リオがあんていくで働き始めて一週間が経った。1ヶ月の地下生活中にカオリと接客練習をし、小林と料理の練習をしていたリオは、順調に『あんていく』へ馴染んでいった。
芳村からコーヒーの淹れ方を学んでいると、フロアから皿の砕ける音が響いた。
「やれやれ……リオちゃん。箒を持っていってあげなさい」
「分かりました」
リオは箒とチリトリを持って、フロアへ向かう。
「帆糸ォー! まーた皿割りやがったな!!」
「ひぇー! すみませーん」
皿を割ってしまったロマへ、ニシキの怒声が飛ぶ。ロマは勤務中に必ずと言って良いほど皿を割るため、ニシキの怒声も遠慮の無いモノとなっている。
「ロマさん。箒持ってきました」
「お、サンキューリオちゃん」
「おう、わざわざ悪ィなリオ。てーか帆糸、お前はリオを見習えよ。お前がリオよりできるモンと言やぁ、『食べるフリ』くらいじゃねぇのか?」
リオは『食べるフリ』が不得意である。カオリと小林監修の下、少しずつ上達してきてはいるものの、まだ違和感の残る出来栄えであった。
「ひ、ひどいですよ先輩! あたしの先輩としての威厳が……」
「じゃあ皿割るなよ。タダじゃねぇんだぞ」
賑やかでありながらも穏やかな店内。心優しいメンバー達。まだ一週間しか経っていないが、まるで自分の帰るべき場所のように感じていた。
「クッソ暇すぎる」
夕方になり、客足も少なくなった頃、ニシキが退屈そうに呟いた。
「ですよねぇ……あたしもなんだか眠く……ふわぁ~」
ロマもニシキに同意し、テーブルに突っ伏した。
「あの……店長、僕も特にやること無いんですけど……どうしたら良いですか?」
「そうだね……3人とも暇なら、分担して店内の掃除をして貰おうかな。リオちゃんは従業員室をお願いするよ。ニシキ君は厨房を、ロマちゃんはお手洗いをお願いしようかな」
「わかりました。掃除してきますね」
リオは掃除用具を手に取ると、従業員室へ向かった。
従業員室も掃除が行き届いているのか、さほど汚れていなかった。そのため、ロッカーの上などの普段目につかない場所を掃除していった。
「よし、上は綺麗になったから、次はロッカーの扉を綺麗にしようかな?」
リオはロッカーの戸を順番に水拭きしていく。ロッカーのネームプレートには名前がついており、リオにも『花村』とプレートの書かれたロッカーがある。
四方、入見、古間、西尾、帆糸。知っている名前の書かれたロッカーだが、その中の3つには、リオの知らない名前が書かれていた。
「『霧嶋』、『笛口』、『金木』……この中の2人は姉さんの言ってた看板娘かな?」
3人のロッカーを開けてみると、金木と書かれたロッカーには男物の制服が入っており、残り二人のロッカーには女物の制服が入っていた。
「ということは、霧嶋って人と笛口って人が今は来ていない看板娘なのかな? 金木……そういえばロマさんは『カネキ様』に憧れてここで働き出したって言ってたし、ちょっと聞いてみようかな」
リオは掃除を終えたが、ロマはまだ掃除中のようであり、フロアにはニシキと芳村の2人しか居なかった。そのため、ロマに聞こうと思っていたことを、ニシキに聞くことにした。
「ニシキさん、ロッカーの名前について聞いても良いですか?」
「ん? ロッカーの名前?」
「えっと、知らない人の名前が3人あったので……」
「知らない名前? あぁ、クソトーカと……ヒナミとカネキか」
ヒナミとカネキの名前を口にしたニシキは、どこか寂しそうな顔をした。
「あぁ、私が教えてあげよう」
寂しそうな顔のニシキに代わり、芳村が口を開いた。
「トーカちゃんは『霧嶋』と書かれたロッカーの子でね、人間と同じ学校に行ってるんだ。勉強が忙しくてあまりこっちには来られないけど、勉強が落ち着いたら来られるようになる筈だよ。ヒナミちゃんとカネキくんは……うん、何か大切なことがあるみたいでね。連絡がつかなくて、いつ戻ってくるか分からないんだ……でも、みんながいつでも戻って来られるように、ロッカーはあのままにしてあるんだよ」
どこか遠くを見るような目で、芳村は語る。
「カネキ君が『
「必要なもの……?」
「そう、カネキ君は強大な運命に立ち向かうために、『強さ』を求めたんだ……」
そう芳村は語るが、リオは疑問に思った。
「強さを求めるのに……ここを離れるんですか? 姉さんが『最高峰の羽赫』って言うくらいの店長が居るのに?」
「えっ! 店長ってあのひとにそこまで言わせるほど強いんスか!?」
ニシキは芳村の強さを知らなかったため、リオの何気ない発言に、ニシキは驚いているようだ。
「彼には彼なりの考えがあったんだろうね……それに……私は強くなんてないさ……」
そう呟く店長の顔は、どこか
──────────
仕事の終わりに、リオは四方と戦う訓練をしていた。今日はニシキも見学している。
「いつものように、使って良いのは羽赫と近接格闘だけだ。俺に一撃入れてみろ」
「……いきます!」
リオは羽赫から水晶の弾幕を展開しつつ、四方へ疾走する。リオの水晶弾は着弾と同時に破裂する性質を持つため、当たればただでは済まないが……。
「俺にそれは効かない」
バチバチと音を立てながら、四方の肩から電撃が迸る。電撃に貫かれた水晶はその場で破裂し、四方へ届くことはない。
「分かってます! この訓練のメインは格闘ですもんねっ!!」
風切り音と共に、リオの蹴りが四方へ飛ぶが、四方は難なく受け流し、リオの腹部へ拳を叩き込んだ。
「ぐっ……このっ!!」
腹部の痛みに顔をしかめつつも、リオは四方の顔へ拳を振るう。
「フッ……」
四方は顔をずらすことで拳を避け、振り切ったリオの腕を掴む。
そして、綺麗な背負い投げを決めた。
「いたた……」
リオは起き上がると、服についた砂を払った。
「……良い拳だったが、外したならすぐに引っ込めろ。今みたいに投げられる」
「……はい!」
その後も四方との訓練は続いたが、リオは一度も四方へ攻撃を当てることはできなかった。
「……よし、今日はもう良いだろう」
「はぁっ……はぁーっ……ありがとうございましたぁ……」
リオは汗を拭うと、水筒から水を飲んだ。
「ニシキ、お前からも何かあるか?」
「いや……なんつーか……二人とも強過ぎじゃないっすか? 四方さんが凄いのは俺も訓練してもらってるんで知ってますけど、リオってヒナミと歳1つしか変わんねぇのにコレだけできるってのが末恐ろしいっつーか……流石15区の喰種っつーか……」
15区ってやっぱ地獄だなと、ニシキは一人呟いた。
──────────
「お疲れ様でしたー」
「あぁ、お疲れリオちゃん。気をつけて帰ってね」
あんていくでの仕事を終え、リオは帰宅……せずに14区へ向かっていた。カオリから『Helter Skelter』に『ジェイル』の情報が来ていると教えられたためである。
14区に到着し、バーへ向かって歩いていると、
─────カツン……カツン……
それはリオが
─────カツン……カツン……
物陰からのっそりと、ツギハギだらけの顔をした義足の捜査官、キジマが姿を現した。
(ひっ……だ、大丈夫……今の僕は女の子……キジマが分かるわけ無い……怪しまれないように通り過ぎれば良い……)
キジマとリオの距離が少しずつ縮まり……。
そのまますれ違った。
(ふぅ……)
バレなかった事に安堵し、ふと後ろを振り返る。
─────目の前に、キジマがいた。
「ひぃっ……!?」
「ヒヒヒ……キヒヒヒヒヒッ!! 遂にぃ……見ぃつけたよぉ……リオくぅーん!! 女の子のフリをしてたんだねぇ……? でもねぇ、私とリオくん程の仲なら……ニオイで分かるんだよぉ……? さぁ……コクリアに仕舞っちゃおうねぇ……」
「うわああああ!!!」
「おやぁ……逃げたって無駄だよぉ? 私は必ず君を捕まえるからねぇ!!」
リオは全力で逃げた。共食いで強化された身体に、四方から教わった体捌きが加わった疾走により、あっという間にキジマは見えなくなった。
「はぁ……はぁ……ニオイで分かる……? 香水……姉さんに貰っておこうかな……」
キジマが追ってこない事を確認し、リオは再び『Helter Skelter』に向けて歩き出した。
「こんばんはー……」
「はい、いらっしゃー……リオっち、よね? ひぇーっ、これもう元のニオイ知らなかったら性別分かんないわ……見た目どころかニオイまで女の子じゃん……あ、注文どうする? 血酒要る?」
イトリは変わり果てたリオの姿に驚愕しつつも、リオに注文を尋ねた。
「えっと……コーヒーだけで良いです。それと『ジェイル』についてお願いします」
「はいよー。ちょっち準備すっから、座って待っててー」
イトリはカウンターの向こう側にある部屋へと入っていき、1枚の写真を持って戻ってきた。
「コーヒー作りながらだけど説明するわね。コイツの名前は『ルチ』。18区に住んでる喰種で、捜査官殺しもやってるレートAの羽赫。最近どんどん力をつけてて、もしかするとそろそろSレートになるんじゃないかって噂もあるわね。目元には『格子状の
灰色の髪の毛に、革のジャケットを着た細い体躯。顔の左部分には格子状の入墨がある男が写真に写っていた。男は厭らしい笑みを浮かべており、いかにもチンピラ然とした見た目だ。
「刺青……ですか? アザじゃなくて?」
「キジマがどんな状況で『ジェイル』を見たか分かんないじゃん? 刺青をアザと見間違えた可能性もあるわよね? ほいコーヒー」
「ありがとうございます……この写真は貰っても?」
リオはコーヒーを飲みながら、その写真を眺めた。
「ダメよ? この写真は他にも使い道あるかもしんないし」
写真は持ち帰れなかったため、リオはルチの姿を頭に叩き込んだ。
「覚えました。コーヒー、美味しかったです」
「せいぜい頑張りなー。ま、あたしの見立てならルチよりもリオっちの方が強いだろうし、余裕だとは思うけどね」
リオはコーヒーの会計を済ませると、15区の家に帰った。
家には明かりがついておらず、カオリは居なかった。
「あれ……? 姉さんはこんな遅い時間に外出……あ、メモがある」
メモには『ペニーワイズといっしょにゴミすてばの向こうにいる。先にねてて、朝までにはかえる』と書いてあった。
「あはは……小林さんは共食いさせられてるのかな……頑張って、小林さん……」
24区で苦痛にのた打ち回っているであろう小林に手を合わせ、リオはお風呂場へ歩いていった。
「ぎひぃ……! ひゃぁ……アッヒャヒャヒャヒャァッ!!」
24区にて、小林は狂ったように笑っていた。
「ふふふ……さぁペニーワイズ! 24区で取れた子供の赫包はどう? とっても不味いよねー。科学的な味がするよねー? でも、今のペニーワイズには多分最適なハズだよー? さぁ、浮上しようペニーワイズ!」
Rc細胞の異常活性により、全身から血を流しながら踊り狂う小林を、カオリは
「キキキ……あぁ、新しい顔だよォ! 美味しい美味しい脳味噌の詰まったアンパンだよォ!! ヒャハハハハァッ!!」
「ふふっ! 今はジャムのおじさんじゃなくて、ペニーワイズなんだけどなー! でもまぁ面白いからいいやっ!」
踊る道化師の夜は、まだまだ続く……。
し ま っ ち ゃ う
中の人ネタ(ノ´∀`*)
☆原作JAILと違う点
・仕事:原作では接客も裏方もまるでダメ。本作はカオリ達との練習のおかげで、バッチリこなす。
・掃除:原作ではロマではなくトーカちゃんがいるため、トイレ掃除はニシキパイセンが担当した。
・訓練:羽赫以外の赫子使用制限&四方が電撃解禁。
・ニシキ:原作と違ってリオちゃんが優秀な女の子(♂)なので、ニシキパイセンが優しい。
・ロッカー:原作にヒナミちゃんのロッカーがあるかは不明。でもヒナミちゃん看板娘っぽいことやってたし、多分あるんじゃね?
※お詫び
今回の後書きに、後々のネタバレを書いてしまっていました。
投稿前に削除したと思っていたのですが、削除できてなかったようです。
6/9正午、該当の後書きは削除しましたが、6/9の午前中に本話の後書きを見てしまった方へ、深くお詫び申し上げます。