って、おいおい?
神というのは人類に試練を課すものだ。
今日に至るまで、人類は神から試練を課される度に、強く、賢しく、そして逞しく生き残り続けた。
例えば、ギリシャ神話において人類最初の女性とされているパンドラ。そして、彼女と共に人類に送られた匣が有名だろう。
彼女は退屈な日々を脱するべく、刺激を求めた。だからこそ彼女は、絶対に匣を開けてはいけないと神々から言い含められた匣を開けてしまう。
そこから飛び出したのは様々な災厄だった。疫病、悲嘆の心、欠乏、罪を犯すという概念。それらの心に生まれ、芽生えた。パンドラは慌てて匣を閉めるが、最後の一つを遺して全てが出ていってしまった。最後に残っていたのは希望であり、パンドラは改めてそれを解放した。そうして人類は希望に縋って生きていけるようになった。
一体、何故、神々はパンドラと共に匣を与えたのだろう? ――答えは簡単だ。
それよりも以前、神々から火を盗み人間に与えた神がいた。それによって夜間に獣に襲われることも凍死することもなくなり、人間は文明を起こし、地上の支配者となった。
だが、最高神であり支配者のゼウスはそれが気に食わなかった。だからこそ、ゼウスは災いの詰まった匣を、そして気持ちばかりの希望を込めてパンドラと共に贈ったのだ。
さて、この件によって一つだけ、ハッキリとすることがある。――神々は人類を、大して愛してはいないということだ。
そんな神が、再び人類に試練を課した。少しばかり風変わりな神が、狂気の試練を。
『さァてッ! 人類の皆々様ァッ! お前らに、良い報せがありまァッすッ!』
全人類が全ての行動を停止し、その声を聞いた。人々は周囲の様子を伺い、それが幻聴でないことを確信した。そして同時に、この声は全人類が聞いているのだ、と。
『今、皆さんの気持ちが一つになったァと思いますが、あえて、理解を拒絶しているらしいのでェ? 一応、言っておこうとおもいまァすがァ。これは盛大なプロモーションでも何でもなく、純然たる事実として、ワタクシの声はお届きになっておりまァすゥ!』
更に言葉を続けるその声。超常現象。そうして一部の人々は気付いていく。これは、ある種の超常的存在即ち神の仕業なのだ、と。
『そうです、そうです、そうですッ! そう、そう、そうッ! ワタクシはァッ、神、ゴッド、デウスでござーい! そォして、ワタクシからお前らにプレゼントフォーユー。神からの贈り物でェございます!』
言葉と共に、一人の少女のイメージが全人類の脳裏を過った。
『彼女にィッ! 世界に災いを齎す災厄のウイルスを与えまァしたァッ! 彼女が寿命を迎えて死んだ時、全人類は未知の疫病によって死に絶えるだろう! 更に更にィ! 彼女は不死でありィ、とある方法でしかッ殺すことができませんッ! 全人類よッ! さぁ、ワタクシこと神からの試練だッ! 彼女が寿命を迎えて死ぬまでに、彼女を殺し、世界に陥る災いを回避するのだッ! あはははははっ!! ははははっ!』
と、狂気染みた笑い声が響き、消えて行く。まるで嵐のような、その声が完全に消失すると同時に――。
『あっ、そうそう。彼女を殺した者はなんでも一つ、願いを叶えてあげよう』
と、至って真面目な声が聞こえ、そうして神の言葉は終わった。
少女はすぐさま特定された。いや、特定されるよりも前に全人類が知っていた。
そうして彼女は全人類の敵となった。
全人類は神に願う願いを統一した。『恒久的幸福と永久的平和』だ。そしてその為に、人々は際限なく、あらゆる手段を尽くした。
来る日も来る日も、彼女は死を望まれ、害意を加えられた。ただひたすらに、何の躊躇いもなく。いつの間にか誘拐され、マリアナ海溝の底にまで沈められたが、それでも彼女は死ななかった。死ねなかった。
宇宙に放り出されたならば地球に転移し、太陽の熱でも溶けることはなく、体内で核爆発が起きても無事であり、絶対零度ですら彼女には無意味だった。
そうして必死に、たった一人の少女を殺そうとする全人類を見て、神は腹を抱えて笑った。
『嗚呼、嗚呼、嗚呼ッ! なんて、なんて、なんて滑稽なんだッ! 愚かで、浅ましく、惨めで、情けなく、そして大馬鹿者だッ! あはははっ、はははっ!!』
少女が寿命以外で死ぬ方法。それはたった一つ。それに彼らは気付かない。いや、気付く訳がないのだ。たった一人を除いては。
――みんな、死んじゃえばいいんだ。
神の言葉から数年が経った頃だろう。幾多もの死刑を施されながらも死なない少女は、そう願った。他の誰でもない、神に。
それが彼女の最期の言葉だった。
自殺。自分を殺す。それが彼女を殺す、唯一の方法。
そして、世界から人間はいなくなった。
例えそれが世界の為だとしても、殺す相手はか弱き少女で、唯の人間なんだと、神は言っていたではないですか。
だというのに、正義の為にそれを無視するなんて。
だから罰が当たったんですよ。
まぁ、罰の当たった人類はもういないのですけれど。