その分文章量も多くなっております。6千字ほどです。
お楽しみいただければ幸いです。それではどうぞ!
作中のアメリカの都市の名前はイベント中でもぼかされていたので明記しておりません。ご了承くださいますようお願い致します。
「ジ……ジュリエット?」
「失礼ね、ステンノよ。全く、私を他の誰かと間違えるなんて失礼ね!」
「ご、ごめん。少しの間、知っているサーヴァントの顔をした他人を見ていたから……」
「その事は聞いたわよ。で、何、あなた、その娘が気になってレイシフトしようとしているんですって?」
「ああ、聞いたのかい。うん。我ながら女々しいとは思うけどね。その、教授の提案に魅力を感じてね。一目、彼女の様子を見るだけで良い」
「そうね、本当に女々しいわね」
ズバッと言い放つステンノ。藤丸は心に会心のダメージを受けたようで少し落ち込んでいる。歯に衣着せない物言いもステンノの魅力ではあるが。
「ああ、もう、そんなに落ち込むとは思わなかったのよ。ところで、その……貴方、ジュリエットとはどうだったの?」
「え? どうって?」
自分の質問の意図を汲み取られなかった苛立ちも手伝い、ステンノは藤丸に詰め寄る。ベッドの端まで追い詰められる。
「ス、ステンノ、近いよ」
「フフン、これ位近ければきちんと聞き取れて質問の意味も分かるんじゃない? そうね、貴方の為にもっと詳しく聞いてあげるわ。貴方、あちらの私とはどんなやり取りをしていたの? 全くの別人とは言え、私の姿形をした女性と一緒にいたんだもの。もし彼女が私が絶対に取らない行動を取られていたら貴方が勘違いしてしまうんじゃないかって心配なのよ」
つまりステンノは藤丸がジュリエットと一緒にいた時の行動がきっかけとなって自分に対する藤丸の意識が変わらないのか心配なのだ。藤丸はステンノに思慕の念を抱くことはないが、ステンノを通してジュリエットの事を心配したりする、という事があれば意識が変わっていると言えるのだ。
「ああ、それもそうだな。もちろん、ステンノ、君はジュリエットとは別人さ。そんな事を思う訳がないじゃないか」
「どうかしら? 信用できないわね。さっきだって私を見て名前を間違えたじゃない」
「ウッ……」
当然だろう。
「一時的ならいいけれども、この先に渡ってそんな風に間違えられたら迷惑なのよ。だから、マスター、レイシフトでしっかりと吹っ切ってきて頂戴。私も転送機の魔力補充に協力するのだから」
「ステンノ……うん。ありがとう。しっかりと見て、納得してくるよ」
その返事を聞いた藤丸の顔を見て満足したようで、ステンノは部屋のドアに向かって歩き出した。そしてもう一歩でドアが開くと言う距離の所で立ち止まった。
「そうそう、教授から聞いたんだけど、貴方、ジュリエットと満月のビーチを散歩したんですって? もしそのシーンが忘れられないのだったら再現してからかってあげるのも面白そうね。ま、やらないけれど」
最後に女神の笑顔を浮かべながら小悪魔な言葉を言い残して部屋を出て行った。
「……オイィィィィィィ! 教授ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!」
そんな藤丸の咆哮がカルデアに響き渡り、また少し後、観測器が少し遠くで雪崩が起こった事を記録した。
その後はマシュが軽食を持って来てくれた以外には訪問者は無く、穏やかに過ごせたのだった。そして6時間後。ダ・ヴィンチの声でカルデア中に放送が響き渡る。いよいよ転送の時かと藤丸は拳を握った。
『あー、テステス、よし、ダ・ヴィンチからのお知らせだよ。えー、藤丸くん、今か今かと待っているところ済まないが、転送は明日に行う事になった』
……え?
藤丸はその言葉が似合う表情を浮かべた。これ以上考えられようもない程に。
『藤丸君、今の時間を確認してほしい』
言われた通りに確認する。22時13分。深夜だ。
『確認してくれたかな? そう、2時間もしない内に日付が変わる。カルデアの職員の健康状態も考慮して転送は明日行う事になった。ただ、その代わり面白いものをお見せできると約束するよ。申し訳ないが、明日に備えて体を休めてくれ。以上だよ』
放送が途切れる。2分もしない内にマシュが来てくれた。
「先輩! 今の放送を聞きましたか?」
「ああ。聞いたよ。明日になるね。お互いゆっくり休んで英気を養おう」
それだけ交わして、軽くシャワーを浴びたあと眠った。6時間も気を張っていたからか、思った以上に疲れていたらしい。瞼がいつもよりも早く閉じる。深い眠りにつく前にステンノの顔が浮かんだ。いや、今まで見た事の無い表情だった。それはあの月の夜、浜辺で見せた表情(かお)だった。
翌日。いつも通りの時間に目覚めた。よく眠ったからか、体が軽い。食事室に朝食を摂りに行くと、いつもよりも多くの人数がいた。厨房ではエミヤとブーディカと源頼光が忙しなく朝食を作り、配膳していた。藤丸が受け取る番になると、ブーディカ、エミヤ、頼光が順に声を掛けた。
「マスター、今日はレイシフトだね! たっぷり食べて力つけてね! これアタシの故郷のブリタニアの味付けのシチュー!」
「ふっ、マスター、朝はエネルギーをしっかり取らねばならんぞ? 肉じゃがと卵焼きだ」
「母は貴方の事を思って一心にお握りを握りました。昆布としゃけです。力をつけるのですよ」
トレーの上にどんどん料理が載せられていく。どう見ても他のトレーの1.5倍は載っている。さすがに食べきれそうにないと思ったが、3人のいい笑顔(頼光は少し怖かった)を見ると何も言い出せなかった。諦めて席に着いたが、こっそり隣に居たクーフーリンとゴールデン(坂田金時)、向かいのフェルグスが手伝ってくれ、完食できた。食べている間にゴールデンが頼光に耳を引っ張られて食事室から出て行ったが。
食後はもう一瞬も惜しく、転送室に向かって走る。その途中、ダ・ヴィンチから昨日と同じ声で放送が入った。
『そろそろ集まれる者は集まって欲しい。転送の用意は大方出来た。藤丸くん、あんまり勢い付け過ぎて転ばないようにね』
カルデア中にある監視カメラで自分の様子が分かったのだろう。気にせず走り続ける。到着した時には既に多くのサーヴァントが集まっていた。到着とほぼ同時に転送室からダ・ヴィンチが出て来た。
「おっ、来たな、藤丸くん。体調はどうかな?」
「大丈夫です。たっぷり眠れましたし、美味しい朝食も摂れましたし」
「おっと、そうかい。じゃ君に関しては準備万全と言ったところだね」
「はい。そうだ、転送魔力についてはどうですか?」
「ん、それは魔力の心配かい? 魔力変換効率の心配かな? 両方に答えよう。まず魔力変換効率については良くて65%だとエジソンが言っていたが、彼とテスラが頑張ってくれて、効率が68%までにアップしたよ。
で、魔力の件なんだが、エジソン、テスラ君、バベッジ君、そして教授が悪乗りして、魔力変換ブースター(増幅器)を開発してしまってね。それが転送を今日にした理由の1つでもある。ブースターの原理としては加速器かな。魔力を加速させてエネルギーを与え、採取したよりも大きな魔力を得ることが出来るということだね。
まぁ、問題は電力が必要になるってことなんだけどね。馬鹿でかい電力を喰うのさ。大きな魔力を得ようとするコストに膨大な電力を使うんだから費用対効果はマイナスかな。
今回はテスラと金時が協力してくれて、電力を生み出してくれるんだそうだ。実験だね。
ということで、魔力についても問題ないだろうさ。それでもまずは1回だけ、という前提で考えてくれ。なにが起こるか分からないのが実験だからね」
ダ・ヴィンチはそう言う。確実に1回は飛べる。あとは飛ぶ日を決めるのみ。藤丸はテスラに尋ねる。
「テスラさん、1つ訪ねたい事があるんだ。アメリカではお葬式はいつまでにするとか決まっているのかな?」
「む……さすがに1週間後という事はないと思うが。しかし今の時代は私が生きた時代よりも後だからな、そこは分からんな」
「そうですか……」
「それならば問題ないよ、藤丸君」
そんな声が聞こえてきた。今このカルデアにいるはずの無い男の声だった。だが、確実に間違えようもない、声だった。
「オヤ、もう帰って来たのか、もうしばらくバカンスを楽しんでいたら良かったのではないかな」
教授がそんな憎まれ口で迎える。
カツン。
一際大きい音を出して杖が鳴った。藤丸は入口の方を向いて確認する。そして確信する。現実では自分が憑いていた人物と一緒に居たはずの男。小説家サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイルが生み出した世界最高の探偵、シャーロック・ホームズその人だった。
「ホームズさん! いきなり何も言わずにカルデアを出て行くなんて! それより、何故ここにいるんですか? 虚月館のある島にいたはずでは?」
マシュがホームズを質問攻めにする。ホームズに近寄りながら。ホームズは滝のように質問を受けながらも涼やかな顔で藤丸の傍に移動する。
「まぁ、質問の類は後で受け付けよう。ただ、キリエライト嬢の質問の1つには答えよう。キリエライト嬢、私が島に居たのは昨日の朝までだ。昨日の昼にはアメリカ本土に戻っていた。そしてもう日付が過ぎている。カルデアに戻る時間はあったよ。しかし間に合うとは運が良かった。いつ転送されるか、こればかりは予想できないからね」
ホームズはそこまで言うと藤丸に向き直って、語りかける。
「藤丸君、バイオレット家とゴールディ家の葬儀は今日から5日後。5月18日にアメリカの都市○○の教会で開かれる。ハリエット、クリス、モーリスはその地に埋葬されるそうだ」
「ホームズ? 何でその事を……」
藤丸は何故ホームズがその事を自分に教えたのか。それよりもその事実を何故知っているのか。
「簡単な事だよ、藤丸君。普通にアメリカ本土へと帰る船上でアダムスカ氏とアーロン氏からお聞きしたのだよ。さすがに規模が大きい葬式になるという事で日数がかかるのだそうだ」
ダ・ヴィンチが話しながら傍に寄る。
「藤丸くん、これで決まったようだね? 君が跳ぶべき日が」
「うん、ダ・ヴィンチ。5月18日へ、跳ばしてほしい」
「了解だよ」
ダ・ヴィンチが装置を操作してセッティングする。そのセッティング中にホームズがとんでもない提案をした。
「ダ・ヴィンチ、私とマシュ君も跳ばす事はできるかい?」
ダ・ヴィンチは驚いた顔で返答する。
「それは出来ると思うけど。ブースターと大電力で魔力は確保できているからね。何故だい?」
「私は直接ゴールディ家とバイオレット家の人々の顔を見ている。その記憶があれば藤丸くんにも本当の顔を見せてやれるのではないかと思ってね。マシュ君は少なからず、この事件に関わっているからね。気になるだろう」
ホームズに顔を向けられたマシュは遠慮がちに頷く。
「それならば私も同行しようではないか!」
教授がまさかの追加同行を申し出る。
「教授、君はモニターで見ていればどうだろう、昨日も完徹に近くて老体にはきついんじゃないかな」
「何、こんな機会そうそうない! 逃す選択肢など無いヨ。それに心配は要らんよ、ホームズ。君に心配されるほど衰えてはいないさ」
そう言う事で藤丸、マシュ、ホームズ、教授の4人でレイシフトすることになった。あくまでも可能性の高い未来へ、だが。
「よし、藤丸くん、マシュ、ホームズ、教授は転送機の中に入ってくれ。テスラ、ゴールデンは電力充電の準備を」
その言葉にテスラとゴールデンが大勢いるサーヴァント達より一歩前に進み出る。
「いよっしゃあ!」
「さて、それではやるか」
左手に右こぶしを打ち付け、ゴールデンは気合を入れる。テスラは目を閉じ、集中モードに入る。カルデアの魔力計が徐々に魔力の増大を観測する。
「よし、職員の諸君!これよりカルデアは魔力ブースト転送実験に入る! 各々に事前に伝えた通り、担当の計器から目を離さないでくれ! こんなのは千年生きてたってお目にかかれるものじゃない。一瞬一瞬が永遠に思える位の集中力で対応してほしい!」
ダ・ヴィンチがそう言い、職員に発破を掛ける。職員は皆頷きながら記録に集中している。
「ん!? え!? こんな大がかりな事になるの!?」
藤丸は思っていた以上の事の規模の大きさに驚く。そして機械の胎内の外では2人のサーヴァントが魔力を限界まで高め、宝具を解放させようとしている。
「ちょっと待って! 出して! ここから出して! 普通の転送で良いから!」
だがその声は届かない。むなしく反響するだけだった。その藤丸の顔を見たダ・ヴィンチは勝手に解釈し、スピーカーから声かける。
「うんうん、人類最高の実験の1つに立ち会えて興奮しているんだね? 私もだよ! ああ、その中に入って実際に効果を実感できる君たちが羨ましいよ! 戻って来たらレポートを書いてもらうからね! あー、楽しみだな!」
ダ・ヴィンチはあてにならない。他のサーヴァントに助けを求めようと目の届く範囲に居るサーヴァントに手振り身振りも交え、助けを乞う。
だが、反応したのは源頼光、オジマンディアス、イスカンダルのみだった。頼光は我が子の旅立ちを優しく見守り、手を振っているのみ。藤丸がはしゃいでいるようにしか見えないらしい。
イスカンダルはこちらの様子を見て、左手を握り、親指を立てる。俗に言うナイス!ポーズだ。それに非常に良い笑顔を浮かべている。こちらも頼光と同じ認識でしかないらしい。
残るはオジマンディアスだ。いつもの冷静な彼ならば気付いてくれる、そう信じて念を送るが、返って来た言葉はこうだった。
「ふ、妻に懇願されてはな…この太陽王、持てる限りの魔力を注ごう!それに迷える羊を導くも王の役目。その迷いを断ち切る手伝いをしてやろう。さあ行けぃ、藤丸よ!ワーハッハッハ!」
そう言いながら左隣にいる奥さん(ネフェルタリ)とイチャイチャしている。奥さんとは逆の位置では「素晴らしいです! オジマンディアス様!」とニトクリスがオジマンディアスの演説に歓喜の声を上げている。
藤丸はここまで来てようやく諦めの境地に入った。まるで解脱するかのような表情を浮かべ、機械に身を預ける。
「見て、あのマスターの顔……まるで仏の様だわ」
後で聞くと三蔵法師がそう言っていたそうである。
そして準備が整ったのか、テスラは宙に浮かび、金時はジャンプ体勢に入る。そして周囲に電気が舞い散る。
「吹き飛べ…必殺! 『黄金衝撃(ゴールデンスパーク)』!」
「神の雷霆は此処にある。さぁ、ご覧に入れよう!『人類神話・雷電降臨(システム・ケラウノス)』!!」
2人が宝具を解放した瞬間、電力計測班が叫ぶ。
「ダ・ヴィンチ実験監督長! 10メガワット、100メガワット、1,000メガワット、1.5ギガワット、まだ上がります!」
「最後まで記録! ブースターはどう!?」
「はい! 起動できます!」
「よし! サーヴァント諸君! 魔力注入を始めてくれ!」
「「「おう!」」」
変換機に魔力が注入される。と同時にブースターが運転を開始する。重低音の作動音が聞こえ始め、だんだんと大きくなる。体に響く。まるで体の内から音が発せられているようだ。
「ダ・ヴィンチ実験監督長! 転送魔力、想定値を既に突破! いつでも転送できます! というか早くしないと暴走状態になります!」
「分かった! あと3秒後に2017年5月18日に転送! 3、2、1、ゼロ! 転送!」
「はっ! 転送します!」
ガコン!
転送開始ハンドルを右に90度捻り、押し込む。
ヒュイイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!
レイシフトの開始。それはこれまで何度も経験した感覚。藤丸は霊体となり、奥に見える光の輪を目指した。光が近づいて来る。眩い。目を開けて居られない。光のゲートが近づく。体感であと5メートル、3メートル、1メートル、50センチ。ふと横を向くとマシュがいた。マシュもこちらに気付いたらしく、手を伸ばしてくる。恥ずかしかったが、こちらも伸ばし、手を握る。光のゲートに飛び込む。
バシュッ。
次の瞬間、藤丸達は4人揃ってアメリカの都市○○に降り立っていた。
つづく
やっとレイシフトできました。ここまで読んで下さり有難うございます。次からはアメリカが舞台です。次もお付き合い頂ければ幸いです。