GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~EXTRA~:番外編&コラボ外伝集   作:フォレス・ノースウッド

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終始SONG本部の潜水艦内の一室だけで続く話なのに一万字超えちゃいました(冷や汗
それももっぱら朱音の口から語られるバーテックスの恐ろしさと諏訪作戦関連がメイン、でも次の正式な奪還作戦までに遺恨は片付けておかないとね。
劇中引用した(psycho-pass見たことある方はご存知でしょうが)『戦場の摩擦』は『カール・フォン・クラウゼヴィッツ』で検索。


13.5B - 神の使徒の脅威

 諏訪奪還作戦から数日が過ぎ、リディアンの制服も夏から中間服に衣替えされたばかりのあくる日の土曜日。

 私はSONG本部の潜水艦内にいくつかある多目的室(レクリエーションルーム)にいた。今日はここで、クラスメイトの切歌たちと勉強会を行う予定になっている。

 なぜこの場所で? と言われれば、リディアン分校の図書室にも似たような自習室はあるが私語はご遠慮で当然飲食も禁止。

 寄宿舎の部屋でやる手もあったが、今日は自分たちで自主練(本部は軍港に停泊しているので、近くには特訓に使える施設設備は豊富だ)かつ、先日の戦闘の事情から、緊急招集があっても直ぐに司令室にかけつけられるようにと、ここをチョイスしたのである。

お役目も勉学も、学生にして災厄と戦う戦士である私たちにはどちらも大事だからね。

 で、私は集合時刻よりまだ遥か手前の時間で先にここに来て、行く途中で買ってきたお菓子も置かれたテーブルの前で寮部屋から学習道具一式と一緒に持ってきたノートPCで、先日静音から提出を求められた報告書(レポート)を書き、トトはと言えば今日も常時実体化してスマホから繋いだインターネットで、動画サイトより公式配信されているドラマを見ていたりする。

 トトの防音結界なら、スマホのスピーカーから発する音を一切遮断できるが、私は一部例外除き、あらゆる音を〝メロディ〟として捉えられる聴覚と脳と感性を持っている為、敢えて結界は使わせずに作業用BGM代わりとしている。

 

「(なにが津積(つづみ)だ、俺の鈴見(すずみ)と似たような名前しやがって! 俺じゃなかったのか!? 及川(およかわ)が好きな人は、俺じゃなかったのかッ!? 幼き時に芽生えたほのかな初恋を、今でもずっと胸に抱き続けているパターンカッ!)」

 

だからこうして見入ってるトトが勢いで劇中の登場人物の台詞を復唱していても作業に支障は一切出ないし(チラ見すると、主人公の『鈴見先生』を演じる俳優さんが端整な塩顔を物凄い形相にして、高速で独白し、同じくらい高速でキーボードを打ちまくっている、PC画面に映るのは意味不明の文字の羅列と化していた、これなら響のヒエログリフな文字の方がまだ解読できる)。

 

「トト先生、しっかりして! そんなところを人前で見せてはいけません、シークワーサージュースを一口どうぞ」

「(どうも♪)」

 

 劇中の展開同様にトトを宥めて作業がてら飲んでた紙パックジュースを差し入れるくらいは、ノリも良い方だと自負している。

 ちなみにさらりと関節キスだが、ガメラ同士お互い全然気にしてない。

 

〝~~~♪〟

 

 とこんな感じでちょっとした気晴らしにふざけ合っていた私たちの耳に、スマホのSNSメールの着信音が響いた。

『鈴見先生』の再生を止めてメールを確認すると――相手は歌野からだった。

 

〝ハローエブリワン♪〟

 

 出だしから、カタカナで入力された英語で『みなさんこんにちは』、日頃からジャパニーズイングリッシュを使う歌野らしい、勿論これは彼女の人となりを代え難い『個性』として褒めている。

 未来の生まれ故郷があんなことになったと言うのに、その前向きさを失わないメンタリティには、敬服するよ。

 

「(歌野から何の連絡が来たの?)」

「次の休日に、収穫作業を予定してるんだって」

 

 内容は、静音の根回しで大赦が提供してくれた土地で歌野が栽培している作物が、丁度食べごろを迎えたので、その収穫作業の手伝いを募集していると言うものだった。

 スマホ内のカレンダーで、当日までのスケジュールを確認してみる。

 特にその日には、具体的な予定はなかった。

 

「(どうするの? 僕はやってみたいんだけど)」

「勿論私も参加希望するさ、歌野が丹精込めて育てた野菜で料理を作ってみたいし、丁度今は〝実りの秋〟ってやつだろう?」

 

 他の西暦勇者同様、歌野もこちらでは讃州中学に在籍しているが、平日でも一日の大半は彼女のライフワークな農作業、水都も手伝いはするが学校にはちゃんと通っている為、成人男性でも重労働だと言うのにほとんど一人で自らが育てる作物の面倒を見ている……そんな楽しそうに勤しむ彼女の姿を、私も放課後よく目にしていた。

 その歌野が自ら助け船を求めて来たのだ、私もトトも応えない気は一切ない、せっかく実った作物を多くの人にも食べてもらいたい。

 

「それに勇者部の活動目的は――」

「(〝世の為、人の為になることをやっていくこと〟、だね♪)」

「だな♪ 実に気持ち良い響きだよ、友奈たちの気立ての良さがよく出てる」

 

 私は勇者部の活動と、いわゆる戦場にて災いに立ち向かう意味での〝勇者〟のお役目に対し、この両者はある程度棲み分けた方が良いと考えているし、今でも諏訪作戦の時、農作業で残っていたおばあさんには申し訳ないけど、収穫より避難を優先すべきだったと、今でもこの意見を変えるつもりはない。

 それにだ………特にかつての友奈たちの代の面々に間で起きた悲劇の数々は、大赦の過剰な事なかれと隠蔽主義も大きな要因の一つだが、他の勇者たちと違い、訓練に励む時間も覚悟を前もって決めておく間すら許されず実戦にいきなり放り出されたが為に、〝部活動の延長線上〟で命がけの戦いに挑む歪さを抱えてしまったことで………起きてしまったものでもある。

 もし私が風部長の立場だったら、相応の準備(くんれん)を行う為の時間と環境を提供し、バーテックスとの戦闘込みで部の顧問となってくれる大人の派遣と、勇者システムに関する性能の全ての開示を求め、それが受け容れられない場合であれば、断固拒否する姿勢を腰抜けの神官たちに見せていたに違いない。

 けど一方で、勇者部の活動方針と理念そのものには、私も大いに気に入っている。あの《勇者部五箇条》なんて、かの特撮巨大ヒーローの三作目の最終回に出た誓いそっくりでにやけちゃうくらいだし。

 それに………これを自分で言うのも何なのだが、私も結構世話焼きのお人よしで困っている人がいたら見過ごせないタイプであり、かの部の理念と波長が合うのだ。

 

「そうと決まれば」

 

 早速、収穫作業に参加表明する返信のメールを歌野に送る。

 

〝サンキューベリー~~マッチ♪〟

 

 ほどなく、歌野から感謝のメールが帰ってきた。

 さて、収穫当日に臨む為にも、改めて鍛え直さないとね、今日の午後の訓練含めてより気を引き締めていこう。

 と決めつつ、まず静音本人と弦さんらSONGの面々に提出する報告書を完成させ、次に銀たち小学生組にも読み易く分かり易い、〝同僚閲覧用のレポート〟の方に取り掛かった直後。

 

「おはようなのデ~ス♪」

「おはようあやちゃん」

「おはよう」

 

 切歌と調と英理歌の三人が入室してきて、我ら高一組はようやく揃った。

 

「あやちゃん、私たち先に来て何をしていたの?」

「あ、ちょっと静音からレポートの提出を求められてね、みんなが来るまでそれを書いてたんだ」

「デデデデース!? なんとお役目にも宿題があるなんて聞いてないですよ、私たちも出さなきゃならないんデスかッ!?」

「切歌、まずは君が落ち着いて」

 

 かなり前からこのルームに来ていたことを見抜いた調からの質問に答えると、切歌がとんだ早とちりをしてしまい、英理歌はいつもの抑揚が控えられたマイペースさでミニサイズのペッドボトル飲料を差し出した。

 

「心配ない、これはあくまで静音が私個人に課したものだから、君たちに提出義務はないよ」

「そうデスか……ほっとしたデ~~ス」

「でも、その静音さんからのレポートって?」

「あっ……」

 

 一瞬、報告書(レポート)の具体的な内容を伝えるかどうか、勉強会の直前なこともあって一瞬、逡巡が過ったが。

 

「この間の、諏訪奪還作戦に関することさ」

 

 正直に、レポートのお題を切歌たちに打ち明ける。

 今後もみんなとともに〝災い〟と戦う日々が続く以上、禍根は残しておけないし、早いところ手は打っておいた方がいいと判断したからだ。

 

「「………」」

 

 予想はできてたけど………静けさと一緒に室内の空気の重さと苦々しさが、一気に増幅かつ増量されたのを感じ取る。

 三人の様子を見ても、時々同い年として羨ましくなる、あどけなさの残る顔立ちが固く、明らかにやり切れない想いがこびりついていた。

 

 私からすれば〝戦略眼〟は皆無に等しい風鳴訃堂の不条理な要求から端を発し、神樹様の意向を完全無視して人類が独断専行(スタンプレー)に走ろうとした中、小手調べの先手も撃たれこちらの作戦を把握された挙句、決行の前倒しも迫られると言う、波乱尽くしだった諏訪奪還作戦。

 相手がバーテックスゆえに……作戦中止も撤退も許されず、またまともに猶予も残されていない中、静音が選び取り断行した作戦は――。

 

 まず特機部の部隊が、諏訪の地〝全域〟に砲撃し、相手の態勢を崩して混乱に至らせたところを、四組にチーム分けされた私たち勇者が要のバーテックス四体へ一気に畳み掛け、撃破する。

 

 ――と言うものだった。

 冗談も誇張も抜きで、諏訪の全地域に現代兵器の砲撃の驟雨が降り注いだのだ。

 非戦闘員たる諏訪市民を危険に陥れる、よりはっきり言えば民間人の犠牲を前提とした人道面で問題のあり過ぎるこのプランを前に――ここまでせずとも、自分たちが首尾よく取り戻せばいい――等、 当然ながら、決行前に作戦概要を聞いたみんなからは反対の意志が、嵐の如く巻き起こったが。

 

〝どう思おうがかまわないわ……私の作戦をね、でも今は私たちのやる事に集中しなさい、罵倒も何もかも、あとでいっぱい受けてあげるから……〟

 

 静音は過去の自分自身――鷲尾清美含め仲間たちから殺到する不満、反論、批判の言葉に宿る想いを理解し、真っ向から厳粛に受け止めつつもそれでもかのリーダーは方針を曲げることなく、作戦は断行された。

 

「まだ今でも不服か? あの時のリーダーの御采配には」

「うん………今さら静音さんにどうこう言いたくはないし、犠牲になった人がいなかったのは……良かったけど」

 

 ただあれほどの大規模で、バーテックスをも混乱させる砲撃に見舞われながらも、決行直前に特機部からの緊急避難勧告が市民たちに行き届いたことと、市内各所にシェルター設備が充実していたこともあってか、避難中の負傷した民間人がいくつかいたものの、犠牲者は一人たりとも出ず、私たちは作戦通りにバーテックスを撃破し、諏訪の地を取り戻すこと自体は成し遂げた。

 けどそれでも、諏訪の地が甚大な被害を被ったことにも変わりなく、私が風と警戒任務で見回った地区だけでも、流れ弾によって火の手が上がり、全壊も入れて倒壊してしまった建築物がいくつも見られ……諏訪の人々の日常(せいかつ)は奪い去られ、私たちもその片棒を担いでいる現実と、結果がどうあれ、私たちは守るべき人々を、勝利を得るための〝贄〟にしようとした事実に変わりないことも、突きつけられた。

 たとえこの結界(せかい)自体は神樹様が自ら本物そっくりに作り上げた幻でも、事情を知らないまま魂だけ連れてこられた人々にとっては、自分たちが今を生きている〝現実〟そのものである……奪ってなどいいわけがない。

 それに………神の使徒たるバーテックスには一切通じないだけで、現代兵器もまた恐ろしい破壊力を秘めた〝武器〟であることを、前世で何度も身を以て味わった私も改めて思い知らされもした。

 同時にこれらの兵器を〝守る為〟に取り扱い、伴う責任を背負う守護者同士、今は戦友たる方々への敬意もより増したし。

 

「やっぱり……他に方法はなかったのかなって……思うことはあるデス」

「私も……」

 

 数日過ぎた今でも、切歌たちのように胸中にしこりが大きく残ったままでいるメンバーも少なくない。

 私が諏訪奪還作戦に関するレポートを書いているのは、静音にある〝無茶なお願い〟を聞いてもらった代価として課せられたものでもあるが、私自身みんなへのせめてものフォローの為に自ら率先して行っていることでもある。

 

「あやちゃんもあの時言ってくれたじゃないですか……〝私たちのお役目の基本は、『危険に晒される命を守る』こと〟だって」

「なのに……勝てたけど……結局私たち、守ろうとしてる人たちを、巻き込んじゃった」

「yeah(ああ)」

 

 キーボードのタイピングを続けたまま答える。

 切歌が引用した、私が彼女たちに発破で掛けた言葉。

 長く戦いの暗闇の中で己を見失い、遠回りと迷走を繰り返し、挙句降り出しに戻ったその先に見い出した、守護者(ガメラ)としての自分の――〝信念〟の一角だ。

 

「私だって納得していない………できることなら、諏訪の人達を巻き込むことなく、どうにか無傷で、歌野の故郷(ふるさと)を取り戻したかった……」

「だったら……」

「でも――静音のあの決断の意味は、納得できなくても、理解しようと努めてはいるし、無策で奴らに勝てるほどこの戦争(たたかい)は甘くないとも思ってはいるよ」

 

 自分の発言の意図を読み取れきれず疑問符を浮かべる友たちをよそに。

 

「『モニターオン』」

 

 私の音声入力で、室内の壁の一角が展開され、このルームに設置されているスクリーンを現出させた。

 

「これはほとんど私の推理でしかないんだが―――恐らくあの日、造反神側はこちらの奪還作戦を逆手に取って、ここまで敗戦続きだった戦況を一気に逆転させようと画策していた可能性があるんだ」

「えっ…?」

 

 前置きはしたが、やはりの私の〝推理〟を前に、切歌たちは戸惑いで絶句して、言葉が出なくなる状態に陥ってしまった。

 

「いつ頃奴らがこちらの動きに感づいたかだが――」

 

 そんな彼女たちに、私はレポートの作成を通じて組み上げた〝諏訪作戦〟に関する自分の推理の、具体的な内容の説明を始める。

〝お役目〟に関係することもあり、PCの画面に微かに映る、私の翡翠(ひとみ)は守護者(ガメラ)の時の、刃な鋭利さになっていたが、話のお題がお題なゆえに、むしろ丁度よくさえあった。

 

「松代基地が準備で慌ただしくなり、住民の避難が始まった頃くらいには、造反神側も人間側(こちら)が〝攻める〟気であり、侵攻先が諏訪だとも見抜いていたと、私は考えている」

 

 ヘリから見下ろした基地は、臨戦態勢を進める模様が私の目でもありありと見えていた、なら奴らも看破していたとしても、何らおかしくはない。

 

「ならどうして、私たちが来るまで何の動きも見せなかったの?」

「待ってたからさ、人間、そして地の神々にとっての〝虎の子〟である私たちが来るのをね」

 

 戦力差で言えば、造反神側の方が遥かに上だ。

 単純な数だけでも、私たち勇者よりバーテックスの方が圧倒的に多いし、一時は戦わずして勝利を目前としていた、にも拘わらずギリギリのところでいざ本格衝突が始まってからは負け越して陣地を奪還され続けている以上、主戦力にして切り札たる勇者たちをどうにか撃破したいと言う思惑が向こうにあった筈、だから私たちが基地に付いた作戦決行日まで、大きな動きを見せなかった。抜かりなく偵察はしていただろうけど。

 

「あの最初の襲撃も、咄嗟の判断ではなく、連中の作戦の第一段階だったとしたら?」

 

 この第一段階こそ、敵側の威力偵察を目的としたあの襲撃だった。

 

「じゃあ、私たちの班を狙ったのも……」

「まだ避難し終えてなかった住民と一緒だったから、連中にしてみれば敵情把握には最も打ってつけだったろうね、でなければあのおばあさんが、今まで無事に農作業できていた説明がつかない」

 

 憎き人間を目の前にして、マリアたちが収穫作業の手伝いを始めるまで動かなかったのは、より敵側の事情を掴むのに好都合だったから。

 こうしてあの威力偵察で、連中は目論見通り以上の情報を確保してしまった。

 今回の侵攻は、前回と違って人間の独断で、神樹様の意志は一切介してないないこと。

 樹海がなければ。民間人一人安全を確保するのに手間取ると言うこと。

 そして――

 

「連中が予想していたよりも遥かに、まだ神樹様の力が弱まっているままだったと知られたわけさ」

「えっ?」

 

 三人はまた面食らった様子を見せた。

 

「切歌と調は戦闘中だったから無理ないけど、おかしくはなかったか? いつもなら敵襲の警報が鳴れば即座に起きる樹海化が、なぜあの時は起きなかった?」

「言われてみれば……はっ」

 

 ここで英理歌が気づいたらしく、はっとした表情を、見せる。

 

「ってことは、まだ神樹様は、樹海作るだけでも時間がかかるくらい、力が戻ってなくて無理してるってこと?」

「その通りだ英理歌、神々の根城の四国から離れた諏訪の地であったのも理由だろうけど、考えてもみろ」

 

 魔法少女事変が収束した時点で、既に神樹様はかなりのダメージを負っていた。

 その矢先に、弱り目に祟り目とばかり、地の神々の一角が造反神となってクーデターを起こし、それが成功する直前のところで踏ん張り。

 それが勝つ為に必要な手段だったとは言え、自らの内部に現実と寸分違わぬ仮想世界たる結界を生み出し、そこにほとんどの人間は魂だけを、勇者たちと、彼女らをサポートする面々は肉体ごと呼び寄せた。

 無論、現実の世界を〝天の神〟の業火より守護する結界も、維持したままで。

 

「弱った身体で、神樹様はこれだけの無茶をしているんだ、樹海一つ作るだけでも、相応の時間と準備が必要な状態で、今この瞬間にも、神樹様と造反神との間で、武力を伴わない心理戦(ポーカーゲーム)が行われているのさ、いざ戦闘が起きても、直ぐに樹海を形成して私たちが戦いやすい状況にできるようにね」

「あ、だから最初に、ひなたを呼び寄せたんだ」

 

 そう――この結界(せかい)を作って、その時は〝一人〟召喚するのが手一杯だった筈な中、他の時代からのアシスタントとして最初に呼び寄せたのが、勇者ではなく巫女のひなただった理由がそれ、神託を受けることができ、神々自らの意志を伝えられる巫女が、早急に必要だったのだ。

 私たちはバーテックスと戦う力こそ持っているが、敵が神様でこちらが人間な以上、相手の手の内を読む手段がほとんどない。

 逆に神樹様は、造反神と武力に依らぬ駆け引きと、私たちが戦い易い環境を提供することはできても、直接戦う術がない。

 

「だからこそ神託を通じての神樹様と緊密な連携を取って、少しずつ領土を奪還していくのが、最も確実な戦略方針だったんだが……とんだ〝摩擦〟の横槍に入られた」

「摩擦……デス?」

「あるドイツの軍事学者が見つけた戦争の概念の一つさ、彼はどれだけ緻密に作戦や計画を事前に立てても、実際の戦場(せんじょう)では様々な想定外のアクシデントで計画通りに事が進まない障害が発生すると提唱した、それが〝戦場の摩擦〟」

 

 で、この造反神との戦争で、今回の諏訪決戦の際に起きた大きな摩擦こそ。

 

「風鳴訃堂」

「翼さんのお爺さんで、司令のお父さん……」

「あやちゃん……あのおじいさんの話になった時、なんて言ってデスたかね……えーと、なんとか主義とかどうとか――」

「国枠主義………自国のシステムが維持できれば、外国とその国の人々がどうなろうが、国民すら多数犠牲しようが構わない……簡単に言えば、国家規模の〝自己中〟で、国自体を自滅させかねない危険なイデオロギーの塊な怪物だよ、奴は」

「なんか……寒気がしてきた」

 

 そんな亡国の末路も招き入れるイデオロギーに骨の髄にまで染まり切った外道の考える作戦だの計画だの戦略だの国家安全保障なんて………机上にすら置かれない、絵空事と断じるのも生ぬるいくらい、虚無を極め切った空論でしかない。

 

「悔しいがな………あの外道の要求を呑んでしまった時点で、私たちには市井の人々に代償を強いる選択肢しか残されていなかったんだ」

 

 静音もそれを重々誰より理解していたからこそ、限られた時間の中、即興で編み出した、人道面では問題のある上に仲間たちから強い反発を確実に齎す作戦(オペレーションプラン)を、毅然とした態度の裏で心中では断腸の思いで断行したのだ。

 

「あのまま私たちだけで攻めても、万全の防衛態勢で待ち構えていたバーテックスを前に、最悪全滅していたかもしれない」

「デエぇぇぇ~~それほど危ない状況だったんデスかあの時」

「そう考えた方が妥当だよ、もし私が造反神だったら……先の威力偵察で得た情報も活用して、敵の殲滅作戦を二つ、考案して実行していた」

 

 二つ指を立てた私は、先に用意していたモニターも活用して、自分の仮定を下にした造反神の作戦の第二段階と言う〝可能性〟の説明を始める。 ノートPCの画面をスクリーンに繋ぎ、レポートを構成する一頁、諏訪と松代の俯瞰図であるCGのマップを投影させた。

 

 まず一つ目――勇者たちが攻めてきた場合の作戦。

 諏訪を直接支配し、安曇野、松本、東御、佐久市にそれぞれ身を置いていた四体のバーテックスは、いずれも作戦開始直前には人口密集地の近くに点在していた。

 もしこっち先手たる諏訪全地域への砲撃をせず攻め込んでいれば、奴らは躊躇わず周辺に住む民間人たち全てを人質に取り、私たちが攻めあぐねている間、多数の星屑で退路を断ち、基地ともチーム間とも分断。

 その間に伏兵たちが、松代基地に奇襲、装者も勇者もいない、通常兵器しか持たない基地は、瞬く間に壊滅(千明司令でも対抗戦力がない以上どうしようもないし、弦さんでもバーテックス相手では自分の身を守るだけで精一杯だ)。

 完全に支援も補給も断たれ、四面楚歌となった私たちは、数の暴力の驟雨を前に全滅。

 

「次に二つ目――」

 

 勇者たちが攻めず、撤退を選択した場合。

 松代基地が退避準備の動向を見せたタイミングで、まず松代住民たちが集まる各避難所を奇襲。

 同時に、三方を山に囲まれた松代の地形を利用し、大量の星屑の群体で上空を覆い、シンフォギアならエクスドライブ、勇者システムなら満開でも使わない限り、メンバーの大半は長時間の飛行能力を持たないアキレス腱の一つを突く形で制空権を確保、勿論避難民の救出も妨害。

 民間人一人助けるだけでも苦労した私たちを嘲笑うが如く、バーテックスどもは私たちとの戦闘よりも特機部隊員たち及び避難民の襲撃に注力。

 私たちが一人助ける間に、百人を殺す勢いでこちらの戦意を、心身を消耗させていき、こちらも最終的に全滅。

 

「そんな……」

 

 これらをモニター内の俯瞰図と併用して説明を聞いた切歌たちは、すっかり戦慄して立ち尽くしていた。

 でも私は緩める気はない、今後戦闘がより激化するのは必至で、自分たちの信念を揺さぶろうとする事態や試練がいくつも押し寄せ、ギリギリ決断を何度も迫られることは避けられない以上、ここは敢えて強く忠告しておかないと。

 

「連中ならこれぐらい一切躊躇せず行うぞ、同じ対人類殲滅兵器であるギャオスとノイズと、バーテックスの間には、決定的な違いがある、それは残忍と狡猾さを併せ持った〝知性〟だ」

 

 最初にバーテックスと直に戦った時点で、奴らの恐ろしさはその数と、戦闘能力と、再生能力だけではなく、確かな〝知性〟も有していると私は察していた。

 

「そしてこの神の使徒どもには、憐れみも、良心の呵責も、慈愛も、何より〝心〟も存在しない、人類をこの手で殺し尽す本能のままに、奴らは手段を選ばず、絶対に諦めない………私たちが戦っている相手は人知を超えた〝殺戮兵器〟なんだ、それを忘れてはならない」

「はい、デス」

「「うん」」

 

 大分空気の重みがより増してしまった室内に。

 

「(おまたせ)」

 

 説明している間、一時退室していたトトが宙に現れ戻ってきた。

 

「(まずは座って、これでも飲んで落ち着こう)」

「あ、ありがと……」

「ありがとうデス」

 

 艦内にある自販機から、シークワーサージュースの紙パックを買ってきていたのだ(一本百円なので、百円玉三枚持って買いに行くくらいトトには造作もない)。

 トトのファインプレーに、私は相棒の頭と甲羅をなでなでして讃え。

 

「きゅ~ん♪」

 

 愛らしい肉声を上げた。

 ああ~~やはりトトの可愛らしさは一級品だな。

 

「すまないな、これから勉強会な時に重苦しい話をして」

「いいよ、まだ戦いもこれからだから、あやちゃんの話はためになったし」

「むしろお役目への気合いと覚悟はより引き締まったデスよ」

 

 良かった、もう少し休憩時間を設けた方が良いかなと思ったけど、この三人の様子なら問題ないな。

 

「なら早速、勉強会を始めましょうか」

「デッースッ!?」

 

 早速当初の予定通り、学生の本分たる勉強会を開こうとした矢先、切歌が奇声なリアクションを見せてくる。

 

「何の為に中間テストまでまだ猶予がある中で予定組んだと思ってる?」

 

 私たちは人類守護のお役目と二足の草鞋の身、今の内に学生ライフの試練であるテストに備えておかないと。

 

「それでテスト本番に赤点取ってみなさい、補習に追試でお役目の鍛錬もままならなくなるよ」

 

 命がけなのでSONGからは相応の高い報酬を貰ってはいるが、元は旧二課のシンフォギア装者候補選抜の為に創設されたリディアンの方はお役目で忙しくとも授業もテストも単位取得義務も免除してくれるほど甘くなく、そこは進学校だけある。

 

「でも午後の特訓まで体力が続くか心配なのデス」

「その心配は無用だよ切ちゃん」

「調……」

「「私たちが今日もとびきり美味しくて、気合いと根性と元気が漲るランチを作るから!」」(ビシッ!

 

 意気の勢いが衰えかけた切歌に、料理人たる私と調が見事に声をシンクロさせて、同時にサムズアップもしてエールを送ると。

 

「うひょひょ~い♪ それなら早いとこ始めるデスよ勉強会!」

 

 一転、勉強会を乗り越えればご馳走が待っていると知った切歌は、俄然やる気のエンジンの調子がトップギアになった。

 

「なんと現金な掌返し」

 

 これには英理歌も痛烈に突っ込みを入れたが、よく見れば無表情が板についてる口元は、少々ばかり綻んでいて、声音もいつもより熱が入ってて高め。

 室内のも空気は、今やすっかり柔らかで温かなものに様変わりしていた。

 

 

 

 

 こういう何気ない日常も、奴らに奪わせしない―――絶対にな。

 


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