「ではリオちゃんには人間の社会に紛れて生きる方法を教えるね! まずはご飯の食べ方からだよー」
カオリはコンビニで買ってきた『てりやきバーガー』をリオに手渡す。
「じゃあまずは私がお手本を見せるねー。まずは……口に入れたらささっと飲み込んで、噛むフリ」
カオリはてりやきバーガーを小さくかじると、もぐもぐと咀嚼し始めた。
「はい、こんな感じだよ。口に入れただけで不味さが溢れるけど、そこは美味しそうな顔をしようね!」
「わかりました……やってみます……ぅぐっ……!!」
リオはてりやきバーガーを口に入れた途端、急激な不味さが口の中で暴れ出した。リオは思わず顔をしかめながら噛むフリをするものの、どこかぎこちない。
「うーん。最初のうちはそんなものだから、少しずつ練習していこうね! じゃ、トイレで吐いてくるといいよー」
リオはトイレに駆け込み、飲み込んだてりやきバーガーを吐き出した。
「じゃあ次は人間のお仕事を体験してみよっか。私の職場を見学してみようね」
カオリは愛用の125ccスクーターにリオを乗せ、『フラワーショップ西荻窪』へ向かった。
「おはようございまーす。昨日電話したとおり、妹を連れてきましたー!」
「おはようカオリちゃん。その子が上京してきた妹さん? 可愛いわねぇ……」
リオの恰好は黄色と白の縞々ロングワンピース。しかも地毛と同じ色の栗色ロングヘアーウィッグを付けており、どこから見ても少女であった。
「は、はじめまして。リオです」
花屋の店長と挨拶を交わし、開店準備に取り掛かる。当然店長はリオが男性だと気付くことはなかった。
「では配達行ってきまーす! 午前中は店長さんからお仕事教えてもらってねー」
カオリは配達に行ってしまったので、午前中は店長から花屋の仕事を学び、カオリが配達から戻ってきたら、カオリから仕事を教わった。
リオは花言葉をメインに教えてもらったため、今日1日でリオはだいぶ花言葉に詳しくなった。
「お疲れ様ー。これで仕事は終わりだよ。それじゃ、最後にリオちゃん! 私にオススメのお花を1本見繕ってみてよ」
リオは店長やカオリから教わった花言葉の中から、一番カオリっぽいと思う花を選んだ。
それは……白い椿の花。
「あら、『至高の美』? カオリちゃん妹さんに愛されてるわねぇ! 確かにカオリちゃん、もうすぐ28なのに綺麗なままだもんねぇ」
「ちょっと店長、歳の話はやめましょうよー! ありがとうリオちゃん! そう思ってくれてるなら嬉しいなー!」
リオから白い椿を受け取り、店を後にした。
「椿のもう一つの花言葉は……『罪を犯す女』。うん、人間社会に混ざっても、私達は喰種だからね」
そう呟くカオリに、哀愁の念は無い。カオリに取って『殺人という罪』は、もはや日常の事であるからだ。
──────────
「さて、今日はお面屋さんと居酒屋によってから、共食いをするよ!」
「居酒屋……?」
リオにとって居酒屋とは、人間の利用する施設である。なぜそんな所に行くのかが分からなかった。
「人間の居酒屋じゃないよ? 喰種用の居酒屋が14区にあって、そこで私は
リオは
しかし、リオはジェイルを探すアテがない。情報屋という存在は、とても有り難いモノであった。
「居酒屋は夜からなんだけど、お面屋さんは昼もやってるし、お面屋さんから行こっかー」
「カオリさん……『まねろん』ってなんですか?」
「知らなーい。でも、盗んだものはそれをしないと駄目なんだよ? 映画でもそうだったし、以前遊んだ『オブリ……なんとか』ってゲームでもそうなんだよー」
二人は義務教育すら受けていない。難しい言葉は良く分からないのだ。
中央線に乗って新宿駅へ行き、『HySy ArtMask Studio』の中へ入る。
「こんにちはー。リオちゃんのお面取りにきましたよー」
「いらっしゃい。もうできてるよ」
ウタは店の奥から新品のマスクを取り出した。
そのマスクは、顔の上半分を覆い隠す真っ赤な西洋甲冑のバイザーに、黄色い睡蓮の花がワンポイントのように描かれている。
「このマスクの説明をするね。ボクはキミがとても優しい心を持った喰種だと思ったんだ。誰かを傷付けるよりも、誰かを守りたい。この赤いバイザーは、そんなキミの騎士にも似た心を表してる。だけど……これからきっとキミは、レザーフェイスに染まっていく……黄色いスイレンの花言葉は『甘美』と『滅亡』。レザーフェイスに染められていくキミにピッタリだと思ったんだ。気に入ってくれると嬉しいな」
ウタの語る不吉な予言に、若干リオの顔がひきつる。しかし、そのマスクは格好良さと可愛らしさを兼ね備えたモノであり、リオは素直に気に入った。
「ありがとうございます! ……カオリさんに染められないよう頑張ります……」
「まぁ……もう手遅れかもしれないけど、ボクはキミを応援するよ。頑張ってね」
リオ達は『HySy ArtMask Studio』を後にした。
リオは、せめて兄を助けるまではカオリに染められまいと、強く胸に誓った。
──────────
一度自宅へ戻り、夕暮れまでのんびりと映画のDVDを見て過ごした。映画のタイトルは『悪魔のいけにえ』。テキサス州の殺人鬼『レザーフェイス』が出てくる映画である。
「これがレザーフェイスなんですね。カオリさんの通り名の……」
「そだよー。でも私は本場のソーヤーさんみたいな直貼りじゃなくて、ホッケーマスクにヤクモちゃんの顔を貼り付けてるからねー」
「あの……『ヤクモちゃん』というのは誰ですか?」
リオは人間社会どころか喰種同士のコミュニティーからも避けて生きてきた。そのため、主だった喰種や、危険な場所について何も知らないのである。
「リオちゃんがコクリアから逃げた日に死んだ喰種だねー。ヤモリとかジェイソンとか通り名があったよ。鱗赫の半赫者で、大きな図体の割に、逃げ足に特化した面白い子だったよー。趣味は人差し指の関節を鳴らす事と、引き算。アオギリの樹に所属してたよー」
カオリはヤモリの趣味が指を鳴らす事と引き算だと思っているが、決してそんなことは無い。かつてヤモリが喰種収容所で受けた拷問の結果、この様な癖がついてしまっただけである。
「か、変わった趣味ですね……それよりも半赫者って事は、かなり強いんですか?」
「数年前だけど、このレザーフェイスを作った時のヤクモちゃんと今のリオちゃんなら、当時のヤクモちゃんの方が強いかなー? でも、リオちゃんも半赫者なら多分余裕で勝てるよ? なにせリオちゃんは『四種持ち』だからねー。早く赫者になれるように、今夜の共食いも頑張ろうね! まずは居酒屋に行くよー」
リオはあの夜の痛みを思い出し、共食いはやめましょうよと告げるが、『駄目だよー』と一蹴されてしまった。
カオリはこの前に4区で手に入れた『戦利品』の入った巨大なカバンとリオをスクーターに載せ、14区の『Helter Skelter』へ向かった。
「到着! ここが『居酒屋ヘルスケ』だよー!」
「あの……ここって居酒屋じゃなくて……バーじゃないですか?」
「……おなじようなモノじゃないかなー」
カオリ達は『Helter Skelter』の中へ入っていく。小洒落た内装はどうみても『バー』であった。
「いらっしゃい。その子が噂のコクリア脱獄者の女装少年かな?」
赤毛の女バーテンダー兼マスターの『イトリ』がカオリ達を出迎えた。
「僕の事、もう知ってるんですね……情報屋っていうのは本当なんだ……」
「そうとも! 情報は鮮度が命! レザーフェイスさんの最新情報は大きな利益になるんだよ。んで、レザーフェイスさんは換金希望よね? いつも通りで良いの?」
「いいですよー。イトリさんの事は信用してますからー。あ、でもお金受け取るのは今度でもいいですかー? これからまた稼ぎにいくのでー。それとクーラーボックスってあります? あればあるだけ売って下さいなー」
カオリは巨大なカバンをイトリに渡す。
「はいよー。んじゃまず中身だけ回収するよん。ほい、『いつもの』2人分。そこの女装少年は血酒ダメだったらレザーフェイスさんに飲んでもらってね」
イトリはコーヒー4杯と『ワイン』を2杯、おつまみの人肉ジャーキー2皿をカウンターに置くと、店の奥へと入っていった。
「カオリさん……この赤い飲み物は血だってことはわかるんですけど……黒い飲み物は何ですか……?」
「あ、リオちゃんは知らないんだね。これはコーヒーっていう『人間の飲み物』だよ。だけど、なんでか喰種でも飲めるんだよねー。正確には『コーヒー豆』と『水』は喰種でも摂取できるから、コーヒーも飲めるのかなー」
コーヒーを美味しそうに飲むカオリにつられ、リオもコーヒーを口にした。苦味の中にあるコクと酸味。それは肉や血とも違う、芳醇な味わいをリオに
「おいしいっ……!」
「でも、自分で淹れるとそんなに美味しくならないんだよねー。それと、リオちゃんはワイン初めてなら、依頼が終わるまで飲まない方が良いかも? イトリさんへ情報依頼してから飲もうねー」
カオリの言うとおりにリオは血酒に手を付けず、コーヒーと人肉ジャーキーを味わっていると、イトリが店の奥から戻ってきた。
「お待ちど! とりあえずこれ明細。それとこれクーラーボックスね」
イトリはカオリへ一枚の紙切れを渡し、カオリはそれを読む。
「ありがとー。それじゃあ情報を依頼するから、この金額から引いておいて下さいねー。まずは私からの依頼だけど、ちょっと前に私が20区で殺した捜査官さんの情報をお願いしまーす。捜査官の名前と喋り方、所属と部下の名前。最低でもこれだけは欲しいかなー」
『捜査官殺し』と聞いて、リオは思わずギョッとした。
「はいさ。名前は『
「准特等捜査官のキジマって人とどっちが強い?」
リオはカオリの方を見る。イトリはそんなリオを見て、なんとなく事情を察した。
「キジマ? ……あーはん、その捜査官なら
カオリはチラッとリオの表情を見た。
「じゃあキジマって人のもお願いします。今度来たときに、紙かデータで準備しておいて下さいなー」
「カオリさん、ありがとうございます……!」
「まいどあり! んで、その女装少年はキジマと関係ありそうだねぇ。キミもあたしに依頼があるんだよね? まずは今更だけど自己紹介からしよっか。アタシはイトリ。ここ『
リオは軽く自己紹介をし、現在自分の置かれている状況を話した。
「つまり……キミとキミのお兄さんは『ジェイル』という喰種に間違われて、お兄さんはコクリアの中で今もキジマに尋問されてると。んで、キジマはキミに『本物のジェイルと交換なら、お兄さんを釈放する』って言ってると……キミが欲しい情報は『目元に格子状のアザがある喰種』。これで合ってる?」
「はい……その通りです」
「ふーん、『ジェイル』ねぇ……少なくとも喰種達の間じゃそんな異名で呼ばれているヤツってのは聞いたことがないね。とりあえず目元に格子状のアザのある喰種で、ヤバめの奴を調べてみるよ」
「宜しくお願いします! それとこれ、いただきますね」
イトリへ依頼が終わったため、リオは血酒に手をつけた。血液を発酵させたソレは、一口でリオの脳髄を揺さぶった。
「あ……あれ……?」
どうやらリオは酒に弱かったようだ。視界がブレ、カウンターに突っ伏した。
「ありゃ、子供には早すぎたかね?」
「あらー? これからひと稼ぎするのにー……しょうがないなー、16区にはタクシーで行こっと。バイクはちょっとお店の前に置きっぱなしにしておきますね」
カオリは片手でリオを担ぎ上げると、もう片方の手で複数のクーラーボックスを抱えながら出口へ向かう。
バーを出る直前、カオリはイトリへ振り返った。
「そうだイトリさん、ジェイル探しは『目元にそれっぽい跡のある喰種』でいいですよー?
そう告げると、今度こそカオリは『Helter Skelter』を後にした。
「それってつまり、リオっちがジェイルって事? あの子が
イトリは溜め息を吐き、誰かへ電話を掛け始めた。
初 め て の 花 屋 回
とりあえずこれでタイトル詐欺じゃなくなったな(震え声)
Helter Skelterに行く時、主人公はマスクを付けてることが多いですが、客が誰も居らず、近場に喰種の気配もしない時は、今回のようにマスクを付けずに入ることもあります。
☆原作との違う点
・リオマスク:本作のリオくんマスクは、原作で甲赫を選んだ時のマスクと形は同じですが、原作には睡蓮の花は描かれていません。普通の真っ赤な西洋風バイザーマスクです。純粋にかっこよさ溢れるマスクです。
『東京グールJAIL 甲』でググれば画像検索の一番最初に出てきます。水色の剣のやつです。それに黄色睡蓮が描かれていると思っていただければ。
・イトリ:原作JAILのイトリさんは「キジマについて何も知らない」と言いますが、むしろイトリさんがキジマさんを知らないわけがありませんよね?だってキジマさんの部下には……
・対価:原作では一回目の対価として「コクリア脱走者名簿」を捜査官から盗み、それを代金にしますが、今回は主人公が払いました。
・社会経験:原作JAILではすぐに喫茶店でアルバイトを始め、失敗を繰り返しますが、本作ではまだまだ働きだすまでに時間をかけます。
次回、アニメ版では無名にされたあの人。