GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~EXTRA~:番外編&コラボ外伝集   作:フォレス・ノースウッド

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時系列はアウスさんの『戦姫と勇者の二重奏XDU』本編『*29 無垢で深い愛』のラスト前後、千景のご子孫で二重奏世界での特異災害対策機動部――郡千明(ICV:小清水亜美)との密会でございます。
密談の舞台が『走る車の中』なのは、無論脚本家繋がりでパトレイバー(荒川さんと車の中で密談する後藤隊長と南雲さんの場面)です(コラ


草凪朱音の勇者御記~戦姫と勇者の二重奏XDU外伝~:29.5B-密かな同盟

 小さからずトラブルが幾つかあったものの、私たちは無事に徳島での先行調査を終えてSONG本部に帰還。

 私は本部内の静音のオフィスにて、今日は大赦本庁に出向いていた静音本人と琴音の姉妹にその〝幾つかのトラブル〟の件を報告し。

 

「はぁ……」

 

 それを聞いて、今にもデスクに頭を付きそうなくらい項垂れた静音の口から、溜息が零れた。オフィス内がなまじ静かな空気だけあり、彼女なりに控えめに吐いた息がよく耳に響いてくる。

 

「全く亜耶(あのこ)は……」

「まあまあ、大事に至らなかっただけ幸いと思うべきだわ静音」

 

 そのトラブルの一つは勿論、一応NARUKOのアプリメールで連絡こそしたけど、清掃用具と言う宝の山に釣られて単独行動を取ったお掃除好きの亜耶ちゃんに関して。

 

「この件に関しては亜耶ちゃんたちのご両親には……」

「分かってます、報告はせずご内密にしておきますので、私たちも肉親によって亜耶さんの身が一層束縛される事態は避けたいですからね」

 

 亜耶ちゃんたち当人らには悪いが、骨の髄まで神樹様への盲信と大赦のどす黒い組織の泥沼に浸かり切り、彼女らを籠の中に固く閉じ込めているモンスターな毒親(ペアレント)たち……特に世の悪質クレーマーたちが可愛く見える錯覚を起こさせる国土夫人には、絶対に今日のことを報せる気は無かった。

 あんな毒親では、籠と言う表現では生ぬるい、外界から一切合切遮断された監禁生活を娘に強いてしまうだろうから………連中に大義名分を絶対に与えてはならない。

 とは言え、未開放地区とそう離れていない徳島の開放地域の街の喧噪内で、戦闘能力を持たない上に言葉通り〝籠の中の雛〟の身の上だった巫女が独りで出歩くなど、大が付く問題行動なのは私だって頷けるので。

 

「それに外の世界の魅力に浮かれてた雛鳥君には、私の方から叱っておいたし、本人も重々反省しているから、くれぐれも〝改革断行の時〟並みに血気に逸らないようお願いしますね」

「うぐっ……」

 

 と、私はにこりと微笑みを送ると、静音は胃痛にでも苛まれてそうな気まずい様子を見せ、琴音も苦笑いを浮かべた。

 前に現在の亜耶ちゃんが大赦専属巫女の寄宿舎から逃げ出したところを、神官たちより先に保護して私の部屋に一泊させる了解を静音から得た日、彼女から〝大赦の組織改革の断行〟に関して、率直な意見を遠慮なくぶつけたことがある。

 

「私がこの次元(せかい)にいる間、亜耶ちゃんたちとお二人を〝一対一〟にさせつもりはございませんので」

 

 その件を遠回しに切り出しつつ、私はさらに静音と琴音の姉妹共々へとはっきりと釘を刺す形で、亜耶ちゃんたちがこの二人と対面する状況には絶対させないと伝えておく。

 この双子の姉妹は表面的な性格は正反対ながら、一度頭に血が昇って怒りが点火したら、言い争っている相手を持ちうる口撃の数々を使って完膚無きにまで叩きのめしてしまう悪癖(しょうぶん)の持ち主(前述の率直な意見の件に関しても、姉妹の論戦メソッドを自分なりにアレンジして静音当人に写し鏡よろしく叩き込んだことがある)。

 この気質は政治の場に限らず、敵か味方しかいない上に、ある洋画でのイタリアンマフィアのドンの言葉を借りれば〝友とは仲良く、敵とはそれ以上に仲良く〟する強かさも求められる、権謀術数渦巻くダークでダーティな世界を渡り歩いて生き抜くには………必要以上に〝泥を被ろうとする性分〟も込みで正直、致命的な〝アキレス腱たち〟だと私は思っている。

 事実、二人の悪癖は何度か、年齢にバラつきがあって〝烏合の衆〟であることは否めない勇者装者間の足並みの乱れや確執を引き起こしており………赤嶺と造反神が目を付けて内部分裂を招く策を弄してきても、おかしくない話だ。

 なので私は、実質平行世界から雇われた傭兵の身ながら、チームの不和に繋がる火種(ノイズ)への対処と、心身ともに戦友らのフォローに自ら買って出ていた。

 

「後、これが比良坂真矢と接触した件に関する報告書、二人の大赦に対する怒りの炎にガソリンを放り込む内容だから、泰然自若の姿勢で読むのをお勧めするよ」

「分かったわ、ご忠告どうも」

 

 忠言に続いて、私は懐から今日起きたもう一つのトラブルの一部始終と、怪我の功名として前世の宿敵と〝腹を割って話して〟得られた情報を、詳細に取りまとめた報告書のデータが保存されたマイクロSDカードが入ったプラケースを机上に置く。

 

「朱音さんは、彼女の言葉をどこまで信用なさってるのですか?」

「少なくとも、ヤツが人間として転生した世界では四国以外は全て天の神の業火に堕ちたことと、造反神に雇われるまでに、あちらの友奈たち勇者部に起きた不条理は………本当のことだと思ってる、あんな境遇なら……神樹様と大赦を恨んでも無理ないさ」

 

 敵対してる私たちが街を出歩いていて、しかも巫女の亜耶ちゃんは単独行動、策を講じるには絶好の機会だったにも拘わらず、比良坂真矢は、精霊となったジーダスと呑気に漫才しながら生活用品の買い出し中で、実際に私たちと鉢合わせるまであんな事態が起きるなど、全く予想していなかったのが、あの時の奴の慌てふためくリアクションと両手にレジ袋を複数ぶら下げていた姿を思い返すだけでも分かる。

 それから亜耶ちゃんの腹の虫の鳴き声を切欠に今日限定の〝休戦協定〟を結んでから別れるまで、念を入れて注意深く奴の様子を窺っていたが……私たちを騙そうなんて意図は微塵も感じられなかった。

 私からの質問に対して幾らでも……はぐらかしたり、黙秘することもできただろうに、わざわざご丁寧に応じる形で話してくれた奴の〝身の上話〟は、嘘偽りのないものと言い切っていいだろう。

 

「もう一つ……しいて言い切れるとするなら、この世界では映画の中の出来事でしかないカタストロフを、私も比良坂真矢にも再来させてまで決着をつける気は毛頭無いってことかな………一応の念押しで、この報告書に詳しく書いた話、皆には当分報せないでおいてね」

 

 私は静音たちに真矢の〝境遇〟の件は伏せておくようにと改めて頼みつつ。

 

「では失礼するよ」

「ええ……」「はい……」

 

 静音のオフィスから退室した。

 

 

 

 

「トト、もしもの話だけど、真矢の話を聞いて、今私が懸念していることが、より現実味を帯びてきてしまった。だから聞いておきたいんだ」

「(うん、朱音)」

 

 冬に近づいているのもあって、外に出た時にはまだ夕陽が沈み切る前ながらも、上空のほとんどは淡い紺色で夜空になりかけで、そろそろ黄昏時(かたわれどき)に入る直前の頃合いだった。

 

「真矢の世界で起きたようなことが、この世界でも起きると思うか……正直に答えてほしい」

「(僕の話せる範囲でなら)」

「それで構わないよ」

 

 この前の赤嶺たちの襲撃で受けた爪痕からほぼ復旧している軍港を出た私は、まだ暁色の陽光が残る神樹様の壁がそびえる水平線を見つめ、徒歩で寄宿舎に向かいつつも、話の整理と確認も兼ねて、トトと今日真矢から打ち明けられた告白――静音たち勇者の戦歴含めた神世紀の歴史を独自に調べていく内に胸中にて浮かんだ〝懸念〟が彼女の次元(せかい)で実際に起きてしまっていた――ことも含めた諸々に関する話題で会話を交わし。

 

「いずれにしろ、先の事なんてわかりはしないな」

「(うん、今は気にしたってしょうがないことだとも思うよ)」

「Yeah(ああ)」

 

 いくら現在までに起きたこれまでの出来事から、この先の未来に何が起きるか予想しても、必ず想定外と言う〝摩擦〟は起きるもの……むしろ不透明な未来について考え過ぎるのは禁物だ……何ごとも度が過ぎると〝猛毒〟になる。

 なのでトトも言ってた通り〝気にしたってしょうがない〟と話題を切り上げた矢先――。

 

「来たか……」

 

 丁度空が黄昏時となった時、前方からライトを灯す漆黒のセダンが一台、こちらへと走って来て、灯りに照らされた私達の前で停車し、運転手当人が降車。

 その相手が向こうから自分たちに接触してくる頃合いだろうと、実を言うと私は予想できていた。

 何しろ今日ほど絶好な機会は、そう来るものじゃない。

 

「こうして面と向かって対面するのは――〝はじめまして〟になるかな? 草凪朱音君と、トト君」

「そうですね、郡司令殿、あらためてはじめまして」

 

 郡千明、この世界の現特機二課司令官にして静音たちの親世代に当る大赦十傑の一人であり、そして千景の子孫であるその人である。

 

「そして何のご用ですか? 戦友たちとの同窓会のスケジュールを合わせるにも苦労する御身分でしょうに」

「ほう~~まるで実際の様子を見ていた口振りだが、なぜ今日の私の予定が分かった?」

 

 まあ確かに大赦本庁遠間から〝様子を見ていた〟のであながち間違ってないが、実際に何をしていたかまでは覗いていない。

 同じく今日は本庁に出向いていた静音たちから、何の用件だったかは聞かないでくれと忠告されたし……まあそれだけでも充分なヒントだったし、千明司令本人の反応から見て自分の推理――〝大赦十傑が集まって秘密の会合を開いていた〟は当たりだったらしい。

 

「司令殿の上司が招きかけた、サクリスト弾頭の使用強硬と言う蛮行からまだほとぼりが冷めない内に、貴方がこの地に足を運んだ理由でそれらしいものを口にしたまでですよ」

 

 郡家は現在、風鳴家の傘下にあり、そしてかの鎌倉の外道は大型バーテックス撃破の為に聖遺物を用いた戦略兵器――サクリスト弾頭で首都圏と我が戦友たち含めた多くの命を巻き添えにする愚行を、先日犯しかけたばかりだ。

 まだその波紋が強い内にこの香川の地に訪れた……関連する情報を前以て有していれば、その理由を推し量るのはそう難しいことじゃない。

 その会合は〝櫛名田桔梗〟も参じた極秘裏のものだったかも確かめたいところだが……この前の千明司令からの忠告通り、好奇心に流されての藪の突き過ぎは禁物なので、これ以上の言及は控えることにした。

 

「憶測にしてはまとを得過ぎている気もするが、まあいい………君の言う通り、多忙な時間の合間を縫って君達に顔合わせした用件だが、ここで立ち話の何だ、ドライブでもどうだ?」

 

 

 ――と、千明司令は提案してきた。

 相手は前身が日本の諜報組織〝風鳴機関〟だった特機二課の現司令官であり、かつ現在は風鳴家の……それもあの鎌倉の外道の傘下にいる郡家の人間でもあるので、奴の差し金でSONGや大赦に関する情報を私から聞き出そう――なんて魂胆があると疑っても無理ない状況だが、それはないと私は確信している。

 司令の物腰からはその様な気を胸の内に隠している感じは見られないし、そもそも相手の内情を掴もうとしているなら、相手側のお膝元の地かつ十傑集の非公開の会合を終えた手前で、わざわざ疑ってくれと言わんばかりのこんなあからさまな手など、彼女くらいの傑物ならまず使わない。

 その上あの外道の手段(やりくち)は、むしろ老獪とは程遠く、搦め手や奸計と呼ぶに値しない〝力押し〟で、一度手癖を把握すればむしろ〝対抗策〟が練り易い単純なもの、実際同等の権力を持つ櫛名田桔梗が重い腰を上げるだけで十分な抑止力を齎した。

 加えて、いくら元公安のエースだった千明司令でも、外道の方針を超えた謀を進める気にはなれないだろう、奴の様な手合いは、何事も完全に己の支配下に置かなければ気が済まない、たとえ配下が多大な手柄を立てても、自分の思惑から逸脱した時点で切り捨てるのが関の山………司令含め奴の下にいる者は皆、確実に奈落へ堕ちる綱渡りなどしたくないだろう。

 

〝好き放題言った挙句最後にそれとはな……相も変わらず貧乏くじばかりだ〟

 

 それにトトの記録(きおく)から、司令は表向き家の都合上……風鳴訃堂に従ってはいるものの、あの外道に対する忠誠心は皆無で、日々奴の無理強いに対し苦い想いを何度も味わっている実情は汲み取れていたし。

 

〝変に突いて蛇を出すようなことにでもなれば、一番にその咎を受けるのは君の主人だ、私の先祖である千景のようにね……〟

 

 わざわざ千景(せんぞ)の名を上げてまでご丁寧に忠告してくれるくらい、その千景と同じく表面的な態度で誤解され易いだけで根は人が良くできた方だと言うことは実際に顔を合わせたことで、改めてはっきり窺えた。

 とにもかくにも千明司令本人の言う通り、明らかに個人的かつ非公式で私たちに接触してきたのは明らかなので、いつまでもこんな道端に居続けるわけにはいかない。

 どの道千明司令の意図は、当人と会話を交わしていく内におのずと分かってくるしな。

 

「では、お言葉に甘えて」

 

 それに私にとってもこの神々の〝内戦(シビルウィー)〟を収束させる為の情報(てがかり)を得る上で千明司令と直に対話できるこの機会を逃す手はなく、了承の意を示して彼女の車両の助手席に乗車する。

 車両が走り出す頃には黄昏時はとうに過ぎ去っており、冬の季節が間近な香川の空はすっかり夜天となり、星々の光が見え始めていた。

 

 

 

 

 

 セダンは千明司令のカーナビよりも正確で無駄のないハンドル捌きで近場のICから高松自動車道――高速道路に入り、愛媛方面へと走り出す。どうやら香川から愛媛間の開放地区を一回りする気らしい。

 緑の山々に囲まれる形で敷かれた道路は絶えずライトを点けた車両たちが進み、その光で反射板が煌いて、道端に設置された道路照明灯夜の闇を照らしている。

 時折、街の灯りが見えることはあるが……首都圏の高速に比べたらどうしても常闇の濃度は強く、時速一〇〇キロ前後で走り続けることに慣れてないドライバーからすればさぞ何度もひやりとさせられる環境だろうなと思いつつ。

 

「ドライブは趣味なんですか?」

 

 窓の向こうで流れる景色から、千明司令の横顔へと視線を変えた私は聞いてみた。

 薄暗い車内でも分かるくらい、運転中の司令は上機嫌だ。何しろ当の本人にとっては不本意な一方、的を得てはいる公安兼弦さんの上司だった時代の異名――〝氷の管理官〟に相応しい冷然とした雰囲気が鳴りを潜めた横顔を見つめるまでもなく、景気よく鼻唄を歌っているし。

 

「まあな、ちなみにこの歌は知ってるか?」

「〝未確認浮遊快感〟がキャッチコピーのハイスピードロボットアクションゲームの主題歌ですね」

「ご名答、ご先祖の血の産物か、ゲームも趣味の一つでね、特にVRでのレーシングゲームには目がない、スピード制限を気にせず、存分に走ることができる」

 

 自分のプライベートを打ち明かしてくれるくらい、機嫌が良いとはっきり窺えた。

 

「けど実際に車を走らせるのも捨てがたい」

「ああ、ゲームとは逆に本物を運転している時は心が穏やかになる性分でね、思考を整理して考えが纏め易くなるものさ」

「『走ることで自らは限りなく静止に近づき、世界は動き始める』」

「うむ……確かにそうとも表現できるな」

 

 私は〝自分の主演映画〟と同じ脚本家が書いたSFロボットアニメ映画の台詞を引用して、今ドライブ中の千明司令の〝感覚(じょうたい)〟を表し。

 

「『それに移動する車内なら話が漏れる心配もない』――しな」

「それも確かに」

 

 どうやら司令もその映画を見ていたらしく、私が引用したものの次の台詞を用いて返してきた。

 

「そろそろ用件に入ってくれますか?」

「分かった」

 

 こうして四国をドライブしている時間は私以上に千明司令にはお世辞にも余裕がると言えないので、私は自分達が引用した映画劇中同様に、私は彼女に〝今〟だからこそ話せる上に話したいであろう〝本題〟に入ろうと催促する。

 

「まずは………君、いや、君とトト君にお礼を伝えておきたくてな、我がご先祖――郡千明のことで」

「その為にわざわざタイトなお時間の中、私をドライブに誘ったのですか?」

 

 これには戸惑いの波紋が自分の胸の中で起きる。

 まさか千景のことで、千明司令の口から直々にお礼の言葉を述べられるなんて、さすがに予想だにしていなかった。

 

「私にとっては、リスクを犯してまでそうするだけの価値があったのさ」

「そんな大それたことを私はしていません」

 

〝あなたは――独りじゃない〟

 

 確かに私とトトは、孤独が過ぎる境遇の激流に流されてきた千景に……この〝事実〟を伝え、気づかせてはあげたけど。

 

「そもそも千景の方から〝相談〟してきましたし」

 

 それ以上に何より千景自身が……〝勇気〟を出して踏み出し、勇者部五箇条の一文を実行した賜物だと思っている。

 だから息苦しく閉塞的な西暦末期の時代よりこの結界(せかい)に召喚されてからの日常(せいかつ)で見せるようになった千景の、ゲームとイヤホンでできた殻の下に隠されていた年頃の女の子としての様々な人柄の数々は、彼女自身が掴み取った産物であり、謙虚さ抜きに私はあくまでその手伝いをしたに過ぎないと言う認識だ。

 

「ならば尚のことだよ、悲しい話だが………西暦の時代に、生前の先祖を〝理解してくれる〟存在はそう多くなかったからな………」

「………」

 

 憂いを帯びて微笑む千明司令の横顔を前に、私は咄嗟に返せる言葉が浮かばず、普段の自分の視界には映る機会のない〝俯いて見える膝と太腿と手の甲〟の光景が目に入った。

 若葉たちには申し訳ないが……千明司令の千景の境遇に関するこの言葉には、私も頷かざるをえなかったからだ。

 人は人が思う以上に〝面(ひととなり)の皮〟が多い上に、一枚一枚が分厚く、その上そんな多種多様な〝自分〟を一人だけでは――他者との対話(コミュニケーション)と言う〝鏡〟を通じてでなければ――知ることができない生き物。

 千景はそんな人間の中でも、その対話(かがみ)を見る機会に恵まれなかった方だと、静音から聞かされた話と、黒塗りだらけの大赦の記録からでも窺える。

 人への愛を捨てきれなかった自分(ガメラ)でさえも吐き気を催す、一人の少女を迫害した癖に、勇者に選ばれた途端掌を返して都合のいい言葉で彼女の〝望み〟を歪めたかの村の人間たちは無論、大社の連中含めた大人たちは言うに及ばず。

 若葉もひなたも、千景と真逆の身の上だったゆえに、最後まで彼女を仲間だと信じながらも、その心が抱える〝影〟を自力では窺い知れなかったし。

 勇者として見い出してくれた巫女の花本美佳も、そう簡単に会えなかった立場を差し引いても……〝人となり〟を理解しようとするには程遠い〝憧れ〟を強く持ち過ぎていた。

 千景にとって苦手な相手の一人でありながら、実は一番の危うさを汲み取っていた球子と、二人の間を橋渡しできる杏は、戦友としての仲を深める前にスコーピオン・バーテックスの凶刃で戦士してしまった。

 親友であり心の支えにして数少ない理解者だった高嶋(ゆうな)も、人懐っこい性格と裏腹……いや、その広く深い優しさ故に〝不和〟を恐れて距離を取ってしまうことがある一面と、仲間たちを救う為ならリスクを惜しまない自己犠牲の精神で度々深手を負って戦線離脱を余儀なくされる事態(実際、西暦勇者たちの不協和音は、いずれも高奈が入院中に起きている)が災いして………一番大事な時に、千景の傍にいてやれなかった………。

 

「だから君たちがどれ程謙虚を貫こうとも、それでも我が先祖に手を差し伸べてくれたことには感謝を送っておきたい」

 

 千明司令も、記録越しとは言え千景の生涯に数多く思うことがあったのだろう。

 

「――ありがとう」

 

 と、司令はストレートに感謝の言葉を述べてきた。

 

「では、丁重に司令のお気持ち、お受け取り致します」

 

 この人がそこまではっきりと他人に〝ありがとう〟と言う機会は滅多にないことな筈だし、自分も段々と皆と打ち解けて心の花を少しずつ開かせている今の千景の在り方を喜ばしく感じているので、私は後生大事に千明司令のお言葉を受け取る。

 

「気っ風の良い真っ直ぐで澄んだ返事だな、益々可愛げのない堅物な妹と、一見人が良いが狡賢い女狐な姉の二人による櫛名田の娘どもの下に置いておくのは勿体ない」

「千明司令、本音を零せる場とはいえ、一言多いですよ」

「だが事実ではある、だろう?」

「ええ、事実ではありますね、確かに」

 

 一応苦言を呈した私だったが、櫛名田姉妹に対する認識は千明司令と全く同意見であった為に、思わずお互いに〝気が合うな〟と笑みを交し合うのだった。

 

 

 

 

 

「「へくちっ!」」

 

 勿論同時刻、噂の主たる静音と琴音はくしゃみを、双子だけあり綺麗かつタイミングばっちりに声をシンクロさせて零しており。

 

「静音、大丈夫?」

「な、なんとか……また嫌な寒気が……」

 

 静音に至っては、背筋にて明らかに冬の冷気のものではない悪寒すら感じていた。

 無理からぬ話で、相手それぞれ関係性は真逆なれど、静音にとって一種の〝天敵〟と言える者達が仲を深めて談笑している真っ最中だったのだから。

 

 

 

 

 

 笑い合った余韻がまだ冷めやらぬ中、高速道路上での安全運転を忘れずに留意しながらも、千明は趣味のドライブに興じると同時に、もっと朱音との他愛ない話題を種に談笑をしたい気が、内心沸き上がっており。

 

「実のところ、もっと君と雑談に耽っていたいのだが……」

 

 その旨を当の本人へと千明は口にしていた。

 公安の管理官時代から現特機二課の司令官な現在に至るまで、彼女の周囲にいる人間たちの関係は、昔馴染みの十傑(せんゆうたち)を除き、多少の差はあれど〝氷の管理官〟と言った異名を付けられるほど畏敬の念を抱かれるか、犬猿の仲同然に反発されるか……それこそ風鳴訃堂を筆頭とした現場の足を引っ張り、事態をより悪化させる無能な上役たちが抑圧してくる……と言ったものばかりだった。

 ゆえに、前世の記憶を持ち、それが怪獣(ガメラ)と言う境遇を踏まえても多面的で多層的にして、幾つもの相反する要素が同居している草凪朱音の人間性の賜物か、それなりに歳の差があることを忘れかけるくらい、肩の力を抜いて気兼ねなく会話できる不思議な懐の深さすら有するこの少女に対し、公的な意味で自身の右腕(ブレーン)としてスカウトしたいくらいにかつ、一個人としても、以前からあった関心が強まって一層気に入り始めていたからだ。

 

「おや、実を言うと私もですよ」

「それは私が〝千景の子孫〟だからか?」

「〝郡千明と言う一人の人間〟にですよ、しかしもう私人としての貴方と語り合える時間が無いことも分かっています」

 

 千明がハンドルを握るセダンは愛媛県内の高速道路をぐるりと回り、讃州市へと戻るルートに入っており、それは二人がこうして車内で密談できる時間が残り少ないことを示していた。

 

「なのでまだ高速の上を走っている内に、もう一つの本題に入ってもらえますか?」

「ああ」

 

 ついさっきまで破願していた朱音と千明の顔つきは、一転して怜悧な美貌を引き立てる凛としたものへと様変わりする。

 公私と意識の切り替えが手早いと言う共通点が、この二人にはあった。

 

「その前に朱音、確認しておきたいことがある」

「はい」

「凡そ見当はついているが一応訊いておきたい、君はこちらに召喚された当初から独自にこの世界の歴史と状勢について調査しているだろう? その意図を話してはもらえないか?」

 

 千明はもう一つの本題に入る上で、必ず通らねばならぬと言ってもいい前置(ようけん)を朱音に問いかけ。

 

「召喚の折、神樹様から受けた依頼を端的に表するなら――〝私の仕事は勝つか負けるか〟です」

 

 朱音は即座に、かの怪獣王の映画に登場した自衛官の台詞を引用して答えた。

 

「とは言え受けた以上はこのお役目を勝利の形で達成したいので、その為に日々最善は尽していますが………どんな戦争でも必ず、想定外(まさつ)は起きるものです」

「そうだな……私も例の〝摩擦〟どもには、何度とでは言い足りないほどに困らされてきたものだ」

 

 以前朱音が諏訪奪還の件で切歌たちを説得した際にも用い、当然千明も知識と実体験共々で存じている、ドイツの軍学者が提唱した〝実際の戦場で起きる想定外(アクシデント)〟であり、造反神との戦いでも幾度となく発生し、今後も確実に怒り得る――〝戦場の摩擦〟。

 

「どれ程対策を練ろうとしても、実際にどんな形で摩擦が起きるか予測するのは限度があります………だからこそどの存在が依頼を達成(せいこう)させる上で妨害してくる、鎌倉のフィクサーの様な獅子心中の虫同然の〝敵(わざわい)〟であり、誰が目標へと進む上で心強い〝味方〟となり得るのか……自分の目で精査しておきたいものでしてね、それ込みで〝情報収集〟は戦いをこちらの有利に傾かせる上で重要な要素(ピース)です」

 

 千明は粛々と朱音の返答を聞きつつも、上出来だと感心させられている。

 実際の戦場での戦闘ばかりが戦争ではない……勝利を掴む上で〝情報〟は重要な物資にして武器の一つであり朱音はそれを巡る〝情報戦〟の重要性を多大に認識しており、勇者と装者たちの中どころか、千明が知る上で造反神との戦争に関わっている全ての人間の中で理解度が高いと言っても過言ではないと、千明は確信すら得ていた。

 

「なら私は、どちらに該当する? 朱音君」

「貴方は――」

 

 当然、前者に該当する輩の中で筆頭は――風鳴訃堂に他ならないと、千明と朱音の両者は寸分違わぬ同様の意見を持っている。

 

「――大いに信頼できる心強い〝味方(同志)〟だと断言できる上に、私の中では弦さんと八紘長官を差し置いて上司にしたいお方ですよ、千明司令」

 

 と、朱音は千明の横顔へ、夜の車内でも煌めく透明感を誇る翡翠色の瞳を向けて発した。

 

「光栄だな、その心からの言葉、大事に受け取らせてもらうぞ」

 

 余りストレートに賛辞を受けた経験が無かったのもあり、千明は少々こそばゆい感覚を抱きつつも、口元は素直に嬉しさで綻ばせ……つつも――彼女の翡翠の眼(まなこ)から、確かにはっきりと目にした。

 装者で言うところの〝胸の歌〟と表せられる……心に灯される〝信念〟と言う名の炎。

 公安時代の部下だった弦十郎に、八紘らも有している代物ではあるが、千明からすれば彼らのものは、まだ〝青臭く〟酸味のきつい癖に甘ったるい匂いが残っている……まあこれはかの兄弟に限らずお役目を務める〝後輩〟たちの大半も然りだが。

 一方で朱音のものは……彼女の前世――守護神ガメラとしての激闘の中で、幾多の修羅場に艱難辛苦の荒波を何度も受けては呑まれかけながら潜り抜け、酔いも甘いも嚙み分け、己の内外問わず清濁併せ呑み洗練され、熟成されていながら瑞々しい輝きも残して芳醇かつ鮮やかなに実った〝果実〟だと、千明にはそう印象付けられた。

 神樹が造反神の奇襲で弱った身に鞭を打ってまで、平行世界からわざわざ……かつて〝神〟だったこの少女を呼び寄せたのも頷ける。

 

〝私の人目も、まだ狂いは無いと言うことだな〟

 

 諏訪奪還作戦の時から怪獣の前世(きおく)を宿したシンフォギア装者の歌女(うため)にして、異世界の来訪者であるこの少女には、強い関心を抱いていたが、こうして直に言葉を交し合うことで千明は確証を得て。

 

「さてすっかり前奏(イントロ)が長くなってしまったな……草凪朱音くん、君に改めて頼みたい」

 

 千明は朱音との車内と言う密談の場を設けた〝目的〟を語ろうとし。

 

「〝同盟〟を取り交わしたい――と?」

「掻い摘んで表すならそう言うことだ、話を進め易くて助かる」

 

 とうに汲み取っていた朱音は、一言で表現した。

 

「朱音君にトトくん、君らも存じている通り、人知を超えた神との戦争を行っていると言うのに、携わっている人間(わたしたち)は烏合の衆な上に、〝摩擦〟の数が多過ぎるときた」

「その点は私も痛感しています、樹海(ぜんせん)に出る実行部隊(タスクフォース)たる装者勇者(わたしたち)の間ですら、何度も起きていますし……」

 

 ただ千明から言わせれば、一個小隊並みの人数で構成された〝実行部隊〟の間で発生したチームワークを乱そうとする不協和音たちは、一応部隊の指揮官にしてかの石頭な方の櫛名田の双子の妹――静音の右腕となり、『国土亜耶脱走』の件では彼奴に一泡吹かしさえした朱音の迅速で巧みな手腕による尽力と調停により、修復不可の域にまで悪化する手前の段階で悉く阻止できている分、問題としてはまだ遥かに可愛い方(――と認識しているが、逆に朱音がいなければ、早い段階で寄せ集めの部隊は空中分解を起こしていたとも千明は踏んでいる)。

 むしろ厄介なのは――。

 

「SONG、現特機二課、大赦ら裏方(おとな)たちは、もっと酷く足並みが揃っていないことも、嫌と言う程実感しています」

「そう、図星なことにな……」

 

 ――そんな心身が発達途上の未成熟で繊細なうら若き年頃な少女たちを過酷な戦場に送り出し、世界の存亡を背負わせなければならないこそ……手厚くサポートしなければならない

 

「摩擦を生む〝内側の敵〟は山ほど、先日は未遂で阻止できたサクリスト弾頭発射に匹敵する〝最悪〟も含めた事態は、この先も数多く起きるのは必定」

「心当たりは……私が考え得る範疇でもかなりいますね」

 

 この先の造反神との戦いの数々で発生する〝摩擦〟の具体的な形までは、千明も、巫女として神託を受けられる朱音すらも予測し切れない………が、確実に……〝摩擦〟を招く〝獅子心中の敵〟たちの存在を彼女たちは把握している。

 

「私の仕事もまた――〝勝つか負けるか〟――であり、勝利の形で達成したい想いも然り、君の言葉で言うならば〝内なる災い〟への対抗の為にも、朱音君……君の力を貸してほしい」

 

 千明からの申し出に対し。

 

「勿論お受けします、むしろ私からもお願いしたい千明司令、貴方の類希なる辣腕を、是非お借りさせて下さい」

 

 朱音は快く引き受けた。

 

「では、これで決まり――だな」

「Yes,Miss――同盟成立です」

 

 幸いにも朱音と千明、両者の利害は一致している上に、談話を重ねる程二人ともお互いへの好印象が深まっていく好循環が後押しとなり、密かに彼女たちの間で同盟が結ばれたのであった。

 

 

 

 

 

 朱音発案のドリームトレーニングで毎日鍛え磨いている感知能力で、可視不可視問わず蟻一匹がはい出る隙間も見せないくらい入念に、車両周辺の索敵と監視を怠らず目を光らせながら僕は、朱音と千明がこっそり同盟を結ぶ様を見ていた。

 当分この事実を知るのは当事者以外には僕しかないことになるだろうし、勿論しかるべき時が来るまでは絶対に、静音たちにも風鳴司令たちにも明かさないつもりだ。

 ところで……二人のやり取りを見ていると、さっき朱音が台詞を引用した某怪獣王の映画に登場する権藤一佐と黒木特佐が思い浮かぶ。

 と言うかあの二人の歳の上下と性別を逆転したら、丁度朱音と千明になるとさえ思った……それならこれが面と向かっての初対面なのに、忘れかけそうになるくらいの気の合っている様にも、うんうんと頷けて納得できた。

 

〝ずっと分かっていたよ、神樹の使い魔くんいや、精霊くんと呼ぶべきか?〟

 

 諏訪奪還の時、こっそり監視していたのを千明にバレてしまったあの瞬間はどうしようかと思ったけど、結果として良い方向に転んでほっとする(でもこんな幸運はそう何度も起きるものじゃないから、同じ轍は踏まない為に感知能力の向上の鍛錬も欠かさずにしてるけど)。

 

「前祝い代わりに、今日の会合のお題でもあった〝機密情報〟を君たちに提供しよう、ダッシュボードの中にある」

「はい」

 

 言われた通り、朱音は助手席の目の前のダッシュボードを開けて手探ると、携帯端末との接続機器に取り付けられた有線式の外部記憶装置(メモリーカード)があった。

 朱音は念の為、端末の設定をオフラインにして端子を繋げると、画面にカード内に保存されていたファイルが表示される。

 当然、機密情報だけあって鍵がかかっていて、開けるには暗号(パスワード)入力が必要だった。

 

「千景の分厚い心の扉を開かせ、交流を深めている朱音君なら、まだ気づいていないだけでパスワードは既に知っている筈だ」

 

 千景に関することがヒントってことは……もしかして――僕が閃くより先に感付いた朱音は『C-SHADOW』と入力し、ファイルの鍵が開いた。

 パスワードに使われていた単語は、前に千景がこっちの世界で嵌ったオンラインゲームで使っているハンドルネーム『Cシャドウ』が元、確かに千景と一緒にゲームを楽しむくらい仲良くなっていないと、簡単には当てられないよね。

 

「〝鏑矢〟……Oh shit(ちくしょうが)」

 

 ファイルの内容を読み始めて程なく、朱音の口から苦々しい声が零れただけじゃなく――。

 

「全く、大赦はどうして自虐的なブラックジョークのセンスばかり一丁前なのか……なんて……嘆かわしい」

 

 ――眉を顰め、随分前から失墜していた大赦への不信と疑心がさらに強まって、皮肉たっぷり吐き捨てた。

 

〝鏑矢〟

 

 それは……勇者と防人、とは別に、もう一つ存在した神樹様の力を借りて戦う少女(せんし)たちの総称で、その初代メンバーの一人が他ならぬ赤嶺友奈であり、発足したのは神世紀七二年。

〝カルト集団の自殺〟が起きたと大赦の史料で記録されていた出来事と、同じ年。

 そして朱音と僕の懸念通り、黒塗りだらけの記録に載っていた神世紀七二年の記述は表向きのもので……真実が〝改竄〟されたものだった……。


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