ツァトゥグア
――――この世界には、触れてはいけないものがある…
それは、闇より出でるもの。
それは、邪神と呼ばれるもの。
それは、這い寄る混沌――――
十年前 日本 山中
家の裏にある、鬱蒼とした森の中を少年は進んでいく。好奇心旺盛な少年は、案の定帰り道を見失ってしまった。
「あれ…おかしいな…」
周りを見渡すが、木々にさえぎられて家は見つけられない。仕方なく、もときたと思われる方向へ歩いていく。
どれくらい歩いただろうか。少年の顔に浮かぶ、焦りの表情。
疲れて、ついに倒れこんでしまうというその時、
そこに”彼”は、いた。
少年は自分が何やら暗い洞窟の中にいること、自分の目の前に巨大な化け物がいることを認めた。
その、正常ならざる光景に、彼の精神が悲鳴を上げる。
ガクガクと震える足を叱咤し、怪物を観察する。
大きさは3~4mはあるだろうか。二足歩行のように思われ、その二本の脚であぐらをかき、少年を見下ろす。
身体は茶色で覆われており、体に比べると大きな顔はカエルとも、犬ともとれる不気味な顔。
しかし少年は、不思議と恐怖を感じなかった。
その様子に、かの怪物が興味をひかれたようで、なんと少年に語り掛けてきた。
≪我の安眠を邪魔するとは…む?少年よ…我の姿を見て怯えないとは大したものだな≫
それは、本当に人間の言語を話していたのか、脳に直接語り掛けてきたのかはわからない。
彼には、怪物が語り掛けてきたということで頭が混乱していたので、そんなことを気に留める余裕はなかった。
≪気に入った。おまえには、こいつをやろう≫
そういうと、怪物は一冊の本を少年に差し出した。
「これはなに?」
少年の問いに、怪物は答える。
≪これは、『象牙の書』と言って…といってもわからんか。まあ、大事にするのだ。いつか、お前を救うだろう≫
「ありがとう」
≪礼には及ばんよ。ところで、君の名前を聞いていなかったな…我に怯えぬ奇特な人間として、覚えておこう≫
「名前?ぼくの名前は、マドカ。ゴダイ・マドカだよ」
≪そうか…我も自分の名を明かすとしよう≫
≪我の名は――――≫
少年は気付くと、自分の家の前にいた。
その手には、革表紙の本がしっかりと残っており、先ほどの出来事が現実のものであると理解せざるを得なかった――――
二年前 日本
テレビが臨時ニュースを伝えている。
《突如、地中から出現した巨大生物は、そのまま宇宙へ飛び立っていきました。人的被害はありませんでしたが、どうやって宇宙に飛んだのか、いったいどんな生き物なのかについては全く分かっていません。》
《ただ、一部の宗教学者からは、これは神話で語り継がれるツァトゥグアという怪物という意見が出ており――――》
怪物と遭遇したあの事件からもう八年になる。彼は事件のことなど、だれにも話していないまま、忘れかけていた。彼は、ふと思った。あの怪物は、この星を離れることにしたんだな、と。この星の生き物でないことは薄々気づいていた。
そして、ニュースの話に違和感を感じる。
(ん?…あの怪物の、名前は――――)
≪我の名は――――≫
(そう、彼はツァトゥグアなんて名前じゃなくて…)
≪我の名は――――バオーン≫