練習レイアウト最後のコーナー、ランサーは火薬を使っても食いついてきた正体を見せつけてくる。
なんと、コースの壁から先にある土にシャベルを突き刺し、それを固定したままくるりと方向転換していったのだ。
「なんてえげつない事をしてくれるんだ・・・・・・。」
こちらがついてこれなくなるのは当たり前だった。
この隠し玉を今日に至るまで見せてこなかったのだから。
「決まったな、今のスイングバイ!!」
「これ見るために今日来たんだ、数年ぶりなのにやべーよアイツ!!」
観客の盛り上がりに潰されそうだ。
こんな事をされたら勝負にならないじゃないか。
脅威的なコーナリングを最後に5周目は終わり、後半戦に突入だ。
レイアウトは変わって、ヘアピンも含んだ難しいコースになる。
ランサーの背中が遠くなっていく・・・・・・。
コーナーで勝てず、ストレートを腕力に任せて近づけたとしてもあんな事をされちゃ、ここからは消化試合になって当然だろう。
もはや勝負にならないと絶望し、レースを放棄してしまうような自分を、ランサーは更に煽りにかかる。
「スティーブ!
これは真剣勝負でありつつも、ルールの穴を突く戦い方も必要だよ!
君もやってごらん!!」
ランサー、本気で言ってるのか?
今初めて見たんだぞ?
誰にでも出来るような技術には見えない。
勝ちを確信しているからそんな事を言ってしまうのか?
だが、ランサーとの距離は離れる一方だ。
出来る出来ない言ってる場合ではない。
レイアウト変更によって生まれる2連ヘアピン後半でやって見せようじゃないか。
ストレートからのS字で少しだけ距離を縮め、いよいよ1発本番の賭けが始まる。
あの盛り上がりから察するに、この技を完全にトレースするのは無理がある。
ランサーは最初のヘアピンからシャベルを突き刺し、ボートになし得ぬスピードで攻略していく。
その後ろを、角度をつけて滑り抜く。
1つ目のヘアピンの割にだいぶ向きが内側に向かっているが、2個目のヘアピンに向けて姿勢を作っておきたい。
真っ直ぐになった瞬間、ボートを思い切り跳ねあげるようにシャベルを氷に当てる。
そこから壁際まで近づき、左腕の力の全てを伝えるように、コーナーの中心にあたる土へシャベルを突き刺した。
そのまま耐えるようにコーナーを曲がり、終わった段階でシャベルをボートの流れも利用して抜く。
本気でどうなるかと思ったが、やってみればそれほど難しいものでもないようだ。
しかし、左腕が痺れることこの上ない。
ランサーは思い切りやっているようには見えなかった辺り、単に力を入れすぎただけなのかもしれない。
とにかく、距離を大きく離さずに済みそうだ。
・・・・・・と思ったが、2連ヘアピンの先がどうだったのかをすっかり忘れていた。
まだコーナーは終わってなんかいないのだ。
次の右コーナーがゆるめだったにもかかわらず、そのままの勢いで真っ直ぐ壁に向かっていくボート。
慌てて右へ向かうようシャベルを氷に叩きつけるも、既に手遅れだ。
勢いよく壁に叩きつけられてしまった。
しかし思ったほどダメージはなく、勢いも完全に死んだ訳ではない。
まだやれる、やってやろうじゃないか。
ストレート手前の右コーナーを抜けた後、火薬を吹かして体勢を立て直そうとする。
だが、火薬を入れてもちっとも前に進まない。
それになんとなく重たさが抜けたような・・・・・・。
重たさ・・・・・・?
「なんてこった・・・・・・。」
完全に勝ち筋を見失うまでに絶望した瞬間だった。
かまどが壁にぶつかった勢いで吹き飛んでしまったのだ。
腕にかけていた力がみるみる縮み込んでいくような、そんな感触が余計に敗北の空気感となって突き刺さる。
観客はランサーに目線が向かい、逆にこちらへ向けられるのは残酷で冷たい嘲笑だけだった。
体が重く、ボートを仕方無しに動かす中、無線が入る。
アレージからのようだ、こんなどうしようもない時に。
「スティーブ、まだ2周目始まってないでしょう!?
諦めてはいけません、お客さんも冷めてしまってますし・・・・・・。」
「こんな状態と心でどう走るんだ。
相手は伝説なんて付いてしまっている奴だ。
こんな惨めな思いをしに依頼を受けたんじゃない。」
「まだ秘策があるでしょう?
ポーションを持って行かせたじゃないですか。
万が一の時は飲みなさいって、ほらっインベントリを漁って!」
ポーション・・・・・・か。
確かに薬に頼ってみるのも一理あるのかもしれない。
練習に忙殺された末に効果なんて忘れたが。
インベントリには確かに飲まずに持ちっぱなしにされた物があった。
「それですよ、それ!
早いとこ飲んで、氷を削りきっちゃうぐらい力強く追いかけましょうよ!!」
とにかく早く終わらせてしまいたい気持ちと共にポーションを飲み干す。
すぐに体は軽くなり、やる気が湧き上がってくる。
もう少しだけ、頑張ってみよう。
かまどは吹き飛び、観客の熱は冷め、ランサーは次のコーナーの攻略を終えた。
もはや己の肉体だけが頼りの状態だが、そんな状態に反してやけに調子が良い。
ポーションが気持ちに作用しているという訳では無いとは思うが、体はうずうずしている。
彼に勝る腕力が更に強化された、この条件ならランサーに追いつくのだって、もしかしたら・・・・・・?
氷にシャベルを当てる、飛び出す、次のコーナーに向け止めるべく、シャベルを叩きつける。
全ての動作が力強く伝わる。
かまどが完全に取れた分、ステージ1と同じ重さになり車体バランスも良くなった。
挙動も更に素直になった・・・・・・とは言い難い(かまどが乗っている前提で行われたチューニングの弊害)が、ステージ2でいじめ抜かれた為、手の内にしっかり入る。
本当に良い機体だ、金がかかっているだけある。
腕力に任せたパワフルな走りで、ランサーとの距離を縮めていく。
ランサーは変わらずスイングバイを駆使し、縮めた分を相殺していく。
次の勝負ポイントはかまどを吹き飛ばした悪名高き2連ヘアピンだ。
力に任せて思い切り加減速を行い、もう一度スイングバイ2連にチャレンジしてやろう。
最初のヘアピン内側ギリギリまで近付き、シャベルを刺すべく減速する。
目の前でランサーは綺麗にシャベルを刺しこんで逃げ切るが、焦ってはならない。
結局のところレースは生き残りゲームだ。
お互い生き死にを賭け、終わらないサバイバルに挑むのと同じように思えたからだ。
かまどが外れる程のクラッシュをしておいてまだ食いつけるのは、本当に偶然だった。
次に同じようなミスをすれば、二度と追いつけないだろう。
まだ死に時じゃない。
ランサーの後を追うように、冷静になってシャベルを土に刺して曲がっていく。
が、途中までは良かったものの、どうも離すタイミングが遅かったらしい。
次のヘアピンの内側からどんどん離れてしまう。
ここでも焦らず、自らのパワーで強引にカバーしよう。
流れゆくボートを元ある位置に押し留めるべく、シャベルを氷に当て続けてどうにか壁ギリギリで軌道修正に成功した。
スイングバイの方が速いのは明らかだが、大きくミスをするよりは良いだろう。
「やるじゃないか!
僕が見込んだだけあるよ!」
「疲れるんだぞ、ここまで走るのは。
あと1周しか無いから必死だ!!」
「お互い必死な程熱くなるよね!!」
「そうなら良いけどな!!」
絶望からの復活による怒涛の追いつきが、観客にも波及し、大きな熱が生まれる。
その熱が更に氷の上を走る2人を燃やしていく。
ラストラップ、ポーションの効果がとりわけ自身の力を支えるので、スイングバイに頼らずとも行けると信じて外から回り込む。
ランサーは変わらず自身の技術を信じてスイングバイを多用し、内側を攻めさせまいとする。
そんなランサーの技術をこちらは力でねじ伏せていく。
ただでさえ勝つ腕力にポーションパワーだ、文句も言わせない。
ヘアピン後の短いストレートをボートが軋む程の速度で駆け抜け、最後の2連ヘアピンに突っ込む。
ランサーも火薬を使って応戦するが、それでも追いつけなかった。
あまりにも付きすぎた速度を殺すべく、シャベルを突き刺すように氷に叩き込む。
アレージの言っていた事が本当に起きてしまっているぐらいの急ブレーキだ。
それでもなお、これまでの周回の中で1番のスピードを保つ。
こんな非常識な中でも自分は冷静だった。
負けられない緊張感が、時を遅める。
土に刺すべきポイントが右へ流れていくのを見逃さずにシャベルを突き立て、勢いのまま左のポイントへ。
まるでストレートを蛇行しているような気分だ。
ランサーもこの気持ちを伝えたかったのだろうか。
ついに2連ヘアピンをスイングバイで攻略した。
ランサーは顔色を変えずに後ろから追いかける。
結局3周全てでスイングバイを完璧に成功させ、最後のコーナーまで食いついてきたようだ。
己の肉体が全ての自分は、最後のコーナーもセオリー通りに攻略する。
ランサーもコーナーではどうにも出来ないだろう。
・・・・・・そう思っていた。
彼は恐れを知らずか、それともヤケを起こしたのか、コーナー出口に向かって火薬を使用し真っ直ぐ突撃する。
「何やってるんだランサー!!」
コーナーの真ん中で、自分の後ろを勢いよく飛び出す気配がした。
ランサーは壁にぶつけて力尽きるのだろうか。
いや、伝説はこんなチープクラッシュで破滅する事は無いだろう。
そんな心の底で宿った期待を、ランサーは決して裏切りはしなかった。
彼は火薬を使ったが、それは割った半分だ。
最後まで残した火薬をまるまる使って、外に流れるボートを線と線で繋ぐようにして抜けていく。
曲がってからの加速と真っ直ぐな状態からの加速。
どちらが速いかなんて、安定性からして明らかだ。
ランサーは再び自分を追い抜き、フィニッシュラインにさえ飛び込んでしまった。
最後の最後に度胸が彼を勝利に引っ張ったのだろう。
認めたくはなくとも、彼は間違いなく強かった。
それだけが事実だ。
ボートから降り、ランサーと共にお互いきっちり完走した事を称え、握手をした。
観客の拍手が村全体を包み込む。
「雨が降るまでに終わって良かったな。」
「そうだね。
エンダーアイはお預けだけど、また走りに来て欲しいよ。
この勝負、これからも忘れないよ。」
「俺もだ、伝説の走りを共に分かち合えた事を忘れてたまるか。」
お互い笑いあって表彰台に登る。
カウントしていた村人から今回の依頼料となるエメラルドを受け取った。
棄権が積もり積もった結果、賞金は100エメラルドときた。
当初の優勝額に並ぶ額となってしまった・・・・・・。
「スティーブ、やったじゃないか!
いい勝負を見せてもらったよ。」
「俺も良い体験をさせてもらった。
ふふ、任務完了だな。」
表彰が終わる頃、曇がさらに増えてきた。
レースをしていた頃よりも辺りが暗くなってくる。
遠くで雷の音が聞こえる。
「・・・・・・嫌な予感がする。
いや、予感ではなくこうなるのが運命だった。」
前にファンを名乗る男が言っていた事が現実に起こる前触れだ。
ジョンソンに再び無線を繋ぐ。
「どうした、スティーブ?」
「この村の近くにある村から、依頼か何か来ていないか!?
俺は平静じゃいられないほど動揺している!」
「そ、そうか・・・・・・。
ちょっと待ってくれ。」
少ししてからジョンソンは絶望したような声で事実を告げる。
「あんたの今いる村の近くで、スロービレッジの悲劇が再び起きてしまったようだ。
その軍勢が今度はあんたのもとへ向かっている。
ちょうどその村にいたアレックスも被害を受けたようだ。」
「あの男の言った通りになってしまった・・・・・・。
俺は・・・・・・また仲間になるはずの村人を手にかけるのか。」
ポーションの効果が切れ、力なく倒れてしまう。
その間も雲はこちらに流れ込み、辺りを暗くしていく。
まだあの時の戦いは終わっていなかったのだ。