柳が用意した旅館の風呂は男、混、女と並んでいる。一番広い混浴は真ん中で、故に女湯を覗くにはまず混浴に入る必要がある。
昼間は柳が気づいていないと思っていたが、恐らく混浴に入らせないことで覗きを防ごうとしたのだろう。しかし、今柳はいない。何故か時間になっても戻ってこなかった。
「行くぞ、松田、元浜」
「「ああ」」
無駄にキリッとした三人は混浴に入る。
そこに居たのは、筋肉。
温泉に塗れテカテカ輝く大きな筋肉。
右を見ても筋肉。左を見ても筋肉。奥を見ても筋肉。鋼のような肉体美を持った漢達。
「………………」
呆然としたイッセー達は、正気を取り戻すと踵を返そうとする。が………
「三人とも来てたにょ?」
ポン、と松田と元浜の肩に人の顔を握り潰せそうな程大きな手が置かれる。イッセーは後ずさると壁にぶつかった。否、それもまた筋肉。
「………み、ミルたん………?」
それはイッセーが悪魔として活動している時のお得意さまの一人で、松田と元浜に紹介した相手。
「ちょうどよかったにょ。一緒に背中を流すにょ」
「な、何でここに……?」
「ポストにこの旅館の無料券が来てたんだにょ。毎週神様にお祈りしてるご褒美に」
怪しめよと思ったがミルたんに常識は通用しない。
「あれ、松田君と元浜君にゃ?」
「来てたんだみ?」
「一緒に入ろうよん」
「それ良いにぇ」
と、イッセー達に気付いた筋肉達が一斉にこちらを向いて、親しげな笑み浮かべて寄ってきた。裏も下心もない、純粋に旅先で友人に会えて喜んでいる笑顔。少なくとも先程までイッセー達が浮かべていた笑顔より百億倍はましだが、彼等には何よりおぞましく見えた。
「馬鹿な奴等だ。お前等の行動なんて予測済みなんだよ……」
貸し切りにした男湯で巨大な狐を洗う柳は、聞こえてくる悲鳴にふん、と鼻を鳴らす。今度、この地獄を提案してみよう。きっと効果があるはずだ。
「面倒な世の中になったわねぇ。ちょっと昔なら女を襲うなんて珍しくもなかったのに」
「まあそしたら結局地獄行きだけどな」
ブラシでシャッシャッと毛を撫で、ごっそり取れた毛を排水溝に詰まらないように燃やす柳。狐……妲己はブルルと身体を振るわせ水気を一度払う。身体に張り付く毛が不快だったのだろう。そして湯船につかる。
「現世の湯も久し振り。そういえば、西洋じゃ若い女の子の血で満たされた浴槽に漬かった子が居たらしいわね」
「ああ、カーミラか。吸血鬼の真祖の一人………やらせないからな?」
「冗談よ」
妲己はそう言ってクスクス笑う。柳も湯船に入ると妲己は人型に戻り柳にしなだれかかってきた。
「火照ってしまったわ。ねえ、慰めてくれないかしら?」
「………水風呂で冷ましてくれ」
「………………」
柳の言葉に不機嫌そうに顔をしかめる妲己。
「つまらないわね。あなた性欲無いの?」
「ある。ただ、興味ないだけだ」
「ならどっちでも良いじゃない」
と、顔を近づける妲己。柳はそれを止める。
「そーだね。これがそこらの女なら、まあ良いかですませたんだろうけど………妲己様は特別だから」
「………特別?」
「俺は基本的に他人はどうでも良いか嫌い。自分のことを優先してるって解る奴は特に嫌い……でも特別な奴等もいる。唐瓜とか茄子、お香姐さんに……鬼灯様。そして妲己様……後一子、二子、三子」
指を折りながら数えていく柳。その中にミキだのマキだの荼吉尼だの女の名前が少し入っていたのは不愉快だが、まあ同僚以外で最初に出た名だから良しとしよう。
「でも俺はこの特別がどういった特別なのか解らない。何せ誰かを好きになったことなんて生前無かったんだ。いや、一度だけ……多分初恋はしたけど、クソ姉のせいで叶わなかった」
「解らない?」
「親愛なのか友愛なのか、或いは恋愛なのか……だから、妲己様達は抱けない。俺自身、この気持ちが何なのかはっきりしないかぎりはな……」
「………………」
妲己ははぁ、とため息を吐くと立ち上がる。艶めかしい体に雫が伝うが隠そうともせず湯船からあがる。
「妲己様?」
「夜風に当たってくる。興が冷めちゃった………」
妲己はそう言うと風呂から出て行った。
「………今、良いか?」
「お、また九尾……」
入れ違いで八坂が入ってきた。尻尾と耳は出ている。あの尻尾触って良いのだろうか?
「明日は頼むでな柳殿」
「ああ。とっつかまえてあんたの娘の居場所を吐かせる」
「うむ。ありがたい……」
「ところでここ男湯なんだが」
と、柳が言うと八坂はニヤリと妖艶に笑う。
「かたいことを言うでない。明日は、互いに命を預けるかもしれぬのだ。それに、この濃密な龍の気配………雌に放っておけと言うのがどうかしておる。どうじゃ?今晩、わらわと共に………」
と、その時だった。
「わはは!私が一着だ!」
ドボーンと金髪の幼女が湯船に飛び込む。続いて瓜二つの黒髪の幼女が……最後に褐色肌の白髪の少年が。
「こら九重!風呂に飛び込むな!先に体を洗え!何時もいっておろう……」
「う、申し訳ありませぬ母上」
「うむ。わかれば良い………ん、九重?」
「はい?」
「九重」
「はい」
「九重!」
「はい!」
その頃、金髪の女性は混浴に向かっていた。
タオルさえ巻いてれば、よほどの視線にさらされない限り羞恥心はない。
「ふんふ~ん、やっぱり入るなら一番広い混浴よねぇ」
ガラッと戸を開ける女性。目に映ったのは筋肉。
ストレッチする筋肉。背中をあわせお互い伸ばす筋肉。細い三人をストレッチさせる筋肉。女性は無言で戸を閉める。
「女湯いこっと」