0話 気紛
-ルートV14-
人と変わらぬ姿で群衆に紛れ、人を喰らう事でしか生きられない種族『喰種』…彼らは本来、身近に有りながらも人々は他人事の様に片付けてしまう。そんな存在だった。
黒い服を来て倒れている青年…『金木研』は人間だった。しかし事故にあい、狂気の手術で人を喰わねば生きられない半喰種となった。
突然人を喰わねば生きられない身体になり、友人や身近な人間を警戒し、今まで当たりだった居場所から追われた。
そんな中、居場所を失った自分に居場所をくれた喰種…その喰種が経営する喫茶店『あんていく』とそこで働く仲間達に拾われた。しかし、その仲間達が喰種を狩る組織『CCG』に狙われた。
受け入れてくれた仲間を、喰種の世界で生きる術を教えてくれた恩人を、そして変わってしまった自分を今までと変わらず接してくれた友を探し、救う。
その為に仲間達と落ち合うはずのルートV14に向かうも、そこで待ち構えていたのはCCGの死神の異名を持つ白髪で白いコートの男…金木研は白コートの男と激戦を繰り広げたが、微かな抵抗が出来た程度で、ほぼ一方的に攻撃を受け続けた。そして戦いの最後に金木研は両目を貫かれて敗れ、倒れた。
白コートの男は黒い槍を引き抜くとしばらくその様を見つめていたが…
「…ねえ。」
突然艶やかな女性の声が響く。この場には今しがた倒された金木研と白コートの男しか居ない。白コートの男は先の戦いで破損したクインケ『IXA』下ろすと顔を声のする方に向ける。
そこには緩やかなウェーブのかかった美しい金髪、頭には白いナイトキャップを被り、紫と白を基調とした中華チックなドレスを来た浮世離れした雰囲気の美女が居た。
ただしその女性は多くの目玉が見える空間の裂け目から上半身だけを出し、足は地面に着いていないどころか足そのものが空間の裂け目に飲まれていて見えなかった。
「その子、貰って良いかしら?」
「…」
女性が再度話しかけ、白コートの男に金木研が欲しいと要求する。すると白コートの男はもうひとつのクインケ『ナルカミ』を目の前の女性に向ける。もっとも目の前に妖しい女がいるのならば当然の反応とも言えるだろう。
「やぁん、怖い顔。その物騒なもの早く下ろして。ゆかりんからのお・ね・が・い♪」
「…」
女性が甘えた声でお願いすると、白コートの男が持つナルカミからバチバチと放電し、その瞬間電撃が女性を巻き込んだ。
「話くらい聞いてくれても良いじゃない?『有馬貴将』君?」
「…」
しかし電撃を受けたはずの女性はダメージを受けた様子もなく、白コートの男…有馬貴将と呼ばれた男の右側で先と同じ状況でピンピンしていた。
有馬は特に驚きもせずに再びナルカミを女性に向ける。
「…何をしに来た。『八雲紫』…」
有馬の刺のある言葉に対して、八雲紫と呼ばれた女性はニコニコと微笑みを崩す事なく有馬に笑顔を向け続ける。
「さっきも言ったでしょ?その白髪の子、私に頂戴?」
「…断る。こいつは必要な存在だ。」
何が目的かは分からないが、有馬には金木研が必要な存在であり、渡す訳にはいかなかった。断る有馬の声が少し低くなり、声に重さが出てきた。
「ん~でも私その子気に入っちゃったし…どうしても欲しいのよねぇ。」
『ねっ?お願い♪』と可愛らしく両手を合わせておねだりすると、再びナルカミから電撃が放たれる。
「もう、相変わらずお堅いわねぇ…こっちの事情とは言え、巫女が不在の間に博霊の巫覡として戦った事でその強さを手にしたのでしょう?結果的とは言え必要な力を手に入れられたのだから、ちょっとくらい譲歩してくれても良いじゃない。」
「…」
今度は有馬の左側に紫が居た。そしてその腕には金木研を抱き抱えられていた。三度紫にナルカミを向けるが、金木研を奪われた時点でこの争奪戦で勝ち目はなくなった事を悟った。
本来ならば焦ったり、慌てたりする場面だろうが、有馬はかなり冷静だった。
「…この時間、この場所に、今の状態で返せ。それが条件だ。」
「…?どういう事かしら?」
普通に聞けば有馬の言う条件は意味の分からないものだった。それは時間と空間を越え、さらには金木研を今のようなボロ雑巾の様な状態に出来なければ不可能だった。
しかし紫もその条件自体は気にしていなかった。何故なら彼女にはそれを可能にする『力』があるからだ。それよりも、何故有馬がそんな条件を出すのかが理解出来なかった。
「…貴女にそいつは扱いきれない。いつか貴女はそいつを捨てる。」
「…そんな事しないわよ。」
必ず金木研を捨てると言い切った有馬に対して、少し機嫌を悪くした紫はそんな事はないと言い切り、金木研を抱えたまま空間の裂け目に入り、姿が見えなくなると、空間の裂け目ごと消えていった。
-???-
「ただいまぁ♪」
有馬の目の前から消えた紫は、根城にしている大きな和風の屋敷に帰ってきた。縁側のある畳部屋に空間の裂け目を作り、有馬の元から去るときに抱えていた金木研はこの時には抱えていなかった。自身が帰ってきた事を伝えると、廊下から足音が聞こえてきた。
「紫様?いつの間に…お帰りなさいませ。いったい何処に行ってらしたんですか?」
廊下から短めの金髪にお札が貼られた猫の耳を連想させるようなナイトキャップ、青と白を基調にした中華系の服を着た女性が現れた。しかしその女性には本来人間には無い筈の9本の狐の尻尾が生えていた。
9本の尻尾を生やした彼女は所謂『妖怪』と呼ばれる存在、喰種とは違い現代では存在そのものを忘れ去られた存在だ。
そして彼女の主である八雲紫もまた妖怪、しかも妖怪でも最強とも言える大妖怪だ。
「ただいま『藍』。ちょっと悲劇の主人公を救いにね。」
「は?」
藍と呼ばれた女性『八雲藍』は主が何を言っているのか理解出来ずに呆けた様な返事をする。
「あ、この子の事お願いね。」
そう言うと紫は空間の裂け目から連れ帰ってきた金木研を取り出し畳の上に置いた。
「は?え?!な、何ですかこの目を抉られて血塗れの男は?!」
「大丈夫よ?また後で話すけどこの子の再生力凄いから。ほっといても治るわ。」
勝手に治るから大丈夫だと紫が言っていたが、藍が聞きたいのはそんな事ではない。
「いや知りませんよそんな事!!それに明日は橙が遊びに来るんですよ?!そんな時にこんな素性も知れない男の世話なんて…大体何故連れてきたんですか?!」
「ん~大した理由は無いんだけど…同情したから…かしら?」
「はぁ…?」
突然現れた両目を抉られ血に塗れた男は何者なのか、何故この男を連れてきたのか、明日には娘の様に可愛がってる橙が来るのに素性の知らない男の世話をしろと?…今までにも紫が突拍子のない事をしでかした事はあったが、今回の件は本気で理解出来なかった。
青年…金木研を連れてきた理由を尋ねたら、一応は答えてくれた。しかし自分の主がそんなセンチメンタルな精神の持ち主とは思えない。結局さらに混乱した藍を他所に紫は続きを話し始める。
「単純にあまりに哀れで可哀想だったから、手を差しのべたくなった…そんな程度の理由よ。」
『ふぁぁぁ…夜中に起きるものじゃないわねぇ…』と眠そうな声で伸びをすると紫は自室に戻るべく歩き始める。
「それじゃあ藍、彼が目覚めたら教えてね。」
「あっ!!ちょっ?!紫様!!」
すれ違い様に金木研の世話を任せる旨を伝えると、藍の制止も空しくヒラヒラと手を振りながら空間の裂け目に消えていった。