脱出は一か八かの賭けで、まだ知らぬ通路の中を駆け抜ける方式に強制された。
後ろから追っ手が迫っている以上、時間が無いのだ。
通路は前と同様の空気を醸し出しているらしいが、駆け抜けている今は、そんな気分にさせてくれない。
部屋はどこを見ても小部屋ばかりで、隠れそうにもない。そして2つ目の角を抜けた直後の部屋に、2部屋程の広さがありそうな部屋を見かけたので、また更なる賭けになりそうである。
確実に追っ手から逃げ切りたいが、運が回って来ない以上、この不安定な賭けにも手を出さなければいけないのが辛い。
思い切って飛び込んだ先は、工房のようだ。
磨かれた安山岩の部屋全体は暗く、何かを入れるような窪みと、かなり打たれてヒビが入った金床が置かれていた。
これを見て、ある事を閃いた。
もうこんな場所には二度と行かずに済む方法である。
アレックスの力も借りなければいけないが、その方法を一通り話したところ、快く了承してくれた。
さすがクロスボウの名手である。
話し終わった段階で、部屋を隅々まで呑気に見ていたらしい追っ手達が、いよいよ自分達がいる部屋にやってきた。
アレックスは角でじっくり時が来るのを待っている。
自分は剣⋯⋯ではなく、ツルハシと斧を構えた。
これが、俺の武器だ。
ローブを纏った例の男は、追ってきた村人を割って後ろからやってきた。
「そろそろお前を殺せる時が来たな。
近くから見ていたが、お前もあの男にそっくりな見た目だ⋯⋯。
⋯⋯だが、あの人には遠く及ぶわけがない。
思想も戦い方も、その目も⋯⋯。」
「何を言っているんだ。」
「返事はいらん、煙を目に入れて満足すれば後はどうだっていい。」
そう言って、男は廊下の時よりもゆっくりと独り言を喋りながら両腕を上げた。
その隙に、壁際の安山岩の壁をツルハシで大きく穴を開ける。
予想通り、壁の奥には見慣れた木の壁が露出した。
「撃て!!」
自分の合図で、角に隠れていたアレックスはクロスボウを構えて金床に向かって1発撃ち込んだ。
が、それは金床の上を掠めて木の壁にすら弾かれてしまった。
希望は潰えた⋯⋯とは思わせない、むしろこれでいいのだ。
弾いた木の壁は、突然火を上げ始めたのだ。
そう、これこそが真の狙いである。
「矢じりが火打石じゃなければ、こんな発想には至らなかった。
読みたい本が山ほどあったのが唯一の心残りだ。」
石の壁の周りが炎で包まれるその前に、今度はここからの脱出だ。
⋯⋯2段構えになるのは仕方がない。
事前に打ち合わせで脱出路を指示しているので、アレックスは慌てふためき叫ぶ村人らの後ろの方に紛れながら壁をぶち破り、無事部屋から出るのを確認出来た。
しかし、問題はこっちの方だ。
全員の視線が集まり、ローブの男は詠唱自体も終わりそうな雰囲気だ。
いや、もう終わって手を下ろした。
その時、地面から鋭い牙が一直線にこちらへ向かってきたのだ。
牙は部屋の壁まで食らいついたらしく、通った跡が穴になって残っていた。
そこで、この穴を抜けて脱出する事にした。
ところが、その事を既に見越していたのか、穴の先には例の村人が立ち塞がっていて、斧を勢いよく振り下ろしてきた。
すぐ後ろに身を引いて、危うく真正面から切りかかれそうな所を避けたが、依然危険な事に変わりはない。
かなり絶望的な状況だったが、次の策を考えようとしたところ、後ろにある穴からグイッと引っ張られた。
突然の出来事だったが、肩にかかる金の髪ですぐにアレックスと分かって落ち着いた。
立ち塞がっていた村人を倒したようだ。
走って部屋から出たが、火の手は壁の外まで行き渡っていないらしく、廊下はこれまで見たような薄暗さを保っていた。
そのまま走りきろうとするも、諦めが悪い追っ手はまだ背にいる。
そして、ついに斧を全員で投げ出した。
あんなものが当たれば、確実に致命傷は避けられまい。
後ろを見ながら飛んでくる斧を左右に避けつつ、どうにか行き止まりまで進めた。
あとは投げてそのまま刺さった斧で壁を破るのみだ。
想定外ながらも、割と順調に脱出まで行けた。
このまま家路に付ければ100点だが⋯⋯。
「アレックス、斧を拾って早く出るぞ。」
「わかった、私はもう少しだけ時間稼ぐからその間にお願い!!」
「わかった!!」
アレックスはこちらの剣を懐から勝手に奪い、それで応戦を始めた。
想定外ばかり生み出すものだから困ったものだが、文句よりも感謝するべき事柄を色々生み出しているのもまた事実。
連れてきて良かったと心の底から思った。
⋯⋯それはさておき、早いところ斧で穴を開けるべく壁に刺さったそれを引き抜いて、急ぎで通れるだけの穴を切り開いた。
「アレックス、穴を開けた! ここから出るぞ!!」
「やっと帰れる⋯⋯ありがとー!!」
「礼は後だ、急げ!!」
手招きを終えた直後、ここで最悪のトラブルがやってきた。
⋯⋯まだ1人だけ斧を持っていた奴がいたらしい。
「うぐぁっ!!」
「スティーブッ!!」
それが今飛んできて⋯⋯斧を持った右腕を叩き切ってしまった。
これまでにもゾンビに襲われたり、魔女のポーションを被ったりと災難に遭ったが、ここに来て腕を奪われることになるとは⋯⋯。
受け入れ難い事実に直面した勢いからか、ショックでそのまま気絶してしまった。
⋯⋯。
⋯⋯⋯⋯。
「大丈夫か、スティーブ!!」
次に目を覚ました時、最初に目にしたのはジョンソンだった。
ここはどこだと尋ねたら、モデストの家の中と返してきた。
家主のモデストやジョンソン、そして同行していたアレックス全員が、かなり深刻な目で見つめてくるものだから、一体どうしたんだと聞いたところ、どうも気絶してから丸1日目を覚まさず、更に切断されてしまった右腕もあって、村中大騒ぎになったらしい。
依頼を受け始めた当時から、ずっと期待の目を向けられ続けた訳だ、そうなるのもしかたがないだろう。
「スティーブ、あんたがいなくなれば例のモンスターを知る者が減るのと同じだ。
あまり無理はしないでくれ⋯⋯。」
「私も逃げる時苦労したんだから、次からは気をつけてよね。
分け前は半々でいいけどさ。」
「わかってる、次からは気をつけることにしよう。」
そう言って頭を搔こうとしたが、右腕が思った以上にごっそり奪われていた事に気がついた。
「あぁぁぁぁぁっっっ!!?」
「スティーブ、いきなり大声なんか出すな。
ビックリしたじゃないか。」
「そうだよスティーブ、僕も驚いたよ。」
「あ、あぁ。
すまんモデスト、改めて見るとビックリするのも納得いくなこりゃ。
⋯⋯はぁ、これからどうすりゃいいんだか。」
「スティーブ、あんまり気を落とすな。
あんたらしくない。」
「そうは言われてもだな⋯⋯俺の主戦力を失ったようなもんだ、今は1人にさせてくれ⋯⋯。」
「⋯⋯わかったよ、しばらく1人にさせる。
俺は代わりにあんたの腕になるものを探してみよう。
励ましになるかはわからんが、楽しみにしててくれ。」
「僕もとりあえず外で工事を頑張ってる人にも声をかけてみるよ。」
「おう⋯⋯。」
正直な話、腕の代わりなんて見つかるのかと思ってしまったが、ジョンソンの自信ありげな顔を見て、変な説得力を感じた。
しばらくして全員が部屋を出て、1人になった。
外も気が付けば真っ暗だったので、そのまま寝ようとしたが、あの館での出来事が脳裏をよぎり、どうにも上手く寝付けた気がしなかった。
何故かシャツとズボン同様の色をした羊毛、異様な雰囲気を醸し出す魔女とは違った村人達、それを束ねるローブの男、ファンの1人を名乗る謎の村人⋯⋯。
衝撃的な出来事が数多く起きた今回の依頼は、後日エメラルド30個がファンから支払われる形で終了した。