。
「マリア!?」
「マリアさん!?」
「マリア姉さん!?」
なんと、覗き見をしていた輩の正体は、マリアその人であった。
類まれなる美貌は、顔色が青ざめ、朱音の翡翠の瞳と比肩する透明感な瞳から流れる涙で濡れ尽くされていた。
今にも崩れそうな弱弱しい足取りで、朱音たちのいるプールの方へ歩み寄ってくる。
彼女の心情を反映しているかのように、プールの傍らに置いていた防水ラジオから、一九七〇年代に公開されたイタリアンマフィアの栄枯盛衰を描いた映画のテーマ音楽が哀愁たっぷりに流れ始める。
ついに立つこともできなくなったようで、地面へ両手の掌と一緒に尻もちを付き、力なく項垂れ、涙の雫が大地にぽたぽたと落ちた。
朱音たちはあの場にいなかったので知る筈もないのだが、その姿は、かのフロンティア事変にて全世界の人々に見せた姿と、全く同じだった。
「姉さん……どうしてここが?」
「ぐすっ……セレナ……泳ぎは私が教えてあげるって………前からずっと言ってたのに……」
涙は止まらぬまま、マリアは悲痛な思いを愛する妹に伝える。
「そうだったのですか……」
考えてみれば、あれ程妹を溺愛しているマリアだ。自分から率先してセレナに泳ぎを指導する気は満々だったであろう。
その役を実質他人に奪われたとあっては、ここまで天地がひっくり返るくらいの大きなショックを受けるのも窺える。
「セレナ、ちゃんと理由があって君は、マリアに頼まなかったのだろう?」
「はい……ごめんね姉さん、でも私、泳ぎは草凪さんたちに教えてもらうから」
「そんな……これからも色んなことを教えてあげたかったのに……どうして?」
涙顔な姉に、胸が締め付けられる想いが込み上げるセレナだったが、決然と意志を結び直し。
「私、ずっと姉さんに頼ってばかりだったから、今回はやれるところまで、自分でやってみたいんだ」
「なるほどなるほど、大好きなお姉ちゃんに成長した姿を見せてサプラ~イズ! だったのねん、イイ話じゃん」
「本当にごめんね、余計な心配をかけちゃって」
「うぅ……セレナってば、いつの間にかこんなに立派になって……」
未だ止まらぬ涙はうれし涙となって、マリアの美貌は祝福の笑顔に包まれる。
その名の如き、聖母と呼ぶに相応しい笑みだった。
「マリアさん、セレナの意向を汲んで、ここは私たちが責任を以て指導すると言うことで、よろしいでしょうか?」
「ちょっと寂しいけど、プールの外から見守らせてもらうわね……うぅっ……」
「でもマリア、今日は確か……新曲のレコーディングだったんじゃ――」
「その通りよ朱音ッ!」
朱音が今日のマリアの予定を思い出して口にした瞬間、プール構内に新たな進入者たちが現れる。
「静音に奏芽、緒川さんまで」
「ようやく見つけたわよマリアぁ……」
「すみません、皆さんの特訓に、文字通り水を差してしまいましたね……」
どうやら妹を想う余り、歌手としての仕事をサボタージュしてしまったマリアを暑い中探し回っていたようで、ぜえぜえと息を荒くしている静音と奏芽の二人と、真夏日でもいつもの黒ずくめなスーツ姿で涼しい好青年顔のまま緒川さんだった。
「さあマリア……戻るわよ、プロデューサーもおっかんむりなんだから」
「嫌よ! 私にはレコーディングよりも大事な、セレナの頑張る姿を目にしかと焼き付ける大事なお役目が――」
「言い訳問答無用ッ!」
静音と奏芽は、マリアの腕をそれぞれ自身の両腕で巻き付かせて鷲掴みにし、引きずってまでも強引に、彼女をこの場から連れ出そうとした。
「い、いやぁ~~いやだ! やめろ! はなせッ! 鬼! 悪魔! 魔王ぅ~~人でなしぃぃぃぃ~~~~ッ!」
「「うっさいッ!」」
「セレナァァァァァァァァーーーーーーーッ!!」
最後に緒川さんが頭を下げると、扉はバタンと閉められた。
この時、朱音たちの脳裏には。
〝ただの姉バカなマリア〟
この言葉はふっと沸いて浮き上がっていた。
「うぇえさぁんのわぁか……(姉さんのバカ……)」
眼前で起きたマリアの奇行に、これにはお姉ちゃん子なセレナも、恥ずかしさで顔を真っ赤にし、口を水につけてぶくぶくと蟹の如く泡を立てていた。
そんな彼女の肩に、朱音はそっと肩を置き。
「セレナ……まあ折角だ、当日は上達した泳ぎの腕前を大好きな姉に見せてあげよう」
エールを送り。
「っ……、はいッ!」
セレナは特訓への気合いを入れ直した。
そうして、プールイベント当日に向けた特訓が再開されたのだった。
後半の下りは適合者ならきっと誰もが思うでしょう―――『ただの姉バカなマリア』