パレード   作:亜梨亜

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最果て

 

 

 ──世界の最果てに、興味は無かった。

 

 然れど、この喜劇が終わるとしたら、其れはきっと世界の最果てに辿り着いた時だろう。なんとなく、そう予感していた。

 この世界の果てには、何があるのだろうか。そもそも、この世界には果てがあるのだろうか。

 

 狂った喜劇が終わる時。全てを飲み込む狂気の押し付けは、馬鹿馬鹿しくも悍ましいパレードは、いつしか彼一人となっていた。

 ただ、沈まない太陽が沈む姿を眺めるだけ。永遠に黄昏を創り出す世界の最果てに、彼は呆然と立ち尽くしていた。

 

 足が動かない、腕も上がらない。声をあげる気力も湧かない。世界の最果てはただ其処にあり、パレードは果ての先へ消えていった。

 

 嗚呼、とうとう終わってしまった。これ以上、前に進むことは出来ない。このパレードは、終わりを迎えてしまったのだ。きっと、此処がパレードの目的地。此処に来る迄に志半ばで朽ち果てた愉快な友人達よ、不愉快な罪人達よ。僕をパレードの行進に招き入れてくれた優しき神父よ、地獄へ引きずり込んだ醜き悪魔よ。私は、このパレードの終着点に辿り着いたのだ。

 先人達の、友人達の、同胞達の、赤の他人達の悲願である、終着点に辿り着くことが出来たのだ。貴方達が笑い、歌い、演奏し、歩き、踊り続けた道は、今僕が完結させたのだ。

 

 沈まない太陽が、彼の姿を焼くように照らす。

 

 

「……パレードは、何故歩き続けたのだろう?」

 

 

 彼は、ふと小さな疑問を抱えてしまった。

 

 何故、パレードは始まったのだろうか?

 何故、パレードは終わったのだろうか?

 何故、パレードは続いていたのだろうか?

 何故、パレードの終着点が「此処」だと僕は思ったのだろうか?

 何故?

 何故?

 

 何故?

 

 彼は、パレードが何故始まったのか。何の為に始まったのか。誰が始めたのか。そして、終わった時に何をするべきなのか。全てを知らなかった。当然と言えば当然だったのかもしれない。何故なら、パレードが始まったその瞬間等、誰も知らないのだ。

 

 彼は全てを失った。友人を失った。赤の他人を失った。生きる意味を失った。世界を失った。死ぬ気力を失った。終わらない黄昏の中、永遠の朱を眺めることしか出来ない。来た道を戻ろうにも、一人では、意味を失った人間ならざる彼には、恐ろしすぎて不可能だった。

 

「ああ、僕は一人だ」

 

 沈まない太陽に向かって、身体を引きずるように歩き始める。もう、彼には歩くことしか出来ない。寧ろ、歩くことしか思い出せない。ずっと、皆で手を叩き、ラッパを鳴らしながら、血に塗れ、死に抗いながらパレードを続けていた。歩き続けていた。もう、歩くことしか思い出せない。

 

 何人、この足で踏み潰しただろう。何人、この手で地獄へ招き入れただろう。

 何人、この足で先導しただろう。何人、この手で人を救っただろう。

 何度、あの足に怯えただろう。何度、あの手を拒もうとしただろう。

 何度、あの足について行こうとしただろう。何度、あの手に救われただろう。

 

 そうして、辿り着いた先が此処だ。

 

「パレードは、何処へ行きたかったんだ」

 

 僕は、どうしたかったんだ。

 

 何故、僕はパレードの列に加わったんだ。

 

 世界の最果てに辿り着いても、ただ只管に歩き続けていくだけ。何も変わらない。世界は、歩き続けた先は、何も変わっていない。悠久の時を歩き続け、永遠の黄昏を享受するしか……

 

 

「……貴方は、誰?」

 

 

 この太陽に照らされた、彼以外の影。蹲り、黄昏に閉じ込められ、光を受け続けた「彼以外の人間」。確かに、其処には彼以外の人間が、少女がいた。

 

「君は……」

 

「解らない。もう、忘れてしまったの」

 

 少女の瞳は虚ろに彼の瞳を映し、その空白がこの最果てでどれ程の時間を過ごしてきたかを物語っていた。名前を覚えていようと、其れは「他人」が存在していることが、識別することが前提でなくては意味を成さない。最果てで独りなら、名前というものはこの上なく空虚なものでしか無かったのだろう。

 嗚呼、其れはなんと悲しいことか!思わず彼は顔を覆いたくなった。然し其処で彼は気が付いてしまう。彼も、あの狂気に触れたその時に、名前を捨て、或いは忘れてしまったのだ。何故、そうしなくてはならなかったのか?嗚呼、其れすらも、何も解らない。

 

「貴方は、誰?」

 

「……解らない。何故、名前を忘れたのかを忘れてしまったんだ」

 

 名前等、必要無くなっていたのだ。たった一人のパレードで、最果てに辿り着き、黄昏に抱かれるのは自分独りだと思っていたから。独りなら、名前はいらない。

 然し、今は二人だ。ふたりで、互いを認識する為の記号が、抜け落ちている。

 仮の記号を付けても良かった。そうしなかったのは、或いはそう出来なかったのは、忘れてしまった記号を、産まれたその時に初めて与えられた名前を、忘れたままには出来なかったからだろうか。最果てに辿り着く前の、幾度も巡り続けた世界の残骸を、記憶の中に生きる、生きているかもしれない過去の自分を殺したくなかったからだろうか。

 

 もしかしたら、名前を付けるという概念が欠如していたのかもしれない。

 

「貴方は何をしに来たの?」

 

 虚ろな瞳、虚ろな問い掛け。然しその問いには純粋なる興味が込められていた。最果てには何も無い。時間や、自らの名前さえも。あるのは全て。時間は無限に刻まれ、それが故に時は止まる。永遠という存在するはずのない概念が生まれ、その為に死という消えてはならない概念が失われる世界。

 

 そんな天国であり地獄でもあるこの世界に、彼は何をしに来た?

 そんな世界に、パレードは何を求めた?

 

 そんな世界に、世界は何を求めた?

 

「……し、らない。解らない」

 

「でしょうね」

 

 興味の色は失せた。彼は、何か大きな間違いをしてしまったような気がした。

 此処には何も無い。全てが無限に存在するからこそ、生きる為に無限の行動を要求する。死ぬ為に必要な行動が設定されていない。そのような世界で、「興味」という概念はどれ程のものになっていただろうか?金銀財宝よりも高価?溢れかえるような水よりも美しい?天使よりも純粋?欲望よりも忠実?

 

 最果てには全てが存在する代わりに、全てが失われている。

 

 僕はどうして此処に来た?

 パレードはどうして此処で終わった?

 

 終わりが訪れ、終わりは見えなくなった。

 

「……君は、いつから此処にいるの」

 

「忘れた」

 

 当然だろう。「いつ」というものは時間が刻まれていることを前提に聞くものであるのだから。時間が止まったこの最果てでは、「いつ」も何も存在しない。常に今であり、常に過去、常に未来であり、或いは常に永遠であるのだ。

 

「僕は、パレードをしていた」

 

「……そう」

 

「色々な人に出会った。色々な人と別れた」

 

「……そう」

 

「色々な人の死ぬ間際を見た。色々な人が産まれる瞬間を見た」

 

「……綺麗ね」

 

 ああ、そうさ。色々な人がいて、色々な人がこの最果てを目指し、色々な人が歌い、色々な人が踊り、色々な人が歩き、色々な人がこの最果てを目指し、色々な世界を見てきた。

 

 とても気高い人達が沢山いた世界があったんだ。剣や槍、弓を担いで、巨大な竜に立ち向かうんだ。竜は火を噴き、雷を落とし、空を飛んでいるというのに、愚かで馬鹿な人間達は立ち向かい、死という圧倒的な恐怖に直面しても戦い続けるんだ。

 彼等は愚かで、馬鹿で、とても気高かった。愚鈍で、泣き虫で、とても美しかったんだ。どんなに強い嵐が来ても、皆で歌を歌って乗り越えていくんだ。……まるで僕達のパレードみたいだったなぁ。皆で歌えば、自然と力が湧いてくる。そうやって僕達はパレードを続けてきたからね。

 

 とても弱い人達が沢山いた世界もあった。弱いから、ちっぽけな心の隙間を心に刺激され、恋なんていう甘ったるくて最低で、とても美しいものを作り上げていく世界さ。結局、彼は誰に選ばれ、誰を選んだのだろうね?パレードを続けていなければ、その結果を僕も知ることが出来たかもしれない。……有り得ない話か!僕はパレードを続けなくてはいけなかったから。

 

 とても醜い心をもった女性がいたんだ。どう足掻いたって世界に嫌われていたのに、それを知って尚藻掻き続けた馬鹿な女性だった!だんだん心を自分に食われていく恐怖と戦いながら、迫り来る死刑宣告と戦いながら、足掻き続けた彼女はどうなったと思う?驚くことに、流れ星になれたんだ!あれには僕も驚いたなぁ、間違いなく死んでしまうと思った!或いは僕と一緒にパレードで踊ってくれると思っていたのになぁ……。残念だったよ。

 

 面白可笑しいピエロにも出会ったよ。彼は傑作だった、とても面白かった!道化とはああでなくちゃいけないね、パレードに参加していた哀れな同胞の次に面白かった!檻の中に入れられた人形に恋をしてしまい、飼い主に無断で人形を持ち去ってしまったんだ!その代償にピエロはどうなったと思う?なんとビックリ!ピエロも人形も人間になっちゃった!あー、可笑しい。今思い出してもお腹がよじれる程に笑えてくるよ。

 

「世界の最果てにも辿り着いたんだ。此処がパレードの終着点。いつの間にか僕一人になってしまった!嗚呼、なんてこと!此処は太陽が沈まない、永遠に黄昏時を刻み、時計は動かず止まらない!」

 

 彼の心は少しずつ壊れていく。最果てに辿り着いてすぐだというのに、否、時間という概念が存在しない以上、辿り着いてしまったその瞬間から無限にこの場所に居続けたのだ。その結果待っているのは、空虚か崩壊の二択。

 

 

 

 

「けれど!驚いた、本当に驚いた!世界の最果てには、君がいた!名前も知らない、君がいたんだ!」

 

 

 

 

 

 時計の針は回り続け、其れと同時に永遠に止まったまま。

 

 独りでは恐ろしすぎて、最果てから逃げる事すら赦されない。

 独りでは、恐ろしすぎて。

 

 

 

 

「お嬢さん、名前も忘れてしまった哀れなお嬢さん!宜しかったら、名前すら失った哀れな私と、踊ってくれないだろうか?私と、名前を探す旅に出ないか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私と!此処からパレードを始めないか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何故、パレードは始まったのか?

 何故、最果てでパレードは終わってしまったのか?

 

 終わりを迎えたその瞬間、時間は止まる。

 終わりを迎えたその瞬間、新たな始まりが始まる。

 新たな始まりを迎えたその瞬間、斯くして時間は動き出す。

 

 

 

「二人で天使を見よう!極東の鬼を見よう!城下町の恋物語に胸を踊らせよう!儚くも美しい詩を歌おう!汚くて芸術的な絵を描こう!馬鹿馬鹿しくも悍ましい戦争をしよう!」

 

 

 

「私と、名前を探そうではないか!」

 

 

 

 

 進め。

 

 進め。

 

 最果てに辿り着いてしまったなら、新たな最果てを探し出せばいい。

 

 進め。

 

 進め!

 

 新たな世界を迎えるまで。失われた名前を見つける時まで。

 僕はパレードに救われた。ならば、君をパレードで救おう。否、君だけでは足りない。至る世界で苦しむ哀れで愚かな隣人達を全て救おう。其れこそがパレード。二人で歌おう。いつか、数え切れない罪人達が、歌い、踊ってくれるから。

 

 進め。

 進め。

 此れはパレードだ。

 

 進め!

 進め!

 此れはパレードだ!

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、始めようか」

 

 

 

 

 

 

 

 物語は、栞を挟むこと無く巻き戻される──

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