15区のとある廃ガレージにて、トラックが静かに停車した。
トラックの運転手が運転席の窓を開けると、突如地面の下から『黒いツナギを着たブギーマン』が現れる。
「こんばんはー」
「っ……! こ、こんばんは。今週分の人間です」
「ん、確認したよー」
ブギーマンことカオリは勝手にトラックの荷台を開け、中に人間達が詰め込まれていることを確認した。
「それにしても、毎週ちゃんと50人連れてくるのは偉いよー! アマンダやペニーワイズは『毎週人間が50人入ってくるから休みが無い』って泣いてたけどねー。もうすぐで半分の1000人だよ! がんばってねー」
ペニーワイズと呼ばれている喰種が15区に居るのは運転手も知っているが、アマンダという存在は知らない。
だが、聞いたら殺されそうなので聞かなかった事にした。
「─────それじゃ、もう帰って良いよー」
その言葉と同時に、荷台が突如軽くなる。どういう原理で50人もの人間を消し去ったのかは分からないが、運転手がそれを尋ねたり、荷台を覗き込んだりする事は決して無い。
なぜなら彼にはレザーフェイスの逆鱗が分からない。分からないが故に何もしない。人間達と同じ末路を辿りたくはないのだから……。
「ただいま戻りました」
月山邸に戻った運転手は仲間達に帰還を告げた。
「おかえりユウマ」
「おかえりなさいユウマくん」
「おかえりなさいユウマっ! 今週もあなたが無事でよかった!!」
運転手……ユウマの元に、金髪のメイドが駆け寄る。メイドはユウマを抱きしめ、ユウマの無事を喜ぶ。
「ただいまアリザ。レザーフェイスはこちらから何かしなければ大丈夫だよ」
「ううん、そんな事ないよ。松前室長は何もしてないのにレザーフェイスに襲われたんだから!」
金髪メイドのアリザ。ユウマの恋人であり、もうすぐユウマと結婚予定の女喰種だ。
「だが松前室長は生きている。それにあの一件があったからこそ、習様のお命を繋ぐ粉の提供に繋がった」
「でもあれには凄いお金がかかってたらしいの……今年に入ってからミルモ様は一度も豪華な食事をしてないわ……」
アリザが悲しそうに告げる。現在の月山家は財政状況が極めて悪い。
ユウマやアリザ達への給金は滞りなく支払われているとはいえ、資金の不足は確実に影響を及ぼしていた。
「それでも、今は習様が無事お元気になられた事を喜ぼう」
「うん、そうよね……ミルモ様がオークションで購入した肉の効き目は凄いわ……でも、それもレザーフェイスからのモノだったと思うと複雑なの。レザーフェイスは粉なんて使わなくとも、もっと早く習様を治せたんじゃないかって……」
アリザの指摘は恐らく正しい。レザーフェイスならもっと早く『ハイセの肉』を用意できただろうし、眼帯の喰種が生きていたと教える事だって可能だっただろう。
だがユウマは首を横に振る。
「レザーフェイスは月山グループの傘下じゃない。商売の種を俺達に教えてはくれなかっただろうな」
「でも……」
それでも納得がいかないのか、アリザはレザーフェイスへの文句を呟き続けていた。
──────────
「囮捜査ですか?」
CCG15区支部の一室にて、ニムラはシーナに尋ねる。
「私達だけならこんな無駄な事をする必要はないのだけど、この捜査は合同捜査。キジマ特等の元には私達だけでなく富良上等や
月山家はカオリの課したノルマを達成するために、日夜誘拐に励んでいる。
そんな時、絶好の誘拐対象がいれば、間違いなく飛びつくだろうとシーナは判断した。
「ニムちゃんは見た目凄く弱そうだもんねー? もちろんニムちゃんは『グラトニー』の最高傑作だから、本当は強いんだけどね。でも見た目は凄く弱そう」
「大坪さん? なんで二回も凄く弱そうって言いました? でもまぁ僕がちょっと女装すれば、月山家に『乙女ゲー兄貴』だとバレる事はないでしょうね」
キジマ達の情報はインターネット上に流れている。月山家としても、対15区の捜査官ということでマークしているだろう。
「キヒヒ! 『嘲笑ゥせぇるすまん』、『ハンマー姉貴』もとい『ベルセルク姉貴』、『ライフル姉貴』の三人は見た目が分かりやすいからねぇ……女装の似合う旧多くんが適任と言うわけだ」
「さぁ、妖精さんちをいじめちゃおー!」
カオルは嗤う。
月山家から如何にして取り立てるか……ただそれだけである。
──────────
「マジ最悪あのクソ上司ぃ~! 本当マジ有り得な~い!! ぉえっぷ……」
終電後の駅にて、酒の缶を手に黒髪の女が呂律の回らぬ舌で愚痴る。周囲に人影は無く、どうやら酔っ払いのようだ。
「あ~も~! アンタに若者の何が分かるっていうのかねっ! ひ弱な体で悪ぅござんしたねぉえっ……」
すると、泥酔した女に向け、どこからともなく黒服の集団が集まってくる。
その集団は皆が顔にベールをかけており、顔はよく分からない。
その集団がジリジリと女に近寄り……。
「はい残念。そぉい!」
─────突如、女は酒缶と
『─────男!?』
「これ酒じゃなくて水です。今時夏厨でもこんな釣り針引っかかりませんよ? 脳味噌シザーマンで赫子生えますね」
その目には酔いなど欠片も無かった。
「ッヒヒ! 本当に旧多くんは囮役が似合うねぇ。ご機嫌ようロゼ、痕跡が無くともキミ達の襲撃地点を予測することなど容易いのだよ?」
女装した青年……もといニムラの姿に怯んだ隙、キジマ達が物陰から現れ集団を取り囲む。
「じゅっ、15区の捜査官!……罠でしたか」
「やはり私の顔は覚えやすかったかな? その通り。私がネット上で様々な渾名をつけられているキジマだ。キミたち喰種には『コクリアの削ぎ師』の方が知られているのかな?」
キジマは三つ持っているアタッシュケースの一つから、玩具の銃に似た何かを取り出した。キジマの持つ捕獲用のクインケ『テトロ』である。
「ふふふっ、私達と戦う? それとも逃げる?」
カオルは五つ持っているアタッシュケースの一つから、刀型のクインケ『ツジドウ改』を取り出す。
「ですが逃がすつもりはありません。ここで殲滅します」
シーナはアタッシュケースから弩型クインケ『アポロン』を取り出し、ベールの集団へ向ける。
「おっと、今日はいつものキジマ班じゃなく、俺達も居るのをお忘れなく」
富良達も各々クインケを構え、ベール集団と対峙した。
「キヒヒ、じゃあ今回は富良上等達の実力を見せて貰おうかな。私達は援護につとめるとしよう……おや? お相手は逃げる気のようだ」
先手を打つのはベールの喰種。ベールの一人はキジマ達の前に『
「これで相手はこれません。行きましょう」
「─────行かせませんよ?」
荊の壁を切り裂くのは桃色の髪をした若い女……上等捜査官の伊丙ハイルだ。
ハイルは鱗赫の薙刀型クインケ『アウズ』を手に、敵陣へと突っ込んでいく。
「っ!? 桃色の
ベール集団も果敢にハイルへ攻撃を仕掛けるものの、ハイルは踊るように攻撃を躱し、距離を詰めていく。
「ほほう、流石はハイル嬢というべきかな? しかし……」
ベールのリーダーと思わしき女喰種が、再び荊型の赫子を展開する。だが今度は壁としてでは無く、ハイルへ面制圧を行うが如き攻撃。ハイルは縦横無尽にアウズを振るい、荊の攻撃を切り裂いていくが……。
「いたっ」
アウズの柄に赫子が直撃し、ハイルの手が僅かに痺れる。それを見過ごす相手では無かったようで、荊型赫子が刀を絡め取った。
「─────シーナァ!」
「はい。抜かりなく」
だが、キジマが声を上げると同時、小さな射出音が響き、荊型の赫子が霧散していく。
「っぐ……!」
「室長!?」
シーナのクインケから射出された弾丸が、荊型赫子を展開した喰種を撃ち抜いていた。
荊の喰種は突如激しいダメージを負ったショックで、赫子が保てなくなったのだ……!
「ホホッ、私の独断で援護させて貰ったよ」
そう告げながらキジマはテトロを射出。テトロの弾頭は突如網の様な形状へと変わり、喰種の一体を壁へ
「ユウマっ!!」
「名前言っちゃうんだ? ふふふっ、その『ゆーま』さんを助けにくる? いいよっ! 遊ぼっか!!」
張り付けられた喰種の側に、カオルが刀を構えながら立つ。だらりと構えたそれは、既存の型に属すものではない。
ふざけているようにしか見えない構えだが、ベールの喰種達には何故かその構えが恐ろしく見えた。
「……引きます!」
「ヒヒヒ! 逃げるのか? 仲間を見捨てるとは薄情なものだな」
煽るキジマに対し、ベールの喰種達は苛立った様子を見せるが、荊喰種の指示を優先したのか、素早く去っていった。
「キジマさーん? 結局キジマさん達が持ってっちゃったじゃないですか。富良上等や岡平一等達、クインケ構えただけですよ?」
「……おっと、これは失敬。私は多人数での連携を学び直す必要があるようだ。これでは和修特等を馬鹿にできないねぇ」
「うー、キジマ班に良いところ持ってかれたぁ……せっかく有馬さんに誉めて貰─────」
「─────い゛ぎゃぁぁああああああッ!!」
ハイルが愚痴をこぼすが、誰かの悲鳴によってかき消される。ハイル達が悲鳴のした方向を見ると、カオルが捉えた喰種の眼球に注射器を突き刺していた。
「鎮圧完了ですよー」
「ご苦労カオルさん。それでは諸君、撤収するとしよう」
「……ってオイ!?」
まるで何も無かったかのように撤収の準備を始めるキジマ達に、たまらず富良がツッコミを入れる。
「誰か突っ込めよ!? なぁ大坪二等、そいつの眼球にRc抑制剤を打つ必要はあったのか?
「…………?」
カオルは言われた意味が分からず呆然とするが、シーナが小さく何かを耳打ちすると、思い出したような顔をした。
「……あー! ごめんなさい。いつもの癖で忘れてましたー」
「すみません富良上等。カオルには後で注意しておきますので」
富良は理解する。キジマ班は捕縛の時に手錠を使わず、喰種を痛めつけることで捕縛しているのだと。
「ったく……キジマ班といいハイルといい、ホント優秀だよ全く……俺達じゃ成れねぇな。なぁオカヒラ?」
富良はオカヒラという男へ声をかけるが……。
「……えっ? すみません聞いてませんでした」
「なんでもねぇよ畜生」
──────────
「今日は松前さんが運転手さんなんですねー。前の男性は逃げちゃいましたかー?」
全てを知っているが、カオリはあえて尋ねる。松前は苦々しい表情を浮かべながら、首を横に振る。
「いいえ、前任者は
「そーなんだー」
チクリと皮肉を放つが、カオリは気にした様子もない。だが松前達は運ぶしかないのだ。人間を納品できなければ待つのは破滅のみなのだから。
「ここの捜査官……あー、ベイマーズのこと? あの捜査官さん達は
「…………」
松前にとって、キジマ班はあまりにも強かった。おそらくキジマ班が本気なら負けていただろうとも。
そんなキジマ班の強さを無駄な努力と切り捨てた。松前は目の前の喰種があまりにも隔絶した強さを持っていることを再認識する……。
「……今週の人間です。確認してください」
「うん、ありがとー。んじゃ回収するねー」
その言葉と共に、地面から巨大な赫子が生え、人間達を飲み込んでいく。
松前はその赫子が自分と同じ遠隔型の赫子であることを理解した。
「……どうすれば貴女のような力を手に入れる事ができますか?」
「んー……喰種を食べれば良いんじゃない? 後はアマンダが言ってた『体をあーるしー細胞で鍛え直す』とか? それを25年くらい続ければ、私みたいになるんじゃないかなー? 後はそうだねー……今の松前さんじゃ死んじゃうだろうけど、強い喰種の赫包を移植するのも良いかもねー。例えばこんな風に」
カオリは羽赫と鱗赫を生やしていく。それらの赫子は松前も見覚えがある。
「フレディの羽赫とカネキケン……いえ、大喰いの鱗赫ですか」
「移植の時は体が溶けちゃうから、私と同じくらいの再生力が必要だよー?」
松前には一つ疑問が浮かぶ。移植にそれほどの危険が伴うならば……。
「……なら何故私は生きているのですか? 私は貴女に赫包の一部を移植されました」
花の種と称してカオリの赫包を少しだけ埋め込まれたあの日、何故自分は死ななかったのかと。
「
マスクの下でカオリはニヤリと笑う。松前から感じる赫子のニオイは、ミルモを既に超えている。
「─────だから妖精さんの家、乗っ取っちゃえば? 松前さんならお花仲間だし、私が全力で応援するよ? 月山財閥を松前財閥に変えてあげる」
悪魔の囁き。首を縦に振れば、月山の全ては松前のモノになる。
だが、松前の忠誠心は高い。決して主を裏切ることは無い。
「……かもしれません。ですが私は月山家のメイド。それは昔も今も、そしてこれからも変わることはありません。今の話は聞かなかった事にいたします」
「そっかー、ざーんねん」
松前は別れの挨拶を交わし、トラックで去っていく。
その姿を、カオリはのんびりと見つめていた。
「うん、本当にざんねんだなー。松前さんのモノになれば、月山家は捜査官さん達に滅ぼされなかったのにねー」
カオリの言葉が夜風に消えていく。夏の残暑は終わりを迎え、秋の冷たい風が吹き始めていた。
棒 立 ち の オ カ ヒ ラ
■原作との変更点
・ニムラが女装
無名だった原作と違い、ネット上で『ベイマーズの乙女ゲー兄貴』として有名になってしまったので……。
・松前がハイルに勝利
カオリによって松前さんの能力強化。ただしキジマ班には勝てない。